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2025.09.17 Wed UP

スカンジウム置換によりナトリウムイオン電池の耐水性とサイクル寿命が向上
~ヤーン・テラー歪みとの相乗効果により構造安定化~

東京理科大学

研究の要旨とポイント

  • ナトリウムイオン電池の正極材料P’2型Na0.67MnO2において、マンガンイオンの一部をスカンジウムイオンで置換することにより、耐水性とサイクル寿命が向上することを明らかにしました。
  • P’2型Na0.67[Mn0.92Sc0.08]O2 (o-NMSO8)のフルセルでは、平均放電電圧2.1 V以上、初期放電容量170 mAh/g以上を示し、300サイクル後の容量維持率が約60%という良好な性能を達成しました。
  • P’2型構造において、ヤーン・テラー歪み(*1)とスカンジウム置換が協奏的にはたらくことにより、充放電時の構造が最適化され、性能向上に寄与することを明らかにしました。
  • 本研究成果は、ナトリウム層状酸化物の大気安定性とサイクル寿命の課題を同時に解決し、ナトリウムイオン電池の実用化を大幅に促進することが期待されます。

研究の概要

東京理科大学大学院 理学研究科 化学専攻の守谷 洸大氏(2024年度 修士課程修了)、同大学 研究推進機構 熊倉 真一プロジェクト研究員、同大学 理学部第一部 応用化学科の駒場 慎一教授らの共同研究グループは、ナトリウムイオン電池の正極材料として期待されるP’2型Na0.67MnO2において、マンガンイオンをスカンジウムイオンで置換したP’2-Na0.67[Mn1-xScx]O2を合成し、耐水性とサイクル寿命が向上することを明らかにしました。また、スカンジウム置換によって性能向上するメカニズムを解明しました。

ナトリウム含有層状酸化物NaxMnO2 (x = 0 ~ 1)は、ナトリウムイオン電池の正極材料として有望視されています。しかし、サイクル寿命が短く、充放電によりすぐに劣化してしまうことが課題でした。この劣化は、ナトリウムイオンの挿入・脱離に伴うマンガンイオンの酸化還元反応により、材料内部の構造が複雑に変化することが主な原因です。過去の研究では、ナトリウム層状酸化物の一部を他の金属で置換することで、正極材料としての性能向上を達成できることが明らかとなっていました。本研究では、ナトリウム含有層状酸化物中のマンガンイオンをスカンジウムイオンで置換することによる効果の解明を目的として、P2-Na0.67[Mn1-xScx]O2やP’2-Na0.67[Mn1-xScx]O2の系統的な調査を行いました。

研究の結果、P’2型Na0.67[Mn0.92Sc0.08]O2 (o-NMSO8)が平均放電電圧2.1 V以上、初期放電容量170 mAh/g以上を示し、300サイクル後も初期放電容量の約60%を維持することがわかりました。構造解析により、スカンジウム置換により歪んだP’2型構造が安定化され、粒子の微細化と表面保護層の形成が同時に進行することで、充放電時の構造劣化とナトリウム損失を効果的に抑制することが明らかになりました。重要なことに、これらの改善効果は歪みの無いP2構造では観察されず、P’2構造に特有の現象でした。この違いは、P’2構造の協調的なヤーン・テラー歪みがスカンジウム置換と協奏的に働くことで、適度な構造制御を可能にすることに起因しています。

これらの結果は、スカンジウム置換がナトリウム層状酸化物の実用化における課題を解決する有効な手法であることを実証しています。本研究で得られた知見は、高性能ナトリウムイオン電池の開発に向けた重要な指針となり、持続可能なエネルギー貯蔵システムの実現に貢献することが期待されます。

本研究成果は、2025年9月12日に国際学術誌「Advanced Materials」にオンライン掲載されました。

研究の背景

高性能なナトリウムイオン電池の正極材料の一つとして、ナトリウム含有層状酸化物NaxMnO2 (x = 0 ~ 1)が注目されています。NaxMnO2は高い初期放電容量を示すことに加え、レアメタルを使用しない組成であることから、材料コストや原料供給の面で有利な特性を持っています。しかし、サイクル寿命が短く、充放電を繰り返すとすぐに劣化してしまうことが実用化の障壁となっていました。この性能劣化は、充放電時のナトリウムイオンの挿入・脱離に伴うマンガンイオンの酸化還元反応によって、材料内部に複雑な構造変化が生じることが主な原因とされています。具体的には、ヤーン・テラー効果を示すマンガン(Ⅲ)イオン(Mn3+)とヤーン・テラー効果を示さないマンガン(Ⅳ)イオン(Mn4+)の比率が連続的に変化し、原子レベルから粒子レベルまでの歪みが蓄積されることが要因となっています。

