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2023.05.08 Mon UP

オピオイドδ受容体作動薬KNT-127の作用機序を解明
~抗うつ様作用に加え、抗ストレス作用を示す新たなうつ病治療薬の実現へ~

研究の要旨とポイント

  • オピオイドδ受容体(DOP)作動薬はうつ病治療薬として高いポテンシャルを持つことが報告されていましたが、その詳細な作用メカニズムについては未解明のままでした。
  • 本研究グループは、これまでに、選択的DOP作動薬KNT-127が、既存薬よりもDOPに対する高い選択性と活性を有しており、副作用のリスクも少ないことを見出していました。
  • そこで今回、代理社会的敗北ストレス(cVSDS)モデルマウスを対象とした実験を行い、選択的DOP作動薬KNT-127が抗うつ様作用に加え、抗ストレス作用を示すことを見出すとともに、作用機序も明らかにしました。
  • 本研究をさらに発展させることで、従来とは異なる作用機序を有する、新たなうつ病治療薬の開発につながることが期待されます。

東京理科大学薬学部薬学科の斎藤顕宜教授、山田大輔講師、同大学大学院薬学研究科の吉岡寿倫氏(博士課程1年)、同大学先進工学部生命システム工学科の瀬木(西田)恵里教授、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の長瀬博名誉教授の研究グループは、うつ病の有効なモデルである代理社会的敗北ストレス(cVSDS, ※1)モデルマウスを用いた一連の実験を行い、選択的オピオイドδ受容体(DOP)作動薬KNT-127が、抗うつ様作用と抗ストレス作用の両方を示すことを見出しました。また、KNT-127が視床下部-下垂体-副腎皮質(HPA)軸、成体海馬の神経新生、神経炎症などの病態生理的変化に対する治療、予防効果を示すことを実証しました。

現代におけるうつ病患者数は全世界で約3億人にも達し、世界で最もよくみられる精神疾患の1つとなっています。うつ病では、HPA軸、成体海馬の神経新生、神経炎症が病態生理因子の鍵とされてきましたが、詳細な作用メカニズムについては未解明な部分が多く残されています。一方、δオピオイド作動薬は既存薬と比較して、抑うつ様行動および不安様行動を早期に改善することが知られています。また、既存薬でみられるような副作用を示さないため、新たな治療薬として期待が高まっています。そこで本研究では、選択的δオピオイド作動薬KNT-127の治療効果および予防効果について、HPA軸、海馬の神経新生、神経炎症に及ぼす影響などの観点から評価し、その作用機序を明らかにしようと試みました。

KNT-127をストレス期間終了後に繰り返し投与した場合、海馬歯状回で新生した神経細胞の生存率には変化が見られませんでしたが、cVSDSマウスの社会的相互作用の割合が向上し、HPA軸の過剰な活性化が抑制されることがわかりました。これにより、KNT-127が抗うつ様作用を有することが示唆されました。また、KNT-127をストレス期間中に繰り返し投与した場合、社会的相互作用の割合の増加、HPA軸の調節機能の正常化、新生した神経細胞の細胞死の抑制など、精神的ストレスによって生じる負の影響を制御できることが明らかとなりました。これにより、KNT-127が抗ストレス作用を有することが示唆されました。さらにKNT-127が、ミクログリア(※2)の過剰な活性化、ひいては神経炎症を抑制する作用を有していることも見出しました。これらの結果は、KNT-127が従来の治療薬とは異なる作用機序を有していることを意味します。本研究をさらに発展させることで、新規治療薬の開発につながり、うつ病治療選択肢の拡充が期待されます。

本研究成果は、2023年3月30日に国際学術誌「Neuropharmacology」にオンライン掲載されました。

研究の背景

cVSDSマウスの社会相互作用テスト(SIT, ※3)で見られる社会的回避行動は、ストレス期間直後よりも1ヶ月後に有意に増加することが過去の研究からわかっていますが、その詳細な機構についてはわかっていませんでした。また、本研究グループは、過去にcVSDSがストレス期間中に海馬歯状回における新生神経の生存率を低下させることを報告しました(*1)。そこで得た知見から、ストレス期間から社会的回避行動の悪化までの1ヶ月のタイムラグは海馬の神経新生の異常が要因ではないかと仮説を立てていました。

一方、DOPは、新規抗うつ薬のターゲットであり、副作用の少ない迅速な作用が期待されています。本研究グループは、過去に選択的DOP作動薬KNT-127が、既存薬よりもDOPに対する高い選択性と活性を有しており、さらには副作用のリスクが少ないことを見出していました(*2)。また、その成果をもとに新規うつ病治療薬としての臨床開発に注力してきました。しかしながら、KNT-127の脳内における機能的なメカニズムについては、ほとんど明らかになっていませんでした。

