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2020.02.18 Tue UP

オピオイドδ受容体作動薬は不安や恐怖の記憶を適切に消去する働きを持つ
~新たな作用機序を持つ向精神薬開発に期待~

研究の要旨とポイント
  • ●不安や恐怖に関する記憶は生物が生きていく上で欠かせないものですが、過剰な不安や恐怖は日常生活の妨げになるため、適切な消去が重要です。
  • ●本研究では、オピオイドδ受容体作動薬が、不安・恐怖記憶の消去を促進する作用があることを示しました。
  • ●今後、本研究で用いたオピオイドδ受容体作動薬KNT-127をリード化合物として開発を進めることで、既存の薬剤とは異なる新たな作用機序による向精神薬開発への道が開けると期待されます。
オピオイドδ受容体作動薬は不安や恐怖の記憶を適切に消去する働きを持つ ~新たな作用機序を持つ向精神薬開発に期待~

東京理科大学薬学部薬学科斎藤顕宜教授、山田大輔助教、栁澤祥子らの研究グループは、オピオイドδ受容体作動薬の投与により不安・恐怖記憶が消去されやすくなることを示しました。

不安や恐怖に関する記憶は生物が生きていく上で欠かせないものですが、過剰な不安や恐怖は日常生活の妨げになります。例えば、不安障害の背景には、不安・恐怖記憶の消去機能がうまく働かないことがあると考えられています。そのため不安障害の治療においては、適切に不安・恐怖記憶を消去する、すなわち恐怖を覚える必要がないことを新たに学習する「消去学習」が重要になります。

研究チームは、2種のオピオイドδ受容体作動薬KNT-127およびSNC80の抗不安作用を、マウスを用いた恐怖条件付け試験で検証しました。その結果、KNT-127 とSNC80は共に不安・恐怖記憶の消去による抗不安作用を示すものの、不安・恐怖記憶の消去学習を促進する作用はKNT-127のみで認められました。

今後、オピオイドδ受容体作動薬KNT-127をリード化合物として開発を進めることで、既存の薬剤とは異なる新たな作用機序による向精神薬開発への道が開けると期待されます。

【研究の背景】

現在、代表的な不安障害である心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療薬としては抗うつ薬のセロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)が一般的に用いられていますが、治療効果が出るまでに数週間要する、十分な効果を得られない患者が存在するなどの問題があり、新しい作用機序による治療薬の開発が望まれています。

オピオイドδ受容体作動薬は感情の制御に関わることが知られており、斎藤教授らの研究グループはこれまでに動物モデルを用いた検討から、オピオイドδ受容体作動薬のKNT-127 とSNC80が抗不安作用を示すことを突き止めていました。

SNC80とKNT-127はよく似た薬理学的作用を示す一方で、SNC80はけいれんやカタレプシーといった副作用を示す一方で、KNT-127にはそういった副作用の報告はないという違いがあります。そこで研究グループは、SNC80とKNT-127では恐怖・不安記憶の消去学習に対して異なる影響を及ぼすという仮説を立て、検証しました。

【研究結果の詳細】

まず研究グループは、恐怖記憶を形成させるために、床に電線を敷いたケースにマウスを入れ、0.8mAの電流を1秒間、30秒の間隔をあけて8回流しました。これは「恐怖条件付け試験」と呼ばれる試験で、マウスは、実際に電気ショックを与えなくても、電線を敷いたケースに入れられるだけで恐怖記憶を呼び起こすようになります。
電気ショックの24時間後に、低用量(1mg/kg)、中用量(3mg/kg)、高用量(10mg/kg)のKNT-127、SNC80もしくは生理食塩水のいずれかをマウスに注射し、その30分後に、再び同じケースに6分間入れて、恐怖反応である「すくみ反応」(フリーズ)を示した割合を記録しました。同様に、その24時間後にも同じケースに6分間入れ、すくみ反応を観察しました。

その結果、KNT-127を投与したマウスは、24時間後にケースに戻した際すくみ反応を見せた割合は、投与量によって異なるものの中用量群と高用量群でコントロール群(生理食塩水群)よりも有意に少ないことがわかりました。また、投与量が多いほどすくみ反応は少なくなることも確認されました。さらに、その24時間後におこなった2回目の観察でも、中用量投与群とコントロール群(生理食塩水群)の有意差は認められなかったものの、高用量群では依然としてコントロール群(生理食塩水群)よりもすくみ反応は有意に少ないことが示されました。

一方、SNC80を投与したマウスでは、1回目の観察では低用量群、中用量群、高用量群全てで生理食塩水群よりも有意にすくみ反応は少なかったですが、2回目の観察では、全てのSNC80投与群と生理食塩水群で、有意差は認められませんでした。

これらの結果は、KNT-127とSNC80は共に抗不安作用を持つものの、消去学習の促進はKNT-127でのみ認められたことを示唆しています。

さらに研究グループは、、恐怖記憶の消去学習によって脳の特定の領域でリン酸化が促進されることで知られるERK1/2は、KNT-127投与群においては1回目の観察後に増加が確認された一方で、SNC80では増加が認められないことも確認しました。

以上の結果は、KNT-127 とSNC80は共に恐怖記憶の消去による抗不安作用を示すものの、恐怖記憶の消去学習を促進する作用はKNT-127のみで確認され、同じオピオイドδ受容体作動薬でありながら、背景にはそれぞれ異なる記憶消去のメカニズムがあることを示唆しています。

今回の成果について斎藤教授は、「本研究で用いた恐怖条件付け試験は、PTSDの研究にもよく用いられる動物モデルの1つです。今回の研究で示されたオピオイドδ受容体作動薬による不安恐怖に対する消去学習の促進作用は、PTSDのこれまでにない画期的な治療法開発の可能性を示唆しています。」として、今後の研究開発への期待を示しています。

※ 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(C)17K10286の助成を受けて実施したものです。

【論文情報】

雑誌名 Neuropharmacology
論文タイトル Selective agonists of the δ-opioid receptor, KNT-127 and SNC80, act differentially on extinction learning of contextual fear memory in mice
著者 Daisuke Yamada, Shoko Yanagisawa, Kazumi Yoshizawa, Shinya Yanagita, Jun-Ichiro Oka, Hiroshi Nagase, Akiyoshi Saitoh
DOI 10.1016/j.neuropharm.2019.107792

薬理研究室のページ
斎藤教授 大学公式ページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?7017
研究室のページ:https://yakurisaitohlab.jimdofree.com/

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