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オピオイドδ受容体作動薬の即効性抗うつ作用の機序解明
~臨床応用の実現に向け大きく前進~
東京理科大学
研究の要旨とポイント
- オピオイドδ受容体(DOP)作動薬は、既存薬よりも即効性が高く、副作用の少ない新規抗うつ薬として有望視されていますが、作用機序には不明な点が残されています。
- 今回、単回投与時のDOP作動薬の作用機序を調べ、内側前頭前野下辺縁皮質(IL-PFC)に作用して抗うつ様作用を示すこと、さらにその分子メカニズムを突き止めました。
- IL-PFCは既存抗うつ薬に対する治療抵抗性に関与する脳部位であることから、DOP作動薬は既存薬では治療困難な患者に対しても一定の効果を示すと期待されます。
研究の概要
東京理科大学 薬学部 薬学科の斎藤 顕宜教授、同大学 薬学研究科 薬学専攻の吉岡 寿倫氏(博士課程3年)らの研究グループは、新たな抗うつ薬として期待されるオピオイドδ受容体(DOP)作動薬の作用機序を実証し、内側前頭前野下辺縁皮質(IL-PFC)に作用して、単回投与で、抗うつ様作用を示すことを突き止めました。IL-PFCは既存抗うつ薬に対する治療抵抗性に関与する脳部位であることから、DOP作動薬は既存薬では治療困難な患者に対しても一定の効果を示すと期待されます。
うつ病患者は世界で3億人を超えると推計されており、今や大きな社会問題となっています。しかし、既存のうつ病治療薬には、効果が出るまでに時間がかかること(遅効性)、十分に効果を発揮しない症例も多いこと(治療抵抗性)、そして副作用など、さまざまな問題があります。そのため、こうした課題をクリアした新規治療薬の開発が求められています。
斎藤教授らはこれまで、DOP作動薬に注目して研究を進めており、既存薬よりも早期に薬効を示し、副作用リスクも低い可能性を示す研究結果を発表するなど、新規うつ病治療薬としての臨床応用を目指して研究を進めてきました(※1〜4)。
一方で、DOP作動薬の抗うつ作⽤の詳細な作用メカニズムは依然として不明な点が多く残されており、臨床開発における大きな課題となっています。これまで本研究グループは、DOP作動薬の反復投与における抗うつ様作用メカニズムを明らかにしましたが(※1)、即効性という観点からは、反復投与だけでなく単回投与の際にどのようなメカニズムで薬効を発揮するのかも明らかにする必要があります。そこで本研究では、DOP作動薬の単回投与におけるマウス抗うつ様作用のメカニズム解明を試みました。
その結果、DOP作動薬の単回投与が、IL-PFCのパルブアルブミン陽性介在神経細胞においてPI3K‒Akt‒mTORC1‒p70S6Kシグナル経路を介してγ-アミノ酪酸(GABA)の放出を抑制し、グルタミン酸作動性神経系を賦活化することで抗うつ様作用を示すことを明らかにしました(図)。これは、DOP作動薬が既存薬とは異なる作用機序を有することを示す結果であり、過去の研究結果と合わせて考えると、即効性‧有効性‧安全性に優れた画期的な新規うつ病治療薬として有望であると期待されます。
本研究成果は、2024年12月6日に国際学術誌「Molecular Psychiatry」にオンライン先行公開されました。

図. 本研究で明らかになったDOP作動薬単回投与時の作用機序。
研究の背景
DOPは、新規抗うつ薬の有望なターゲット候補であり、副作用の少ない迅速な作用が期待されています。本研究グループは、これまでに、選択的DOP作動薬KNT-127が初期のDOP作動薬よりもDOPに対する高い選択性と活性を有していることを見出しています(※1〜4)。また、KNT-127は、既存の抗うつ薬や抗不安薬で知られている記憶障害や消化器症状などの副作用を示さないため、新規向精神薬としての開発が期待され、そのメカニズムの解明に注目が集まっています。東京理科大学のグループはすでに、日本ケミファ株式会社を代表機関としたAMEDの課題番号JP17pc0101018の支援のもと、KNT-127をさらに改良した新規DOP作動薬NC-2800の臨床開発を進めています。
今後、さらに広範な臨床試験を実施し、医薬品規制当局の承認を目指すためには、DOP作動薬が示す抗うつ様作用の根底にある機能的機序を明らかにすることが重要となります。本研究グループはこれまでに、モデルマウスを用いたKNT-127繰り返し投与実験を行い、視床下部-下垂体-副腎皮質(HPA)軸、成体海馬の神経新生、脳内炎症などの病態生理的変化に対して作用することで、抗うつ様作用や抗ストレス作用を示すことを明らかにしました(※1)。しかし、単回投与時の作用機序はまだよくわかっていませんでした。
これまでに作用機序が報告されている既存の抗うつ薬では、特定の脳領域におけるmTORシグナル伝達経路やGABA作動性ニューロンの関与が示唆されています。そこで本研究では、DOP作動薬KNT-127の抗うつ様作用の基盤となる細胞メカニズムについて、(1)抗うつ様作用にmTORシグナル伝達経路が関与しているかどうか、(2)抗うつ様作用が発揮される特定の脳領域、(3)抗うつ様作用とグルタミン酸作動性ニューロンおよび/またはGABA作動性ニューロンとの関係、(4)DOPが発現する特異的細胞型、という観点から研究を行いました。
研究結果の詳細
KNT-127の抗うつ様作用にmTORシグナル伝達経路が介在するかどうかを調べるために、KNT-127の投与30分前に、マウスに選択的mTOR阻害剤であるラパマイシンを脳室内投与し、その30分後に強制水泳試験(*1)を実施しました。その結果、ラパマイシンの投与により、KNT-127投与による無動時間の短縮、すなわち抗うつ効果は消失しました。これは、KNT-127はmTORシグナル伝達経路を介して抗うつ様作用を発揮していることを示唆しています。