以上の背景を踏まえ、本研究グループは、うつ病のモデルとして妥当性の高いcVSDSモデルマウスを使用し、選択的DOP作動薬KNT-127を繰り返し投与したときの影響を解明しようと試みました。また、KNT-127の治療・予防効果、作用機序の解明を目的として研究を進めてきました。

(*1) 東京理科大学プレスリリース
『精神的ストレスが海馬の神経新生に与える影響の解明に成功 ~うつ病の病態生理の解明に前進、新たな治療薬の開発に期待~』
URL:https://www.tus.ac.jp/today/archive/20210922_3728.html

(*2) 東京理科大学プレスリリース
『オピオイドδ受容体作動薬の作用部位、シグナル伝達の詳細を解明 ~新規向精神薬の実現へまた一歩前進~』
URL:https://www.tus.ac.jp/today/archive/20220421_7240.html

研究結果の詳細

先行研究を参考にcVSDSモデルマウスの作製を行い、その後の実験に使用しました。

まず、KNT-127の繰り返し投与が、マウスの海馬歯状回における神経新生に与える影響を確認しました。マウスに投与したBrdUの取り込み細胞数について、フルオキセチン(既存の抗うつ剤)では増加する一方で、KNT-127では変化が見られませんでした。これは、KNT-127が従来の抗うつ剤とは異なり、海馬の神経新生に影響を与えないことを示唆しています。

次に、10日間のストレス期間終了後にKNT-127を繰り返し投与した場合の影響を調べました。KNT-127を28日間投与(3mg/kg/日)すると、SITにおける相互作用ゾーンでの滞在時間が増加し、血漿コルチコステロン値が増加することがわかりました。この結果は、KNT-127が新生した神経細胞の生存率には影響を与えることなく、抗うつ様作用を発揮することを示しています。

さらに、10日間のストレス期間中にKNT-127を繰り返し投与した場合の影響を調べました。KNT-127(3mg/kg/日)を各ストレス期の30分前に投与したところ、4週間後におけるSITでの社会的相互作用の割合が増加し、血漿コルチコステロン濃度の上昇を抑制することがわかりました。また、KNT-127は、cVSDSに伴う海馬歯状回における新生した神経細胞の生存率の低下を抑制していることも明らかとなりました。これらの結果により、KNT-127が抗ストレス作用を有すると同時に、精神的ストレスによる過剰な新生神経細胞死を抑制する効果があることが判明しました。

最後に、KNT-127がcVSDSマウスの神経炎症に影響を与えるかどうかを評価しました。cVSDSマウスの海馬歯状回で総ミクログリア数(Iba-1陽性細胞)と活性化ミクログリア数(CD11b陽性細胞)が増加していたことから、cVSDSマウスが神経炎症を引き起こしていることがわかりました。ここでKNT-127のストレス期間中投与とストレス期間終了後投与の両方でミクログリアが減少したことから、海馬歯状回において抗炎症作用を示すことが明らかとなりました。

本研究成果について、研究を主導した斎藤教授は「本研究は、DOP作動薬が既存薬とは全く異なる作用機序を有する可能性を示しています。そのため、臨床開発が成功すれば、今後のうつ病治療戦略の選択肢が増えることが期待されます。また、抗うつ様作用に加え、抗ストレス作用も有するので、うつ病患者の治療期間中のストレス軽減にも大きく貢献できると考えています」と、今後の研究の発展に期待を寄せています。

用語

※1 代理社会的敗北ストレス(cVSDS:chronic vicarious social defeat stress)モデルマウス:
うつ病のモデルマウス。対象の個体が実際に攻撃を受けるのではなく、他の個体が攻撃を受けている現場を目撃させることで精神的ストレスのみを与える。

※2 ミクログリア:
脳などの中枢神経系で免疫防御を行うグリア細胞の一種。神経細胞の修復や不要な細胞の貪食を行う。過度に活性化すると、正常な神経細胞の細胞死をもたらす。

※3 社会相互作用テスト(SIT:social interaction test):
マウスが他のマウスに対して示す社会的行動の度合いを評価するための試験方法。抑うつ様症状の評価系のひとつとして利用される。

※本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)医療研究開発革新基盤創成事業(研究開発課題名:オピオイドδ受容体活性化を機序とする画期的情動調節薬の開発)による支援を受けて実施されました。

論文情報

雑誌名

Neuropharmacology

論文タイトル

KNT-127, a selective delta opioid receptor agonist, shows beneficial effects in the hippocampal dentate gyrus of a chronic vicarious social defeat stress mouse model

著者

Toshinori Yoshioka, Daisuke Yamada, Eri Segi-Nishida, Hiroshi Nagase, Akiyoshi Saitoh

DOI

10.1016/j.neuropharm.2023.109511

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