NaxMnO2はナトリウムイオンの配置サイトによって、P2型やO3型などさまざまな構造を形成することが知られています。P2型はナトリウムイオンがプリズム型の配位環境を有し、2層構造をとる形態で、O3型は八面体型の配位環境で3層構造を形成します。さらに、P2型の構造が部分的に歪んだP’2型があります。これらの構造の違いがナトリウムイオンの移動しやすさや電池特性を左右します。充放電時にはこれらの構造間で変化が生じ、材料の安定性に影響を与えることが知られています。

本研究グループは以前、スカンジウムでマンガンを置換したP’2-Na2/3(Mn1-xScx)O2において、充放電に伴う構造変化が大幅に抑制され、サイクル寿命が従来よりも劇的に改善されることを発見しました。この成果は、サイクル劣化の課題を解決する有効なアプローチとして注目されましたが、スカンジウム置換によりなぜこのような顕著な効果が得られるのか、その根本的なメカニズムについては未解明のままでした。また、この効果が特定の組成や結晶構造に限定されるものなのか、それとも他のナトリウム層状酸化物にも適用可能なのか、という重要な疑問が残されていました。そこで本研究では、スカンジウム置換の効果の適用範囲とそのメカニズムを解明するため、異なる組成や構造を持つ複数のナトリウム層状酸化物に対して、スカンジウム置換を系統的に調査し、構造安定化メカニズムの本質に迫りました。

研究結果の詳細

  • P’2-Na2/3[Mn1-xScx]O2の合成と構造

    従来の固相反応法を用いて、スカンジウム置換したP’2-Na2/3[Mn1-xScx]O2o-NMO: x = 0, o-NMSO6: x = 0.06, o-NMSO8: x = 0.08, o-NMSO11: x = 0.11)単一構造の合成に成功しました。元素分析や構造解析の結果、スカンジウムイオンがマンガンイオンを部分的に置換することが確認されました。スカンジウム置換により、ミクロでは局所的なMeO6八面体構造の変調、マクロでは格子定数の変化やヤーン・テラー歪みの協調的な変化が確認されました。これらの変化は、スカンジウム置換により、原子レベルから長距離にわたって結晶構造が安定化することを示しています。さらに、平均粒子径がo-NMOの5.4 ㎛からo-NMSO11の2 ㎛までスカンジウムの濃度に対して単調に減少していることから、スカンジウム置換が結晶成長および粒子形態にも影響することが明らかになりました。

  • 電気化学特性の評価

    25℃における電極の挙動についてコイン型セルを用いて評価しました。可逆容量はo-NMOで220 mAh/g、o-NMSO8で216 mAh/gとほぼ同等の値を示しましたが、o-NMSO8が容量維持率とサイクル安定性において優れた電極性能を示しました。スカンジウム置換により、ナトリウムイオン脱離時の空孔秩序化が抑制され、充放電曲線が平滑化することが確認されました。また、正極-電解質界面様のスカンジウム層が形成されることで、液体電解質との副反応が抑制され、耐水性が向上しました。さらに、粒子の微細化により比表面積が増大し、放電レート特性が向上することが明らかとなりました。

    ナトリウム含有層状酸化物を正極、前処理を行ったハードカーボンを負極としてコイン型フルセルを作製し、その電気化学的性能を評価しました。その結果、o-NMOとo-NMSO8の両方で、平均放電電圧2.1 V以上、放電容量170 mAh/g以上の良好な性能を示すことが明らかになりました。長期的なサイクル特性については、o-NMSO8がo-NMOよりも優れており、300サイクル後も初期放電容量の約60%を維持していました。300サイクル後の正極の構造解析の結果、o-NMOでは結晶性が失われていたのに対し、o-NMSO8では層状の結晶構造が維持されていました。これらの結果は、容量低下の主要因が充放電に伴う構造劣化であることを示しています。さらに、スカンジウム置換により、マンガン溶出量が減少し、正極-電解質界面の質が向上する相乗効果により、電池全体のサイクル寿命が大幅に改善されることがわかりました。

