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2024.03.01 Fri UP

環境振動発電応用に向けた新奇磁歪材料の開発指針を提示
~磁気的に軟らかい「ナノ組織」と大きくひずむ「ナノ結晶」の組み合わせ~

名古屋大学
東京理科大学

本研究のポイント

  • 大磁歪注1)と高軟磁性注2)を両立するFe-Ga系ナノ結晶材料注3)を創出
  • Fe基ナノ結晶軟磁性材料へのGa添加により、Feナノ結晶相の負の磁歪を正の磁歪にすることで材料全体の磁歪量を増大
  • 従来ナノ結晶材料の1.77倍の磁歪感受率注4)(磁歪と軟磁性の両立指標)を達成

研究概要

名古屋大学大学院工学研究科の秦 誠一 教授、佐野 光哉 博士後期課程学生と東京理科大学の山崎 貴大 助教は、軟磁性と大きな磁歪を両立する新奇Fe系ナノ結晶材料の設計指針の確立に成功しました。

近年、IoT機器の電力供給問題の解決に向けて、磁歪材料の逆磁歪効果注5)を利用した環境振動発電注6)が注目されています。発電素子の小形化、高出力化に向けて、磁歪材料には高軟磁性と大磁歪の両立が要求されていますが、従来材料では結晶磁気異方性注7)の制約により、その達成は困難でした。

本研究では、材料内に存在する結晶サイズをナノスケールまで微細化し、結晶磁気異方性を消失させることで、超高軟磁性を示す「ナノ組織」と、大磁歪組成である「Fe-Ga」を組み合わせた「Fe-Ga系ナノ結晶軟磁性磁歪材料」を提案しました。提案した新奇材料の実現を確認するため、Ga添加量の異なるサンプルを作製し、特性評価を行いました。その結果、Ga添加サンプルはベース組成のサンプルに比べて、磁歪と軟磁性の両立の指標である磁歪感受率が1.77倍に向上することを示し、提案材料の優れた磁歪特性を実証しました。

本研究成果で提案された「Fe-Ga系ナノ結晶軟磁性磁歪材料」は、磁歪特性の未踏領域への拡張を初めて実現した新規機能材料であり、逆磁歪効果を応用した振動発電素子やひずみセンサなどのデバイス性能向上への貢献が期待されます。

本研究成果は、2024年1月11日付イギリスの科学専門誌「Scripta Materialia」に掲載されました。

環境振動発電応用に向けた新奇磁歪材料の開発指針を提示~磁気的に軟らかい「ナノ組織」と大きくひずむ「ナノ結晶」の組み合わせ~

研究の背景

IoT社会の実現のためには、電力供給問題がボトルネックとなっています。有線給電では配線のための膨大な量のコード・ケーブル類の使用や送電損失、電池給電では膨大な交換コストなどが挙げられています。これらの課題解決に向け、環境中に存在する微小なエネルギーを用いて発電を行う環境発電技術に注目が集まっています。環境発電とは、振動、熱、光といった通常捨てられるエネルギー源を用いてµW~mWオーダの電力を回収する発電技術です。環境発電素子(エナジーハーベスタ)は、電気を利用する場所において、その場で半永久的に発電可能であるため、IoTセンサの自立電源とすることで配線や電池交換を必要とせずに給電が可能になります。

環境発電のエネルギー源の中で、振動エネルギーは、太陽光に次いで2番目に高いエネルギー密度を持ち、太陽光とは異なり場所や気候・天候に左右されないため安定供給可能なエネルギー源として期待されています。また発電方式の中で磁歪式(図1)は、後述する磁歪材料の逆磁歪効果によって振動を磁気に変換、電力に変換する方式であり、小さな内部抵抗、大きなエネルギー、耐久性に優れるという利点を持っています。そのため、磁歪式振動発電素子は安定的に大きな発電量を得られる方式として注目されています。しかしIoTデバイスの自立電源応用に向けた素子の小形化のためには、発電量の更なる向上に向けた材料創製が必須です。

磁歪材料とは、強磁性体注8)の中で磁歪効果(磁場により材料の外形が変化)と逆磁歪効果(力により材料の磁化が変化)を顕著に示す材料のことを指します。これら2つの効果は共通の定数(d: 磁歪定数)によって記述されます。そして磁歪式振動発電素子の発電量は、この磁歪定数に依存するため、大発電量化に向けて高い磁歪定数を持つ材料が求められています。この磁歪定数は、磁歪曲線(印加磁場と磁歪量の関係)の傾きで与えられ、磁場に対してどれだけ鋭敏に磁歪が生じるかを示します。そのため、高い磁歪定数を持つためには、大磁歪と高軟磁性を両立する必要があります。

