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2020.02.20 Thu UP

保護された「反応性の低い」有機ボロン酸を利用したクロスカップリング反応に成功
-医薬品・機能性材料開発の高効率化とコストダウンに寄与-

研究の要旨とポイント
  • ●ビアリール化合物の合成において、1,8-ジアミノナフタレンにより保護された状態の有機ホウ素化合物(有機ボロン酸)を、直接原料として利用する新規合成経路の確立に成功しました。
  • ●従来用いられていた合成系では、1,8-ジアミノナフタレンによる有機ボロン酸の保護を外し、脱保護の状態にする工程を経る必要がありました。
  • ●脱保護の工程なくクロスカップリング反応を行う、最も簡便な合成系の確立により、基礎材料としてビアリールを多用している医薬品などの製造が簡易化されることが期待されます。

東京理科大学理学部第一部化学科の斎藤慎一教授、武藤雄一郎講師らの研究グループは、1,8-ジアミノナフタレンによって保護された有機ボロン酸が、クロスカップリング反応の原料として直接利用可能であることを明らかにしました。これにより、有用な出発原料である有機ボロン酸を利用する手法の中で、従来の工程に比べて効率的な有機合成を実現しました。

ビアリール化合物は、医薬品などに多用される重要な基礎化合物です。これを合成する経路の1つに「鈴木−宮浦クロスカップリング反応」があります。鈴木−宮浦クロスカップリング反応は、パラジウムを触媒として、ハロゲン化アリールに有機ホウ素化合物を結合させて目的の有機化合物を得る反応です。2つの有機化合物を選択的に結合させるクロスカップリング反応の中でも、原料となる有機ホウ素化合物が水や空気に安定で取り扱い安いこと、副生成物の除去が容易で、毒性や環境負荷も低いことなどの利点から、世界中で幅広く利用・応用されています。
しかし、より複雑な有機化合物の合成のためにこの反応を複数回繰り返す場合、現段階で反応させたい有機ホウ素化合物だけを露出させ、今後の過程で反応させたいホウ素化合物には必要となるまでマスクを掛けて反応を抑制する「保護」と呼ばれる措置が必要です。1,8-ジアミノナフタレンはホウ素化合物への導入が容易で、酸水溶液で容易に除去(脱保護)してホウ素化合物を再生できることから、優れた保護剤として利用されています。
今回の研究では、適切な反応条件を設定することにより、この脱保護の工程を省き、1,8-ジアミノナフタレンによって保護された有機ボロン酸を直接クロスカップリング反応の原料として利用して、ビアリール化合物を合成する合成系の確立に成功しました。
ビアリール化合物の合成経路の短縮は、従来の手法と比べて効率的な有機合成を可能とするため、今後の医薬品や機能材料などを安価に、かつすばやく提供できるようになることが期待されます。

【研究の背景】

ビアリールは2つのフェニル基(C6H5)が炭素同士の単結合で結合したビフェニルの誘導体で、医薬品や農薬、機能性材料などにビアリール骨格として多用される重要な基礎材料です。1970年ごろまでその合成は困難とされてきましたが、2種類の有機化合物を選択的に結合させるクロスカップリング反応が開発されたことで大きく飛躍しました。近年ではパラジウム触媒を用いた合成反応である「鈴木−宮浦クロスカップリング反応」が主流となっており、この開発の業績により、北海道大学の鈴木章名誉教授が2010年にノーベル化学賞を受賞されています。

「鈴木−宮浦クロスカップリング反応」は、パラジウム触媒を用いて、有機ホウ素化合物とハロゲン化アリールの間で行われるカップリング反応です。原料として用いられる有機ホウ素化合物の取り扱いの容易さや、副反応物の除去の容易さ、毒性の低さなどから、ビアリール化合物の合成において、現在最も用いられている手法です。
しかし、この反応を複数回繰り返してより複雑な有機化合物を合成したい場合には、現段階で反応させたい有機ホウ素化合物の反応基(ボロニル基)のみを露出させ、それ以外の反応基を一時的にマスクして反応を抑制する必要があります。この抑制を保護といい、また反応を再開させるために保護を外すことを脱保護といいます。

