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地球との通信に依存しない自律的な宇宙航法へ一歩
-超小型X線衛星NinjaSatによるX線パルサー航法の実証-
理化学研究所
東京理科大学
京都大学
広島大学
千葉大学
概要
理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター宇宙放射線研究室の大田尚享大学院生リサーチ・アソシエイト(東京理科大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程)、開拓研究所玉川高エネルギー宇宙物理研究室の玉川徹主任研究員(仁科加速器科学研究センター宇宙放射線研究室室長)、京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻物理学第二分野の榎戸輝揚准教授、千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターの岩切渉助教、広島大学大学院先進理工系科学研究科の武田朋志日本学術振興会特別研究員らの国際共同研究グループは、超小型X線衛星「ニンジャサット(NinjaSat)[1]」に搭載された超小型X線検出器が観測したパルサー[2]のX線パルス信号を用い、超小型X線検出器によるX線パルサー航法[3]を初めて実証しました。
本研究成果は、GPS[4]に依存しない宇宙航法を可能にする技術であり、太陽系外を含む遠方宇宙の探査や、GPSが利用できない環境下での自律的な宇宙航行への応用が期待されます。
今回、国際共同研究グループは、NinjaSatで観測されたX線パルス信号を利用することで、外部のナビゲーション支援を受けることなく、自身の位置を約30〜50kmの精度で特定できることを実証し、超小型X線検出器でもX線パルサー航法が実現できることを初めて示しました。
本研究は、科学雑誌『Journal of Astronomical Telescopes, Instruments, and Systems』オンライン版(2月17日付)に掲載されました。
パルサーから放射されるX線パルスを利用して測位を行うNinjaSat(想像図)
©RIKEN、NASA/CXC/SAO、気象庁(図を改変)
背景
人工衛星の位置決定には、地球周回軌道上に配置されたGPS衛星からの信号受信や、地上局との電波通信を利用した測位が一般的に用いられています。しかし、深宇宙[5]探査や通信遅延・途絶が生じる環境では、地球周回の測位インフラや地上局との通信が利用できないため、それらに依存しない自律航法が求められています。
強い磁場を持つ中性子星のパルサーは、高速で回転して周期的に電磁波(X線パルス)を放射します。放射される電磁波は極めて正確な周期のため、パルサーは「宇宙の灯台」とも呼ばれます。理論的に古くから知られているX線パルサー航法は、パルサーから放射されたX線パルスを利用した自律航法で、天体そのものを基準として位置を推定できます。各国の衛星注)などの観測により、X線パルサー航法に関する研究が進展しており、2019年には、初のX線パルサー航法実証衛星XPNAV-1が平均38kmの位置精度で測位したことが報告されました。
X線パルサー航法を、電力や設置場所の限られた宇宙探査で実用化するためには、小型かつ低消費電力な装置による実証が不可欠です。これまでの実証研究の多くは、大型衛星や高性能観測装置を用いたものであり、超小型のX線観測装置を用いた研究には課題が残されていました。
そこで、国際共同研究グループは、NinjaSatに搭載された超小型X線検出器を用い、X線パルサー航法の実証を試みました。NinjaSatは、10cm×20cm×30cm(6U、1Uは10cm×10cm×10cm)サイズに人工衛星として必要な機能が搭載されており、地上からの指令により天体のX線観測を行う、理研が開発したキューブサット[6]です。科学観測装置として、超小型(1Uサイズ)のX線検出器2台と、粒子線検出器2台が搭載されています。
注)主に、米国と中国の衛星や観測装置が、X線パルサー航法に挑んでいる。例えば米国のNICER(2017~)、RXTE(1995~2012)、中国のXPNAV-1(2016~)、POLAR(2016~2017)、Insight-HXMT(2017~)など。いずれもNinjaSatに比べると大型の装置である。
研究手法と成果
