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2023.11.13 Mon UP

鍵は「ハードカーボン」。驚異的なエネルギー密度をもつナトリウムイオン電池の創製に成功
~資源制約のない高性能電池の実現にまた一歩前進~

研究の要旨とポイント

  • ナトリウムイオン電池・カリウムイオン電池の負極材料として優れた特性を示す新たなハードカーボンの合成に成功しました。
  • 合成したハードカーボンを負極として使用したナトリウムイオン電池を作製し、312Wh/kgという非常に高いエネルギー密度を示すことを実証しました。
  • 本研究をさらに発展させることで、希少元素を使わないナトリウムイオン電池やカリウムイオン電池の実現が期待されます。

研究の概要

東京理科大学理学部第一部応用化学科の駒場慎一教授、多々良涼一講師、同大学大学院理学研究科化学専攻の五十嵐大輔氏(2023年度博士後期課程2年)、田中陽子氏(2022年度修士課程修了)、物質・材料研究機構 エネルギー・環境材料研究拠点の久保田圭主任研究員らの研究グループは、ナトリウムイオン電池やカリウムイオン電池用の新たな負極材料である「ZnO鋳型ハードカーボン(HC-Zn)」を合成することに成功しました。このHC-Znを負極に使用したナトリウムイオン電池は、現行の商用リチウムイオン電池に匹敵するほど高いエネルギー密度を示しました。

リチウムイオン電池ではグラファイトを負極材料として使用しますが、ナトリウム-グラファイト層間化合物は熱力学的に不安定であるためグラファイトは使用できず、ナトリウムイオン電池ではハードカーボン(難黒鉛化性炭素)が使用されてきました。ハードカーボンはグラフェンがランダムに積層し、その隙間にはナノサイズの空孔を有しているため、ナトリウムイオンを可逆的に脱挿入することが可能です。本研究グループは、過去にMgOを鋳型としたハードカーボンを合成し、負極材料としての性能を報告してきました。そこで今回、より優れた性能を有する新たな負極材料の創製を目的として、研究を進めてきました。

本研究では、過去に報告したMgO鋳型ハードカーボンに関する研究を発展させて、Mgと類似した性質を示すZnやCaを使用することを発案しました。ZnやCaを含む原料の組成比を系統的に変化させたさまざまなハードカーボンを合成し、負極材料としての性能評価を行いました。その結果、ZnOを鋳型とするハードカーボンで、原料のグルコン酸亜鉛と酢酸亜鉛の組成比を75 : 25にして合成すると、最も優れた性能(464mAh/gの可逆容量、91.7%の初期クーロン効率)を示すことを見出しました。また、この負極材料を使用したナトリウムイオン電池を作製し、312Wh/kgという驚異的なエネルギー密度を示すことを実証しました。この値はLiFePO4系リチウムイオン電池にも匹敵するほど、優れた性能といえます。さらにカリウムイオン電池(ハーフセル)においても、381mAh/gという非常に高い値を示すことが明らかとなりました。

ナトリウムイオン電池やカリウムイオン電池は資源制約が少なく、将来的には低環境負荷化と低コスト化を実現知る次世代の蓄電池として期待されています。本研究は、高エネルギー密度を示すナトリウムイオン電池やカリウムイオン電池の実現につながる重要な成果です。

本研究成果は、2023年11月9日に国際学術誌「Advanced Energy Materials」にオンライン掲載されました。

鍵は「ハードカーボン」。驚異的なエネルギー密度をもつナトリウムイオン電池の創製に成功~資源制約のない高性能電池の実現にまた一歩前進~
図1 各二次電池(赤:今回開発したナトリウムイオン電池、黒:本研究グループが過去に開発したナトリウムイオン電池、青:LiFePO4系リチウムイオン電池)の放電容量。

研究の背景

ナトリウムイオン電池は、リチウム、コバルトなどの希少で高価な元素を使用しない次世代電池として注目されており、将来的にリチウムイオン電池を代替する新たなエネルギー貯蔵材料としての役割が期待されています。一方で、ナトリウムイオン電池はリチウムイオン電池と比較して、①ナトリウムの原子量がリチウムの約3倍と大きく、その分正極の容量が小さくなる、②Na+/Na電位がLi+/Li電位よりも0.2~0.3V高く、電圧低下が生じる——などの課題があります。実用的なナトリウムイオン電池を実現するためには、リチウムイオン電池の性能に匹敵するほど大容量の電極材料の開発が必要不可欠です。

ナトリウムイオン電池はリチウムイオン電池とは異なり、ナトリウム-グラファイト層間化合物は熱力学的に不安定であるため、グラファイトを負極として使用することができません。そのため、従来その代替材料としてハードカーボンが使用されてきました。ハードカーボンは低結晶性の炭素材料でグラフェンがランダムに積層し、その隙間には微細な空孔が存在しています。この空孔にナトリウムイオンが自由に出入りすることで、ナトリウムイオン電池の負極としての役割を果たすことができます。ハードカーボンの構造は使用する原料と熱処理温度に大きく依存します。例えば、高温で製造されたハードカーボンは結晶性が高く、細孔が大きく、欠陥が少なくなります。ハードカーボンの容量を向上させるためには、イオンの貯蔵に関わる細孔構造を最適化することが必要となります。

本研究グループは、2020年にMgO鋳型法を用いて478mAh/gの高容量をもつハードカーボンの合成に成功したことを報告していました(*1)。本研究では過去の研究成果をさらに発展させて、より優れた負極材料の創出を目指して、Mgと似た性質を有するZnとCaを含む塩を出発原料とした鋳型合成を行いました。また、各金属元素において、グルコース、グルコン酸塩、酢酸塩の組成比を系統的に変化させてハードカーボンの合成を行い、最適化を図りました。作製したハードカーボンを負極材料としたナトリウムイオン電池、カリウムイオン電池両方の電池性能を評価しました。

