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2026.04.14 Tue UP

超大質量ブラックホール近傍の化学組成
―極限環境の宇宙蛍光X線が照らし出した重い星の運命―

概要

京都大学大学院理学研究科上田佳宏教授、同植松亮祐博士、小川翔司東京理科大学創域理工学部助教、福島光太郎同理学部助教らを中心とする研究グループは、最新のX線天文衛星「XRISM」を用い、地球から約1,300万光年離れた「コンパス座銀河」の中心にある超大質量ブラックホール周辺の元素組成を精密に測定しました。 銀河の中心は、星の誕生や死、そして物質がブラックホールへ吸い込まれる過程を知る上で重要な場所ですが、これまでは観測の精度が足りず、詳しい成分分析が困難でした。XRISMの優れた分光能力により、ブラックホールを取り囲むガスと塵の層(トーラス)から放射される「蛍光X線」を詳細に捉えることに成功しました。分析の結果、鉄に対するアルゴンやカルシウムの割合が太陽系よりも低く、逆にニッケルの割合が高いという独特なパターンが判明しました。 この比率は、太陽の20倍以上の重さを持つ星の大半が、超新星爆発を起こさずにブラックホールに崩壊すると考えると整合します。本成果は、2026年3月31日に英国の国際学術誌「Nature Astronomy」にオンライン掲載されました。

なお、理学部第一部物理学科松下恭子教授が論文の議論に参加しています。また、創域理工学部先端物理学科幸村孝由教授が衛星プロジェクトの開発に参加したことにより、共著者となっています。

メイン図

メイン図

枠内イラスト:コンパス座銀河中心部のイメージ。超大質量ブラックホール(中心の黒丸)付近の高温コロナから放出された連続X線(白色)が、それを取り囲むガスと塵の層(トーラス)にあたり、さまざまな元素からの蛍光X線が発生している
(クレジット: JAXA)

背景の写真:ハッブル宇宙望遠鏡で捉えたコンパス座銀河全体の可視光画像
(クレジット:NASA、 ESA)

1.背景: 銀河中心の化学史と星の運命を探る

銀河の中心に居座る「超大質量ブラックホール」がどのように成長し、周囲の環境とどう関わってきたかを知るためには、その周辺にあるガスの「元素組成(どの元素がどれくらい含まれているか)」を調べることが不可欠です。水素とヘリウム以外の元素の大半は、恒星(星)の内部で作られ、超新星爆発によって周囲にばら撒かれます。超新星爆発で放出される元素の量は、超新星の種類(重力崩壊型またはIa 型;注1)や、元々の星の質量に強く依存します。よって、元素組成を調べれば、過去にどのような星が生まれ、どのように死んでいったかという「銀河の履歴書」を読み解くことができます。

しかし、銀河の中心部はガスや塵が非常に濃く、可視光(目に見える光)では中まで見通せない場合がほとんどです。さらに、可視光の放射プロセスは複雑で、結果の解釈に大きな不定性が伴います。それに比べ、X線は透過力が強い上に、物質との相互作用の物理が単純です。ガスを飲み込んで成長しつつある超大質量ブラックホール(活動銀河核; 注2)の近傍には、10 億度もの高温コロナが存在し、強い連続X 線光を放射しています。それが周辺物質に当たると、物質に含まれる元素固有のエネルギーを持つ蛍光X 線が発生します(メイン図)。それらの強度を測定することにより、元素組成を精密に調べることができます。しかし、従来のX 線観測では、他の輝線と区別して微弱な蛍光X 線を検出できる能力(エネルギー分解能)が不足していました。そのため、銀河中心ブラックホール近傍の正確な化学組成は、長年の大きな謎として残されていました。

2.研究手法・成果

2023 年に打ち上げられた XRISM(クリズム)衛星に搭載された Resolve(リゾルブ)という装置は、これまでにない極めて高い精度で X 線のエネルギーを測定できます。研究チームは、地球に最も近い活動銀河核の一つで、最も明るい鉄の蛍光 X 線を出しているコンパス座銀河(Circinus Galaxy:メイン図)を観測対象に選び、約 30 万秒にわたって集中観測しました。XRISM は、これまでの衛星ではぼやけて見えていた鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、アルゴン(Ar)、カルシウム(Ca)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)といった様々な元素の蛍光 X 線を、一本一本くっきりと分離して捉えることに成功しました(参考図1)。これにより、ブラックホール周辺のガスの温度や場所、そして詳しい元素の割合を計算することが可能になったのです。X 線蛍光解析は、人工の X 線発生装置を用いて地上での物質分析によく使われる手法ですが、今回の研究は、超大質量ブラックホールからの「自然 X 線」を用いることで、手の届かない遠方宇宙に適用したという点で、画期的といえます。観測データの分析から、以下の重要な事実が明らかになりました。

参考図1

参考図1

(下段)XRISM衛星搭載Resolve装置で取得された、コンパス座銀河の中心核のX線エネルギースペクトル(縦軸、横軸とも対数スケール)。Ar, Ca, Cr, Mn, Fe, Ni元素からの蛍光X線が見える。

