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2026.07.14 Tue UP

排外的ナショナリズムを「言葉の選択」から測る
~戦前日本の新聞30万件を分析、敵と味方を区別しながら高まる排外意識を明らかに~

ポイント

  • 戦前の日本で発行された約30万件の新聞記事を分析し、外国の地名表記の変遷から排外的ナショナリズムの高まりを定量的にとらえました。
  • 排外的ナショナリズムの大きな高まりは、アメリカ・イギリスとの開戦年ではなく、その5年前に立ち上がっており、その後も強弱を繰り返していたことが分かりました。
  • アメリカ・イギリスと、ドイツ・イタリアに対する態度の違いが、対立が表面化する前の1920年代から表れており、排外的ナショナリズムが敵と味方を区別しながら立ち上がる現象であることを明らかにしました。

研究の概要

東京理科大学 教養教育研究院の松本 朋子准教授、同大学 工学研究科 島田 裕客員准教授(埼玉大学大学院 理工学研究科 准教授)、同大学 工学部 情報工学科 池口 徹教授、平手 寛之氏(同大学 工学部 情報工学科 2021年度卒業)の研究グループは、戦前の日本で発行された約30万件の新聞記事を分析し、排外的ナショナリズムの高まりを当時の人々の言葉の選択から定量的にとらえることに成功しました。

研究グループは、新聞が外国の地名をカタカナ(例:ワシントン)で書くか、漢字を当てた当て字(例:華盛頓)で書くかという表記の選択に着目しました。外国由来のカタカナを避け、当て字を選ぶ傾向が強まる度合いを外国への排外的な態度を映す指標として用いました。そのうえで表記の割合が時間とともにどう変化したかを調べ、変化が際立って大きくなった時点を特異スペクトル変換法(*1)という統計的手法で検出しました。その結果、排外的ナショナリズムの高まりはアメリカ・イギリスとの開戦(1941年)ではなく、その5年前の1936年に立ち上がり、その後も一方的に強まっていったのではなく、強まる時期と弱まる時期を繰り返していました。

さらに、後に敵国となるアメリカ・イギリスの地名ほど当て字で書かれ、後に同盟国となるドイツ・イタリアの地名ほどカタカナで書かれるという違いが、対立が表面化する前の1920年代からすでに表れていたことも明らかになりました。これは、排外的ナショナリズムが全ての外国へ一様に向かうのではなく、敵と味方を区別しながら立ち上がる現象であることを示しています。

本研究は、ナショナリズムや対外意識の移り変わりを定量的に把握する新たな手法として有効と考えられ、現代社会における国際的な対立や分断の予兆を早期にとらえる試みにもつながると期待されます。

本研究成果は、2026年7月8日に国際学術誌「PLOS ONE」にオンライン掲載されました。

研究の背景

ナショナリズムの高まりが国家間の対立を深めることはこれまでも論じられてきました。本研究で扱う排外的ナショナリズムとは、自国が他国より優れているとみなし、他を排斥しようとする考え方を指します。こうした考えが国民に過度に高まると国際協調を損ない、戦争へと向かう危険を高めることは、多くの研究者が認めるところです。

一方、その高まりが「いつ」「どの程度」生じるのかを定量的にとらえた研究は、世論調査に頼る場合を除いて限られていました。とりわけ、戦争に向かう国の排外的ナショナリズムが、全ての外国に一様に向かうのか、それとも特定の国を敵として選び分けるのかは、十分に明らかにされていませんでした。

今回、研究グループは「言葉の選択」に着目しました。敵対する国に由来する言葉を、自国の言葉に言い換えようとする動きは、歴史上さまざまな国で繰り返し見られてきました。しかし、こうした言葉の変遷と、ナショナリズムの関係を定量的に検証した研究はありませんでした。

図

図:外国の地名を表すカタカナと当て字の例(上)と、新聞全体での当て字の割合の移り変わり(下)。割合が大きく変化した時点が、当時の歴史的な出来事と対応している。

研究結果の詳細

研究グループが着目したのは、日本語の地名表記の持つ独特な背景です。明治期の西洋化が始まったころ、日本人は外国の地名に漢字を当てた当て字(例:ベルリンを「伯林」など)を用いていましたが、その後しだいに、カタカナで外来語を表す表記が好まれるようになりました。その結果、同じ外国の地名でも、外国由来のカタカナで書くか、日本の漢字を当てた当て字で書くか、書き手が選べる状態になりました。

研究グループは、カタカナと当て字の表記の違いは、外国の言葉に対する姿勢の違いを映すのではないかという仮説を立てました。つまり、カタカナは、外国の言葉(発音)をそのまま写し取る書き方であるのに対し、当て字は外国の地名を日本の文字である漢字に置き換えて書く方法です。外国を排斥しようとする意識は、外国の言葉をそのまま受け入れる表記のカタカナではなく、自国の文字に置き換える当て字を選ぶことが多くなるのではないかというものです。

