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磁気渦のバタフライエフェクトの起源を可視化。メモリの信頼性向上に大きく前進
~トポロジーと機械学習によって、情報書き込みの結果が事前にわかる~
研究の要旨とポイント
- 磁気メモリにおける複雑な磁気渦の制御メカニズムを、トポロジーと機械学習で解析。
- 人間の気づかない隠れた特徴量を発見。情報記録の結果が事前にわかる。
- マクロな記録結果の原因を、ミクロな磁区構造にさかのぼって特定することに成功
- 情報処理デバイスの信頼性向上に寄与、量子コンピューティングの実現に貢献。
東京理科大学の國井創大郎 大学院生(当時)、Alexandre Lira Foggiatto 研究員、三俣千春 客員教授、小嗣真人 教授らの研究グループは、トポロジーと機械学習をもちいて、情報処理デバイスにおいて重要な役割を担う、磁気渦(*1)の制御メカニズムの解析に成功しました。
磁気渦は、情報書き込みや演算処理など、スピントロニクスデバイス(*2)におけるビット情報の重要な担い手です。しかし、磁気渦の挙動を精密に制御するのは困難で、デバイスの信頼性の低下が問題となっていました。その解決には、磁気渦の制御メカニズムを理解する必要がありますが、複雑で急激に変化する磁区構造(*3)を定量的に解析することは困難です。その背後には決定論と確率論と呼ばれる物理学の重要な問題も横たわっています。そのため、情報書き込みの過程を精密に解析する手法はこれまで確立されていませんでした。
そこで本研究では最新数学のトポロジーと解釈性の高い機械学習を用いて、複雑な磁気渦の生成過程を解析する新たな方法を開発しました。その結果、人間では気づかない隠れた特徴量を発見し、書き込まれる結果が事前にわかる解析手法を実現しました。この特徴量には交換エネルギーが寄与していることがわかり、さらにはマクロな書き込み結果の原因を、ミクロな磁区構造にさかのぼって特定することにも成功しました。これはカオス現象の代表例であるバタフライエフェクト(*4)の解析に応用可能であることを示唆するものです。
この研究結果はさまざまな情報処理デバイスの信頼性を向上させる上で重要な成果であり、将来的には量子コンピューティングを利用した量子情報未来社会の実現に資するものです。
本研究成果は、2022年11月17日に国際学術誌「Science and Technology of Advanced Materials: Methods」にオンライン掲載されました。
(関連プレスリリース)
※1:「『なぜ?』『どこ?』『どのような?』がわかる、デバイスの新たな機能設計論を実現〜トポロジーとAIを融合して、拡張型ランダウ自由エネルギーモデルを創出〜」
URL:https://www.tus.ac.jp/today/archive/20221117_5026.html
※2:「AIで新たな物理モデルを設計し、電気自動車の燃費向上に挑む~拡張型ランダウ自由エネルギーモデルを軟磁性材料に適用、実材料の機能解明に光明~」
研究の背景
磁気渦は、さまざまなスピントロニクスデバイスの情報処理を行う、ビットの重要な担い手です。たとえば次世代の高速・高密度情報デバイスでは、磁気渦の挙動を精密制御することでデータの保存や数値演算などの情報処理を行うことが提案されています。こうしたマクロな情報処理機能は、ミクロな磁気渦や磁区構造の安定性を制御することで実現します。そのため、デバイス機能を向上させるためには、その背後にある磁気渦の制御メカニズムを理解する必要があり、そのための解析手法の実現が求められています。
しかし、磁気渦を形成する磁区構造は、外部からの影響を受けると複雑かつ大きく変化します。しかも、得られた微細構造に再現性がないことから、磁区構造の複雑さを評価する定量的な指標は、現在のところ存在しません。従来の解析は、人間の目による定性的なもので、因果関係の立証が難しく、ミクロとマクロの階層をつなぐ解析手法はまだ実現されていません。磁気渦の挙動を正確に制御することが極めて難しい背景には、決定論と確率論と呼ばれる、物理学が抱える重要な未解決問題があります。一般的な深層学習のアルゴリズムは解釈性が低く、因果関係を解析することは困難でした。そこで本研究グループは、磁区構造データに内在する特徴を抽出し、解釈性の高い機械学習を用いることで、磁気渦の制御メカニズムの因果解析を実行しました。
研究結果の詳細
