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量子の世界で「冷やす」を測る
量子回路中の光子吸収を量子ビットにより高速評価
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
東京理科大学
ポイント
- 量子ビットの周波数変化を用いて量子回路のエネルギー減少量を高速に評価
- 超伝導・常伝導接合による光子吸収後に量子回路に残った光子1粒以下のエネルギーを検出
- より高速で高忠実度な量子ビットの初期化に向けた素子開発に貢献

概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門 中村 秀司 研究グループ付らと、東京理科大学 吉岡 輝昭 大学院生(研究当時)、蔡 兆申 教授らは、光子吸収を使った量子回路冷却の高速評価技術を開発しました。
超伝導体と常伝導体を接合した素子は、極低温環境下に置かれた電気回路を光子の吸収を介して電気的に冷却できます。近年、この光子の吸収を利用して超伝導量子ビットを高速に初期化する技術が開発され、超伝導量子コンピューターの課題となっているエラーの改善に役立つと期待されています。しかし、これまで光子吸収直後に回路中にどの程度光子が残っているのかを、高精度に測定できていませんでした。
今回、光子吸収後に超伝導量子ビットの励起周波数の変化を測定することで、冷却直後の電気回路に残った光子1粒に満たないわずかなエネルギーを高速・高精度に検出しました。その結果、光子数が1粒以下の量子領域にある電気回路においてもこの量子回路冷却技術が有効であることを確認しました。この研究は、光子吸収を利用する量子回路冷却技術の冷却能力の精確な評価および、最適な量子回路冷却素子の開発につながります。さらに今後、この量子回路冷却技術を用いたより高速で高忠実度な量子ビットの初期化技術や量子ビットの状態漏れの改善などを目指し研究を行います。
なお、この技術の詳細は、2025年1月10日(アメリカ中央時間)に「Physical Review Applied」誌に掲載されました。
下線部は【用語解説】参照
開発の社会的背景
微細加工技術によって作製されたマイクロメートルスケールの電気回路では、極低温下で量子力学的な現象が現れます。これを利用すると、従来の技術では到達できない計算能力や計測感度が実現するため、量子技術の開発に世界的な注目があつまっています。近年、このような量子回路において、超伝導体と常伝導体を接合した素子(超伝導・常伝導接合)に光子吸収能力があることが実証され、量子回路冷却器(QCR)と呼ばれ研究が進められています。例えば、このQCRは、光子を閉じ込めるための共振器を介して超伝導量子ビットと接続されると、量子ビットからエネルギーを奪い、量子ビットを高速に初期化できます。現在開発が進む量子誤り訂正を含む量子コンピューターでは、量子ビットの初期化を繰り返し行う必要があるため、高速で忠実度の高い量子ビットの初期化技術の実現が待たれています。量子回路冷却は、このような量子ビットの高速な初期化を実現するための有望な手段である一方で、これまでQCRによって共振器からエネルギー(光子)を吸収した直後に、共振器にどの程度のエネルギー(光子)が残っているかを調べることはできていませんでした。これは、量子回路冷却の研究に用いられてきたエネルギー測定が、光子吸収量よりも何十倍も大きな測定回路中に置かれた増幅器の雑音の影響を避けられないためです。共振器中に残されたエネルギーは、量子ビットを誤動作させる要因となるため、冷却後に共振器に残されたエネルギーを高速で高感度に測定する技術が必要とされています。
研究の経緯
産総研と東京理科大学は、超伝導・常伝導接合によって超伝導量子ビットの性能を低下させず高速かつ高忠実度に初期化する技術を開発しました(2023年10月31日 産総研プレス発表)。
今回、超伝導・常伝導接合が共振器から光子を吸収する際に超伝導量子ビットの励起周波数が変化する現象に着目し、光子吸収後に量子ビットを分光測定することで共振器に残っている光子数を計測しました。
なお、本研究開発は、JSPS科研費20KK0335と20H02561の助成を受けました。
研究の内容
本研究では、「超伝導共振器」、「超伝導・常伝導接合」、「超伝導量子ビット」が結合した素子を作製し実験を行いました(図1)。産総研と東京理科大学は共同で素子を開発し、産総研内施設において、共同で実験を行いました。