そこで、種々の磁性材料について磁歪量と比透磁率(軟磁性の指標)の関係を図2に示します。このグラフから、軟磁性と磁歪量はトレードオフの関係にありますが、従来材料とナノ結晶材料・非晶質材料注9)ではその傾向は異なり、後者の方が傾きは緩やかでトレードオフの度合いが低いことがわかります。これは、従来の多結晶材料では磁歪量に伴って大きくなる結晶磁気異方性が、結晶粒の微細なナノ結晶材料や非晶質材料では消失することに起因します。軟磁性は、磁歪と結晶磁気異方性の増大に従って劣化するため、結晶磁気異方性を消失させた材料では、従来の材料と比較し、磁歪量を増大させても高い軟磁性が維持されます。また、従来のナノ結晶材料は、その組織に起因して磁歪量は小さな値に制限されます(【研究の内容】の章で詳述)。

本研究では、ナノ結晶材料の小さな磁歪量を増大させることにより大磁歪と高透磁率を両立させた「ナノ結晶軟磁性磁歪材料」を提案しました。また、実際に作製した薄膜サンプルの材料評価を行うことで、本提案材料における優れた磁歪特性の実証に成功しました。

環境振動発電応用に向けた新奇磁歪材料の開発指針を提示~磁気的に軟らかい「ナノ組織」と大きくひずむ「ナノ結晶」の組み合わせ~

図1 磁歪式環境振動発電の発電原理。

環境振動により磁歪材料へ応力が印加されると、逆磁歪効果によって材料内部の磁化が変化する。この磁化変化により発生する誘導起電力を周囲のコイルで回収することで発電する。

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図2 各種材料の磁気特性の比較。カラーバーは磁歪定数の高低を示している。

今回作製に成功したナノ結晶軟磁性磁歪材料はグラフの右上に位置し、大磁歪と高軟磁性の両立により高い磁歪定数を有すことが期待される。青いエリアで示したナノ結晶軟磁性材料の一種であるNANOMET®を、本研究ではベース材料として用いた。

研究の内容

本研究では、ベース材料としてNANOMET®(図2の青いエリア)を用い、高い軟磁性を維持したまま大きな磁歪量を示す新奇磁歪材料の創製を目指しました。NANOMET®は、6種類の元素からなる非晶質前駆体から作製され、これをナノ結晶化温度以上で熱処理することで、非晶質母相中にナノ結晶相が分散析出したナノ組織を形成します。このナノ組織に起因する結晶磁気異方性の消失により超高軟磁性を示します。

NANOMET®を始めとするナノ結晶材料の磁歪量は、ナノ組織を構成するナノ結晶相と残留非晶質相それぞれの磁歪量を体積分率で加重平均した値で与えられます(図4)。従来のナノ結晶軟磁性材料では、ナノ結晶相であるα-Feにおける負の磁歪と残留非晶質相における正の磁歪の相殺により、材料全体での磁歪量がほぼゼロとなるように計画的に設計されています。

本研究では、あえてその発想の逆手を取り、負磁歪のα-Feナノ結晶相を、大きな正磁歪で知られるα-Fe(Ga)とすることで、両相とも正磁歪として材料全体の磁歪量を増大させることを考えました(図5)。この材料は、ナノ組織による高透磁率を維持したまま、大きな磁歪量を示す画期的な機能材料となることが期待できます。

本材料の実現に向けて、まず、Feとの合金で高い磁歪特性を示すGa元素を添加元素として、選定し、Ga添加量の異なる前駆体(0, 6, 12 at.%)をSi基板上にスパッタ成膜注10)しました。その後、ナノ結晶化温度以上での熱処理により、所望のナノ組織を有するサンプルを得ました。

次に、結晶構造解析(図6)を実施したところ、ナノ結晶相を構成する結晶の格子面間隔が、Ga添加量に従って増大することが分かりました。これはFeよりも原子半径の大きいGaがナノ結晶相にも存在することを示しており、ベース材料ではα-Feであったナノ結晶相が、Ga添加によってα-Fe(Ga)となったことを示しています。つまり、図5(右)で示した材料設計通りの構造を有すことを確認しました。

最後に、同様の薄膜サンプルについて磁歪特性評価を実施しました(図7)。Ga添加量を増やすにつれて磁歪量の増大を示しました。これはナノ結晶相中のGa濃度の上昇に伴ってα-Fe(Ga)ナノ結晶相の磁歪量が負から正に変化したことに起因しており、Ga添加によるFe基ナノ結晶材料の磁歪量増大を実証しました。さらに、磁歪感受率も添加量に従い増大し、ベース材料の1.77倍まで向上しました。磁歪感受率は、大磁歪と高軟磁性の両立の指標なので、この結果は、Ga添加によってナノ組織による高軟磁性を維持したまま大磁歪化に成功したことを裏付けています。以上により、提案した新奇磁歪材料は、大磁歪と高透磁率を両立する良好な磁歪特性を示すことを確認しました(図2:赤点線エリア)。

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図3 ベース材料であるナノ結晶材料(NANOMET®)の作製方法。

