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2026.07.29 Wed UP

AIが次々発見、スピン波を自在に操る人工結晶
~未踏ナノ磁性体を創成・解明する「ゆらぎ設計エージェント」~

東京理科大学
筑波大学
横浜国立大学
科学技術振興機構(JST)

研究の要旨とポイント

  • 量子コンピューターに向けた磁性デバイス構造を、AIを用いて設計することに成功。
  • 遺伝的アルゴリズムを用いた設計エージェントにより、非自明なスピン波人工結晶を発見。
  • 説明可能AIで設計空間を可視化し、高性能な候補構造が多数存在することを解明。
 図1 スピン波バンドギャップを目的特性としたマグノニック結晶の自律設計探索

図1 スピン波バンドギャップを目的特性としたマグノニック結晶の自律設計探索。

研究の概要

東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科の長岡 竜之輔氏(博士課程2年)、小嗣 真人教授、筑波大学、横浜国立大学、物質・材料研究機構(NIMS)らの共同研究グループは、説明可能AI(*1)を用いた構造ゆらぎ逆設計アプローチにより、優れた特性を持つ新規マグノニック結晶(*2)の発見に成功しました。

マグノニック結晶は、スピン波(*3)を制御できる新しいタイプのメタマテリアル(*4)で、量子コンピューターなどの次世代情報処理技術の基盤となる素子の一つです。しかし、素子構造の微小な違いがスピン波の伝搬特性に複雑な影響を与えるため、所望の特性を示すナノ構造を実現することは、材料設計における大きな未解決問題でした。そこで本研究では、遺伝的アルゴリズム(GA、*5)と周波数領域マイクロ磁気シミュレーション(*6)を組み合わせることで自律的に構造ゆらぎ設計を行うアルゴリズムを開発し、大きな「マグノニック・バンドギャップ」(*7)を持つ新たな2次元マグノニック結晶を探索しました(図1)。

研究の結果、これまで報告例のなかったFe(鉄)とEuO(酸化ユーロピウム)を組み合わせた非自明なトポロジー構造を有するマグノニック結晶を複数発見しました。時間領域マイクロ磁気シミュレーション(*8)により性能を検証したところ、最大8.7 GHz幅というより広いマグノニック・バンドギャップの達成を確認しました。さらに、高速フーリエ変換(FFT、*9)による構造特徴量の抽出および多次元尺度法(MDS、*10)を組み合わせて最適構造の集団の探索過程を可視化したところ、5次以上の高いバンド次数の場合、優れた性能を示す構造が一箇所に集中せず、分散して存在することが明らかとなりました。これは、高性能な構造の候補が複数存在することを意味しており、設計の柔軟性が高いことを示しています。

本研究はこれまでにないナノ構造を探索するだけでなく、一般的にブラックボックス化される探索過程を可視化・解析している点で、従来研究と一線を画しています。また、本手法は、同グループが開発してきた材料機能を理解するAIモデルである「拡張型自由エネルギーモデル」(※1)の概念を、解釈可能な材料設計へと展開したものになります。本手法は、マグノニック結晶にとどまらず、スピンのダイナミクス制御が機能の要となる多様な磁気デバイスや、量子コンピューティング技術の確立に大きく貢献することが期待されます。

本研究成果は、2026年7月28日に国際学術誌「Small Structures」にオンライン掲載されました。また、本成果は、2026 Materials Research Society(MRS)Spring Meeting & Exhibitにおいて、Best Presentation Awardを受賞するなど、国際的に高い評価を受けています。

研究の背景

マグノニック結晶は、磁性材料を周期的に配列した構造体です。フォトニック結晶が光を制御するように、マグノニック結晶はスピン波を精密に制御できます。熱損失が極めて少ない省エネルギーなメタマテリアル構造として、将来のAIや量子コンピューターの基盤技術への応用が期待されています。中でも、特定の周波数帯においてスピン波の伝搬を妨げる「マグノニック・バンドギャップ」は、構造によって柔軟に調整できるうえ、マイクロ波測定によって実験的に検出可能であることから、マグノニック結晶の設計における主要な制御パラメータの一つとなっています。しかし、構造とマグノン分散の関係が複雑なため、マグノニック・バンドギャップを拡大するための包括的な設計指針や最適な構造は依然として明らかになっていません。

