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2022.04.25 Mon UP

オピオイドδ受容体作動薬の作用部位、シグナル伝達の詳細を解明
~新規向精神薬の実現へまた一歩前進~

研究の要旨とポイント

  • オピオイドδ受容体作動薬KNT-127には不安や恐怖などの記憶消去を促進する作用があり、精神疾患の新規治療薬として注目されていますが、詳しい作用機序については部分的にしか解明されていませんでした。
  • 本研究では、KNT-127が脳の扁桃体基底外側核(BLA)と内側前頭前野下辺縁皮質(IL)のδ受容体に作用すること、領域ごとに異なるシグナル伝達経路を介することを初めて明らかにしました。
  • 本研究を発展させることで、既存品とは異なる作用機序を有し、副作用が少ない新規向精神薬の開発が期待されます。

東京理科大学薬学部薬学科の斎藤顕宜教授、山田大輔助教、河南絢子氏(修士課程1年)と筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の長瀬博教授らの研究グループは、オピオイドδ受容体作動薬KNT-127が脳の扁桃体基底外側核(BLA)および内側前頭前野下辺縁皮質(IL)に作用し、恐怖記憶の消去促進作用を示すことを明らかにしました。また、BLAではMEK/ERK経路(※1)、ILではPI3K/Akt経路(※2)という、それぞれ異なるシグナル伝達経路を介して作用する一連の機構を解明することに成功しました。本研究をさらに発展させることで、従来とは異なる作用機序を有し、副作用が少なく使用しやすい新たな治療薬の開発が期待されます。

オピオイドδ受容体作動薬KNT-127には、不安を強力かつ迅速に緩和する効果があることが知られています。また、一般的な薬剤と比較して副作用の程度が弱いため、患者にとって使用しやすい新たな治療薬として注目されています。本研究グループは、世界に先駆けてKNT-127のはたらきや作用機序に関する研究を進めてきました。数多くの成果により、その詳細は少しずつ明らかになってきましたが、KNT-127が脳のどの領域に作用しているのか、分子レベルでどのような反応が起きているのかについては未だにわかっていませんでした。そこで、本研究グループはこの分野における知識と実績を基に、KNT-127による作用部位と細胞内シグナル伝達経路の解明に挑戦しました。

研究の結果、KNT-127が脳のBLAとILに作用することで、恐怖を抑制する効果を示すことを明らかにしました。また、この作用が生じる際、BLAではMEK/ERK経路、ILではPI3K/Akt経路というそれぞれの脳部位で異なる経路に仲介されていることも見出しました。本研究の成果により、これまで議論の的になっていたKNT-127の作用機序が解明されました。これは、新規治療薬を開発する上で非常に重要な知見であり、本研究をさらに発展させることで、既存品とは異なるメカニズムを有する新規向精神薬の開発が期待されます。

本研究成果は、2022年2月21日に国際学術誌「Frontiers in Behavioral Neuroscience」にオンライン掲載されました。

研究の背景

うつ病や不安症などの精神障害の治療法の1つに、薬物療法があります。現在、その治療薬としては、セロトニン再取り込み阻害薬やベンゾジアゼピン系薬物などが使用されています。しかしながら、これらの治療薬は、眠気、脱力感、消化不良などの様々な副作用を伴うため、患者が使用しにくいという課題がありました。そのため、既存の薬剤とは異なる新規治療薬の開発が望まれてきました。

斎藤教授らの研究グループは、これまでにオピオイドδ受容体作動薬に関する数多くの論文を発表し、この分野を牽引してきました。2019年には、KNT-127に抗うつ、抗不安、恐怖記憶の消去を促進する作用があることを発見しました(*1)。また2021年には、KNT-127が投与されたマウスの内側前頭前野前辺縁(PL)において、神経伝達物質であるグルタミン酸の放出が減少し、脳活動が弱まることなど、その作用機序の解明に注力してきました(*2)。一方で、KNT-127が脳のどの領域で、どのようなメカニズムで作用するのかなど、未解明の部分がありました。そこで本研究では、KNT-127が作用する脳領域やシグナル伝達経路の解明に焦点を当てて、研究を進めてきました。

(過去のプレスリリース)

*1: 「オピオイドδ受容体作動薬は不安や恐怖の記憶を適切に消去する働きを持つ」
URL: https://www.tus.ac.jp/today/archive/20200218001.html

*2: 「オピオイドδ受容体作動薬の作用機序を解明!新規向精神薬としての応用へ前進」
URL: https://www.tus.ac.jp/today/archive/20210628_3185.html