研究グループが今回着目した有機ボロン酸は、鈴木−宮浦クロスカップリング反応の有用な出発原料として幅広く用いられています。また、過去の研究から、1,8-ジアミノナフタレンと結合させることにより反応性が低下して安定な化合物として取り扱えること、1,8-ジアミノナフタレンを除去することで再生可能であることも既に知られています。1,8-ジアミノナフタレンの脱保護には、酸性水溶液で処理する必要があり、この過程を介さず保護されたままの状態でクロスカップリング反応を進めることができるとすれば、合成工程の簡易化と高効率化に繋がると期待されてきました。

【研究結果の詳細】

斎藤教授、武藤雄一郎講師らの研究グループは、さまざまに反応条件を変えながら、1,8-ジアミノナフタレンによって保護されたボロン酸を直接クロスカップリングに使用できる条件を探索しました。

クロスカップリング反応の進行には、原料と触媒のほかに塩基(アルカリ性を示す化合物)が必要ですが、アルカリ金属のアルコキシド(アルコール類の-OH基を金属で置換したものカリウムtert-ブトキシド(KOt-Bu)は、有機ボロン酸との間で活性なホウ酸塩を形成するため、収量の増加に有効であることが示されました。次に、触媒そのものであるパラジウム触媒複合体を構成する物質としては、鈴木−宮浦クロスカップリング反応に用いられてきた普通のパラジウム触媒が利用できることがわかり、特に、0価パラジウム(Pd2(dba)3·CHCl3)と、錯体を形成する配位子で、トリフェニルホスフィン(PPh3)あるいはクロスカップリングに高い活性を持つXPhosの組み合わせが良いことがわかりました。

以上を踏まえて、反応化合物の適用範囲を調べたところ、さまざまな1,8-ジアミノナフタレンによって保護されたボロン酸とハロゲン化アリールから、ビアリール化合物が効率よく合成できることがわかりました。従来ピリジンやフッ素を複数もつボロン酸は分解しやすいため鈴木−宮浦クロスカップリング反応に用いることはできませんでしたが、1,8-ジアミノナフタレンによって保護されたピリジンやフッ素をもつボロン酸は安定な化合物であり、鈴木−宮浦クロスカップリング反応に適用できました。今回開発した鈴木−宮浦クロスカップリング反応にはカリウムイオンの存在が極めて重要であり、単結晶X線回折による分子構造の解析からも、KOt-Buに由来するホウ酸カリウムの形成が明らかになりました。また、複数の化合物を連続的なクロスカップリング反応によりワンポット合成(1つの反応容器内に次々と反応物を入れることで、複数の化学合成反応を行う合成手法)するための反応時間や温度などの条件も確立しました。この合成系は、従来のクロスカップリング反応によるビアリール化合物の合成工程に比べ、最も工程の少ない効率的な有機合成系であり、保護されていない有機ボロン酸と比べて反応性が低いはずの、保護された有機ボロン酸が真っ先にクロスカップリングに使用されます。

斎藤教授は、「我々の研究グループではより反応工程が短く、選択的な有機合成の実現を目指しています。鈴木−宮浦クロスカップリング反応は、医薬や電子産業分野などで幅広く利用されている有機合成手法です。効果的な反応条件を明らかにしたことで、より効率的な有機合成が実現できました。ビアリール化合物は、医薬品や機能性材料として非常に有用であり、この研究の成果により、現在より安価かつ簡便な合成法が実用化できると考えています」と期待を示しています。

※この論文は、アメリカのオンライン化学雑誌『ACS Catalysis』誌に2019年10月11日に掲載され、2020年1月3日には、同紙のCover(表紙)に選出されました。

※なお、この研究は、公益財団法人総合工学振興財団より、一部助成を受けて実施されたものです。

【論文情報】

雑誌名 ACS Catalysis
論文タイトル Suzuki-Miyaura Cross-Coupling of 1,8-Diaminonaphthalene (dan)-Protected Arylboronic Acids
著者 Yuichiro Mutoh, Kensuke Yamamoto, Shinichi Saito
DOI 10.1021/acscatal.9b03667

斎藤(慎)研究室のページ
研究室のページ:https://www.rs.kagu.tus.ac.jp/sslab/
斎藤教授のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?3b52
武藤講師のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?666e

東京理科大学について
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