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光によってプロトンポンプが活性化し、気孔が開くしくみを解明
−高いCO2吸収力をもつ植物の開発に期待−
山口大学
東京理科大学
発表のポイント
- 植物の細胞膜プロトンポンプが光によって活性化し、気孔が開くしくみを解明
- プロトンポンプの光活性化には、自己阻害領域の2カ所のアミノ酸のリン酸化が必須
- バイオテクノロジーを利用して、植物の光合成や成長を増大させる新技術に期待
概要
山口大学大学院創成科学研究科の武宮淳史准教授、冨士彩紗大学院生、山内翔太研究員(現 東京理科大学 創域理工学部 助教)の研究グループは、東京理科大学創域理工学部の西浜竜一教授らと共同で、植物の「プロトンポンプ」が光によって活性化し、気孔を開口させるしくみを解明しました。
気孔は陸上植物の表皮にある孔であり、光に応答して開口し、光合成に必要な二酸化炭素(CO2)の吸収を促進します。細胞膜プロトンポンプ(H+-ATPase)は細胞内の水素イオン(H+)を細胞外へ汲み出す酵素であり、気孔開口の駆動力を形成します。しかし、プロトンポンプが光によって活性化するしくみについては、これまで解明されていませんでした。
本研究では、気孔を構成する孔辺細胞において、プロトンポンプの自己阻害領域に存在する2カ所のアミノ酸が青色光に応答して特異的にリン酸化※1されることを発見し、これらのリン酸化がプロトンポンプの活性化と気孔開口に必須であることを突き止めました。さらにプロトンポンプは孔辺細胞の光合成によってもリン酸化され、気孔開口を促進することを示しました。このしくみを応用することで、プロトンポンプのはたらきや気孔の開閉を人為的に制御することが可能となり、CO2吸収力や成長を向上させた植物を開発できる可能性があります。
本研究成果は、2024年2月20日19時(日本時間)にイギリス科学誌「Nature Communications」でオンライン公開されました。
研究背景
植物の気孔は光に応答して開口し、光合成の基質となるCO2の取り込みと蒸散を介した水の輸送を制御しています。光による開口には青色光に特異的な反応と光合成による反応があります。青色光による反応は光受容体タンパク質であるフォトトロピン※2によって引き起こされます。フォトトロピンは光受容により活性化するタンパク質リン酸化酵素※3であり、タンパク質のリン酸化を介して情報を伝達し、細胞膜プロトンポンプを活性化します。活性化したプロトンポンプは細胞外にH+を放出し、膜電位の過分極を引き起こします。それにより電位依存性のK+チャネルが活性化することで浸透調節物質であるK+が孔辺細胞に蓄積し、水が流入することで気孔は開きます(図1)。
細胞膜プロトンポンプはATPの加水分解エネルギーを利用してH+を輸送する膜タンパク質酵素であり、その活性はC末端の自己阻害領域により制御されます。これまでに青色光はC末端から2番目のスレオニン(Thr-948)のリン酸化を引き起こし、酵素調節タンパク質として知られる14-3-3タンパク質の結合を促進することが知られていました。しかし、Thr-948のリン酸化がプロトンポンプの活性化を引き起こすかを植物細胞を用いて検証した研究は存在せず、プロトンポンプの光活性化のしくみは依然として未解明のままでした。
図1 青色光による気孔開口のモデル図
フォトトロピン(phot)はBLUS1のリン酸化を介して光情報を伝達し、細胞膜プロトンポンプを活性化する。活性化したプロトンポンプは細胞外にH+を放出し、膜電位の過分極を引き起こす。その結果、電位依存性K+チャネルを介してK+が取り込まれ、水が流入することで膨圧が生じ、気孔が開口する。
研究の成果
研究グループは、リン酸化プロテオーム※4を用いて、孔辺細胞において青色光に応じてリン酸化修飾を受けるタンパク質を網羅的に解析しました。その結果、プロトンポンプのC末端の自己阻害領域にある881番目のスレオニン(Thr-881)がThr-948とともに青色光に応答してリン酸化されることを見出しました(図2)。
次に、シロイヌナズナのプロトンポンプ欠損変異体に、野生型のプロトンポンプとThr-881、Thr-948それぞれを非リン酸化状態にした変異型プロトンポンプを導入し、リン酸化の機能的意義を検証しました。その結果、野生型のプロトンポンプ導入では青色光によるH+放出と気孔開口の回復が見られましたが、Thr-881とThr-948の非リン酸化体導入では回復が見られませんでした(図3)。したがって、Thr-881とThr-948のリン酸化が青色光によるプロトンポンプの活性化と気孔開口に必須であることが示されました。