研究結果の詳細

最初に、KNT-127が脳のどの領域で作用するのかを調査するために、恐怖条件づけ試験(※3)を行ったマウスの脳の各局所部位(BLA、IL、PL、海馬)にKNT-127を投与した後、24時間ごとに計2回、恐怖反応として知られる「すくみ反応」の観察を行いました。その結果、PLと海馬に投与した場合のマウスのすくみ反応の割合は、コントロール群と比較して大きな違いは見られなかったのに対し、BLAとILに投与した場合、マウスのすくみ反応の割合はコントロール群と比較して大きく減少することがわかりました。このことから、KNT-127はBLAとILに作用することで、恐怖記憶の消去が促進されていることが示唆されました。また、1回目の観察と2回目の観察の間の24時間で、恐怖記憶消去の効果が促進されていることが示唆されました。これは過去のオピオイドδ受容体作動薬SNC80や、ベンゾジアゼピン系抗不安薬ジアゼパムでは見られなかった作用です。

次に、BLAとILにおける細胞内シグナル伝達経路を明らかにするために、シグナル伝達に関わる細胞内タンパク質の阻害剤を用いた実験を行いました。BLAにMEK阻害剤(※4)を投与した場合、KNT-127を処置された実験群のすくみ反応の割合はコントロール群と同様の結果でした。この結果は、MEK阻害剤の効果によりMEK/ERK経路を介したシグナル伝達が生じなかったことが要因となり、KNT-127の作用が現れなかったと解釈することができます。一方、ILではMEK阻害剤を投与しても、KNT-127投与によるすくみ反応の割合の低下が観察されました。この結果を受けて、本研究グループはPI3K阻害剤(※5)をILに投与し、KNT-127の作用が現れないことを確認しました。つまり、BLAではMEK/ERK経路、ILではPI3K/Akt経路という、それぞれ別の分子シグナルを介して作用していることを実証しました。

最後に、本研究グループは一連の研究結果を踏まえて、次のような作用機序を提唱しています。オピオイドδ受容体作動薬KNT-127は、BLAとILのオピオイドδ受容体に結合し、GABA(※6)の放出を阻害します。その結果として、グルタミン酸作動性ニューロンの脱抑制が生じ、シナプスからのグルタミン酸放出が刺激されます。また、BLAでのMEK/ERK経路、ILでのPI3K/Akt経路によるシグナル伝達は、グルタミン酸作動性ニューロンの活動が高まった場合に活性化されていると考えられます。

本研究の成果について、東京理科大学の斎藤教授は「現在、心的外傷後ストレス障害(PTSD)や恐怖症といった精神疾患の治療には、セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やベンゾジアゼピン系薬物が処方されていますが、十分な効果が得られない患者さんも多く、その治療満足度は高いとはいえない状況が続いています。このことから、既存薬とは異なる作用機序を持った新規治療薬の開発が望まれています。本研究の成果は、これまでにない新しい作用機序をもった治療薬の開発に有用かつ重要な情報を提供するものと期待されます」とコメントしています。

※本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)「オピオイドδ受容体活性化を機序とする画期的情動調節薬の開発」の支援、公益財団法人 先進医薬研究振興財団「新規向精神薬開発に向けたδオピオイド受容体作動薬の恐怖記憶制御メカニズムの解明」および日本学術振興会の科学研究費 基盤研究(C)17K10286、20K06930の助成を受けて実施したものです。

用語

※1 MEK/ERK経路: 細胞増殖に関わる伝達経路。異常に活性化すると発癌の原因になる。

※2 PI3K/Akt経路: タンパク質の合成、細胞の生存や増殖などに関わる伝達経路。

※3 恐怖条件づけ試験: マウスをケースに入れ、断続的に弱い電気ショックを与えると、マウスは恐怖記憶を形成する。これ以降は、ケースにマウスを入れるだけで、すくみ反応を見せるようになる。

※4 MEK阻害剤: シグナル伝達経路のMEK1やMEK2の活性化を阻害する薬剤。

※5 PI3K阻害剤: シグナル伝達経路のPI3Kの活性化を阻害する薬剤。

※6 GABA (γ-aminobutyric acid): 精神を安定させる抑制性の神経伝達物質。脳内ではグルタミン酸からつくられる。

論文情報

雑誌名

Frontiers in Behavioral Neuroscience

論文タイトル

Selective δ-opioid receptor agonist, KNT-127, facilitates contextual fear extinction via infralimbic cortex and amygdala in mice

著者

Ayako Kawaminami, Daisuke Yamada, Shoko Yanagisawa, Motoki Shirakata, Keita Iio, Hiroshi Nagase and Akiyoshi Saitoh

DOI

10.3389/fnbeh.2022.808232

東京理科大学について

東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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