NinjaSatでは、数十ミリ秒以下の自転周期を持つ単独パルサーの中で最も明るく、小型の検出器でもX線パルスが検出しやすい「かにパルサー[7]」を通常の天体観測の一環として、繰り返し観測してきました。本研究では、衛星の軌道を推定する手法「SEPO法(Significance Enhancement of Pulse-profile with Orbit-dynamics)」を、NinjaSatで観測した「かにパルサー」のデータに適用しました。
「かにパルサー」から放射されるX線パルスは、約33.8ミリ秒の周期(1秒間に約30回転)で規則正しく繰り返されます(図1)。推定した衛星の軌道が真の軌道からずれていると、X線の到来時刻が不正確となり、このX線パルスの波形がわずかに崩れます。
図1 NinjaSatが観測した「かにパルサー」のX線パルス波形
中性子星「かにパルサー」が1回自転する約33.8ミリ秒の間に、X線の強いピーク(山)が二つ現れる。
本研究では、観測されたX線パルス波形の鋭敏さを定量的な指標として評価し、その指標が最大となるようにベイズ最適化[8]を行うことで、衛星軌道のパラメータを推定しました。
X線パルサー航法による衛星軌道の推定精度を評価するために、GPSによって得た高精度な位置情報と軌道推定結果とを比較しました。その結果、パルサーの視線方向において、いずれの観測時期においても実際の軌道からのずれが40km以内の位置精度であることを確認しました(図2)。
図2 推定軌道と実際の軌道との位置のずれの比較
初期の軌道情報だけを頼りにした位置推定(青)は、初めは正確に見えるものの、時間が経つにつれて少しずつずれが大きくなっていく。一方、X線パルサー航法による位置推定(赤)は、NinjaSatが「宇宙の灯台」であるパルサーを使って継続的に自身の位置を修正するため、時間が経ってもずれが増えず、長期間にわたって安定した軌道の推定ができていることを示している。
3次元の位置推定精度は、衛星の軌道面[9]とパルサーの位置関係に依存することも分かりました。衛星の軌道面が天体の方向に対して垂直に近くなると、位置を決める精度が最大370kmまで悪化する一方、それ以外の多くの期間では、27〜53kmの精度で位置を決定できることを示しました。
今後の期待
本研究では、超小型X線衛星NinjaSatに搭載した超小型X線検出器を用い、約1年にわたって複数回「かにパルサー」を観測しました。その結果、GPSなどの人工的な信号に依存することなく、宇宙空間における自身の位置を自律的に推定できることを実証しました。この成果は、GPSの届かない深宇宙探査や、何らかの理由でGPSが使えない状況下においても、天体そのものを基準とした新たな宇宙航法が可能であることを示すものです。
NinjaSatの測位精度は、地上におけるGPSの測位精度(数メートル程度)には及びません。しかし、太陽系内、ひいては星間空間へと続く広大な宇宙の中で自身の位置が30~50kmの精度で分かるのは驚くほど高性能ともいえます。今後は、観測対象となるパルサーの数を増やすとともに、解析手法の高度化を進めることで、衛星軌道の推定精度のさらなる向上が期待されます。将来的には、地球との通信に依存せず、天体のみを用いて航行可能な自律的宇宙探査の実現につながると考えられます。
NinjaSatには精度の良い時計が搭載されていないため、本研究では、正確な時刻情報のみGPSから取得しました。将来の完全自律航法の実現には、衛星に搭載された極めて高精度な時計が必要不可欠となります。例えば、日本の超小型宇宙探査機EQUULEUS(エクレウス)[10]には、約1.5cm四方の超小型原子時計が搭載された実績があります。将来的には光格子時計[11]のような究極の時計を搭載し、精度を上げることも期待できます。X線パルサー航法では、X線パルスの到来時刻を高精度に測定することが重要であり、超小型衛星においても高性能な時刻管理技術が鍵となります。
論文情報
タイトル
In-orbit Demonstration of X-ray Pulsar Navigation with NinjaSat
著者名
Naoyuki Ota, et al.(the NinjaSat team)
雑誌
Journal of Astronomical Telescopes, Instruments, and Systems
DOI
補足説明
[1] ニンジャサット(NinjaSat)
理研が中心となり開発した、超小型X線衛星(キューブサット([6]参照))。X線を出すブラックホールや中性子星の迅速な観測を目的とする。2023年11月に打ち上げられ、32個のX線天体を観測し、2025年9月に大気圏に再突入して運用を終了した。
