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2026.06.26 Fri UP

植物が秩序だった形をつくるための活性酸素の役割を解明
~活性酸素種を能動的に生成する酵素が細胞の分裂・分化を協調的に制御する~

研究の要旨とポイント

  • 活性酸素種(ROS)は、細胞に障害を与える毒性分子として知られてきましたが、近年、さまざまな生物において重要なシグナル伝達分子としてはたらくことが明らかになってきました。一方で、植物の基本的な発生・形態形成におけるROSの本質的な役割は、これまで十分に解明されていませんでした。
  • 本研究では、遺伝的冗長性が低い苔類ゼニゴケを用い、植物が能動的にROSを産生する主要な酵素であるRBOHに着目しました。ゼニゴケが持つ2種類のRBOH遺伝子を同時に完全欠損させた変異体を作製し、植物発生におけるROSの機能を詳細に解析しました。
  • その結果、2種類のRBOH遺伝子を同時に欠損させた二重変異体では、発生初期段階から正常な形態形成が著しく阻害され、本来形成されるべき器官構造を形成できず、無秩序に緩やかに増殖する細胞塊となることがわかりました。
  • 単一変異体解析、条件的ノックアウト、薬理学的阻害などを組み合わせた多角的な解析により、RBOH由来のROSが、①細胞分裂・増殖の促進、②クチクラや細胞壁などの細胞外構造の健全性の維持、③細胞分化プログラムの起動を協調的に制御していることが明らかになりました。すなわち、RBOH由来ROSは、植物が秩序だった形を作りながら成長するための統合的な制御因子として機能することが示されました。

研究の概要

東京理科大学 創域理工学部 生命生物科学科の朽津 和幸教授、西浜 竜一教授、橋本 研志 元助教、山下 優音氏(博士課程3年)、萩原 雄樹氏(2020年度修⼠課程修了)、小川 瑞貴氏(博士課程2年)、星野 正剛氏(2025年度修⼠課程修了)、東北大学大学院 生命科学研究科の鈴木 秀政助教、京都大学大学院 生命科学研究科の岩野 恵研究員、埼玉大学 理学部 分子生物学科の石川 寿樹准教授らの研究グループは、活性酸素種(ROS)が、植物の発生において、細胞の分裂・増殖、組織構造の維持、細胞分化を協調的に制御していることを明らかにしました。

活性酸素種(ROS)は、ヒトを含む広範な生物の酸素呼吸や光合成などの過程で生成され、細胞に障害を与える毒性分子として広く知られる一方で、近年では生物における重要なシグナル伝達分子としても注目されています。植物では、NADPH酸化酵素(*1)であるRBOH(Respiratory Burst Oxidase Homolog)が主要なROS産生源として知られ、細胞の先端成長や環境応答に関与することが報告されてきました。しかしながら、RBOHにより能動的に産生されるROSが、植物の基本的な発生や形態形成に不可欠な役割を果たすかどうかは、これまで明らかになっていませんでした。その背景には、シロイヌナズナなどの被子植物では、RBOH遺伝子が多数存在し、互いに機能を補完する「遺伝的冗長性」を持つため、遺伝子を欠損させても顕著な異常が現れにくく、その本質的な役割が覆い隠されてきたことがあります。

そこで本研究グループは、遺伝的冗長性が低く、被子植物とは対照的に、MpRBOHAとMpRBOHBというわずか2種類のRBOH遺伝子を持つ苔類ゼニゴケ(Marchantia polymorpha)に着目しました。これらの遺伝子を同時に完全欠損させた変異体を作製し、植物発生におけるROSの役割を解析しました。その結果、二重変異体では発生初期段階から正常な形態形成が著しく阻害され、本来形成されるべき器官構造を形成できず、細胞が無秩序に緩やかに増殖した塊状構造(カルス状の細胞塊)となることが確認されました。さらに、単一変異体解析や条件的ノックアウト、薬理学的阻害など、多面的な手法による詳細解析により、RBOH由来のROSが、植物が秩序だった形態を形成しながら成長するための統合的な制御因子として、①細胞分裂・増殖の促進、②クチクラ(*2)や細胞壁の健全性の維持、③細胞分化プログラムの起動を協調的に制御していることが明らかになりました(図1)。