これまでの研究では、散乱体半径や体積分率といったいくつかのパラメータを系統的に変化させることで、望ましいバンド分散を得る手法にとどまっていました。さらに、そのほとんどが1~3次といった低次バンドに焦点を当てており、構造変化に敏感で挙動の予測が難しい高次バンドは十分に探索されていませんでした。

こうした課題に対し、本研究グループは逆設計アプローチを採用しました。逆設計とは、目標とする物理特性を目的関数として定義し、機械学習または数学的最適化手法によって最適な構造を探索する手法です。これにより、経験則に依存しない柔軟な構造設計が可能となり、探索できる設計空間を大幅に拡大できます。具体的には、遺伝的アルゴリズムとマイクロ磁気シミュレーションを組み合わせることで、新規マグノニック結晶を逆設計し、その特性を検証しました。

研究結果の詳細

  • データ駆動型探索によるマグノニック結晶の構造最適化(図2)

    まず、2, 3番目の低次バンド間のバンドギャップ最適化を目標に構造探索を行いました。最適化が進行するにつれて、中心周波数で規格化したバンドギャップの相対幅はΔf/fc = 0.331から0.598へと大きく向上しました。(図2の左図には、最適化後のΔf/fc =0.598を示している)最終的に得られた構造は、従来研究で有望とされる正方形-正方形-正方形(SSS)構造(図2a)に酷似しており、データ駆動型の探索が既知の最適構造を自律的に再現できることが示されました。これにより、本手法の有効性が確認されました。

    次に、高次バンド(3次以上)のギャップ幅を対象とした最適化を行ったところ、いずれも報告例のない新規構造が得られました。バンド次数が高くなるほど構造は複雑化し、局所的な欠陥構造が導入される傾向が見られました(図2b)。この傾向は、物理的には、高次の振動モードはより短い波長のスピン波に対応するため、より微細な構造と共鳴しやすく、自然と細かく複雑な構造ゆらぎを有する設計の集団が最適解として選ばれると解釈できます。

    図2 遺伝的アルゴリズムによる構造探索で見出された新たなマグノニック結晶

    図2 遺伝的アルゴリズムによる構造探索で見出された新たなマグノニック結晶。
    バンド分散中に矢印で記されたギャップ周波数帯では、スピン波は伝搬できない。

    さらに、今回設計した構造と既存の正方格子マグノニック結晶を比較し、バンドギャップ幅を評価しました。その結果、最適化された構造では従来構造を大きく上回るバンドギャップ幅が得られました。4次、5次、6次、および7次バンドでは、それぞれのバンド次数において最も性能の高い従来構造と比べてマグノニック・バンドギャップの相対幅がそれぞれ約90%、440%、180%、830%と大幅に向上しており、特に5次バンドと7次バンドにおいて顕著な改善が見られました。さらに特筆すべきは、3次の設計ではマグノニック・バンドギャップが最適化された構造においてのみ観測された点です。従来構造ではこのバンド範囲にギャップ自体が存在しておらず、今回の結果は高次バンドにおける逆設計アプローチの有効性を明確に示しています。

  • MDSマッピングによる設計空間の可視化(図3)

    続いて、最適化された構造の法則性を解釈するために、MDSにより構造特徴量を抽出し、2次元の設計空間マップを作成しました(図3)。1~4次バンドの設計では、最適化された構造(図中の星印)は空間内で局所的なクラスターを形成しており、低次バンドの最適化では類似した構造に収束しやすいことを示しています。一方、5~7次バンドの設計では、最適化された構造はより広範囲に分布しており、解どうしの構造的類似性が著しく低くなっていました。これらの結果は、高次バンドでは最適化の試行ごとに異なる解が得られる傾向があり、複数の局所最適解が存在する、より複雑な設計空間を示唆しています。磁気共鳴の物理的観点から考えると、高次の共鳴モードはより微細な構造スケールに対応するため、構造の自由度が高まり、異なる複数の構造が同等の性能を実現し得ると考えられます。さらに、情報エントロピー(*11)を用いて複雑構造を定量化したところ、バンド次数に情報エントロピーが比例して増大する傾向が確認されました。このことは、情報学と物理学に根ざした特徴量設計により、マグノニック結晶の設計法則を抽出できる可能性を示しています。

