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2026.06.22 Mon UP

酪酸が樹状細胞の分化・遺伝子発現を制御するエピジェネティックなメカニズムを解明
~アレルギーや炎症、自己免疫疾患の新たな予防・治療法の開発に期待~

東京理科大学

研究の要旨とポイント

  • 腸内細菌が食物繊維からつくり出す短鎖脂肪酸、なかでも酪酸が、免疫の司令塔である樹状細胞の分化を制御する仕組みを、はじめて明らかにしました。
  • 酪酸が遺伝子の読み取りやすさを調節するエピジェネティックな作用を介して転写因子PU.1のはたらきを高め、樹状細胞の分化と、腸管への移動に関わる分子の発現をともに促していることがわかりました。
  • 食事由来の一般的な成分が免疫のはたらきを左右しうることを示した成果であり、アレルギーなどの過剰な免疫反応による疾患の新たな予防・治療法開発につながると期待されます。

研究の概要

東京理科大学 先進工学部 生命システム工学科の西山 千春教授らの研究グループは、食物繊維から腸内細菌がつくり出す短鎖脂肪酸(*1)、なかでも酪酸が免疫の調節にどのように関わるのかを明らかにしました。本研究により、食事由来成分である酪酸が、転写因子PU.1(*2)のはたらきを高めることで、樹状細胞(*3)の遺伝子発現調節に関わることが示されました。

転写因子PU.1は、樹状細胞の分化を方向づける「マスター転写因子」です。樹状細胞は、体内に侵入した異物の情報をリンパ球に伝える、免疫の司令塔ともいえる細胞です。

短鎖脂肪酸は、消化されにくい食物繊維を腸内細菌が分解する際につくられる代謝産物で、酪酸や酢酸、プロピオン酸などの総称であり、免疫細胞にはたらきかけて炎症やアレルギーを和らげることが知られています。一方、短鎖脂肪酸が樹状細胞の分化にどのような影響を与えているのかは、よくわかっていませんでした。

本研究グループは、マウスの樹状細胞を用いて酪酸の作用を解析しました。その結果、酪酸はヒストン脱アセチル化酵素(HDAC、*4)のはたらきを抑えるエピジェネティックな作用(*5)によって、転写因子PU.1の遺伝子のスイッチを入りやすくし、樹状細胞の分化と、腸管への移動に関わる接着分子の発現をともに高めることを突き止めました。

本研究は、酪酸というありふれた食事由来成分が、PU.1を起点に免疫細胞のはたらきを左右しうることを遺伝子・細胞レベルで示したものです。アレルギーや炎症、自己免疫疾患など、過剰な免疫反応による疾患の予防・治療法の開発につながる成果として期待されます。

本研究成果は、2026年6月18日に国際学術誌「Allergology International」にオンライン掲載されました。

研究の背景

本研究グループは、腸内細菌代謝産物や食品由来成分が免疫反応に及ぼす影響について研究を進め、短鎖脂肪酸がIgE依存的なアナフィラキシー反応を緩和すること(※1)、多価不飽和脂肪酸の乳酸菌代謝産物が炎症反応を抑制すること(※2)、ポリフェノールの一種であるケンフェロールが樹状細胞のレチノイン酸合成能を促進して制御性T細胞の分化を促すこと(※3)などの、分子機構を明らかにし、免疫関連疾患への効果を報告してきました。

※ 1 「鎖脂肪酸がアレルギーを抑制する作用機構を解明

※ 2 「腸内乳酸菌による脂肪酸代謝産物が抗炎症作用を示し炎症性腸疾患を緩和することを明らかに

※ 3 「抗炎症免疫応答に寄与するRALDH2の発現を促す食品由来物質を同定

今回は、樹状細胞の遺伝子発現に対する短鎖脂肪酸の作用について着目しました。

私たちが口にする食物繊維は、ヒト自身の消化酵素では分解できませんが、腸内細菌がこれを発酵・分解する過程で短鎖脂肪酸がつくられます。

これまでの数多くの研究から、この短鎖脂肪酸が免疫細胞に作用し、炎症性腸疾患やアレルギーといった、過剰な免疫反応による疾患を和らげることがわかっていました。

一方、免疫応答の出発点を担う樹状細胞については、未解明の点が多く残されていました。樹状細胞は、体内に侵入した異物を取り込んでその情報をリンパ球に伝える、免疫の司令塔ともいえる細胞です。しかし、この樹状細胞の分化や、体内での分布に対し、短鎖脂肪酸がどう関わるのかは、ほとんどわかっていませんでした。