非晶質前駆体をナノ結晶化温度以上まで高速熱処理することで、多数の結晶核の生成後に結晶粒成長するため、Feナノ結晶相が分散析出する(ナノ結晶化)。母相結晶化温度を超える熱処理条件では残留非晶質母相の結晶化による化合物相の析出やFe結晶粒の粗大化により磁気特性が劣化する。

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図4 ナノ結晶材料の磁歪量の算出方法。

正味磁歪量は、ナノ結晶相と残留非晶質相の磁歪量を体積分率で加重平均することで算出される。ベース材料のNANOMET®では、α-Feナノ結晶相の負の磁歪と残留非晶質相の正の磁歪が相殺し小さな磁歪を示す。

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図5 ベース材料(左)と本研究で新奇に作製したナノ結晶軟磁性磁歪材料(右)の模式図。

ベース材料のNANOMET®(左)は、非晶質母相の正磁歪とα-Feナノ結晶相の負磁歪が相殺され小さな磁歪量を、ナノ結晶構造により超高透磁率を示す。これに対しGaを添加したナノ結晶軟磁性磁歪材料は、ナノ結晶相を正磁歪のα-Fe(Ga)とすることで両相とも正磁歪として大きな磁歪量を示し、加えてナノ結晶構造をもつため高透磁率を示す。

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図6 Ga添加量に対するナノ結晶相を構成する結晶の(110)格子面間隔。

Ga添加量に従ってナノ結晶相の格子面間隔は増大している。これはFeよりも大きな原子半径のGaがナノ結晶中にも存在しているためである。このことから、材料設計の通りナノ結晶相はα-Fe(Ga)であることを確認した。

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図7 Ga添加量に対するナノ結晶材料の磁歪特性。白丸(〇)は磁歪量、赤ひし形(◆)は磁歪感受率(磁歪と軟磁性の両立の指標)。

Ga添加に従って磁歪量は増大した。これはナノ結晶相の磁歪量が、Ga濃度が上昇したことによって、ベース材料の負磁歪から正磁歪へ変化したことに起因する。これに加えてすべてのGa添加量においてナノ結晶構造をもつことで高軟磁性を維持したことで、磁歪感受率も向上した(ベース材料の1.77倍)。これらの結果から、大磁歪と高軟磁性を両立する「ナノ結晶軟磁性磁歪材料」の作製に成功したことを示した。

成果の意義

今回の成果は、大磁歪と高軟磁性を両立するナノ結晶軟磁性磁歪材料という新奇な材料設計指針を提示したものです。本材料は、逆磁歪効果を利用した環境振動発電素子やひずみセンサなどへのデバイス応用が期待されます。

本研究は、文部科学省『JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2125)』、『JST 戦略的創造研究推進事業(JPMJAX22AL)』、『JSPS 科研費(23K13636、20K14607)』の支援のもとで行われたものです。

用語説明

注1)  磁歪:
強磁性体において、磁場の印加によって外形が伸縮する現象。強磁性体内の磁区の変化によって生じる。

注2)  軟磁性:
強磁性体において、外部の磁場により磁化が容易に変化する性質。

注3)  ナノ結晶材料:
非晶質母相中に10-20 nm程度のナノ結晶粒が分散して存在する構造を持つ材料。

注4)  磁歪感受率:
印加磁場に対する磁歪量を表す磁歪曲線における傾きで定義される値。磁歪量と軟磁性の双方と正の相関があるため、本研究では両立の指標として用いた。

注5)  逆磁歪効果:
磁化されて磁歪効果を生じている強磁性体の外形を伸縮させることで、磁性体の磁化が変化する現象。

注6)  環境振動発電:
車や機械、ヒトなどによって発せられた微小な振動エネルギーを電力に変換する手法。磁歪、圧電、静電、電磁誘導などの方式がある。

注7)  結晶磁気異方性:
磁性体のある特定の結晶軸方向に磁化しやすい磁気的な性質のこと。結晶構造を持たない非晶質材料では存在せず、結晶サイズの小さいナノ結晶材料では非常に小さくなる。

注8)  強磁性体:
隣り合うスピンが同じ向きに並び、全体で大きな磁気モーメントを有する物質。

注9)  非晶質材料:
結晶のような周期性を持たない固体材料。

注10)スパッタ成膜:
真空中で不活性ガスイオンを成膜材料のターゲットに衝突させて、原子・分子を弾き出すことにより、基板上に薄膜を形成する手法。

論文情報

雑誌名

Scripta Materialia

論文タイトル

Soft magnetostrictive materials: Enhanced magnetostriction of Fe‐based nanocrystalline alloys via Ga doping

著者

Kohya Sano (名古屋大学 大学院生), Takahiro Yamazaki (東京理科大学 助教), Ryo Morisaki (研究当時 名古屋大学 大学院生), Chiemi Oka (名古屋大学 助教), Junpei Sakurai (名古屋大学 准教授), Seiichi Hata (名古屋大学 教授)

DOI

10.1016/j.scriptamat.2023.115956

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