[2] パルサー
超新星爆発後に残った超高密度の中性子星で、高速自転し、周期的に電磁波を放つ天体。自転軸と電磁波の放射軸のずれにより、灯台のような規則正しいパルスとして観測される。
[3] X線パルサー航法
一定周期でX線を放つ中性子星パルサー([2]参照)を宇宙の「灯台」として利用し、到達時刻のずれから位置を計算する航法。GPS([4]参照)に頼らず深宇宙([5]参照)でも自己位置推定ができるため、将来の宇宙探査で期待されている。
[4] GPS
人工衛星からの電波の到達時刻を利用して、地上や空中での位置・時刻を高精度に求める測位システム。GPSはGlobal Positioning Systemの略。GPSを含む全球測位衛星システムは、広くGNSS(Global Navigation Satellite System)と呼ばれている。
[5] 深宇宙
地球周辺を大きく離れ、惑星間空間から太陽系外縁へと広がる宇宙空間を指す。人類の宇宙探査が本格的に展開される、地球圏の外側の領域で、人工衛星や探査機が地上の支援を受けにくくなる。
[6] キューブサット
10cm×10cm×10cmを一つのユニット(1U)とした、超小型衛星の規格の一つ。ここ10年ほど、世界的に宇宙の商業利用が進んだことで、キューブサット規格の地球観測衛星や通信衛星などが、安価に大量に打ち上げられている。
[7] かにパルサー
西暦1054年に爆発した星の残骸(かに星雲)中に存在する、高速回転する中性子星。電波からガンマ線まで、あらゆる波長の電磁波で輝いている。放射が安定していることから、標準光源として用いられることが多い。1秒間に約30回転していることが知られている。
[8] ベイズ最適化
実験や計算にコストがかかる問題で、限られた試行結果から全体の傾向を推定しつつ最適な条件を探す方法。これまでの試行結果を基に「よさそうな点」と「まだ分かっていない点」を考慮して次の試行を決めるため、少ない回数で効率よく最適化できる。
[9] 衛星の軌道面
地球中心と衛星の軌道を含む仮想的な平面のこと。この平面の向きによって、衛星が地球上のどの地域をどのように通過するかが決まる。NinjaSatは南極と北極の付近を通る、太陽同期軌道に投入されていた。
[10] 超小型宇宙探査機EQUULEUS(エクレウス)
日本が開発した6Uキューブサットで、月―地球系ラグランジュ点(地球と月とともに太陽の周りを回りながら、相対的に同じ場所にとどまれる点)近傍での深宇宙航行技術を実証する探査機。低推力軌道制御や月周辺プラズマ観測を行い、超小型探査機による月・深宇宙探査の実現性を検証した。
[11] 光格子時計
レーザーで原子を動かないように固定し、その性質を使って時間を測る非常に正確な時計。300億年に1秒以下のずれしか起きないほど高精度。
国際共同研究グループ
- 理化学研究所
- 仁科加速器科学研究センター 宇宙放射線研究室
- 大学院生リサーチ・アソシエイト 大田尚享(オオタ・ナオユキ)
- (東京理科大学大学院 理学研究科 物理学専攻 博士課程3年)
- 開拓研究所 玉川高エネルギー宇宙物理研究室
- 主任研究員 玉川 徹(タマガワ・トオル)
- (理研 仁科加速器科学研究センター 宇宙放射線研究室 室長)
- 京都大学 大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻 物理学第二分野
- 准教授 榎戸輝揚(エノト・テルアキ)
- (理研 光量子工学研究センター 中性子ビーム技術開発チーム 客員主管研究員)
- 千葉大学 ハドロン宇宙国際研究センター
- 助教 岩切 渉(イワキリ・ワタル)
- 広島大学 大学院先進理工系科学研究科
- 日本学術振興会特別研究員 武田朋志(タケダ・トモシ)
〇上記の以外の参加者
理化学研究所:北口貴雄、加藤 陽(研究当時)、三原建弘、谷口絢太郎(研究当時)
広島大学:高橋弘充
東京理科大学:吉田勇登(研究当時)、林 昇輝(研究当時)、渡部蒼汰、重城新大、青山有未来、高橋拓也、岩田智子、山﨑 楓、土屋草馬、中野遥介、内山慶祐、周 圓輝(研究当時)
立教大学:一番ヶ瀬麻由
芝浦工業大学:佐藤宏樹(研究当時)
東京都立大学:沼澤正樹
彰化師範大:胡 欽評(Chin-Ping Hu)
大阪大学:小高裕和
宇宙航空研究開発機構(JAXA):丹波 翼
研究支援
本研究は、RIKEN Pioneering Project 「最先端の宇宙利用技術でつなぐ宇宙における基礎科学(2025~2029、研究代表者:玉川徹)」による助成を受けて行われました。