超伝導量子ビットは、マイクロ波などが作る電磁場環境に置かれると、その電磁場環境の持つエネルギー(光子数)に比例して共鳴周波数が変化することが知られています。本研究では、QCRによって冷却される超伝導共振器に、この超伝導量子ビットを配置することで、共振器中に含まれるエネルギーを評価しました。
実験では、まず超伝導共振器に、外部からマイクロ波によって光子を注入し、その注入した光子をQCRとして働く超伝導・常伝導接合によって吸収させる実験を行いました。さらに、接合による光子吸収直後に、共振器に静電的に結合した量子ビットの共鳴周波数変化を測定して、冷却直後の光子数を評価しました(図2)。実験では、QCRによる冷却時間を変化させ、共振器中の光子数が時間的にどのように変化しているか測定しました。その結果、超伝導共振器中にマイクロ波によって導入した3個程度の光子をおよそ50ナノ秒(1ナノ秒は、1秒の10億分の1)で0.07個以下に低減できることがわかりました。これは、QCRを使用しない場合と比べて、およそ15倍高速に超伝導共振器中の光子が減少していることを示しています。

(左):量子回路冷却前(オレンジ)と冷却後(緑)の量子ビットの共鳴スペクトル
(右):量子回路冷却による共振器中の光子数変化の冷却時間依存性
また、本研究では、共振器中に熱的に励起された、1粒に満たないわずかな光子を量子回路冷却によって低減できることも実証しました。本実験では、素子を冷却している希釈冷凍機の設定温度を変化させ、共振器中に熱的に1粒以下の光子を導入しました。さらに、その共振器中に熱的に励起された光子を超伝導・常伝導接合によって100ナノ秒程度だけ吸収し、超伝導量子ビットによって光子数を測定しました。その結果、1粒以下のわずかな光子であっても、100ナノ秒という短時間で、冷却前に比べて光子数を低減できることを初めて示しました(図3)。この研究は、光子数が1に満たない量子領域にある超伝導共振器に対して、高速な量子回路冷却が有効であることを意味しています。また、熱の影響によりその量子性が失われてしまう量子回路を、量子回路冷却技術によって“保護”できる可能性を示しました。

色のついた四角が実験結果、実線が数値計算結果。縦軸は超伝導量子ビットの周波数シフトとそこから見積もった光子数の変化。
今後の予定
今後は、この測定技術を用いて、超伝導量子ビットのさらに高速で高忠実度な初期化を目指した素子開発や評価を行います。また、超伝導量子ビットや共振器だけではなく、磁性体などで実現された量子回路においても量子回路冷却の有効性を示し、熱や外部環境の影響を抑制することで量子技術の社会実装につながる研究を進めていきます。
論文情報
掲載誌
Physical Review Applied
論文タイトル
Probing fast quantum circuit refrigeration in the quantum regime
著者
Shuji Nakamura, Teruaki Yoshioka, Sergei Lemziakov, Dmitrii Lvov, Hiroto Mukai, Akiyoshi Tomonaga, Shintaro Takada, Yuma Okazaki, Nobu-Hisa Kaneko, Jukka Pekola, and Jaw-Shen Tsai
DOI
用語解説
超伝導体・常伝導体
温度を低くすると、電気抵抗がゼロになる物質を超伝導体、電気抵抗がゼロにならない物質を常伝導体と呼ぶ。
超伝導量子ビット
量子情報の最小単位である量子ビットを、超伝導体によって実現したもの。
忠実度
量子操作によって、意図した目標の状態をどれだけ正確に達成できるかを示した指標。
共振器
特定の波長の光・電磁波を閉じ込める機器。
量子誤り訂正
量子計算において環境ノイズや操作ミスで生じるエラーを検出・修正し、量子状態を正確に保持する技術。これにより、長時間の計算や大規模な量子演算が可能になる。
希釈冷凍機
ヘリウムの安定同位体ヘリウム3(3He)とヘリウム4(4He)を利用して、10ミリケルビン(ミリは1000分の1)の極低温状態を作り出す装置。量子実験などで用いられる。
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