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特定健診による生活習慣病の予防効果を、累計30万人規模の医療ビッグデータを用いて検証
静岡社会健康医学大学院大学
東京理科大学
京都大学大学院
発表のポイント
- 2008年に開始された特定健診(通称:メタボ健診)は制度設計段階から現在に至るまで、生活習慣病の予防効果がどの程度あるのかに関して詳しくは検証されていません。
- 今回、特定健診記録と医療機関の受診記録データが紐づく医療ビッグデータを用いて、最長10年にわたる糖尿病と高血圧の発症予防効果の大きさを推定いたしました。
- 今回の結果は、生活習慣病発症予防に関する知見を与えるとともに、将来的にはより有効な健診制度の検討や医療経済学的な観点からの健診のあり方に関する基礎資料になりうると思われます。
概要
公立大学法人静岡社会健康医学大学院大学竹内正人(社会健康医学研究科教授)、東京理科大学篠崎智大(工学部情報工学科准教授)、京都大学大学院川上浩司(医学研究科薬剤疫学分野教授)らによる研究チームは、特定健診記録と医療機関の受診記録が紐づく医療ビッグデータを活用し、糖尿病および高血圧の発症予防効果に特定健診が与える影響を検証しました。
本研究では糖尿病や高血圧とそれまでに診断されていない、延べ29万3174人を最長10年にわたり追跡し、健診を受けた人とそうでない人の病気の発症を比較しました。結果は、健診を受けた人の方が、糖尿病と高血圧の発症リスクが0.90倍と低いことがわかりました。
本研究論文は学術誌「JAMA Network Open」に2024年12月20日付(日本時間12月21日1時)に掲載されました。
背景
2008年に開始された特定健診(正式名称:特定健康診査、通称:メタボ健診)は腹囲肥満に焦点を当てることで肥満に関連する生活習慣病ー糖尿病、高血圧、脂質異常症(高脂血症)などーの高リスク群を抽出し、その後の特定保健指導を通じて生活習慣を見直してもらうことで、生活習慣病の発症を予防する取り組みです。特定健診は病気の早期発見よりは、そもそもの病気の発症を防ぐことに主眼が置かれている、世界的に見てもユニークな取り組みです。
しかし、この特定健診の予防効果がどの程度なのかに関しては、これまで十分な検討がなされて来ませんでした。その背景として、これまで生活習慣病のない人を長期間にわたり追跡する必要があること、またそれが十分に大きな集団を対象とする必要があったことが要因の一つとして挙げられます(その他の要因に関しては、下記の「研究成果の詳細」欄も参照)。近年様々な分野でビッグデータの利活用が進んでおり、医療情報に関しても同じくデータが蓄積され活用さるようになって来ています。今回、私たちは民間の医療データ会社が保有する、累計1,000万人以上の母集団を対象とした長期間の追跡が可能なビッグデータを解析することで、この課題に取り組みました。
研究成果(方法・結果)の詳細
先ほど述べたように、私たちは累計1,000万人以上のデータを保有する民間のデータ会社からの医療ビッグデータを用いました。このデータは主に企業からの200以上の健康保険組合データをもとにしています。データは匿名化されてから研究者側に提供されるため、個人を特定する情報は基本含まれておりません。このデータから特定健診の対象年齢である40-74歳であってそれまで糖尿病や高血圧と診断されていない人を抽出し、この人たちを特定健診を受けた人とそうでない人に分けて追跡を行いました。
しかし、追跡を行うにあたって一つ問題が生じます。それは特定健診を受けた人は初めて健診を受けた時点から追跡を開始するのが最も自然な考え方でしょう。一方で健診を受けていない人についてはどうでしょうか?

この問題に対応するために私たちの研究チームは標的試験法注と呼ばれる近年注目されている研究手法を用いることにしました。これにより上の図の「健診なしパターン」の人たちでも、追跡開始時点を一時点に決めることができました。また、特定健診を受けた人とそうでない人の背景の違いも統計的に調整を行いました。この背景因子の調整においても、通常は追跡開始時点の情報(年齢や病気の有無など)を用いますが、ここにおいても正確な開始時点の特定が(特に健診を受けていない人たちで)重要となります。
結果ですが、延べ29万3174人を最長10年(中央値4.2年)にわたり追跡し糖尿病と高血圧の発症の有無を評価したところ、健診ありの人で10.6%、健診なしで11.4%と健診を受けた人の方がリスクが低い傾向にあることがわかりました。さらに背景因子の統計的な調整を行ったところ、健診を受けた人はそうでない人に比べて、糖尿病・高血圧の発症が0.90倍と低いことが確認されました(率としては1.6%減)。さらに追加の解析、例えば糖尿病や高血圧を別個に評価したもの、などでも同様の傾向が示されました。
図:疾患発症までの時間経過(背景因子調整後)

(論文中の図を日本語化するなど改変)
展望
現在国内では糖尿病や高血圧の患者さんが増加傾向で、このことは患者さんご本人や家族に対する疾病負担を強いるのみでなく、社会的にも医療費増加の要因となることから喫緊の対応が必要です。特定健診はそのような問題に対する取り組みでありますが、一方で健診を受ける人の割合が直近2022年のデータで6割弱にとどまっています(目標値70%)。今回の私たちの研究では、発症リスクが0.90倍と特定健診の効果の大きさを示すことができました。したがって、健診を受けていない人に受検を促すことは生活習慣病の予防対策として重要であることが改めて確認されました。
また今回の研究は、より効率的な特定健診の制度設計や医療経済学的観点からの健診の適正化の基礎資料となることも今後期待されます。
補足説明・補注
注:Target trial emulationとも呼ばれる。2016年にハーバード大学の研究者らによって提唱され、コロナワクチンの追加接種効果を検証するなどに用いられた。今回の研究と同様に非接種の人をどの時点から追跡するかを決めるために、「逐次組み入れ」と呼ばれる方法を用いている。以下は本研究の論文の図からの組み入れに関する引用である。

論文情報
雑誌名
JAMA Network Open
最新インパクトファクター
10.5
タイトル
Universal Health Checkups and Risk of Incident Diabetes and Hypertension
著者
Masato Takeuchi*; Tomohiro Shinozaki; Koji Kawakami(*が 責任著者)
DOI
10.1001/jamanetworkopen.2024.51813
掲載日
2024年12月20日付(日本時間 12月21日1時)公開
URL
https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2828308
(無料で全文閲覧可能)
研究費
日本学術振興会科学研究費助成事業・基盤研究 B「特定健診の有効性:Target Trialアプローチを用いた検証」(20H03941)
篠崎研究室
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