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有機溶媒を使用しない、環境に優しい新規薬物担持法を開発
~多孔質材料に難水溶性薬物を吸着させて溶解性向上~
研究の要旨とポイント
- 密封加熱法(SH法)により、イブプロフェン(IBU)をメソポーラスシリカ(MPS)に担持することで、IBUの非晶質化および溶解度の向上に成功しました。
- MPSの細孔径が大きいほどIBUの非晶質化が促進され、溶出速度が向上することから、細孔特性が溶解性改善に重要な役割を果たすことを明らかにしました。
- SH法は従来法と同等の効果を示し、かつ有機溶媒を使用しないため、環境負荷を低減できる新たな薬物担持法として有用であることを実証しました。
研究の概要
東京理科大学 薬学部 薬学科の花輪 剛久教授、河野 弥生講師(研究当時、現 名古屋市立大学大学院 薬学研究科 教授)、廣瀬 香織助教(研究当時)、小澤 知尋助教(研究当時)、同大学大学院 薬学研究科 薬科学専攻の野村 和矢氏(2021年度 修士課程修了)、科研製薬株式会社 CMCセンター 製剤部の名取 伸行氏、大場 拓馬氏の共同研究グループは、密封加熱法(SH法)により多孔質材料であるメソポーラスシリカ(MPS)に昇華性を有するイブプロフェン(IBU)を担持させることで、有機溶媒を使用せずに難水溶性薬物を非晶質化して溶解性を向上できることを明らかにしました。本研究により、SH法が気相を介してMPSに医薬品を担持させる、環境負荷を低減した新たな手法であることが実証されました。
医薬品有効成分(API)の多くは難溶性であり、溶解度の改善が重要な課題となっています。本研究では、3種類の異なる試料調製法(①物理的混合法、②蒸発/凝縮法(EV法、有機溶媒使用)、③SH法(有機溶媒不使用))を用いて、IBUをMPS-4R(細孔径3.9 nm)およびMPS-2R(細孔径2.2 nm)に吸着させたときの結晶性や物性を評価しました。
MPS-4Rを用いた場合、EV法でIBU含有量が50 wt%以下、SH法でIBU含有量が30 wt%以下の条件において、細孔内のIBUが非晶質状態を形成することが確認されました。一方、MPS-2Rを用いた場合には、EV法およびSH法のいずれにおいても、IBU含有量が10 wt%以下のとき非晶質状態を形成することがわかりました。
また、MPS-4RのEV法では、IBU含有量が50 wt%以下の範囲において、SH法と比較して比表面積および全細孔容積が高い値を示しました。これは、SH法に比べて、EV法のIBUが細孔のより深部まで到達していることを示唆しています。さらに、MPS-4Rに吸着させたIBUの溶出速度はIBU結晶よりも約2.7倍大きいことが明らかとなりました。
以上の結果から、MPSの細孔径と細孔容積は、IBUの非晶質化を促進させる効果に加え、IBUの溶解性を向上させる上で、より重要な役割を果たしていることが示唆されました。
本研究の成果により、MPSは薬物キャリアとして有用であり、SH法が有機溶媒を使用せずに難水溶性薬物の溶解性を向上させる新たな手法として非常に有用であることが実証されました。
本研究成果は、2025年12月24日に国際学術誌「Journal of Pharmaceutical Sciences」にオンライン掲載されました。
研究の背景
医薬品のAPIは、病気の治療や予防に対して、薬理作用を示します。経口投与されたAPIは消化管から吸収され、毛細血管を経由して標的の臓器や組織に到達します。その吸収は溶解度や膜透過性に依存していますが、現状多くのAPIが難溶性であるため、溶解度の改善がバイオアベイラビリティ(*1)向上の重要な課題となっています。
溶解度を高める方法の一つとして、APIを多孔質材料に吸着させて非晶質化する方法が知られています。非晶質薬物は結晶格子を破壊するのにエネルギーを必要としないため、結晶性薬物よりも高い溶解性を示す傾向にあります。多孔質材料にAPIを吸着させる代表的な方法として、EV法があります。この方法では、APIを有機溶媒に溶解し、多孔質材料と混合した後、有機溶媒を蒸発させることでAPIを多孔質材料に吸着させます。しかし、製剤中の残留有機溶媒は厳しく規制されており、環境汚染も懸念されています。そのため、有機溶媒を使用せずに薬物を多孔質材料に吸着させる方法が切望されています。
そこで本研究では、多孔質材料としてMPS、モデル薬物として昇華性を有する抗炎症鎮痛薬IBUを用いて、有機溶媒を使用しないSH法により試料を調製し、IBUの結晶性や物性の変化を評価しました。そして、従来法であるEV法と比較して、SH法の有効性について詳しく検討しました。
研究結果の詳細
(スペクトル上の●は結晶性IBU由来のピークを示している)
(a) 物理的混合法、(b) EV法、(c) SH法、(d) (a)の拡大図、(e) (b)の拡大図、(f) (c)の拡大図
多孔質材料であるMPS(MPS-4R: 細孔径3.9 nm、MPS-2R: 細孔径2.2 nm)とIBU結晶をさまざまな重量比率(MPS : IBU = 10 : 90 ~ 90 : 10)で混合し、MPS内にIBUを担持させました。試料調製法として、①物理的混合法、②EV法(有機溶媒使用)、③SH法(有機溶媒不使用)という3種類の異なる方法を用いました。