本研究では、代表的な軟磁性材料であるパーマロイ(*5)のナノドットに着目し、トポロジカルデータ解析を用いて、磁気渦の制御メカニズムを明らかにしました。まず微細な磁化状態を解析するマイクロマグネティクスシミュレーションに基づいて磁区構造を網羅計算し、磁気渦が一個生成される安定過程と二個生成される準安定過程の、二種類のデータセットを準備しました。計算のシード値を振ることで安定過程と準安定過程の両方を取得し、実際の実験データを再現していることを事前に確認しています。
次に磁区構造の微細組織を特徴量抽出するため、パーシステントホモロジー(PH)(*6)と呼ばれる数学の最新概念を用いました。PHは微細組織のつながりや空隙を定量化できる強力な解析手法です。また機械学習では解釈性の高い主成分分析(*7)を用いることで、磁区構造の複雑な変化を二次元平面で可視化しました。これによりマクロな情報書き込みと、ミクロな磁区構造を階層を超えて自由に接続することに成功しました。
解析の結果、安定過程と準安定過程を明確に分離することができ、磁化過程の分岐を決定付ける、隠れた特徴量を発見することに成功しました。この特徴量は目視で認識することは不可能なもので、磁気渦が形成される前に、情報書き込みの結果がわかることを立証しました。また得られた特徴量は交換エネルギーが寄与していることが明らかとなり、磁気渦制御の指針を得ることができました。さらには、マクロな安定/準安定過程の分岐の原因を、ミクロな磁区構造にさかのぼって特定することに成功しました。その結果、書き込み前のわずかな磁区構造のちがいが最終的な結果の引き金になっていることがわかりました。これは、カオス現象の一例として知られるバタフライエフェクトの解析に利用可能なことを示唆するもので、非平衡物理の基礎的な理解を助けるものとして期待されます。
本研究成果は、メモリ機能において重要な磁気渦の精密制御に応用することができ、次世代スピントロニクスデバイスの情報処理の信頼性向上や省エネルギー化に貢献するものです。将来的には量子コンピューティングを用いた量子情報未来社会の実現に資するもので、幅広い活用が期待されます。
※本研究は、科研費基盤研究A (21H04656)と挑戦的研究(萌芽)(19K22117)の助成を受けて実施したものです。また国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)イノベーションハブ構築支援事業の一環として発足した情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(Material Research by Information Integration Initiative:MI2I)の支援を受けて実施したものです。
用語
*1 磁気渦
磁性体のスピンが円を描くように回転することで形成される渦。
*2 スピントロニクスデバイス
スピン(物質中の電子が持つ微小な磁気)を用いて磁気の向きや強さを制御することで、高度な情報処理を行うデバイス。
*3 磁区構造
磁気モーメントが同じ方向に揃っている小さな領域のことを磁区と呼び、磁区がどのような配置になっているかを磁区構造という。
*4 バタフライエフェクト
力学系にほんのわずかな変化が加わることで、系の状態が大きく異なってしまうこと。カオス論における予測困難性を示す。
*5 パーマロイ
ニッケル(Ni)と鉄(Fe)からなる磁性合金。
*6 パーシステントホモロジー
2000年代に新しく開発された幾何学の概念で、図形を構成する点の連結性や空隙など「かたち」の情報を記述子として取り出すことができる。
*7 主成分分析
複数の変数を持つデータを集約して、少数の主成分に要約する統計的機械学習手法。
論文情報
雑誌名
Science and Technology of Advanced Materials: Methods
論文タイトル
Super-hierarchical and explanatory analysis of magnetization reversal process using topological data analysis
著者
Sotaro Kunii, Alexandre Lira Foggiatto, Chiharu Mitsumata, Masato Kotsugi
DOI
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