    図3 MDSにより可視化したマグノニック結晶の設計空間マップ

    図3 MDSにより可視化したマグノニック結晶の設計空間マップ。
    図中の各点が発見された構造の1つに対応する。

    本研究は、磁性体の微小なナノ構造トポロジーを緻密に設計することでスピンのダイナミクスをより柔軟に制御できる可能性を提示する研究であり、従来のスピン波デバイス設計の自由度を大きく広げるものです。本手法は、高効率・高性能な次世代AIデバイスや量子コンピューティング技術などの実現に貢献すると期待されます。

    本研究を主導した東京理科大学の小嗣教授は、「本研究成果は、超低消費電力の次世代情報処理デバイスやAIハードウェアの実現につながり、スマートフォンやデータセンターの省エネルギー化に貢献することが期待されます」と、コメントしています。

※ 本研究は、日本学術振興会(JSPS)の特別研究員奨励費(DC1: JP25KJ2117)、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(ACT-X: JPMJAX22AL、CREST: JPMJCR21O1)の助成を受けて実施したものです。

用語

*1: 説明可能AI
AIの判断根拠や意思決定過程を人間が理解できる形で説明可能なAI。

*2: マグノニック結晶
スピン波(マグノン)に対して周期的ポテンシャルを形成し、その伝播を制御する人工的な磁性構造体。

*3: スピン波
磁性体中の隣接原子の磁気モーメント(スピン)が連鎖的に揺れ動くことで生じる波。量子力学的にはマグノンとも呼ばれる。電子を直接流さずに情報を運べるため、発熱が少なく省エネな情報伝達手段として注目されている。

*4: メタマテリアル
自然界には存在しない特性を人工的に作り出した新素材。

*5: 遺伝的アルゴリズム(GA: Genetic Algorithm)
生物の進化過程を模倣した最適化手法。複数の候補解を個体として扱い、適応度評価、選択、交叉、突然変異を繰り返すことで、より良い解を探索する。

*6: 周波数領域マイクロ磁気シミュレーション
周波数領域で線形化したLandau-Lifshitz-Gilbert方程式(LLG方程式)を解くことで、時間発展シミュレーションを行うことなく、スピン波の固有モード、分散関係、および強磁性共鳴特性を解析する手法。

*7: マグノニック・バンドギャップ
マグノニック結晶において、スピン波が反射・減衰により伝搬できない周波数の帯域。バンド次数が高いほど、より高い周波数帯域でギャップが形成される。

*8: 時間領域マイクロ磁気シミュレーション
磁化の時間発展を記述するLandau-Lifshitz-Gilbert方程式(LLG方程式)を解き、磁性体中のスピンダイナミクスを解析する手法。スピン波の伝搬、磁化反転、共鳴応答などの動的現象を直接シミュレーションできる。

*9: 高速フーリエ変換(FFT: Fast Fourier Transforms)
画像やパターンなどの周期性を波の重ね合わせとして解析する手法。磁化分布に含まれる周期構造や波数成分を抽出でき、スピン波の伝搬方向、波長、分散についての情報を得ることができる。

*10: 多次元尺度法(MDS: Multidimensional Scaling)
多数のデータ間の距離や類似度を計算し、高次元のデータを2次元または3次元の座標上に視覚化する統計的手法。

*11: 情報エントロピー
熱力学におけるエントロピーの考え方を情報学に応用した概念で、情報の不確実性や複雑性を表す指標。データに含まれる情報のばらつきが大きいほど、情報エントロピーは大きくなる。

論文情報

雑誌名

Small Structures

論文タイトル

Inverse design of two-dimensional magnonic crystals via topology optimization with frequency-domain micromagnetics

著者

Ryunosuke Nagaoka, Takahiro Yamazaki, Chiharu Mitsumata, Yuma Iwasaki, and Masato Kotsugi

DOI

10.1002/sstr.70526

発表者

長岡 竜之輔
東京理科大学 先進工学研究科 マテリアル創成工学専攻 博士課程2年
山崎 貴大
横浜国立大学 大学院工学研究院 システムの創生部門 准教授
三俣 千春
筑波大学 数理物質系 教授
岩崎 悠真
物質・材料研究機構(NIMS)マテリアル基盤研究センター 主幹研究員
小嗣 真人
東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 教授
※責任著者

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