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2026.01.09 Fri UP

電子と陽電子からなる中性粒子、ポジトロニウムの回折現象を世界で初めて観測
~ポジトロニウム量子干渉実験の第一歩~

研究の要旨とポイント

  • 電子と陽電子がつくる水素原子様の中性粒子(ポジトロニウム)のビームをグラフェン薄膜に透過させて、ポジトロニウムの回折現象を観測することに世界で初めて成功しました。
  • ポジトロニウムビームの量子干渉の初観測であり、大きな研究成果です。
  • ポジトロニウムを用いた結晶構造解析や、基礎物理学の新たな研究に道を拓きました。

研究の概要

量子力学が誕生してちょうど100年が経ちました。この記念の年に、東京理科大学 理学部第二部物理学科 長嶋 泰之教授、永田 祐吾准教授、同大学大学院 理学研究科 物理学専攻 三上 力久氏(2024年度博士課程修了。現在、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所博士研究員)の研究グループは、陽電子(*1)と電子がクーロン力で引き合ってできた水素原子様の中性粒子、ポジトロニウム(*2)のビームをグラフェン薄膜に入射し、ポジトロニウムの回折現象を観測することに世界で初めて成功しました。

これは長嶋研究室が進めてきた高品質エネルギー可変ポジトロニウムビームを用いた成果であり、ポジトロニウムの波動性による量子干渉(*3)を実証したものです。電気的に中性なポジトロニウムで回折効果が検証されたことで、ポジトロニウムを用いた新たな結晶構造解析や基礎物理学の解明に道が拓かれました。

本研究成果は、2025年12月23日に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

研究の背景

電子の反粒子である陽電子は、電子と異なって正の電荷を持ちます。正の電荷を持つ他は電子と変わりありませんが、私たちの周りにはほとんど存在しません。それでも陽電子は放射性同位体や加速器などを利用して生成され、研究や医療、産業などに利用されています。

陽電子は電子と束縛しあって電気的に中性な粒子「ポジトロニウム」を形成します。これは水素原子と似ていますが、水素原子と比べ質量が1/1000しかありません。また、ポジトロニウム中の電子と陽電子は対消滅してガンマ線になります。この現象を「ポジトロニウムの自己消滅」といいます。

ポジトロニウムは生成されてから125 ps、あるいは142 nsという極めて短い時間(*4)で自己消滅します。これらの寿命は、私たちにとっては大変短いですが、ポジトロニウムはその間に中性原子として振る舞います。量子力学的にも通常の水素原子と同様に、波動関数で表すことが可能で干渉も起こすはずです。しかし、ポジトロニウムをビームにして、干渉効果を観測する研究は行われていませんでした。

研究結果の詳細

波長の短いX線を結晶に入射すると、X線は電磁波と呼ばれる「波」であるため結晶の原子で回折され、他の波と干渉して回折像を作ります。電子を入射しても、同様に回折像をつくります。

この回折像は、電子が量子力学的な波をつくり干渉を起こすために生じるもので、電子が物質波として進むことを示す証拠として、量子力学の発展に重要な役割を果たしてきました。

長嶋教授・永田准教授の研究グループは、ポジトロニウムビームをグラフェン薄膜に入射して、回折現象を観測することに取り組みました。ポジトロニウムビームには、長嶋研究室が以前開発した高品質ポジトロニウムビームが使われました。

ポジトロニウムは電気的に中性であるため、いったん生成すると電場を使っての加速ができません。そこでいったん、ポジトロニウムに、さらに電子をもうひとつ束縛した「ポジトロニウム負イオン」をつくり、電場で加速させレーザー光で電子を脱離させることで、必要なエネルギーを持つポジトロニウムビームをつくっています。

研究チームはポジトロニウムを2.3 keVもしくは3.3 keVのエネルギーにしました。これをグラフェン薄膜に入射して、入射と反対側の面に抜けてきたポジトロニウムを観測しました(図1)。

グラフェンは、炭素がつくる薄膜です。非常に丈夫で、1原子層という薄い膜もつくることが可能です。この研究では、2原子層の薄膜が使われました。

グラフェン薄膜では、電子ビームが入射されると下流に電子の回折による像が得られることは知られています。この研究が目指したのは、ポジトロニウムでも同様の回折を示すのか、その証拠を観察することでした。

本研究で用いたポジトロニウムビーム生成法は他では真似できない優れた技術ですが、どうしても強度が低くなってしまいます。このため、測定作業には延べ2年もの時間を要しました。そしてついに、ポジトロニウムがグラフェン薄膜での回折を示す証拠を見つけることに成功しました。