本研究成果により、ROSは単なる代謝の副産物やストレス応答因子ではなく、植物が秩序だった立体構造を形成し、正常に成長するために不可欠な統合的制御因子として機能していることが示されました。本知見は、「活性酸素が植物の発生にいかに不可欠であるか」という長年の問いに、実証的な答えを与えるものです。また本研究は、植物の発生・形態形成を支える分子基盤の理解を大きく前進させるとともに、植物の強靱な成長制御や環境応答メカニズムの解明、さらには持続可能な農業技術への応用につながることが期待されます。

本研究成果は、2026年5月8日に国際学術誌「Current Biology」にオンライン掲載されました。2026年6月8日には、本研究の意義を解説するDispatch(論文解説記事)が掲載されました。

図1. 本研究により明らかになった、ゼニゴケの発生における活性酸素(ROS)生成酵素RBOHの役割。
図1. 本研究により明らかになった、ゼニゴケの発生における活性酸素(ROS)生成酵素RBOHの役割。

ゼニゴケが持つ2つの活性酸素生成酵素(MpRBOHA/B)は、いずれも成長点(分裂組織)で機能する。これらの酵素により能動的に産生されるROSは、細胞を取り囲む細胞壁とその外側を覆うクチクラ(キューティクル)層の構造を維持することで、細胞や組織の正しい形づくり(形態形成)を支える。つまり、RBOH由来のROSは、細胞分裂・増殖、細胞外構造の維持、細胞分化を結びつけ、植物が秩序だった形をつくるための統合的な制御因子としてはたらく。

研究の背景

活性酸素種(ROS)は、細胞に障害を与える毒性分子として知られる一方で、近年ではさまざまな生物において重要なシグナル伝達分子としてはたらくことが明らかになってきました。植物では、NADPH酸化酵素(RBOH)が主要なROS産生源として知られており、細胞の先端成長や環境応答などに関与することが報告されています。東京理科大学 朽津研究室では、長年この酵素の研究に取り組み、これまでにカルシウムイオンとリン酸化を介したRBOHの詳細な活性化メカニズムや分子種間の多様性、根毛・花粉管の先端成長、リグニン合成などにおける重要性を先駆けて解明してきました。こうした一連の研究から、RBOH由来のROSは植物の成長や発生を制御する重要な因子である可能性が考えられてきました。

(参考)植物の活性酸素種生成酵素の制御機構や役割に関する、朽津研究室からの過去のプレスリリース(一部)

植物の活性酸素種生成酵素の活性化メカニズムを解明
~鍵はカルシウムイオンの結合とリン酸化。植物のさまざまな生理機能の制御に向けた基礎的知見~

リグニン合成にはたらく活性酸素種生成酵素RBOHの制御機構は種子植物間で広く保存されている
~活性酸素種を利用した、植物の物質生産への第一歩~

植物の受精・花粉管の伸長メカニズムの解明: カルシウムイオンにより制御された活性酸素の生成の重要性を発見
~食糧・環境・エネルギー問題解決の一助となる作物の収量を高める技術開発に向けた一歩~

しかしながら、RBOHが産生するROSが、植物の基本的な発生や形態形成において本質的な役割を果たしているかについては、これまで明確な証拠が得られていませんでした。特に、シロイヌナズナなどの被子植物ではRBOH遺伝子が多数存在し、それぞれが互いの機能を補完する「遺伝的冗長性」を持つため、遺伝子を欠損させても顕著な異常が現れにくく、その本質的な役割が覆い隠されてきたことが大きな課題となっていました。そのため、RBOH由来のROSが、植物が体の形をつくる過程そのものに不可欠なのかを検証するには、遺伝的冗長性の低いモデル植物を用いた解析が必要でした。