とくに、樹状細胞の分化を方向づける転写因子PU.1に、食事由来の成分が影響しうるのか、また影響するとすればどのような仕組みによるのかも明らかにされていませんでした。

研究結果の詳細

研究グループはまず、マウスの骨髄から分化させた樹状細胞に様々な短鎖脂肪酸(酪酸、プロピオン酸、吉草酸、酢酸など)をそれぞれ添加し、細胞表面の分子や細胞のタイプがどう変化するかを調べました。

その結果、短鎖脂肪酸、特に酪酸を加えたときに、抗原提示関連分子(MHCクラスII、CD86など)が増えるとともに通常型樹状細胞(cDC)の割合が高まり、別のタイプである形質細胞様樹状細胞(pDC)の割合が低下することがわかりました。さらに、腸管の粘膜への移動・定着に関わる接着分子LPAM-1(*6)が、細胞表面に現れることもわかりました。

これらの変化は酪酸で最も強く表れ、酢酸以外のほとんどの短鎖脂肪酸で見られました。

これらの結果を踏まえ、酪酸がどの経路を通じてこれらの変化を引き起こすのかを調べました。

短鎖脂肪酸には、細胞表面の受容体(Gタンパク質共役型受容体、GPCR、*7)を介する経路と、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)のはたらきを抑えるエピジェネティックな経路の二つが知られています。

酪酸の代わりに、HDACのはたらきを抑える薬剤で樹状細胞を処理したところ、酪酸と同じくcDCが増え、LPAM-1の発現も高まりました。一方、受容体を介した伝達を遮断する処理を行っても、また酪酸の主要な受容体(GPR109A)を欠損させた細胞でも、これらの変化は損なわれませんでした。これらの結果から、酪酸は受容体ではなく、HDAC阻害によるエピジェネティックな仕組みを介して樹状細胞に作用していることが示されました。

続いてLPAM-1が増加する仕組みを、遺伝子のレベルで解析しました。

酪酸で処理した樹状細胞では、LPAM-1の構成成分をつくる遺伝子(Itga4)のmRNA発現が高まっており、その遺伝子の周辺でヒストンのアセチル化が増えていました。この領域には、転写因子PU.1とそのはたらきを助ける別の転写因子であるIRF8が結合することも確認されました。

実際に、PU.1やIRF8の遺伝子のはたらきについてsiRNAを用いて人工的に抑える実験を行うと、Itga4の発現が低下したことから、PU.1とIRF8がこの遺伝子の発現を押し上げていることがわかりました。

さらに、酪酸はPU.1自身の遺伝子(Spi1)でもヒストンのアセチル化を高め、PU.1の量を増やしていました。PU.1のはたらきを抑えると、cDCの割合が減少しました。

PU.1は樹状細胞の分化を方向づける「マスター転写因子」です。これらの結果から、酪酸がHDAC阻害を通じてPU.1を起点とする遺伝子発現を高め、樹状細胞の分化(cDCへの誘導)と、腸管への移動に関わる接着分子の発現を、ともに引き起こしていることが明らかになりました。

本研究は、酪酸という日常的な食事に由来する成分が、エピジェネティックな仕組みを通じて免疫細胞のはたらきを遺伝子レベルで左右しうることを示したものです。今回着目した接着分子LPAM-1は、白血球が腸の粘膜へ過剰に集まるのを抑える標的として、炎症性腸疾患(クローン病や潰瘍性大腸炎)の治療研究でも注目されています。その発現が食事由来の成分によって調節されうるという今回の知見は、アレルギーや炎症、自己免疫疾患など、過剰な免疫反応によって引き起こされる疾患に対する、新たな予防・治療のアプローチにつながる可能性があります。

