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SARS-CoV-2 の細胞侵入を防ぐ中分子化合物を発見
-ACE2 受容体の構造変化を利用した新たな感染阻害機構-
慶應義塾大学薬学部・生命機能物理学講座の横川真梨子専任講師、大澤匡範教授、および理化学研究所 計算科学研究センター 創薬化学AIアプリケーションユニット 池田和由ユニットリーダー、東京理科大学薬学部 野口耕司教授、国立健康危機管理研究機構 国立感染症研究所 細胞科学部 深澤征義部長らによる研究グループは、新型コロナウイルス(以下SARS-CoV-2)の細胞侵入を防ぐ中分子化合物を発見しました。
SARS-CoV-2は、ウイルス表面のスパイクタンパク質がヒト細胞表面の受容体ACE2に結合することで細胞内に侵入します。したがって、スパイクタンパク質とACE2の結合を阻害する化合物を見出すことができれば、SARS-CoV-2感染阻害薬の創製につながります。
本研究では、中分子化合物を用いた実験結果と文献情報を組み合わせたAI予測モデル(※1)を用いて、SARS-CoV-2の細胞侵入を阻害する中分子化合物を発見しました。核磁気共鳴(NMR)(※2)解析とドッキングシミュレーション(※3)により、この化合物がACE2に結合し、ACE2二量体の構造平衡(※4)に影響を与えることでスパイクタンパク質との結合を妨げ、感染を抑える新たな作用機序を提唱しました。
本研究成果は、2026年6月22日に国際学術誌『Journal of Molecular Biology』にオンライン公開されました。
1.本研究のポイント
- ACE2に結合し、SARS-CoV-2の細胞侵入を防ぐ合成中分子化合物(以下Compound 1)を発見した。
- Compound 1は、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)とACE2のペプチダーゼドメイン(PD)の結合を阻害する。
- NMR法とドッキングシミュレーションにより、Compound 1はACE2のPDに結合し、ACE2二量体の構造平衡に影響を与えることで感染を抑える可能性を示した。これにより、ACE2の二量体界面がSARS-CoV-2感染阻害剤の新たな創薬標的になりうることを提唱した。
2.研究背景
SARS-CoV-2は、2020年にパンデミックとなった感染症COVID-19の原因ウイルスであり、ウイルス表面のスパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(以下RBD)がヒト細胞表面の受容体アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)のペプチダーゼドメイン(以下PD)に結合することで細胞内に侵入します。したがって、RBDとPDのタンパク質間相互作用(以下PPI)(※5)を阻害する化合物を創製することができれば、SARS-CoV-2に対する感染阻害剤になることが期待されます。しかし、RBDとPDのPPI界面は広く平坦であるため、従来の低分子化合物では阻害が困難であり、阻害化合物の創製は容易ではありませんでした。そこで本研究では、RBDとPDのPPI阻害活性を評価した実験結果と文献情報を組み合わせたAI予測モデルを用いてバーチャルスクリーニングを行い、候補化合物を選択しました。さらに、それらのPPI阻害活性を実験により検証し、得られたヒット化合物の作用機序を明らかにすることを目的としました。
3.研究内容・成果
Compound 1はRBDとPDのPPIを阻害し、SARS-CoV-2の感染を抑制する
まず、研究グループが独自に開発したPPI阻害に適した合成中分子化合物を収載したDLiPライブラリー(※6)収載の約5000化合物を用いて、ELISA法によるRBDとPDのPPI阻害活性評価を行いました。得られた実験情報と文献情報を組み合わせて、化合物のPPI阻害活性のAI予測モデルを構築し、市販の大規模化合物ライブラリーに対するバーチャルスクリーニングを行い、PPI阻害活性を有する可能性の高い候補化合物を選択しました。候補化合物のPPI阻害活性を実験により検証し、さらにSARS-CoV-2の感染を抑える作用を調べることにより、最も有望な化合物としてCompound 1を見出しました(図1)。
図1. Compound 1によるPPI阻害と感染抑制
a Compound 1の構造式。
b Compound 1による変異株SARS-CoV-2のRBDとPDのPPI阻害活性。
c Compound 1による武漢株SARS-CoV-2の感染阻害活性。
NMRによりCompound 1がRBDではなくPDに結合し、PDのTrp163近傍が関与することを示唆
次に、Compound 1がRBDとPDのどちらに結合するのかを調べるため、NMRを用いた相互作用解析を行いました。NMRは複合体の結晶化が困難な弱い相互作用も鋭敏に検出し、アミノ酸残基レベルで相互作用を解析できるという大きな利点があります。
[15N]-RBDまたは[15N]-PDにCompound 1を添加した際のNMRスペクトルを解析したところ、RBDのシグナルは変化が見られなかったのに対して、PDは一部のシグナルに明確な変化が観測されました(図2a, b)。シグナル変化を詳細に解析するため、[2H, 15N]-PDにCompound 1を滴定し、Trp残基の側鎖シグナルに着目して解析した結果、Trp163が最も大きく変化し、Trp163の近傍を含む領域にCompound 1が結合している可能性が示されました(図2c, d)。
図2. Compound 1の添加にともなうNMRスペクトルの変化
a [15N]-RBD単独(黒)と5当量のCompound 1添加時(赤)のスペクトルの重ね合わせ。
b [15N]-PD単独(黒)と1当量のCompound 1添加時(赤)のスペクトルの重ね合わせ。
