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2025.07.15 Tue UP

次世代AIで磁性材料のエネルギー損失の原因を解明
~省エネルギーな次世代EV開発への応用に期待~

東京理科大学
筑波大学
岡山大学
京都大学

研究の要旨とポイント

  • 次世代の説明可能AI「拡張型自由エネルギーモデル」で、磁性材料のエネルギー損失の原因を明らかにしました。
  • 実用材料である無方向性電磁鋼板を対象に、損失の原因を顕微鏡画像上で直接「見える化」することに成功しました。
  • トポロジーと熱力学の融合で、環境エネルギー材料を解析する汎用的なAI技術を創出しました。

次世代AIで磁性材料のエネルギー損失の原因を解明
~省エネルギーな次世代EV開発への応用に期待~

研究の概要

東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科の谷脇 三千輝 氏(2024年度修士課程修了)、小嗣 真人教授らの研究グループは、次世代の説明可能AI「拡張型自由エネルギーモデル」を用いて、実際の磁性材料のエネルギー損失の原因を明らかにしました。

電気自動車(EV)の心臓部であるモーターでは、磁性材料が発生する「エネルギー損失(鉄損)」が、大きな効率低下の原因となっています。この損失はモーター全体の約30%を占め、世界規模では年間約6億トンのCO₂排出に相当する深刻な課題です。しかしこれまで、その損失のメカニズムは詳しく解明されておらず、材料設計のボトルネックとなっていました。

そこで本研究では、モーターに広く使われる無方向性電磁鋼板(NOES)を対象に、次世代の説明可能AI「拡張型自由エネルギーモデル」を用いて解析しました。本モデルは、数学のトポロジーと熱力学の自由エネルギーの概念を組み合わせて、構造―機能―因果をホワイトボックス的に接続できるモデルです(※1-3)。

解析の結果、エネルギー損失が増大する場所を、顕微鏡画像上に可視化することができました。特に、これまで一括りにされてきた複雑な磁壁(*1)の役割を見分けて、その位置を「見える化」することに、世界で初めて成功しました。これは、実際の材料に潜んでいた知見を引き出す、新たなアプローチとなります。

今回の手法は、物理とデータ科学を融合した次世代の説明可能AIであり、「AI for Science(AI4Science)」を象徴する技術です。熱力学の汎用性を活かして、磁性材料に限らず、半導体デバイスや電池材料など、多様な環境エネルギー材料への展開も期待されます。今後はエネルギー利用の最適化を通じて、未来社会の実現に貢献していきます。

本研究成果は、2025年7月15日に国際学術誌『Scientific Reports』に、オンライン掲載されました。

次世代AIで磁性材料のエネルギー損失の原因を解明
                ~省エネルギーな次世代EV開発への応用に期待~
図1. 従来の研究手法(上)と今回の研究手法(下)の対比。

(関連プレスリリース)

※1 「なぜ?」「どこ?」「どのような?」がわかる、デバイスの新たな機能設計論を実現 トポロジーとAIを融合して、拡張型ランダウ自由エネルギーモデルを創出

※2 AIで新たな物理モデルを設計し、電気自動車の燃費向上に挑む ~拡張型ランダウ自由エネルギーモデルを軟磁性材料に適用、実材料の機能解明に光明~

※3 磁気渦のバタフライエフェクトの起源を可視化。メモリの信頼性向上に大きく前進 ~トポロジーと機械学習によって、情報書き込みの結果が事前にわかる~

研究の背景

無方向性電磁鋼板(NOES)は多結晶の磁性材料で、モーターの鉄心材料として広く使用されています。NOESベースのモーターは97%という圧倒的な市場シェアを占めていることから、NOESのエネルギー損失改善に向けた研究開発が進められています。

エネルギー損失は磁化方向の反転プロセスで生じる損失ですが、その詳細な原因はまだ明らかになっておらず、技術開発の大きな障壁になっています。NOESは複雑な金属組織を持つことから、ミクロな磁区構造(*2)は複雑に変化します。磁化反転過程で消費されるエネルギーは、こうしたミクロな磁区構造の変化よって左右されることから、どの部分が損失の原因になっているか理解する必要があります。しかし、これまでは磁区構造は主に視覚的に解釈されてきたため、エネルギー損失の根本的なメカニズムについてはまだよくわかっていません。

そこで本研究では、経験と主観に基づくアプローチを脱却し、データに基づいた客観的かつ定量的なエネルギー損失の解析手法の確立を目指し、次世代の説明可能AI「拡張型自由エネルギーモデル」を用いて解析しました。本モデルは、数学のトポロジーと熱力学の自由エネルギーの概念を組み合わせて、構造―機能―因果をホワイトボックス的に接続できるモデルです。本研究グループはこれまでに理論的にモデルの設計を行ってきましたが(※1,2)、本研究では初めて実際の材料に応用して、モデルの有用性を実証することに成功しました。

研究結果の詳細

拡張型自由エネルギーモデルは、物理にねざした特徴量を用いて情報空間上にエネルギーランドスケープ(*3)を描画するのが特徴です(図1)。単純な変数変換と微分によって、磁区構造の変化とエネルギーの関係性を構築することができます。本研究では、実用的な磁性材料であるNOESの磁区構造データを用いて、エネルギー損失の解析モデルをデータ駆動的に設計しました。これによりミクロな構造とマクロな機能のリンクを構築し、実用材料のエネルギー損失の原因を可視化できます。