次に、気分障害に関連する脳領域である内側前頭前皮質(mPFC)、扁桃体、海馬におけるmTORシグナル関連タンパク質の活性化をウェスタンブロッティングで解析した結果、mPFCにおいてAkt-mTOR-p70S6K経路が、扁桃体においてERK-mTOR-p70S6K経路が活性化されていることが示唆されました。
また、ホスファチジルイノシトール-3(PI3)キナーゼ阻害剤を用いた実験から、KNT-127の作用は、少なくともPI3K-Akt経路を介していることが示唆されました。
これらの結果を踏まえ、KNT-127を内側前頭前野下辺皮質領域(IL-PFC)に局所注入したところ、PI3KおよびmTOR経路を介して抗うつ様作用が生じました。代理社会的敗北ストレスモデルマウスという妥当性の高いうつ病モデル動物を用いた実験でも、PI3KおよびmTOR経路を介して抗うつ様作用が発現することが確認できました。
さらに、電気生理学的解析や免疫染色などの手法を駆使して、KNT-127の抗うつ様作用の基盤となる生理学的メカニズムについて調べました。ホールセルパッチクランプ法で測定した結果、KNT-127が灌流投与されたIL-PFCスライスでは、錐体ニューロンにおける微小興奮性シナプス後電流(mEPSC)の発火頻度が増加し、微小抑制性シナプス後電流(mIPSC)の発火頻度が減少しました。また、DOP-eGFPノックインマウスの脳スライスをイメージングしたところ、IL-PFCにおいて、ほぼすべてのDOPがパルバルブミン陽性介在ニューロンに発現していることが明らかになりました。
これらの知見から、KNT-127は、PI3K-Akt-mTORC1-p70S6K経路を介してパルバルブミン陽性介在ニューロンからのGABA放出を抑制し、IL-PFC錐体ニューロンの興奮を増強することで抗うつ様作用を発揮するという作用機序が示唆されました。
研究を主導した斎藤教授は「本研究成果は新薬の臨床開発で重要となる作用機序の実証に寄与するものであり、DOP作動薬の世界初の臨床実装に向けた大きな成果です。また、IL-PFCは既存抗うつ薬に対する治療抵抗性に関与する脳部位であることから、DOP作動薬は既存薬では治療困難な患者に対しても一定の効果を期待できると考えられます。我々の先行研究も総合して考えると、DOP作動薬は、全く新しい作用機序で、既存薬よりも即効性‧有効性‧安全性に優れた画期的な新規うつ病治療薬となるポテンシャルを秘めていると言えます。」と研究の意義を語っています。
※ 本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)「オピオイドδ受容体活性化を機序とする画期的情動調節薬の開発」(JP17pc0101018)の助成を受けて実施したものです。
過去のプレスリリース
※1 「オピオイドδ受容体作動薬KNT-127の作用機序を解明 ~抗うつ様作用に加え、抗ストレス作用を示す新たなうつ病治療薬の実現へ~」
※2 「オピオイドδ受容体作動薬の作用部位、シグナル伝達の詳細を解明 ~新規向精神薬の実現へまた一歩前進~」
※3 「オピオイドδ受容体作動薬の作用機序を解明!新規向精神薬としての応用へ前進 ~グルタミン酸による神経伝達を抑制し、神経細胞自体の興奮も抑制する~」
※4 「オピオイドδ受容体作動薬は不安や恐怖の記憶を適切に消去する働きを持つ ~新たな作用機序を持つ向精神薬開発に期待~」
用語
*1 強制水泳試験
抗うつ薬の効果を調べる行動実験の一つ。マウスを足がつかない深さの円筒形のガラス水槽に入れると、通常は脱出しようと泳いで移動するが、やがて頭を水面から出す最低限の動きしかしなくなる(無動状態)。この無動時間の長さを抗うつ様作用の指標とする。
論文情報
雑誌名
Molecular Psychiatry
論文タイトル
Delta opioid receptor agonists activate PI3K–mTORC1 signaling in parvalbumin-positive interneurons in mouse infralimbic prefrontal cortex to exert acute antidepressant-like effects
著者
Toshinori Yoshioka, Daisuke Yamada, Akari Hagiwara, Keita Kajino, Keita Iio, Tsuyoshi Saitoh, Hiroshi Nagase, Akiyoshi Saitoh
DOI
発表者
- 吉岡 寿倫
- 東京理科大学 薬学研究科 薬学専攻 博士課程3年 <筆頭著者>
- 山田 大輔
- 東京理科大学 薬学部 薬学科 講師
- 萩原 明
- 東京理科大学 創域理工学部 生命生物科学科 准教授
- 梶野 景太
- 筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 博士後期課程3年
- 飯尾 啓太
- 筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 博士後期課程修了
- 斉藤 毅
- 筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 准教授
- 長瀬 博
- 筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 名誉教授
- 斎藤 顕宜
- 東京理科大学 薬学部 薬学科 教授 <責任著者>
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