*1: 東京理科大学プレスリリース
超高容量を示すナトリウムイオン電池用炭素負極材料の開発に成功
~リチウムイオンを超える高エネルギーなナトリウムイオン電池の実現へ~

研究結果の詳細

Mg, Zn, Caのグルコン酸塩を出発原料として、従来と同様の鋳型法で各ハードカーボンの合成(HC-Mg, HC-Zn, HC-Ca)を行いました。600℃に加熱すると各原料は熱分解して炭素と金属元素のナノ粒子複合体を形成することで、炭素中の鋳型として機能しました。塩酸洗浄により炭素表面の過剰な金属粒子が洗い流され、所定の位置に開いた細孔が残りました。不活性雰囲気中でさらに加熱を行うことで、目的のHC-Mg, HC-Zn, HC-Caを得ました。

まず、小角X線散乱法(SAXS)、高解像度TEM(HRTEM)を用いて、合成した各ハードカーボンの細孔を評価しました。その結果、平均細孔径はHC-Mgで1.25nm、HC-Znで1.44nmでした。従来のハードカーボンの平均細孔径は1.1~1.2nmであるため、HC-MgとHC-Znは比較的大きなサイズの細孔構造をもっていることがわかりました。HC-Caについては、HC-MgやHC-Znよりもさらに大きな5~10nmの細孔を有することが確認されました。

次に、各ハードカーボンのナトリウムイオン電池の電極としての性能を推測するために、ハーフセルを用いて充放電挙動を確認しました。容量と初期クーロン効率については、HC-Znでは418mAh/g、90%、HC-Mgでは383mAh/g、85%、HC-Caでは、258mAh/g、56%という結果が得られました。これにより、HC-Znが最も優れた電極性能を示すことが明らかとなりました。

また、最も優れた性能を示したHC-Znについて、炭素マトリックス中のZnO量を最適化することで、性能がどのように変化するかを調べました。原料には、グルコース、グルコン酸亜鉛、酢酸亜鉛を用い、それらの混合比を変化させて目的物を合成しました。その結果、酢酸亜鉛を25%添加した場合、HC-Znの容量が464mAh/g、初期クーロン効率が91.7%まで向上することが明らかとなりました。また、200サイクルにわたって良好なサイクル安定性を示し、200サイクル後の容量保持率が初期容量の93%であることもわかりました。一方で、酢酸亜鉛の混合比を50%まで増加させると、容量は341mAh/gに減少しました。これは、酢酸亜鉛の過剰な添加によりZnO結晶の過剰成長が生じ、それに伴い細孔の鋳型として適したサイズのZnOナノ粒子の割合が減少することが原因であると考えられます。

さらに、HC-Zn(グルコン酸亜鉛: 酢酸亜鉛 = 75 : 25)を負極材料、Na5/6Ni1/3Fe1/6Mn1/6Ti1/3O2を正極材料としたナトリウムイオン電池を作製し、電池性能の評価を行いました。その結果、エネルギー密度は312Wh/kgに達することが明らかとなりました。これは、本研究室が世界に先駆けて2011年に報告したナトリウムイオン電池のエネルギー密度192Wh/kgの1.6倍以上で、非常に優れた性能であるといえます。また、現在広く使用されているリチウムイオン電池と同等であることから、その有用性が実証されました。

最後に、HC-Zn(グルコン酸亜鉛: 酢酸亜鉛 = 75 : 25)をカリウムイオン電池の負極材料として使用したハーフセルを作製し、その性能評価を行いました。その結果、ナトリウムイオン電池と同様に、381mAh/gという大きな容量を示すことがわかりました。そのため、今回合成したZnO鋳型ハードカーボンがカリウムイオン電池の性能向上にも貢献できることが示唆されました。

本研究をおこなった五十嵐氏は「2020年に当研究室が発表したMgO鋳型ハードカーボンに関する研究を自然に発展させる形で本研究を着想しました。周期表の中でMgと似た性質をもつZnとCaをMgと同じように使うことで、MgO鋳型ハードカーボンと同等の優れた特性をもつ材料が得られるのではないかと考えました。今回合成したZnO鋳型ハードカーボンは希少元素を使わないナトリウムイオン電池やカリウムイオン電池の大容量化・高エネルギー密度化に寄与し、蓄電池を利用したエネルギー変換の低環境負荷化、低コスト化に貢献することができます」と、研究の詳細についてコメントしています。

※本研究は、文部科学省 データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト(JPMXP1122712807)、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(JST-CREST, JPMJCR21O6)、科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業(JPMJFS2144)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の官民による若手研究者発掘支援事業(JPNP20004)、日本学術振興会(JSPS)の科研費(JP20H02849, JP21K14724, JP21K20561, JP22K14772, JP23K13829)、東電記念財団、電気化学会関東支部、高橋産業経済研究財団、学術系クラウドファンディングサービス「アカデミスト」による助成を受けて実施されました。

論文情報

雑誌名

Advanced Energy Materials

論文タイトル

New Template Synthesis of Anomalously Large Capacity Hard Carbon for Na- and K-ion Batteries

著者

Daisuke Igarashi, Yoko Tanaka, Kei Kubota, Ryoichi Tatara, Hayato Maejima, Tomooki Hosaka, Shinichi Komaba

DOI

10.1002/aenm.202302647

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