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2025.04.11 Fri UP

反強磁性準結晶の存在を初めて明らかに!
~周期を持たない長距離反強磁性秩序を発見~

東京理科大学
東北大学
Australian Nuclear Science and Technology Organisation
科学技術振興機構(JST)

研究の要旨とポイント

  • これまで、長距離反強磁性秩序を有する準結晶の存在自体が疑問視されており、長年解明されていない謎となっていました。
  • 本研究では、正二十面体準結晶Au56In28.5Eu15.5が反強磁性を示すことを実証しました。
  • 本研究成果は、準周期的磁気秩序の本質的な特性を明らかにするだけでなく、その特異な磁気応答を利用した、スピントロニクス分野における革新的な応用研究への波及が期待されます。
反強磁性準結晶の存在を初めて明らかに!~周期を持たない長距離反強磁性秩序を発見~

研究の概要

東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科の田村 隆治教授、同大学大学院 先進工学研究科 マテリアル創成工学専攻の阿部 宇希氏(2024年度 修士課程2年)、東北大学 多元物質科学研究所の佐藤 卓教授、Australian Nuclear Science and Technology Organisation (ANSTO)のMaxim Avdeev教授らの共同研究グループは、正二十面体準結晶Au56In28.5Eu15.5が反強磁性を示すことを実証しました。

準結晶内では原子が規則的に配列した構造を形成していますが、その配列には周期性がないことが特徴です。1984年に準結晶が発見されて以来、準結晶における長距離磁気秩序の報告はまったくありませんでした。2021年には、本研究グループが強磁性準結晶の合成に成功し、世界に大きな影響を与えました。しかし、反強磁性準結晶については、理論的にもその存在が可能か否か不明であり、長年の謎となっていました。そこで、本研究グループは反強磁性準結晶の存在を明らかにすべく、約半世紀にわたる難題に挑戦しました。

本研究では、粉末X線解析(*1)によりAu56In28.5Eu15.5がTsai型の正二十面体準結晶であることを明らかにしました。また、Au56In28.5Eu15.5の磁化測定の結果、ネール温度(*2)6.5K(読み方はケルビン、6.5Kはマイナス266.65℃) で鋭いカスプ(極大)が観察され、ネール温度以下ではメタ磁性転移(*3)が見られたことから、反強磁性転移が生じていることが示唆されました。さらに、粉末中性子回折により、ネール温度以下で磁気ブラッグ反射(*4)が観察され、反強磁性秩序の存在が立証されました。本研究成果は、物性物理学において反強磁性準結晶という新たな研究分野を切り拓く重要な成果となります。

本研究成果は、2025年4月14日に国際学術誌「Nature Physics」にオンライン掲載されました。

研究の背景

準結晶は、1984年にイスラエル工科大学のダン・シェヒトマン博士によって初めて発見されました。その業績が評価され、シェヒトマン博士は2011年にノーベル化学賞を受賞しました。準結晶は、周期結晶では不可能な5回、10回、12回などの回転対称性を有し、準周期的な構造を持つ物質です。過去の研究から、準結晶は異なる3種類の構造(Mackay型、Bergman型、Tsai型)に分類できることがわかってきました。結晶構造の違いは物性にも大きく影響するため、従来の材料とは異なる新たな物質として注目されています。特に、電気伝導性、熱伝導性、磁性などの物性において、従来とは異なる挙動を示すことが期待され、研究者たちの関心を集めています。

一方、準結晶における長距離磁気秩序の有無は明らかにされておらず、準結晶分野における課題となっていました。これまで、磁性を有する準結晶の多くはスピングラス的な挙動を示し、長距離磁気秩序に関する証拠はまったく得られていませんでした。しかし、2021年に本研究グループがAu-Ga-Gd系やAu-Ga-Tb系などの正二十面体準結晶が強磁性を示すことを発見し、結晶学や物性物理学に大きな衝撃を与えました(※1)。

これらの成果により、強磁性を持つ準結晶の存在が明らかになりましたが、反強磁性秩序を持つ準結晶については依然として解明されていません。準周期性と反強磁性が両立することが難しいのではないかとも指摘されてきました。そのため、もし反強磁性準結晶が発見されれば、物性物理学における重要なブレイクスルーとなる可能性を秘めています。そこで本研究グループは、準結晶の新たな特性を明らかにするため、反強磁性秩序を実験的に証明することに注力しました。