実際の研究手順としては、まず、モーターの鉄心に使われる、NOESの磁区構造を高分解能の顕微鏡で観察し、800枚の画像を取得しました。

この画像を、パーシステントホモロジー(PH)という数学的なトポロジー(位相幾何学)の新概念を用いて特徴を定量化します。その結果として得られる特徴量のデータセットは非常に複雑で解釈が難しいので、主成分分析(Principal Component Analysis : PCA)というホワイトボックス型の機械学習の手法で、本質的な特徴を抽出し、解釈可能な形にしました。その結果、エネルギー損失の要因がいつ、どこで行われているかを明示できるようになりました(図2)。

この手法を用いて、物質内の不純物などにより磁壁がピンで止められたように動かなくなるピン止め現象が、磁区構造におよぼす影響を解析しました。その結果、促進因子と抵抗因子としてのピン止めの役割を区別し、可視化することに成功し、反転過程は、一般的な粒界におけるピン止めだけでなく、粒内の細分化された磁区にも支配されているという新たな知見が得られました(図3)。

これは、巨視的なエネルギー損失の要因を微視的な磁区構造まで遡って解析できたことを意味する結果です。特に、一見同じように見える磁壁が、実際には異なる役割を担っており、それらを区別して可視化できた点が、本研究の大きな成果です。

次世代AIで磁性材料のエネルギー損失の原因を解明
                ~省エネルギーな次世代EV開発への応用に期待~
図2. 抽出した特徴量を解釈性の高い機械学習で解析した結果。

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                ~省エネルギーな次世代EV開発への応用に期待~
図3. 材料上にマッピングされた磁化作用の促進因子(左)と阻害因子(右)。

今後の展望

数学のトポロジーと熱力学の自由エネルギーの概念を組み合わせて、構造―機能―因果をホワイトボックス的に接続できる次世代の説明可能AI「拡張型自由エネルギーモデル」を用いることで、EVのモーターに用いられる一般的な磁性材料であるNOESを対象に、根本的なエネルギー損失の原因に迫ることができました。

今回提案した「拡張型自由エネルギーモデル」は、ミクロな構造とマクロな機能を階層を超えて接続するものであることから、これまで定性的・主観的な解析が中心であったさまざまな機能性材料への応用も可能です。本モデルは、多岐にわたる機能性材料の改善の基盤となりうる有望な手法であり、環境エネルギー材料の創製を通じて幅広い社会課題の解決に資すると期待されます。

※本研究の一部は、日本学術振興会(KAKENHI)科学研究費助成事業(A)(21H04656)、文部科学省革新的パワーエレクトロニクス創出基盤技術研究開発事業(助成番号 JPJ009777)、および科学技術振興機構(JST-CREST・助成番号 JPMJCR21O1)の助成を受けて実施したものです。

用語

*1 磁壁
異なる方向に磁化した磁区(*2参照)の間にできる境界層。

*2 磁区構造
磁性体の内部で、同じ方向に並行にそろっている微小な領域を磁区という。磁区と隣接する磁区との境界は磁壁と呼ばれる。磁区が多数ある構造が磁区構造。このような微視的(マイクロスケール)な構造が、巨視的(ヒトのスケール)な応用機能に影響している。

*3 エネルギーランドスケープ
物質がもつ自由エネルギーの大小を地形として表したもの。

論文情報

雑誌名

Scientific Reports

論文タイトル

Automated identification of the origin of energy loss in nonoriented electrical steel by feature extended Ginzburg–Landau free energy framework

著者

Michiki Taniwaki, Ryunosuke Nagaoka, Ken Masuzawa, Shunsuke Sato, Alexandre Lira Foggiatto , Chiharu Mitsumata, Takahiro Yamazaki, Ippei Obayashi, Yasuaki Hiraoka, Yasuhiko Igarashi, Yuta Mizutori, Sepehri Amin Hossein, Tadakatsu Ohkubo, Hisashi Mogi, Masato Kotsugi

DOI

10.1038/s41598-025-00357-z

発表者

谷脇 三千輝
東京理科大学大学院 2024年度修士課程修了
長岡 竜之輔
東京理科大学大学院 博士課程1年
増澤 賢
東京理科大学大学院 2022年度修士課程修了
佐藤 駿丞
東京理科大学大学院 2022年度修士課程修了
Alexandre Lira Foggiatto
東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 助教
三俣 千春
筑波大学 数理物質系 教授、東京理科大学 マテリアル創成工学科 客員教授
山崎 貴大
東京理科大学 総合研究院 助教
大林 一平
岡山大学 学術研究院異分野融合教育研究領域(AI・数理) 教授
平岡 裕章
京都大学 高等研究院 教授・センター長
五十嵐 康彦
筑波大学 システム情報系 准教授
水鳥 雄太
筑波大学大学院 システム情報系 2023年度修士課程修了
Sepehri Amin Hossein
物質材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究センター グループリーダー
大久保 忠勝
物質材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究センター 副センター長
小嗣 真人
東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 教授

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