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2021.11.19 Fri UP

強磁性準結晶の発見
~準周期性が示す特異な磁性の解明に向けて飛躍的な前進~

東京理科大学
東北大学
Australian Nuclear Science and Technology Organisation

研究の要旨とポイント

  • Au-Ga-Gd系合金とAu-Ga-Tb系合金の2種類の正二十面体準結晶が、長距離磁気秩序(強磁性秩序)を有することを発見しました。
  • 電子と原子の比(e/a比)を考慮して正二十面体準結晶を合成することにより、様々な準周期磁性を有する材料を得られる可能性が示唆されました。
  • 本研究の成果は、準結晶の有する準周期性の性質の理解に寄与するとともに、新しい磁性材料の開発に貢献することが期待されます。

東京理科大学先進工学部マテリアル創成工学科の田村隆治教授、石川明日香技術員、鈴木慎太郎助教、Australian Nuclear Science and Technology Organisation (ANSTO)のMaxim Avdeev博士、東北大学多元物質科学研究所の佐藤卓教授らの研究グループは、Au-Ga-Gd系、Au-Ga-Tb系合金が正二十面体準結晶であることを見出し、さらにこれらの合金が長距離磁気秩序を有することを明らかにしました。また、準結晶中の電子と原子の比率(e/a比)を調整することで、様々な準周期磁気秩序を有する理想的な材料を合成できることも示唆しました。これらの研究成果は、準周期性特有の物性の理解や従来とは異なる磁性材料の開発に有用な知見です。

準結晶は1984年にイスラエル工科大学のダニエル・シェヒトマン博士によって初めて発見され、その発見に対して2011年にノーベル化学賞が贈られました。準結晶内では原子、分子、イオンが集合し、規則的に配列した構造を形成していますが、その配列には周期性がないことが特徴です。そのため、結晶や非晶質(アモルファス)とは異なる結晶構造を有しており、それらがどのよ うな電子状態を実現するかはよくわかっていませんでした。特に、長距離磁気秩序が実現可能か否かは未解明であり、準結晶分野における長年の課題でした。

本研究グループは、過去の膨大な研究結果から、正二十面体準結晶のe/a比が1.70に近い場合、強磁性体が得られる可能性が高いことを突き止めていました。その条件の下で材料探索を行い、Au-Ga-Gd系合金(Au65Ga20Gd15)とAu-Ga-Tb系合金(Au65Ga20Tb15)に注目しました。様々な検討の結果、これらの合金が正二十面体準結晶を形成すると同時に、長距離磁気秩序(強磁性)を有する材料であることを発見しました。準結晶における準周期的な磁気秩序の実現に向けた研究は世界で広く行われてきましたが、1984年の準結晶の発見から現在まで達成されていませんでした。今回の発見はAu系合金の準結晶における画期的な成果であり、準周期性に由来した特殊な性質を理解する上で大変重要な知見と考えられます。今後のさらなる研究の発展によって、新たな磁性材料の開発への応用が期待されます。

本研究成果は、2021年11月17日に国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。

強磁性準結晶の発見
~準周期性が示す特異な磁性の解明に向けて飛躍的な前進~

研究の背景

周期結晶は長距離にわたって周期構造を有する固体です。幾何学的観点から、その回転対称性には1回、2回、3回、4回および6回対称があり、それ以外の対称性では空間を充填することは不可能であると考えられてきました。一方で、準結晶は結晶には不可能な5回、8回、10回対称などの回転対称性を有する準周期構造を形成していることがわかり、新たな材料として注目されてきました。結晶構造と物性には相関性があるので、結晶構造が変化すると電気抵抗や熱伝導性、磁性などの物性が変化すると考えられます。そのため、準結晶は従来の結晶と異なる物性を有する材料として期待され、世界で広く研究されてきました。

本研究グループは、準結晶に関する長年の研究結果から、結晶中の電子と原子の比率(e/a比)が準結晶の磁性に重要であることを明らかにしていました。近似結晶(※1)である1/1 Au-Al-Gd合金の磁気特性を詳細に調査し、e/a比と磁気的性質の状態図を作成しました。この状態図は、e/a比などのパラメータから各材料の磁性状態をある程度予測できるように表したものです。例えば、過去に報告された準結晶をこの図に当てはめると、その多くはe/a比が2.1に近い値をとり、スピングラス(※2)状態を示すという共通点がありました。より詳細にe/a比と磁性との相関を調査した結果、e/a比が約1.70となるときに強磁性体が得られる可能性が示唆されました。そこで調査対象をe/a比が約1.70になるようなAu系合金に絞って検証を行いました。