    これらの結果から、スカンジウム置換がP’2構造の電気化学的な安定化に効果的であることが確認されました。

  • 置換する金属元素の種類に関する検討

    スカンジウムイオンの役割を深く理解するため、他の3価金属イオンであるアルミニウムイオン(Al3+)とイットリウムイオン(Y3+)の金属置換による影響を調べました。同様の合成法により、相純度の高いP’2型Na0.67[Mn0.9Al0.1]O2 (o-NMAO8)が得られたのに対し、イットリウムでは準dの高い結晶構造は得られませんでした。o-NMAO8の初期可逆容量は238 mAh/gと、o-NMOよりも高い値を示しましたが、充放電サイクルに伴って急激に容量が減少しました。アルミニウムイオンのイオン半径はスカンジウムイオンよりも小さく、スカンジウム置換で観察されたような相転移を抑制する構造的支柱として機能するには不十分であることが示唆されました。

  • スカンジウム置換による性能向上メカニズム

    大きなイオン半径を有するスカンジウムイオン(イオン半径: 0.745Å)がマンガンイオン(イオン半径: 0.645Å)を選択的に置換することで、構造的な支柱として機能し、充放電時の過度な格子変化を抑制します。特に、スカンジウム置換がP’2型構造特有の協調的ヤーン・テラー歪みを適度に制御することで、Mn(Ⅳ)(Mn(Ⅲ)1-xSc(Ⅲ)x)2のハニカム秩序を維持しながら構造安定性を向上させることは注目に値します。さらに、スカンジウムイオンは3d電子を持たない酸化還元不活性な添加剤として、MnO2面の電荷分布にランダム性を導入し、ナトリウムイオンと空孔の過度な秩序化を抑制する役割も果たします。加えて、スカンジウム置換は粒子の微細化、耐水性向上、界面抵抗の低減を実現し、表面保護層の形成も促進します。これらの複合的な効果により、構造安定性と電気化学的可逆性が大幅に改善され、300サイクル以上の長寿命を達成します。この相乗効果は歪みのないP2構造では発現せず、ヤーン・テラー歪みとスカンジウム置換の協奏的な相互作用が性能向上の鍵となっています。

本研究を主導した駒場教授は、「ナトリウムイオン電池の実用化とその性能向上につながる材料開発をするとともに、電池材料一般に適用可能な材料設計指針を見出したいとの想いから、本研究に取り組んできました。本研究成果は、ナトリウムイオン電池の実用化および長寿命化に大きく貢献することが期待されます」と、研究成果についてコメントしています。

※ 本研究は、文部科学省におけるデータ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(DxMT)の再生可能エネルギー最大導入に向けた電気化学材料研究拠点(DX-GEM, JPMXP1122712807)、科学技術振興機構(JST)における戦略的創造研究推進事業(CREST, JPMJCR21O6)、先端国際共同研究推進事業(ASPIRE, JPMJAP2313)、革新的GX技術創出事業(GteX, JPMJGX23S4)、日本学術振興会(JSPS)の科研費(JP25H00905, JP24H00042, JP20H02849)の助成を受けて実施したものです。また、本研究におけるシンクロトロン光によるX線回折実験は大型放射光施設(SPring-8)の放射光利用研究基盤センター(JASRI)の承認の下、BL02B2で行われました(2017A1399)。

用語

*1:ヤーン・テラー効果とヤーン・テラー歪み
縮退した電子軌道を持つ分子やイオンが、エネルギーを安定化するために対称性を低下させる現象をヤーン・テラー効果という。Mn3+イオン(d4電子配置)は八面体配位において協調的な構造歪みを引き起こすが、Mn4+イオン(d3電子配置)では縮退した電子軌道を持たないため、同様の現象は起こらない。通常のヤーン・テラー効果では、個々の金属イオン周りの八面体のみ歪みが生じるが、協調的なヤーン・テラー歪みでは個々の局所的な歪みが結晶全体に伝播する。そのため、単位格子全体の対称性が低下し、格子定数が変化する。

論文情報

雑誌名

Advanced Materials

論文タイトル

Unique Impacts of Scandium Doping on Electrode Performance of P’2- and P2-type Na2/3MnO2

著者

Kodai Moriya, Shinichi Kumakura, Eun Jeong Kim, Yusuke Miura, Kei Kubota, Ryoichi Tatara, and Shinichi Komaba

DOI

10.1002/adma.202511719

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