(上段)同スペクトルの鉄輝線付近の拡大図(縦軸のみ対数スケール)。メインピークの左側にある広がった成分は、一度放出された鉄蛍光X線が、別の場所にある電子により散乱されたもの(コンプトンショルダー)。これらの形状の解析から、蛍光X線が金属量の多く冷たい「トーラス」構造から放射されていることがわかった。

(クレジット:当該論文より改変)

  • ガスの居場所の特定 鉄の蛍光 X 線の形状を分析したところ、この光を放っている物質はブラックホールから約 0.08 光年(約 7400 億キロメートル)以上離れた、冷たくて金属が豊富な「トーラス」と呼ばれる構造にあることが分かりました。これは、超大質量ブラックホールに飲み込まれる直前のガスを直接観察していることを意味します。
  • 独特な元素の割合 今回判明した最大の驚きは、その元素のバランスです(参考図 2)。太陽系近傍の元素組成と比較して、アルゴンやカルシウムは鉄に比べて少なく、ニッケルは鉄に対して多いという結果が出ました。 これまでの理論モデル(超新星爆発の種類と数の組み合わせ)と比較したところ、このパターンは「超大質量ブラックホールを育てるガスが、古い星からではなく、比較的最近の星形成によって作られた新鮮なガス」であり、「金属量の多い環境においては、太陽の約 20 倍以上の質量を持つ重い星の多くが、爆発せずにそのまま恒星質量ブラックホールへと崩壊する」と考えると完璧に説明がつくことが分かりました(参考図3)。
参考図2

参考図2

データ点(誤差付):コンパス座銀河中心のアルゴン、カルシウム、クロム、マンガン、ニッケルの鉄に対する組成比
太い緑線:最もデータをよく再現する理論モデル(青線:白色矮星を起源とする超新星の寄与。オレンジ:重力崩壊型超新星の寄与)
細い緑線:太陽の20倍の星が爆発すると仮定した場合の計算結果(カルシウムやアルゴンの量が多くなりデータを再現できない)

(クレジット:当該論文より改変)

参考図3

参考図3

太陽の20倍以上の質量を持つ星の最終進化(左→中→右)のイメージ
(左)赤色超巨星
(中)中心部が重力崩壊するが、超新星爆発は起こさない
(右)カルシウムやアルゴンなどの元素(赤)はブラックホール(中心の黒丸)に飲み込まれる

(クレジット:JAXA)

この研究は、活動銀河核に、最近の爆発的星形成によって作られたガスが絶えず供給され続けているという描像を確立しました。まさに超大質量ブラックホールと銀河が共に進化している現場を捉えたともいえます。また、重い星が超新星爆発を起こさずに恒星質量ブラックホールになるという現象は、これまで理論的には予想されていましたが、実際の元素組成の観測からその強力な証拠が得られたのは今回が初めてです。進化の進んだ重い星の代表例は赤色超巨星として知られます。太陽の約 20 倍以上の質量を持つ赤色超巨星は実際に我々の銀河系内でその存在が知られていますが、一方でそのような重い赤色超巨星を親星とする超新星が近傍宇宙で見つかっておらず、これは「赤色超巨星問題」と呼ばれます。今回の成果は、この問題を解決する可能性があります。これは、宇宙における物質の循環や、ブラックホール形成過程を理解する上で、大きな一歩と言えます。

3.波及効果、今後の予定

この研究は、宇宙における元素合成の歴史を理解する上で、精密 X 線分光が非常に有効であることを証明しました。今後は、別の活動銀河核に同様の手法を適用し、銀河の性質によって銀河中心部のガスの成因が異なるか、調査する予定です。観測対象を増やすため、今後、より大きな望遠鏡をもつ衛星を持つ必要があります。

4.研究プロジェクトについて

XRISM プロジェクトは、JAXA, NASA, ESA による日米欧共同ミッションで、100 名以上の科学者から構成されます。本研究は、JSPS Core-to-Core プログラム JPJSCCA20220002、京都大学教育研究振興財団の助成を受けて行われました。

用語解説

(注1)重力崩壊型超新星=重い星の進化の最期に中心核が重力で潰れることによって起きる超新星。Ia(イチエイ)型超新星=白色矮星同士の合体または白色矮星にガスが降り積もり限界質量を超えることで起きる超新星。

(注2)活動銀河核=銀河中心の超大質量ブラックホールにガスが降着し、その重力エネルギーが解放されることで、X 線を含めた様々なエネルギー帯域で中心核が非常に明るく輝く現象。

論文タイトルと著者

タイトル

Accurate Determination of Chemical Abundances near a Supermassive Black Hole
(超大質量ブラックホール近傍における化学組成の精密測定)

著者

XRISM collaboration
(責任著者:Yoshihiro Ueda, Ryosuke Uematsu, Shoji Ogawa, Kotaro Fukushima)

掲載誌

Nature Astronomy (ネイチャー・アストロノミー)

DOI

10.1038/s41550-026-02817-6

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