研究結果の詳細

本研究グループは、過去の研究結果よりe/a比が約1.70になるAu系合金の材料探索を行いました。その結果、Au65Ga20Gd15とAu65Ga20Tb15の組成を有する合金が有力な候補として挙がりました。X線回折法(※3)と中性子回折法(※4)の結果から、これらの結晶構造が正二十面体型の準結晶であることを突き止めました。
次に、これらの材料の磁化率χと比熱Cpの温度変化の測定を行いました。その結果から、各準結晶のキュリー温度Tc(※5)は、Au65Ga20Gd15ではTc = 23.4 K、Au65Ga20Tb15ではTc = 16.0 Kと決定され、その温度付近で強磁性転移が生じていることがわかりました。また、ワイス温度θ(※6)については、Au65Ga20Gd15ではθ = 27.9 KでAu65Ga20Tb15ではθ = 12.9 Kという結果が得られました。これらの値は、過去に報告された準結晶とは全く異なる正の値であり、今回合成した2つの準結晶が強磁性体であることを示すものでした。以上の結果より、Au65Ga20Gd15とAu65Ga20Tb15の2つの正二十面体準結晶が長距離磁気秩序を有する材料であると結論付けました。
また、本研究グループは、強磁性準結晶の合成に成功したことにより、近似結晶を使って作成した磁気状態の状態図が準結晶にも広く応用できることを証明しました。この結果は、反強磁性、強磁性、スピングラスなど様々な磁気特性を有する準結晶、近似結晶をコントロールして合成することが可能になることを意味しています。これらの成果により、準結晶において理想的な磁性材料を合成することができるので、新たな磁性材料の獲得への応用が期待されます。
本研究の成果について、東京理科大学の田村隆治教授は「磁性を有する準結晶が一体どのような特異な振舞いを示すのかに関しては、今のところ理論も含めて全く分かっていません。今回の研究成果は、準結晶の有する準周期性に由来する特性を解明することに繋がり、ひいては学術の発展に大きく役立つものであると考えています。強磁性準結晶に限ると、結晶よりも遥かに高い対称性を有するため、究極の軟磁性体への応用が期待できます」と話しています。

※本研究は科学研究費助成事業「ハイパーマテリアル:補空間が創る新物質科学」(JP19H05817, JP19H05818, 20H05261)の援助を受けて行われました。中性子回折実験は Australia Nuclear Science and Technology Organisation (ANSTO)のOPAL原子炉に設置された ECHIDNA回折計(1)、および日本原子力研究開発機構発機構JRR-3原子炉に設置された ISSP-GPTAS分光器(2)を用いて行われました。中性子回折実験の一部は東京大学物性研究所共同利用による援助、および「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」の援助を受けて行われました。

(1)https://www.ansto.gov.au/our-facilities/australian-centre-for-neutron-scattering/neutron-scattering-instruments/echidna-high
(2)https://gptas.tagen.tohoku.ac.jp/

用語説明

※1 近似結晶:局所的には準結晶と同じ構造を持ちながら、高対称クラスターが周期的に配列した結晶。

※2 スピングラス:磁気モーメントが乱雑な向きを向いて凍結した状態。短距離磁気秩序はあるが、長距離磁気秩序がない状態。

※3 X線回折法:X線の回折現象を利用して、物質内部の結晶構造を調べる分析方法。

※4 中性子回折法:中性子の回折現象を利用して、物質内部の結晶構造や磁気構造を調べる分析方法。

※5 キュリー温度:温度上昇により強磁性相から常磁性相に変化する、その境界温度。

※6 ワイス温度:キュリーワイスの法則に含まれる変数で、各スピンに働く有効磁場の符号と大きさを表すパラメータの1つ。それが正であれば強磁性的な、負であれば反強磁性的な有効磁場が働く。

論文情報

雑誌名

Journal of the American Chemical Society

論文タイトル

Experimental observation of long-range magnetic order in icosahedral quasicrystals

著者

Ryuji Tamura, Asuka Ishikawa, Shintaro Suzuki, Akihiro Kotajima, Yujiro Tanaka, Takehito Seki, Naoya Shibata, Tsunetomo Yamada, Takenori Fujii, Chin-Wei Wang, Maxim Avdeev, Kazuhiro Nawa, Daisuke Okuyama, and Taku J. Sato

DOI

10.1021/jacs.1c09954

発表者

田村 隆治 東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 教授 <責任著者>

石川 明日香 東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 技術員

鈴木 慎太郎 東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 助教

Maxim Avdeev Australian Nuclear Science and Technology Organisation (ANSTO) 教授

佐藤 卓 東北大学 多元物質科学研究所 無機材料研究部門 教授 <責任著者>

お問い合わせ

【研究に関する問い合わせ先】

東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 教授
田村 隆治(たむら りゅうじ)
E-mail:tamura【@】rs.tus.ac.jp

東北大学 多元物質科学研究所 無機材料研究部門 教授
佐藤 卓(さとう たく)
E-mail:taku【@】tohoku.ac.jp

Australian Nuclear Science and Technology Organisation (ANSTO) 教授
Maxim Avdeev
E-mail:max【@】ansto.gov.au

【報道・広報に関する問い合わせ先】

東京理科大学 広報部(担当:清水)
TEL:03-5228-8107 FAX:03-3260-5823
E-mail:koho【@】admin.tus.ac.jp

東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
TEL:022-217-5198
E-mail:press.tagen【@】grp.tohoku.ac.jp

Australian Nuclear Science and Technology Organisation (ANSTO)
Australian Public Affairs
Phil McCall
E-mail:pmccall【@】ansto.gov.au

【@】は@に置き換えてください。

東京理科大学について

東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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