そこで研究グループは新聞記事の中で外国の地名がカタカナか当て字か、どちらで書かれているかについて時代を追って集計し、当て字が選ばれる割合を、その国に対する排外的な態度の高まりを映す指標として用いました。個々の記事や書き手ではなく、新聞全体での割合の動きを見ることで、社会全体の意識の移り変わりをとらえようとしたのです。

分析には、1912年から1943年までの新聞54紙に掲載された約30万件の記事を対象にしました。これらの記事に登場する外国の地名について、すべての外国に加え、後に敵国となるアメリカ・イギリス、後に同盟国となるドイツ・イタリアの4か国を取り上げ、月ごとに当て字の割合を計算しました。

その割合を元に、時系列のどこで大きな変化が起きたのかを、特異スペクトル変換法で検出しました。これは、特定の時点の以前と以降でパターンが大きく食い違う時点を見つけ出す手法です。偶然やノイズによる見かけの変化を排し、信頼できる転換点だけを抽出しました。

分析の結果、排外的ナショナリズムの大きな高まりは、アメリカ・イギリスとの開戦(1941年)ではなく、その5年前の1936年に立ち上がっていたことが分かりました。同年は、二・二六事件が起きた年にあたります。意識の転換点が、開戦よりも、また1938年の国家総動員法の制定よりも前に訪れていた点は、注目に値します。

しかも、その後の動きは一様ではなく、開戦に向けて一方的に強まり続けたのではありませんでした。とくに国家総動員法が制定された1938年の直後にはむしろ低下しており、戦時体制が強まるなかでも、西洋諸国との衝突を避けようとする動きがあったことをうかがわせます。

なお、表記の違いが検閲や紙面の都合など他の要因では説明できないことも確認しています。

さらに対象4か国では、後に敵国となるアメリカ・イギリスと、同盟国となるドイツ・イタリアに対する表記の違いが1920年代からすでに表れていたことが分かりました。アメリカ・イギリスの地名表記は当て字がカタカナを上回っていた一方、ドイツ・イタリアではカタカナが当て字を上回りはじめていました。後に味方となる国の地名のほうが、早くからカタカナで親しみをもって書かれていたのです。

この違いは、排外的ナショナリズムが社会全体で高まった1936年以降も続きました。排外的な意識の高まりは、すべての外国に対して一様にあったのではなく、敵と味方の区別を残したまま働いていたのです。

これは排外的ナショナリズムが、単に「自国 対 すべての外国」という構図ではなく、どの国を敵とみなし、どの国を味方とみなすかという選別を伴いながら立ち上がる現象であることを示しています。

今後の展望

本研究が対象としたのは戦前の日本であり、日本語は、外国由来の言葉と自国の言葉をカタカナと漢字で書き分けられるという特徴をもつため、両者を見分けやすい言語でした。多くの言語ではこうした書き分けがありませんが、近年は言葉の由来をたどるための語源データベースの整備が各国で進んでいます。こうしたデータベースを用いれば、さまざまな言語で外来の言葉と自国の言葉を見分けられるようになり、本手法を他の言語にも応用できると期待されます。

排外的ナショナリズムの高まりを早い段階でとらえることは、対立や戦争を避けるうえでの手がかりになり得ます。研究チームメンバーの松本准教授は「世論調査が存在しない時代や地域においても、言語データからナショナリズムや対外認識の時系列推移を定量的に把握することを可能とする本研究手法は、現代社会の国際対立や社会的分断の早期検知にも応用が期待できると思います」とコメントしています。

用語

*1:
特異スペクトル変換法
時系列データの中から、それ以前と以降でパターンが大きく変わる時点(変化点)を見つけ出す統計的手法。

論文情報

雑誌名

PLOS ONE

論文タイトル

Identifying surge of exclusionary nationalism: A case study of prewar Japan

著者

Tomoko Matsumoto (Tokyo University of Science/Associate Professor)
Yutaka Shimada (Tokyo University of Science/Visiting Associate Professor & Saitama University/Associate Professor)
Hiroyuki Hirate (Tokyo University of Science/former student)
Tohru Ikeguchi (Tokyo University of Science/ Professor)

DOI

10.1371/journal.pone.0349895

発表者

松本 朋子
東京理科大学 教養教育研究院 准教授
島田 裕
東京理科大学 工学研究科 客員准教授
埼玉大学 大学院理工学研究科 准教授
平手 寛之
東京理科大学 工学部 情報工学科 (2021年度卒業)
池口 徹
東京理科大学 工学部 情報工学科 教授

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