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ゼロエミッション社会においても持続的な経済成長が可能
~数理モデルが示す持続可能な社会構築へのヒント~
研究の要旨とポイント
- 人間の活動による排出物をゼロにすることを目指す「ゼロエミッション」に向けたさまざまな取り組みが行われており、経済成長との両立が課題となっています。
- 本研究では、CO2排出実質ゼロ(ネットゼロエミッション)社会においても、ある一定以上のGDPを有する場合には、持続的な経済成長が可能であることを数理モデル分析から示しました。
- 経済成長と環境悪化の分断はSDGsの目標8のターゲット8.4でも明示されており、ゼロエミッションと経済成長が両立しうることを示した本研究は、SDGsの理論的基礎付けに貢献する重要な成果といえます。
東京理科大学経営学部ビジネスエコノミクス学科の野田英雄教授らは、CO2排出実質ゼロ(ネットゼロエミッション)社会においても、持続的な経済成長が可能であることを数理モデル分析によって示しました。これは、国連の持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals, SDGs)のターゲット8.4「2030年までに、世界の消費と生産における資源効率を漸進的に改善させ、先進国主導の下、持続可能な消費と生産に関する10カ年計画枠組みに従い、経済成長と環境悪化の分断を図る」の理論的基礎づけに貢献する成果です。
本研究成果は、2021年3月25日にJournal of Cleaner Production電子版に掲載されました。
近年、「ゼロエミッション」という言葉をよく耳にします。たとえば、東京都は2050年までのCO2排出実質ゼロに向けた「ゼロエミッション東京戦略」を公表していますが、果たして社会的なゼロエミッションの達成と経済成長は両立できるのでしょうか。野田教授らは、この問題に数理モデルから迫りました。
実社会において、経済は拡大フェーズと低迷フェーズを繰り返しながら成長することから、本研究ではそうした経済の周期的な変動を踏まえたモデルをベースに、CO2排出者自身がCO2排出削減のための投資を行うこと、そしてイノベーションの果たす役割も考慮したモデルを構築しました。その結果、ある一定以上のGDPを有する場合には、ネットゼロエミッションと持続的な経済成長を同時に達成できることが示されました。
研究の背景
工業活動は土壌や大気、水などの汚染を引き起こします。環境を適切に保全し、持続可能な社会を構築するためには、汚染物質の排出削減は喫緊の課題です。本研究では、CO2のネットゼロエミッションの達成と並行して持続的なGDPの成長と消費拡大が可能になるための経済的条件を数理モデルによって考察しました。
実際の経済は拡大と停滞を繰り返すことから、そうした周期的な変動の特性を十分に理解し、数理モデルに組み込む必要があります。先行研究から、特定の条件下では、経済はイノベーションが起こって成長するフェーズ(Romerレジーム)と、イノベーションが起こらず成長が停滞していくフェーズ(Solowレジーム)の間を絶え間なく行き来すると示唆されています。1999年にMatsuyamaは、そうした経済の周期的な変動を考慮した経済成長の数理モデルを発表しました 1)。
しかし、Matsuyamaのモデルは、環境面に対する考慮がありませんでした。そこで野田教授らは、Matsuyamaのモデルを発展させ、汚染物質の削減を組み込むことで環境に対する影響も考慮しました。具体的には、ロバート・フルガムの著書「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」(1990)の中で挙げられている「ちらかしたら自分で後片付けをすること」というルールに着想を得た、汚染物質を排出する人間が自ら行動を変容させ、削減に貢献するという環境保全の「キンダーガーテン・ルール」に基づき、Matsuyamaのモデルを拡張しました。
研究結果の詳細
モデル解析の結果、SolowレジームとRomerレジームの間を振動するとき、一定以上のGDPを有するという前提のもと、ネットゼロエミッションと持続的な経済成長は両立する可能性があることが理論的に示されました。そして、その両立のためには、「キンダーガーテン・ルール」に則ったCO2削減レベル、すなわちGDPに占めるCO2削減に対する予算の割合が常に一定ではなく可変性を持つことが必要だとわかりました。
さらに、Solowレジームは消費が拡大して「キンダーガーテン・ルール」によるCO2削減レベルがすみやかに低下するのに対し、Romerレジームでは消費があまり拡大せず、「キンダーガーテン・ルール」によるCO2削減レベルの低下もゆるやかであることもわかりました。
また、Matsuyamaのモデルでは企業ごとの生産性のちがいは無視できるほど小さなものとして扱われていましたが、従来型の企業とイノベーティヴな企業では生産性は大きく異なり、それによって製造業全体の生産性も変わってくることも示されました。イノベーティヴな企業の生産性はGDPの成長率の重要な決定要因であり、経済成長にとってイノベーティヴな企業が果たす役割が非常に大きいということを示唆する結果です。
本研究では、ゼロエミッション社会においても持続的な経済成長が可能であることを数理モデルによって示しました。2015年、将来の社会のあるべき姿を実現するための世界共通の目標としてSDGsが国連総会で採択され、目標達成のための具体的なアクションが求められています。しかし、SDGsは経済成長と密接な関係を持つにもかかわらず、経済成長理論の観点からの数理的モデル分析はほとんど行われていませんでした。本研究は、SDGsの中でも特に目標8のターゲット8.4と関連しており、SDGsの理論的基礎付けに貢献する重要な成果といえます。
※ 本研究は、日本学術振興会の科学研究費基盤研究(C)(20K01639)の助成を受けて実施したものです。
【参考文献】
1) Matsuyama, K., 1999. Growing through cycles. Econometrica 67 (2), 335-348
論文情報
雑誌名
Journal of Cleaner Production
論文タイトル
Environmental economic modeling of sustainable growth and consumption in a zero-emission society
著者
Hideo Noda, Shigeru Kano
DOI
野田研究室
野田教授のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?6781東京理科大学について
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