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楽しい気分が、他者のかすかな笑顔への気づきを高める
~表情認識における気分一致効果とマスクの影響~
東京理科大学
エクセター大学
東京大学 大学院新領域創成科学研究科
研究の要旨とポイント
- 短時間のコメディ動画視聴によってポジティブな気分が誘発されると、かすかな笑顔の認識精度が高まることが明らかになりました。
- この効果は顔全体が見える条件でのみ確認され、マスク着用条件では確認されませんでした。
- 探索的分析により、相手の立場に立って考える力が高い人や、コメディ動画視聴による抑うつ気分の軽減が大きい人ほど、表情認識向上の効果がさらに強まる可能性が示唆されました。
- コメディ動画視聴のような手軽な気分転換が、日常のコミュニケーションにおいて、相手のポジティブな感情への気づきやすさを高める一助となる可能性があります。
研究の概要
東京理科大学 教養教育研究院 野田キャンパス教養部の市川 寛子教授、同大学大学院 創域理工学研究科 生命生物科学専攻の安達 勁亮氏(2024年度 修士課程修了)、柏 美優氏(2023年度 修士課程修了)、英国エクセター大学(University of Exeter)医学部・東京理科大学 薬学部 客員研究員の小黒-安藤 麻美講師(東京理科大学 理工学部 物理学科 2003年度卒業生)、東京大学 大学院新領域創成科学研究科の岡田 真人教授、清水 将海氏(2025年度 博士課程修了、東京理科大学 理工学部 物理学科 2020年度卒業生)の共同研究グループは、人が他者の表情を読み取る際に、相手の表情だけでなく、読み取る側の気分も深く関係することを明らかにしました。
表情を認識する能力は、社会的コミュニケーションにおいて重要な役割を果たします。特に、幸せな表情はポジティブな感情の信頼できる指標であり、互恵的な対人関係を育むのに役立ちます。本研究グループは、ポジティブな感情状態にある人が、中立的な感情状態にある人と比較して、かすかな笑顔をより適切に認識できるかを検討しました。
本研究の結果、コメディ動画を視聴した後、マスクをしていない顔に浮かんだかすかな笑顔に気づきやすくなることがわかりました。この効果は、かすかな悲しみの表情に対しては見られなかったことから、ポジティブな表情に特有のものであると考えられます。また、顔がマスクで隠れている場合には効果が見られなかったことから、口元など表情を読み取るための手がかりが見えていることも必要条件であると考えられます。これらの結果から、楽しい気分は他者のポジティブな表情への気づきを促す可能性があることが示唆されました。さらに、共感性や抑うつ傾向などの個人差にも着目し、表情認識を「顔を見る人の状態や特性」と結び付けて捉える視点を提示しました。
本研究成果は、2026年7月20日に国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。
図1 動画視聴後の気分の状態。
研究の背景
表情認識は観察者自身の気分の影響を受けることが知られており、これは「気分一致効果(*1)」と呼ばれています。特にポジティブな気分にある人は、他者の表情をよりポジティブに知覚しやすく、この傾向の強さは共感性などの個人特性によっても変化することが示されています。また、抑うつ傾向を持つ人は、他の表情と比べて、笑顔などの喜びの表情の認識に特有の困難を抱えることが報告されています。
こうした知見を踏まえ、本研究グループはポジティブな感情状態にある人が、かすかな笑顔をより正確に認識できるかを検討しました。天井効果(*2)を避けるため、あえて強度の低い表情を刺激として用いました。その上で、コメディ動画によって気分を誘発した群と、天気予報動画を視聴した群を比較し、かすかな笑顔に対する正答率に違いが現れるかを検証しました。さらに、コロナ禍という社会状況を反映し、マスクを着用した顔画像も実験に組み込みました。
研究結果の詳細
53名の成人(男性22名、女性31名)を対象とした実験を行いました。コメディ動画または天気予報動画を視聴した後、モーフィング処理(*3)を施した表情(強度10 ~ 30%)の感情を判断してもらいました。表情はマスクありまたはマスクなしの2通りで提示されました。
天気予報動画を視聴した群と比較して、コメディ動画を視聴した群は、ネガティブ感情の得点が有意に低く、ポジティブ感情の得点が有意に高いという結果が得られました(図1)。また、マスクなしの顔では、かすかな笑顔の認識率がコメディ動画視聴後に向上することが明らかとなりました(図2)。つまり、「自身の気分が良いと、他人のポジティブな感情に敏感になる」という気分一致効果が確認されました。一方、マスクありの顔では表情の判断が難しくなり、同様の効果は見られませんでした。
探索的分析(*4)の結果から、この効果の強さには個人差が関係することが示唆されました。相手の立場に立って考える力が高い人ほど、コメディ動画視聴後にかすかな笑顔の認識率が向上することがわかりました。また、コメディ動画視聴によって気分の落ち込みが軽減した人ほど、同様の効果が強く見られ、この傾向は普段抑うつ傾向が高い人でも確認されました。これらの結果は、共感性や抑うつ傾向などの個人差が、気分一致効果の生じやすさを左右する可能性を示唆しています。
図2 マスクをつけていない場合のかすかな笑顔の認識率。
本研究を主導した市川教授・小黒講師は、「コロナ禍で多くの都市で外出制限やロックダウンが実施された際に、漫才などのお笑いのコンテンツを見ることで気分が軽くなったことを研究したいと持ち掛けました。(小黒)」「小黒先生のお話を聞いて、私は表情の研究を専門にやっていたので、他者の表情の見え方も変わってくるのではと考え、この研究を着想しました。今後、より自然な対人場面での検証を進めることで、教育・福祉・医療・職場など、人の感情理解が重要となる場面において、円滑なコミュニケーションを支援する方法の開発につながる可能性があります(市川)」と、コメントしています。
用語
*1: 気分一致効果
自分の現在の気分と一致する情報(記憶や知覚)を、そうでない情報よりも思い出しやすい、あるいは知覚しやすいという心理現象。
*2: 天井効果
テストや測定において、多くの参加者が満点や上限に近いスコアを取ってしまい、それ以上スコアが伸びなくなる現象。
*3: モーフィング処理
ある表情から別の表情へと、コンピュータ処理によって連続的・段階的に変化していくように画像を加工する手法。
*4: 探索的分析
あらかじめ仮説を立てて検証する「検証的分析」とは異なり、データの中にある傾向やパターンを、事前の仮説なしに探る分析手法。
論文情報
雑誌名
Scientific Reports
論文タイトル
Subtle Positive Facial Expression Recognition is Enhanced by Comedy Viewing: Individual Differences in Empathy and Depressive Tendencies
著者
Keisuke Adachi, Miyu Kashiwa, Masaumi Shimizu, Masato Okada, Asami Oguro-Ando*, and Hiroko Ichikawa*
*These authors are co-corresponding authors.
DOI
発表者
- 市川 寛子
- 東京理科大学 教養教育研究院 野田キャンパス教養部 教授
- 安達 勁亮
- 東京理科大学大学院 創域理工学研究科 生命生物科学専攻 2024年度 修士課程修了
- 柏 美優
- 東京理科大学大学院 創域理工学研究科 生命生物科学専攻 2023年度 修士課程修了
- 小黒-安藤 麻美
- 英国エクセター大学(University of Exeter)医学部 講師
(東京理科大学 理工学部 物理学科 2003年度 学士課程卒業)
東京理科大学 薬学部 客員研究員 - 岡田 真人
- 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授
- 清水 将海
- 東京大学 大学院新領域創成科学研究科2025年度 博士課程修了
東京理科大学 理工学部 物理学科 2020年度 学士課程卒業
