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2023.04.11 Tue UP

リグニン合成にはたらく活性酸素種生成酵素RBOHの制御機構は種子植物間で広く保存されている~活性酸素種を利用した、植物の物質生産への第一歩~

研究の要旨とポイント

  • リグニン合成にはたらくと考えられる「活性酸素種生成酵素RBOH」について、裸子植物で初めて制御機構を解明しました。
  • RBOHは、Ca2+およびリン酸化によって相乗的に活性化されることがわかりました。これにより、RBOH制御機構は、被子植物だけでなく、裸子植物も含む種子植物間で広く保存されていることが示唆されました。
  • RBOHは植物体内でシグナル分子として様々な過程で機能することから、本研究の成果は、樹木の成長促進・有用物質生産技術開発の一助となることが期待されます。

東京理科大学創域理工学部生命生物科学科の橋本研志助教、同学科の朽津和幸教授、オウル大学(フィンランド)のKaloian Nickolov博士、ユニラサール・ポリテクニック・インスティチュート(ユニラサール工科大学・フランス)のAdrien Gauthier准教授、およびフィンランド国立自然資源研究所(LUKE)のAnna Kärkönen博士らの研究グループは、裸子植物である針葉樹のトウヒ(Picea abies)を用いて、リグニン合成にはたらくと考えられる活性酸素種(*1)生成酵素RBOH(Respiratory Burst Oxidase Homolog)の制御機構を解明しました。本研究は、裸子植物のRBOHの活性制御機構を解明した世界初の成果です。

活性酸素種は、一般に、呼吸や光合成の際に生じる副産物で、体内の様々な物質と反応して細胞障害などを引き起こす有害な物質と捉えられてきました。しかし、朽津教授の研究室では、植物においては活性酸素種が積極的に生成され、ストレス応答や生殖など様々な過程で機能することを見出し、これまで論文発表を積み重ねてきました。近年SDGsに対する関心が高まるなか、森林資源の活用技術で世界の最先端を走るフィンランドの研究者と討議していくうちに、長年取り組んできた活性酸素種を介したこのメカニズムが、植物の成長やリグニン合成にも重要である可能性を見出し、今回の研究を実施しました。

今回の研究成果により、活性酸素種生成酵素RBOHは、被子・裸子を含む種子植物間で制御機構が共通し、広く保存されている可能性が示唆されました。この新しい知見は、樹木の成長促進や有用物質生産に関する技術開発の一助となることが期待されます。

本研究成果は、2022年10月13日に国際学術誌「Frontiers in Plant Science」にオンライン掲載されました。

リグニン合成にはたらく活性酸素種生成酵素RBOHの制御機構は種子植物間で広く保存されている~活性酸素種を利用した、植物の物質生産への第一歩~
図. 本研究の概要。活性酸素種(ROS)は、反応性が高い化合物なので、一般に生体内で生成されると有毒と考えられているが、植物は、ROSを積極的に生成する酵素RBOHを持ち、ROSをさまざまな場面で活用している。そのため、RBOHの活性は厳密に制御される必要がある。オウシュウトウヒ(学名 Picea abies、英名 Norway Spruce) はクリスマスツリーにも使われるマツ科の針葉樹である。著者らは本研究において、裸子植物・樹木として初めて、PaRBOH1が活性酸素種生成酵素RBOHがCa2+(カルシウムイオン)の結合とリン酸化(図中のP)により相乗的に活性化されることを見出し、その活性化のメカニズムを解明した。PaRBOH1はオウシュウトウヒにおいて細胞壁のリグニン形成に関わっている可能性が考えられる。

研究の背景

RBOHは、細胞膜局在型の酵素(NADPHオキシダーゼ)であり、NADPHを電子源として、酸素分子を還元し、細胞膜より外側の空間(アポプラスト)に活性酸素種を生成します。

リグニンは、植物の細胞壁に約20〜30%という高い割合で含まれる、複雑な構造をした高分子重合体です。同じく細胞壁に含まれるセルロースなどの多糖類に結合して構造を支持し、細胞壁に剛性を与えます。リグニンの蓄積(木化)により、植物体は大きな体を維持することができ、微生物による分解からも保護されます。このようにリグニンは植物体にとって必須の成分ですが、その合成経路については未解明の部分が多く残されています。

解明されている部分として、リグニン合成はモノマーであるモノリグノールが酸化を受けることで開始され、これが多数重合することによりポリマーであるリグニンが形成されます。モノリグノールの酸化には、草本植物(被子植物)を用いた研究から、ペルオキシダーゼ(活性酸素種である過酸化水素を利用して酸化反応を触媒する酵素)等が関与し、このときにはアポプラスト内の活性酸素種の蓄積が必要であること、また、RBOHがこの活性酸素種蓄積を担うことが知られています。しかし、裸子植物を含む木本植物において、活性酸素種蓄積に関与する酵素は明らかにされていません。

研究結果の詳細

北欧など広範な地域の主要な針葉樹の一つで、産業的にも重要な裸子植物トウヒは、13種のRBOH遺伝子を持つと推定されます。このうち、成木の発達中の木部において、木化時に高発現し、培養細胞中でもリグニン形成時に最も多く発現するPaRBOH1遺伝子に着目しました。