本研究成果について、西山教授は「当研究室では、食品成分や腸内細菌代謝産物などによる免疫応答調節について研究しています。現在、様々な食事成分が免疫細胞の機能や遺伝子発現に影響を及ぼすことが明らかになりつつあります。それぞれの体の状態に応じて、必要な免疫機能は異なりますので、食品成分の組み合わせの効果を理解し、新たな免疫調節作用点の発見を通じて、過剰な免疫反応によって発症したり悪化したりするアレルギーや炎症、自己免疫疾患などを抑える効果が期待されます」と語っています。

※ 本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(B)(23K26860、23H02167、20H02939)、若手研究(24K17872)、特別研究員(DC2)および特別研究員奨励費(21J12113)、日本免疫学会「きぼう」プロジェクト(免疫学博士課程学生支援)、東京理科大学学長研究推進助成、飯島藤十郎記念食品科学振興財団、三島海雲記念財団学術研究奨励金、放射線災害・医科学研究拠点共同研究助成、武田科学振興財団生命科学研究助成、および食生活研究会の助成を受けて実施したものです。

用語

*1 短鎖脂肪酸
炭素数の少ない脂肪酸の総称。消化されにくい食物繊維を腸内細菌が発酵・分解する際につくられ、免疫を調節するなど、宿主の健康に影響を及ぼす。

*2 転写因子PU.1
遺伝子のスイッチを入れるタンパク質(転写因子)の一つ。免疫細胞、とくに樹状細胞の分化を方向づける中心的な役割を担い、「マスター転写因子」と呼ばれる。

*3 樹状細胞
骨髄に由来する白血球の一種。体内に侵入した異物を取り込み、その情報をT細胞などのリンパ球に伝える「抗原提示」を担う。

*4 ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)
DNAが巻き付くタンパク質「ヒストン」から、アセチル基を取り除く酵素。阻害すると逆に遺伝子の発現が促される。

*5 エピジェネティックな作用
DNAの塩基配列を変えずに、ヒストンなどへの化学修飾(アセチル化など)を通じて遺伝子のはたらきを調節する仕組み。

*6 LPAM-1
細胞の表面にある接着分子の一つ。白血球が腸の粘膜へ移動・定着する際にはたらく。

*7 Gタンパク質共役型受容体(GPCR)
細胞膜にある受容体の一群。細胞の外からの刺激を細胞内に伝える。短鎖脂肪酸が免疫細胞にはたらく経路の一つ。

論文情報

雑誌名

Allergology International

論文タイトル

Short-chain fatty acids modulate the development and the cell surface molecule expression of DCs by epigenetic regulation

著者

Weiting Zhao, Kazuki Nagata, Risako Akiyama, Yuki Yamazaki, Hiroto Kouda, Ryosuke Miura, Kenta Ishii, Ryusei Tokita, Naoto Ito, Norimasa Yamasaki, Osamu Kaminuma, and Chiharu Nishiyama

DOI

10.1016/j.alit.2026.05.005

発表者

趙 維霆*
東京理科大学大学院 先進工学研究科 西山研究室 博士課程修了(2025年度)
長田 和樹*
東京理科大学 先進工学部 西山研究室 助教
秋山 倫彩子*
東京理科大学大学院 先進工学研究科 西山研究室 修士課程2年
山崎 友紀
東京理科大学大学院 先進工学研究科 西山研究室 修士課程2年
神田 寛登
東京理科大学大学院 先進工学研究科 西山研究室 修士課程修了(2025年度)
三浦 亮介
東京理科大学 先進工学部 西山研究室 博士研究員(当時)
石井 健大
東京理科大学大学院 先進工学研究科 西山研究室 修士課程修了(2024年度)
時田 隆世
東京理科大学大学院 先進工学研究科 西山研究室 修士課程修了(2024年度)
伊藤 直人
東京理科大学大学院 先進工学研究科 西山研究室 博士課程修了(2024年度)
山崎 憲政
広島大学 原爆放射線医科学研究所 技術主任
神沼 修
広島大学 原爆放射線医科学研究所 教授
西山 千春
東京理科大学 先進工学部 西山研究室 教授

*筆頭著者

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