さらに詳細な解析から、孔辺細胞では青色光に応じて、まずThr-948がリン酸化され、このリン酸化に引き続いてThr-881がリン酸化されることが分かりました。Thr-881単独のリン酸化でもプロトンポンプは活性化しますが、完全な活性化にはThr-881とThr-948の両方のリン酸化が必要であることが明らかになりました。
さらに、Thr-881は青色光だけでなく孔辺細胞の光合成によってもリン酸化され(図2)、この光合成によるThr-881のリン酸化は気孔が光に応じて素早く開くために重要であることが明らかになりました。
以上の一連の研究を通して、青色光と光合成による細胞膜プロトンポンプの活性化のしくみが明らかになりました(図4)。
図2 青色光と光合成によるプロトンポンプのリン酸化
a, 特異的抗体を用いて、プロトンポンプのリン酸化と量を検出したもの。
b, リン酸化レベルの定量値。Thr-881は赤色光(光合成)と青色光に依存したリン酸化が、Thr-948は青色光に依存したリン酸化が見られる。
図3 青色光に応答した気孔開口
野生株では青色光に応答して気孔が開口するが、プロトンポンプ変異体では気孔開口が阻害される。野生型プロトンポンプ遺伝子を形質転換したものでは気孔開口の回復が見られるが、Thr-881とThr-948の非リン酸化体を形質転換したものでは気孔開口の回復が見られない。
本研究の意義と今後の展開
細胞膜プロトンポンプは孔辺細胞のみならず植物体全身に発現しており、植物全体に広く存在する生存に欠かせない主要な一次輸送体※5です。Thr-881とThr-948に相当するリン酸化部位は多くの植物において進化的に保存されており、本研究で発見された2カ所のスレオニンのリン酸化を通じたプロトンポンプの活性化機構は、植物に共通の活性制御のしくみである可能性があります。気孔開口をモデルケースとして、これら2カ所のリン酸化の制御を詳しく解析することで、植物の物質輸送や膜電位、細胞内pHの制御について理解が進むことが期待されます。
将来的に、ゲノム編集などの遺伝子操作によってこれら2カ所のスレオニンのリン酸化状態を改変することで、プロトンポンプのはたらきや気孔の開閉を人為的に制御することが可能となり、光合成や成長を向上させた植物を開発できる可能性があります。
発表論文の情報
論文名
Light-induced stomatal opening requires phosphorylation of the C-terminal autoinhibitory domain of plasma membrane H+-ATPase
(光による気孔開口には細胞膜H+-ATPaseのC末端自己阻害領域のリン酸化が必須である)
著者
Saashia Fuji, Shota Yamauchi, Naoyuki Sugiyama, Takayuki Kohchi, Ryuichi Nishihama, Ken-ichiro Shimazaki, Atsushi Takemiya
(冨士彩紗、山内翔太、杉山直幸、河内孝之、西浜竜一、島崎研一郎、武宮淳史)
掲載誌
Nature Communications(2024年)
DOI
掲載日
2024年2月20日付
謝辞
本研究は、JSPS科研費 (21H02511、22K15144、21H02466、20H03275)、MEXT科研費(21H05665、22H04726、23H04202、19H05670)、JST SPRING (JPMJSP2111)、山口大学研究拠点群形成プロジェクト、日本応用酵素協会、武田科学振興財団の支援を受けて行われました。
用語解説
※1タンパク質のリン酸化
タンパク質の特定のアミノ酸(セリン、スレオニン、チロシン)にリン酸基を付与する修飾。リン酸化はタンパク質の機能を変化させ、シグナル伝達の主要なメカニズムを担う。
※2フォトトロピン
植物に特有の青色光を感知する光受容体。タンパク質リン酸化酵素の性質をもち、光受容により活性化すると、他のタンパク質をリン酸化することで、情報を伝達する。気孔開口をはじめとして、光屈性や葉緑体運動、葉の平滑化など、光合成や成長の促進に関わる多様な応答を制御する。
※3タンパク質リン酸化酵素
リン酸基を標的のタンパク質に転移させる酵素。
※4リン酸化プロテオーム
細胞や組織などの生体内で生じるタンパク質のリン酸化修飾を網羅的に解析する手法。ヒドロキシ酸修飾酸化金属クロマトグラフィーによりリン酸化ペプチドを濃縮し、溶出物をナノLC-MS/MS装置により分析することで、タンパク質のリン酸化修飾情報を大規模に取得することができる。
※5一次輸送体
ATPなどの化学エネルギーを利用して生体膜を介した電気化学ポテンシャルに逆らった物質輸送をおこなう膜輸送タンパク質。
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