c [2H, 15N]-PD単独(黒)と1、2、4当量のCompound 1添加時(水色、黄、赤)のスペクトルの重ね合わせのTrp残基側鎖シグナル領域。
d シグナル変化したTrp残基のPDの構造上へのマッピング
Compound 1はACE2二量体の構造平衡に影響を与え、SARS-CoV-2感染を阻害する
NMR解析により推定されたPD上のCompound 1結合領域はRBD結合部位から離れているため、Compound 1はRBDとの結合を直接競合的に阻害するのではなく、アロステリック(※7)な機構により感染阻害活性を発揮していると考えられます。NMR解析ではACE2のPDのみを用いましたが、全長ACE2はネックドメイン(ND)を介して安定な二量体を形成しています。既報のクライオ電子顕微鏡解析により、全長ACE2はNDに加えてPD同士が相互作用したtight型構造と、PD同士が離れたloose型構造の間で構造平衡をとることが知られています。さらに、RBDまたはスパイクタンパク質が結合した複合体では、ACE2がtight型構造をとることが報告されています。これらのことから、tight型構造はRBDとの効率的な結合に適した状態であり、ACE2の構造平衡をtight型から遠ざけることができれば、SARS-CoV-2の感染を抑制できる可能性があると考えました。
Compound 1が結合すると推定されるTrp163近傍は、tight型におけるPDのダイマー界面の近くにあります。全長ACE2に対するCompound 1のドッキングシミュレーションを行った結果、loose型のACE2では、NMR解析結果と矛盾しない複合体モデルが得られました(図3a)。以上のことから、Compound 1はACE2のPDに結合し、ACE2二量体の構造平衡をtight型から遠ざけることによりRBDの結合を低下させ、SARS-CoV-2の感染を抑制するという作用機序が示唆されました(図3b)。
図3. ACE2二量体へのCompound 1結合によるRBDとのPPI阻害メカニズム
a Loose型ACE2とCompound 1のドッキングモデル。
b ACE2二量体に対するCompound 1の作用機序の模式図。
4.今後の展開
本研究により、ACE2二量体の構造平衡を標的とすることがSARS-CoV-2感染阻害につながる可能性を示し、ACE2二量体の界面がSARS-CoV-2阻害剤の新たな創薬標的となりうることを提唱しました。今後は、クライオ電子顕微鏡解析によるACE2二量体とCompound 1の複合体構造決定や、立体構造に基づく化合物構造の最適化により、Compound 1の活性向上と毒性低減が期待されます。
また、本研究では、研究グループが独自に開発したPPI阻害に適した中分子化合物からなるDLiPライブラリーを起点として、実験データとAIを組み合わせることによりPPI阻害活性を有する化合物の探索に成功しました。創薬標的として有望でありながらも困難であったPPI界面を標的とする創薬に対して、本手法を適用して新たなPPI阻害化合物の発見が期待できます。
5. 謝辞
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症研究基盤創生事業(多分野融合研究領域)(課題管理番号:JP21wm0325032)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号:JP21K06494、JP24K02169)、公益財団法人武田科学振興財団研究助成、および慶應義塾学事振興資金の支援を受けて実施されました。
論文情報
掲載誌
Journal of Molecular Biology
論文タイトル
Allosteric targeting of the ACE2 dimer interface by a medium-sized compound inhibits SARS-CoV-2 entry
著者名
Mariko Yokogawa, Shunki Kaneichi, Mahoro Horiuchi, Taiga Otake, Tomoki Yonezawa, Yugo Shimizu, Kazuyoshi Ikeda, Yuichiro Yamamoto, Shota Sakai, Yoshimi Shimizu, Kohji Noguchi, Masayoshi Fukasawa, Mitsuhiko Ikura, Masanori Osawa*(*責任著者)
DOI
用語説明
※1 AI予測モデル:既存の実験データや文献情報をもとに、化合物が目的の活性を示す可能性を予測する計算モデル。本研究では、RBDとPDの相互作用を阻害する可能性が高い化合物を選び出すために用いた。
※2 NMR(Nuclear Magnetic Resonance):強い磁場中で原子核の共鳴現象を観測することで、分子の化学構造や運動性、相互作用を溶液中で解析できる分光法。
※3 ドッキングシミュレーション:タンパク質の立体構造上に化合物がどのように結合しうるかをコンピューター上で予測する手法。
※4 構造平衡:タンパク質が一つの固定された形だけでなく、複数の構造状態を行き来して存在している状態。本研究では、ACE2二量体のtight型とloose型の間の平衡を指す。
※5 タンパク質間相互作用(Protein-protein interaction; PPI):タンパク質同士が特異的に結合する相互作用。細胞内外の多くの生命現象を制御する一方、結合面が広く平坦な場合が多く、従来の低分子化合物では阻害が難しい創薬標的とされる。
※6 DLiPライブラリー:タンパク質間相互作用の阻害に適した合成中分子化合物を集めた化合物ライブラリー。
※7 アロステリック:分子が本来の結合部位とは離れた場所に結合し、タンパク質の構造や性質を変化させることで機能に影響を与える仕組み。