そこで本研究では、RBOH遺伝子を2種類しか持たない苔類ゼニゴケに着目しました。ゼニゴケは、陸上植物の進化を考える上で重要な位置を占める苔類であり、細胞壁やクチクラなどの細胞表層構造を利用して多細胞体を構築するなど、陸上植物に共通する基本的な特徴を備えています。また、被子植物に比べて遺伝子の重複が少なく、遺伝子機能を解析しやすいことから、植物の発生や形態形成の基本原理を調べるための優れたモデル植物です。そこで今回、ゼニゴケにおけるRBOH由来のROSの機能を解析し、植物の発生・形態形成に果たす本質的な役割の解明に取り組みました。

研究結果の詳細

本研究では、植物の発生・形態形成におけるRBOH由来のROSの役割を明らかにするため、遺伝的冗長性の低い苔類ゼニゴケを用いて解析を行いました。ゼニゴケはRBOH遺伝子をMpRBOHAとMpRBOHBの2種類しか持たないことから、これらを同時に完全欠損させた二重変異体を作製し、植物発生への影響を調べました。その結果、二重変異体では発生のごく初期段階から正常な形態形成が著しく阻害され、本来形成される器官構造が作られず、細胞が無秩序に緩やかに増殖した塊状の構造(カルス状の細胞塊)となることがわかりました(図2)。この結果は、RBOH由来のROSが植物の正常な形態形成に不可欠であることを示す直接的な証拠となりました。すなわち、RBOHによるROS産生は、発生過程で生じる副次的な現象ではなく、植物が一定の形をもって成長するために必要な能動的制御機構であることが示されました。

図2. ゼニゴケの野生型株と、2種の活性酸素生成酵素RBOH遺伝子の双方を破壊した変異体の比較。
図2. ゼニゴケの野生型株と、2種の活性酸素生成酵素RBOH遺伝子の双方を破壊した変異体の比較。

平面的に二叉分枝を繰り返しながら成長する野生型株(左)とは異なり、正常なRBOH遺伝子をすべて失った二重変異体(右)は、器官構造を作ることができず、不定形の細胞塊のままゆっくりと生育し続ける。このことから、RBOH由来ROSが、細胞の増殖と、細胞が正しい位置関係を保ちながら組織をつくる過程の双方に重要であることが示された。

次に、単一変異体と二重変異体の比較、相補試験(*3)、条件的ノックダウン/ノックアウト(*4)、薬理学的阻害などを組み合わせ、多角的にRBOH由来のROSの機能を解析しました。その結果、MpRBOHAとMpRBOHBは、植物の分裂組織(メリステム)(*5)を中心とした発生過程で、部分的に重複しながら機能していることがわかりました。また、RBOH由来のROSは、細胞の分裂・増殖を促進することで、植物の成長を正に制御していることも明らかとなりました。一方で、RBOHの機能を失った植物では、単に成長速度が低下するだけでなく、組織としての秩序が失われることから、RBOH由来ROSは「どれだけ成長するか」と「どのような形で成長するか」の双方に関与していると考えられます。

さらに、条件的ノックアウト解析(*4)により、MpRBOHは発生初期から継続的に必要であることが示されました。RBOHの機能が失われると、植物表面を覆うクチクラや細胞壁の健全性が損なわれ、細胞の形や並び方に異常が生じました(図3, 図4)。これらの結果から、RBOH由来のROSは細胞壁やクチクラの状態を維持することで、細胞の空間配置や組織構造を整え、秩序だった形づくりを支えていることが示唆されました。細胞壁とクチクラは、植物細胞や組織の形を外側から支える重要な細胞外構造です。本研究は、RBOH由来ROSがこれらの細胞外構造の健全性を保つことで、植物体全体の形態形成を支えていることを明らかにしました。

図3. 発生初期段階における条件的ノックアウトによる活性酸素生成酵素MpRBOH遺伝子欠損の影響。
図3. 発生初期段階における条件的ノックアウトによる活性酸素生成酵素MpRBOH遺伝子欠損の影響。

無性芽(クローン繁殖体)が形成されるタイミングでRBOH遺伝子の欠損を誘導したところ、円盤状の正常な無性芽形態が損なわれると同時に、細胞壁成分が植物体の外部へと漏れ出してしまう現象が観察された。この結果は、RBOH由来のROSが、発生初期の組織形成において細胞表層構造の構築や維持に関与していることを示す。