この遺伝子の塩基配列を解析したところ、PaRBOH1のN末端側領域には4回の繰り返し配列が存在し、そこにシロイヌナズナのRBOH(AtRBOHD)に作用するリン酸化酵素(BIK1)の標的部位と同様の配列が含まれることがわかりました。また、PaRBOH1のN末端には、他にも種々のリン酸化標的部位が存在することが予測されました。

そこで、PaRBOH1のN末端領域の特定のアミノ酸がリン酸化され、その活性が制御されている可能性を検証するため、N末端領域側の配列をもつペプチド(400アミノ酸長)を作製し、これに発達中のトウヒ木部から得た抽出液と反応させました。その結果、発達中のトウヒ木部が持つタンパク質リン酸化酵素のはたらきによりリン酸化されることがわかりました。そこで実際にどの部位がリン酸化されたかを調べるため、予測された各リン酸化標的部位を組み込んだ短いペプチド鎖(15アミノ酸長)を合成し、同じくトウヒ抽出液を加えると、解析した16種のペプチドのうち、6種がリン酸化を受けることがわかりました。

PaRBOH1による活性酸素種生成を調べるため、東京理科大学朽津研究室で開発されたヒト培養細胞HEK293Tの異種発現系を用いて、PaRBOH1遺伝子を導入し、タンパク質を発現させました。以前の研究から、シロイヌナズナのRBOHはEFハンドモチーフ(*2)をもち、この部分にCa2+が結合することにより、酵素が活性化され、活性酸素種(ROS)が生成されることを見出していました。そこで、PaRBOH1導入細胞に、CaCl2とともに細胞膜のCa2+透過性を亢進させる物質(イオノマイシン)を添加したところ、活性酸素種の生成が誘導されました。また、RBOH阻害剤(ジフェニレンヨードニウム)を添加すると、活性酸素種生成が抑制されました。さらに、投与するCa2+濃度を変化させると、活性酸素種の生成活性がCa2+濃度に依存して変化することがわかり、トウヒのPaRBOH1の活性酸素種生成活性もCa2+の結合が引き金となって制御されていることが示されました。

次に、PaRBOH1のリン酸化の影響を調べるため、タンパク質脱リン酸化酵素の阻害剤(カリクリンA)をPaRBOH1導入細胞に加えたところ、活性酸素種生成量が増加しました。また、タンパク質リン酸化酵素の阻害剤(K252a)を加えたところ、濃度依存的に、イオノマイシン添加による活性酸素種の生成が減少しました。これにより、PaRBOH1のリン酸化が活性酸素種生成の制御に重要であることが示されました。さらに、CaCl2とイオノマイシン添加に先立ちカリクリンAを添加したときに、最も強い活性酸素種生成が見られたことから、PaRBOH1のリン酸化は、Ca2+による活性化をさらに強めると考えられます。このように、裸子植物であるトウヒのRBOHは、シロイヌナズナやイネなどの被子植物と同様に、特定の部位のリン酸化とCa2+の結合により相乗的に活性化されることが明らかになりました。

本研究について朽津教授は、「樹木は太陽エネルギーを活用し、CO2を減少させ、地球環境の保全に大きく寄与し、有用なエネルギー資源や新素材となるなど幅広い可能性を秘めており、その成長や有用成分の制御機構を解明する研究は今後ますます重要性を増すと考えられます。本研究は基礎研究ではありますが、樹木の成長促進技術や有用物質生産技術を開発する一助となると期待されます」としています。

※本研究は、Academy of Finland、Viikki Doctral Programme in Molecular Biosciences、Integrative Life Science Doctoral Program、Jenny and Antti Wihuri Foundation、文部科学省科研費(50211884、25114515)、日本学術振興会科研費(15H01239)、および東京理科大学国際交流プログラムの助成を受けて実施したものです。

用語

*1 活性酸素種
酸素から発生する、他の物質を酸化させる力の強い物質で、スーパーオキシドアニオンラジカル(O2)や過酸化水素(H2O2)などが含まれる。酸素呼吸、光合成などの過程で生成され、さまざまな環境ストレスにより生成が増加し、毒性を発揮する一方で、酵素的に積極的に生成され、シグナルとしての機能を持つことが明らかにされつつある。そのため、活性酸素種を生成する酵素の活性や量は厳密に調節されている。

*2 EFハンドモチーフ
多くの生物種のCa2+を結合する多くの種類のタンパク質が持つ部分(ドメイン)構造で、Ca2+ (カルシウムイオン)が特異的に結合する。

論文情報

雑誌名

Frontiers in Plant Science

論文タイトル

Regulation of PaRBOH1-mediated ROS Production in Norway Spruce by Ca2+ Binding and Phosphorylation

著者

Kaloian Nickolov, Adrien Gauthier, Kenji Hashimoto, Teresa Laitinen, Enni Väisänen, Tanja Paasela, Rabah Soliymani, Takamitsu Kurusu, Kristiina Himanen, Olga Blokhina, Kurt V. Fagerstedt, Soile Jokipii-Lukkari, Hannele Tuominen, Hely Häggman, Gunnar Wingsle; Teemu H. Teeri, Kazuyuki Kuchitsu, Anna Kärkönen

DOI

10.3389/fpls.2022.978586

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