粉末X線回折法(PXRD)により、試料調製法の違いによるIBUの結晶性の変化について評価しました。物理的混合法では、いずれの割合でもIBUの結晶状態が見られたのに対し、EV法やSH法ではIBUの割合が減少すると非晶質状態で吸着することがわかりました(図1)。
(a) MPS-4RとIBUの混合物、(b)MPS-2RとIBUの混合物
次に、IBU の非晶質度をIBUの重量比に対してプロットしました(図2)。MPS-2Rを用いて物理的混合法で調製した場合、いずれの重量比でもIBUの非晶質状態が確認されなかったのに対し、EV法やSH法では、IBUが10 wt%のとき、ほぼ非晶質状態で担持されていることがわかりました。MPS-4Rでも同様の傾向が見られましたが、EV法ではIBU含有量が50 wt%以下、SH法ではIBU含有量が30 wt%以下の条件で、ほぼ非晶質状態で担持されていることが明らかとなりました。これらの結果から、MPS-4R がMPS-2RよりもIBUに対する非晶質化能力が高いことが示唆されました。この差は、MPS-4Rの細孔容積がMPS-2Rの細孔容積よりも約2.17倍大きいことに起因していると考えられます(MPS-4R: 0.89 cm3/g、MPS-2R: 0.41 cm3/g)。
(a) 物理的混合法、(b) EV法、(c) SH法
MPSに対するIBUの吸着状態を明らかにするために、窒素ガス吸着法を用いてBET比表面積(*2)と全細孔容積を測定しました(図3)。MPS-4Rを用いた場合、EV法で調製したIBU含有量が30 ~ 50 wt%の試料は、物理的混合法およびSH法と比較して高い比表面積と全細孔容積を示しました。物理的混合法では、IBU結晶がMPSの細孔を塞ぎ、窒素ガスの浸透を妨げたため、低い値を示したと考えられます。SH法では、IBUは細孔内に吸着したものの、細孔深部まで浸透せず細孔入口付近に留まったと推察されます。一方、EV法ではIBUが細孔深部まで浸透したため、窒素ガスが細孔内部にアクセス可能となり、MPSの高い比表面積と全細孔容積が維持されたと考えられます。
最後に、IBUの溶出挙動について評価しました。MPS-4Rを用いた場合、EV法で調製したIBU含有量が10 ~ 50 wt%の試料において、IBU結晶と比べて溶出速度が高くなりました。一方、IBU含有量が70 ~ 90 wt%の試料では、溶出速度はIBU結晶よりも低下しました。同様の傾向はSH法においても認められ、IBU含有量が70 ~ 90 wt%の試料では、IBU結晶よりも低い溶出速度を示しました。これらの溶出速度の低下は、溶媒除去や加熱過程においてIBUの再結晶や付着が生じ、試料が凝集した結果、溶出試験液中での分散が阻害されたためと考えられます。また、初期溶出速度に着目すると、EV法で調製したIBU含有量が50 wt %以下の試料では、試験開始後10分間に溶出速度の増加が確認され、特にIBU含有量が10 wt %の場合、IBU結晶の約2.7倍大きな溶出速度を示しました。
以上の結果から、SH法はEV法と比較してIBUの細孔深部への浸透は限定的であるものの、溶解性向上には十分な非晶質化を達成できることが示されました。さらに、SH法は有機溶媒を使用しないため、残留溶媒の懸念がなく、環境負荷も大幅に低減できます。これらの利点から、SH法は難水溶性薬物の製剤化において、実用性と持続可能性を兼ね備えた優れた手法であると結論付けられます。
本研究を主導した花輪教授は、「従来、シクロデキストリンと医薬品の包接化合物の新規調製法として昇華性を有する医薬品と細孔を有する担体との相互作用について取り組んできました。近年は、多孔性のケイ酸カルシウムへの吸着挙動について研究してきましたが、表面で医薬品がイオン化することがありました。一方、今回の方法はMPSと医薬品は構造変化を伴う相互作用が認められませんでした。そのため、本研究成果により担体としての応用範囲が拡大したものと考えています。さらに、他の医薬品をさらに吸着させるなど、配合剤の製法の一つとしての応用が期待されます」と、コメントしています。
用語
*1 バイオアベイラビリティ(生物学的利用率)
投与後に薬物が吸収され、全身循環に到達する程度を示す指標。溶解性や結晶状態などの物性に強く影響される。
*2 BET比表面積
BET理論に基づくガス吸着測定により算出される、材料の細孔内表面を含む単位質量当たりの表面積。
論文情報
雑誌名
Journal of Pharmaceutical Sciences
論文タイトル
New method for adsorbing the pharmaceuticals on mesoporous silica: Adsorption behavior of ibuprofen on mesoporous silica via the sealed and heating method
著者
Yayoi Kawano, Kazuya Nomura, Nobuyuki Natori, Takuma Oba, Chihiro Ozawa, Kaoru Hirose, Takehisa Hanawa