図4. 透過電子顕微鏡によるクチクラ(キューティクル)層構造の比較解析。
図4. 透過電子顕微鏡によるクチクラ(キューティクル)層構造の比較解析。

形態異常を示すrboh遺伝子二重欠損変異体(右)では、植物組織の最表面を保護するクチクラ層が正常に形成されていない様子がナノレベルで捉えられた。このことから、RBOH由来ROSは、外部環境から植物体を保護する表面構造の形成・維持に重要であることが示された。

また、トランスクリプトーム解析(網羅的遺伝子発現解析)(*6)を行った結果、MpRBOH欠損変異体では、正常な細胞分化に関わる遺伝子群の発現が十分に活性化されていないことが判明しました。これは、RBOH由来ROSが細胞分化プログラムの起動にも関与しており、発生停止が細胞分化異常と密接に関連していることを示しています。つまり、RBOH由来ROSは、細胞を増やす過程だけでなく、増えた細胞が適切な性質を獲得し、組織として機能するための遺伝子発現制御にも関わっていると考えられます。

本研究成果により、RBOH由来のROSは「細胞の分裂・増殖」、「体の形を保つ仕組み(構造の維持)」、「細胞分化」を協調的に制御し、植物が秩序だった立体構造を形成するために不可欠な統合的制御システムの一部として機能していることが明らかになりました。活性酸素は単なる毒性分子ではなく、植物発生を支える重要な制御システムの一部であることが示されました。本研究は、ROSが植物の発生過程においてどのように細胞レベルの応答と組織レベルの形づくりを結びつけるのかを明らかにしたものであり、植物の形態形成を支える分子基盤の理解を大きく前進させる成果です。さらに、植物の強靱な成長制御や環境応答メカニズムの解明、将来的には持続可能な農業技術への応用につながることが期待されます。

※ 本研究は、文部科学省/日本学術振興会 科学研究費助成事業(MEXT/JSPS KAKENHI)JP25114515、JP24H02250、JP15H01239、JP22H04734、JP26111008、JP23K27197、ならびに 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JST SPRING)JPMJSP2151の助成を受けて実施したものです。

用語

*1 NADPH酸化酵素
細胞内で活性酸素種(ROS)を能動的に産生する酵素で、ヒトを含む動物や植物など、多くの多細胞真核生物に存在する。植物では環境応答、感染防御などに加え、成長や発生の制御にも関与する。

*2 クチクラ(キューティクル)
植物の葉や茎などの最表面を覆い保護する脂質成分を主体とした層で、水分の蒸発を防ぎ、外部環境から植物体を守る。

*3 相補試験
異常が現れた変異体に正常な遺伝子を導入し、その異常が回復するかを調べることで、遺伝子のはたらきを確認する遺伝学的手法。

*4 条件的ノックダウン/ノックアウト
薬剤や特定の条件によって、任意の時期や特定の組織に限定して遺伝子のはたらきを弱めたり失わせたりする実験手法。本研究では、特定の時期や組織でMpRBOH遺伝子のはたらきを失わせる実験系を構築し、それがいつ・どこで必要かを詳細に検証した。

*5 植物の分裂組織(メリステム)
細胞分裂を続ける細胞が集まった組織で、植物の成長や新しい器官の形成を担う。

*6 トランスクリプトーム解析(網羅的遺伝子発現解析)
細胞や組織でどの遺伝子がどの程度発現して(はたらいて)いるかを網羅的に調べる解析方法。

論文情報

雑誌名

Current Biology

論文タイトル

Indispensable roles of RBOH-mediated ROS production in development and morphogenesis of Marchantia polymorpha

著者

Yuto Yamashita, Yuki Hagiwara, Kenji Hashimoto, Mizuki Ogawa, Seigo Hoshino, Hidemasa Suzuki, Megumi Iwano, Toshiki Ishikawa, Ryuichi Nishihama, Kazuyuki Kuchitsu

DOI

10.1016/j.cub.2026.04.016

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