図2(a)は、エネルギーが3.3 keVのポジトロニウムビームで得られたデータです。同(b)は、2.3 keVのポジトロニウムビームで得られたデータです。グラフェンを通り抜けた像をビーム軸のまわりに平均を求めた結果を、ビーム軸からの距離に対して示しています。

(a)では8.1 mmの位置にピークが現れています。この位置は、ポジトロニウムがグラフェンの原子位置で回折したと仮定して計算して得られるピーク位置と一致します。

(b)では10.0 mm の位置にピークが現れており、これもポジトロニウムがグラフェン原子で回折していると仮定して計算して得られる位置と一致します。

こうして、ポジトロニウムがグラフェンの原子で回折を起こし干渉によって得られるピークが初めて観測されました。

ポジトロニウムがグラフェンの炭素原子で干渉されて量子干渉が観測されたことで、新たな研究に道が拓かれました。まず、ポジトロニウムがX線や電子のように、結晶の構造解析に使えることが示されたことです。ポジトロニウムは表面すれすれの角度で試料表面に入射すると、試料に侵入することなく全反射し、表面第1層の結晶構造に、回折の信号をもたらします。

次に、ポジトロニウムの波動関数の干渉が示されたことにより、ポジトロニウムの新たな基礎研究への希望が見えてきました。そのひとつが、これまで誰も成功していないポジトロニウムに対する重力測定です。これまで電子や陽電子では重力場を受けるのか、受けないのか、調べる実験は行われていませんでした。その理由は,電子や陽電子が実験の環境下で受ける電気的な力が重力よりも桁違いに強く、重力の効果を観測できなくしてしまうためです。

今回の研究ではポジトロニウムの波動関数が干渉効果を起こすことが実証されました。これを利用することで、ポジトロニウムの干渉計をつくり、ポジトロニウムが地球の重力場でどのように運動するのか、観測するアイデアが、現実味を帯びてきました。

※本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JSPS KAKENHI) JP25H00620、JP21H04457、JP17H01074の助成を受けて実施したものです。

電子と陽電子からなる中性粒子、ポジトロニウムの回折現象を世界で初めて観測~ポジトロニウム量子干渉実験の第一歩~
図1 ポジトロニウムビームを生成して、グラフェン薄膜に入射し、ポジトロニウムの回折を観測するための実験装置。装置全体は真空(10-13気圧)中に置かれている。左から入射した低速陽電子ビーム(赤の矢印)からポジトロニウム負イオンを生成し、加速してレーザー照射により電子1個を取り除き、ポジトロニウムビームにする。これをグラフェン薄膜に入射して、ポジトロニウムの像をマイクロチャンネルプレートで観測した。
電子と陽電子からなる中性粒子、ポジトロニウムの回折現象を世界で初めて観測~ポジトロニウム量子干渉実験の第一歩~
図2 図1の装置で観測された像を、ビーム軸周りに平均を取り、ビーム軸からの距離に対してプロットして得られたデータ。(a)はポジトロニウムのエネルギーが3.3 keVであり、8.1 mm にポジトロニウムの回折を示す小さなピークが見られる。(b)はポジトロニウムのエネルギーが2.3 keV。(a)と同様に、10.0 mmの位置にポジトロニウムの回折を示す小さなピークが見られる。

用語

*1 陽電子
電子の反粒子。電子と等しい質量をもち、電荷は正で電子の電荷の絶対値に等しい。放射性同位元素のベータ崩壊や高エネルギーガンマ線からの対生成で得られる。電子と出会うと対消滅して主に2本のガンマ線になる。

*2 ポジトロニウム
電子と陽電子がクーロン力で束縛しあった中性粒子。質量は水素原子の1/1000で、もっとも軽い中性原子と考えることもできる。ただし短い寿命で消滅してガンマ線になる。

*3 量子干渉
量子力学では物質は波を使って表され、この波を波動関数と呼ぶ。2つの波動関数が重なると波は互いに強め合ったり弱めあったりする。このことを量子干渉という。

*4 125 ps、142 nsという極めて短い時間
psはピコ秒で1兆分の一秒。nsはナノ秒で10億分の1秒。

論文情報

雑誌名

Nature Communications

論文タイトル

Observation of positronium diffraction

著者

Yugo Nagata, Riki Mikami, Nazrene Zafar and Yasuyuki Nagashima

DOI

10.1038/s41467-025-67920-0

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