※1:東京理科大学プレスリリース(2021年11月19日)
『強磁性準結晶の発見 ~準周期性が示す特異な磁性の解明に向けて飛躍的な前進~』

研究結果の詳細

本研究では、Au56In28.5Eu15.5の結晶構造および磁気的性質を評価しました。粉末X線解析の結果、この合金がTsai型正二十面体準結晶であることを確認しました。

磁化率の温度依存性の測定から、Euイオンが二価(Eu2+)の状態にあり、軌道角運動量を持たないことが示唆されました。また、ワイス温度(*5)が正の値(θ = 3.41 K)を示したことから、磁気モーメント間の相互作用が強磁性的であることがわかりました。この合金において、ネール温度6.5Kで鋭いカスプ(極大)が観察され、反強磁性転移を示していることが明らかとなりました(図 中央のグラフ)。

磁化の磁場依存性の評価では、最も低温(0.4K)における磁化が7 μB/Eu(Eu一原子あたりの磁気モーメント)に達し、Eu2+の理論値と一致することが確認されました。7T(読み方はテスラ、磁束密度の単位)の高磁場では磁化が完全に飽和し、強磁性状態への移行が見られました。また、低磁場領域ではメタ磁性転移が観測され、反強磁性転移の存在を後押しする結果が得られました。

粉末中性子回折の結果、T = 3K で複数の磁気ブラッグピークが現れ、その強度がいずれも6.5Kで急激に増加することが確認されました(図 一番右のグラフ)。さらに、中性子回折によって得られた転移温度(6.3K)は、磁化率測定で得られたネール温度6.5Kとほぼ一致しており、準結晶における長距離反強磁性秩序の存在を実証しました。

本研究では、準結晶における反強磁性秩序を世界で初めて観測し、準周期物質における新たな磁気秩序の可能性を示しました。これは、物性物理学における重要な知見であり、準結晶の磁気特性に関する今後の研究に大きな影響を与えると考えられます。

本研究を主導した東京理科大学の田村教授は、「1949年に周期結晶で初めて発見されて以来、反強磁性秩序は周期結晶に特有の現象であると考えられてきました。しかし、今回、周期結晶以外の物質で初めて反強磁性秩序を発見したことで、物質科学における新たな学問分野が切り拓かれたと感じます。この反強磁性準結晶が秘める特異な磁気応答により、スピントロニクス分野や磁気冷凍技術に革命をもたらすことが期待されます」と、研究成果に大きな期待を寄せています。

※本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(No. 19H05817, 19H05818, 21H01044, 22H00101, 23KK0051)、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業CREST (JPMJCR22O3)による助成を受けて実施されました。中性子回折実験はAustralia Nuclear Science and Technology Organisation (ANSTO)のOPAL原子炉に設置されたECHIDNA回折計(1)、および日本原子力研究開発機構 JRR-3原子炉に設置されたISSP-GPTAS分光器(2)を用いて行われました。中性子回折実験の一部は東京大学物性研究所共同利用による援助を受けて行われました。

(1)Echidna-High Resolution Powder Diffractometer

(2)4G-GPTAS Webpage

用語

*1:
粉末X線解析
粉末状の試料にX線を照射し、その回折パターンを解析することで、物質の構造を調べる手法。
*2:
ネール温度
反強磁性体が常磁性に転移する温度。
*3:
メタ磁性転移
試料に磁場を印加すると、ある磁場で急激に磁化が増大する現象で、反強磁性体でよくみられる。
*4:
磁気ブラッグ反射
結晶内の原子が持つ磁気モーメントが規則正しく配列している場合に発生する。X線や中性子線などが結晶に照射されたとき、結晶内の原子の配置に加えて、原子の磁気モーメントが影響を与えることによって起こる。
*5:
ワイス温度
磁性体の磁気相互作用を表す指標で、キュリー・ワイス則により求められる。それが正であれば強磁性的な相互作用が、負であれば反強磁性的な相互作用が強く働いていることを示す。

論文情報

雑誌名

Nature Physics

論文タイトル

Observation of antiferromagnetic order in a quasicrystal

著者

R. Tamura, T. Abe, S. Yoshida, Y. Shimozaki, S. Suzuki, A. Ishikawa, F. Labib, M. Avdeev, K. Kinjo, K. Nawa, T. J. Sato

DOI

10.1038/s41567-025-02858-0

発表者

田村 隆治
東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 教授
阿部 宇希
東京理科大学大学院 先進工学研究科 マテリアル創成工学専攻 修士課程2年
佐藤 卓
東北大学 多元物質科学研究所 スピン量子物性研究分野 教授
Maxim Avdeev
Manager of the Neutron Diffraction Group at the Australian Nuclear Science and Technology Organisation (ANSTO), Professor

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