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2023.12.15 Fri UP

海岸に漂着した海藻の成分と炭酸水を用いて高機能な創傷治療用ゲルを開発
~従来の創傷治療用ゲルと真逆の低皮膚接着性・低膨潤性が創傷部の拡張を抑制する~

研究の要旨とポイント

  • 海岸に漂着した海藻から抽出されたアルギン酸塩と炭酸カルシウム、炭酸水を材料に、生体適合性が高く医療現場で簡便に使用可能な創傷治療用ゲルを作製することに成功しました。
  • これまでの創傷治療用ゲルと真逆の特性である低接着性・低膨潤性が、ゲルの膨潤によって引き起こされる創傷部の拡張を防ぐことを実証しました。
  • 本研究をさらに発展させることで、環境にも配慮した次世代の創傷治療用ゲルの新たな設計指針となることが期待されます。

海岸に漂着した海藻の成分と炭酸水を用いて高機能な創傷治療用ゲルを開発~従来の創傷治療用ゲルと真逆の低皮膚接着性・低膨潤性が創傷部の拡張を抑制する~

研究の概要

東京理科大学大学院理学研究科化学専攻の手島涼太氏(2023年度修士課程2年)、同大学理学部第一部応用化学科の大澤重仁助教(発表当時、現 東京女子医科大学先端生命医科学研究所特任助教)、大塚英典教授、同大学薬学部薬学科の吉河美季氏(2022年度卒業)、河野弥生客員准教授、花輪剛久教授の研究グループは、海藻の成分であるアルギン酸塩と炭酸カルシウム(CaCO3)の混合水溶液に炭酸水を加えるという簡便な合成法により、低接着性かつ低膨潤性の創傷治療用ゲルを開発することに成功しました。また、今回開発したゲルが高い創傷治癒効果を有すると同時に、臨床使用されているゲルで生じる創傷部の一時的な拡張を防げることを実証しました。

ハイドロゲルとは、高分子が架橋により3次元の網目構造を形成し、その網目内に水を多く含んだ材料のことで、医療素材としての用途が期待されています。近年、これらを用いた創傷治療に注目が集まっており、ハイドロゲルで創傷部を覆うことで治癒が促進されることがわかってきました。以前より、これら創傷治療用ゲルの設計には、皮膚の動きに追従できる「接着性」と体液を吸収できる「膨潤性」が必要であると考えられていました。しかしながら、ハイドロゲルが創傷部に対して強く接着した状態で滲出液を吸収すると、その膨潤とともに創傷部が拡張してしまう危険性が考えられます。そこで、本研究グループはハイドロゲルの接着性・膨潤性と創傷部の拡張について相関性を明らかにし、創傷部に優しく、より高い機能を有する創傷治療用ゲルの開発研究を進めてきました。

本研究では、海藻の成分であるアルギン酸塩とCaCO3の混合水溶液に炭酸水を加えることで、低環境負荷、低接着性、低膨潤性を有するハイドロゲルの合成に成功しました。また、使用するCaCO3の濃度を調節することで、透明度、ゲル化時間、架橋度を調整できるため、使用時の用途に合わせてゲルの物性を制御できることも明らかにしました。さらに、創傷モデルマウスを用いた動物実験により、本研究で開発したゲルが臨床使用されているゲルで引き起こされる傷口の拡張を抑制することを実証しました。

本研究をさらに発展させることで、新たな創傷治療用のゲル材料としての実用が期待されます。また、本研究で使用されたアルギン酸塩は海岸に漂着した海藻から抽出されたものあり、廃棄材料を再利用して高機能材料を合成する道筋を示したという観点から、環境問題などSDGsの達成への貢献が大きく期待されます。

本研究成果は、2023年11月8日に国際学術誌「International Journal of Biological Macromolecules」にオンライン掲載されました。

研究の背景

ハイドロゲルは皮膚組織からしみ出す滲出液を吸収すると同時に、湿潤環境を維持して創傷治癒を促進します。近年、これらの性質を利用して創傷の保護と迅速な治癒を行える創傷治療用ゲルが数多く開発されています。これら創傷治療用ゲルの設計には、皮膚の動きに追従するための「接着性」と滲出液を吸液するための「膨潤性」を付与することが通説でした。しかし、ハイドロゲルが皮膚に接着した状態で滲出液を吸収し膨張すると、創傷部分も一緒に引っ張られてしまうため、創傷部の拡張を引き起こす危険性が考えられます。これまでに、このような創傷部の拡張に焦点を当てた対策は講じられてきませんでした。そのため、ハイドロゲルの接着性・膨潤性と創傷部の拡張について相関性を明らかにし、創傷部に優しく、より高い機能を有する創傷治療用ゲルの開発が求められていました。

本研究グループは、これまでに生体適合性が高いことはもちろん、環境にもやさしい高機能性ハイドロゲルの創製に成功してきました(*1)。特に、天然多糖類の1つで海藻の成分であるアルギン酸を原料としたハイドロゲルが創傷治療に応用可能な材料であることを明らかにしてきました(*2)。今回、これまでの知見を活かし、アルギン酸を原料とするハイドロゲルを実際の創傷治療用ゲルとして実用化を目指し、研究を行いました。

*1: 東京理科大学プレスリリース
「果実の皮成分と炭酸水で高機能なハイドロゲルを創製 ~環境負荷を低減しつつ、医療分野に応用可能な材料~」

*2: 東京理科大学プレスリリース
「市販の炭酸水を用いたアルギン酸ゲルの簡便な調製方法を確立 ~創傷治療への応用に期待~」

研究結果の詳細

はじめに、アルギン酸カリウムとCaCO3(0.15, 0.20, 0.30 w/v%)の混合溶液を作成した後、炭酸水を加えることで、CaCO3濃度の異なる3種類のアルギン酸ゲル(Alg-Ca0.15, Alg-Ca0.20, Alg-Ca0.30)を合成しました。走査型電子顕微鏡(SEM)やゲル強度測定の結果より、いずれのアルギン酸ゲルにおいても3次元の網目構造が形成されており、変形に強いことが明らかとなりました。一方で、CaCO3濃度が増加するとゲル化時間が短縮されますが、ゲルの透明性や架橋度の低下につながることもわかりました。

次に、NHDF細胞(ヒト皮膚線維芽細胞)を対象として、アルギン酸ゲルの生体適合性と細胞接着性を評価しました。その結果、すべてのアルギン酸ゲルにおいて、NHDF細胞生存率がほぼ100%であることがわかりました。また、組織培養ポリスチレン(TCPS)プレート上で培養したNHDF細胞は細長く伸びて接着していたのに対し、アルギン酸ゲル上で培養したNHDF細胞はスフェロイドと呼ばれる3次元凝集構造を形成していることがわかりました。このことから、アルギン酸ゲル表面では細胞接着性が低いことが明らかとなりました。以上の結果から、アルギン酸ゲルが創傷被覆材として十分に高い生体適合性と低細胞接着性を有していることが実証されました。

さらに、Alg-Ca0.20のマウスの皮膚組織に対する接着性と膨潤性を評価しました。比較対象として臨床使用されているハイドロゲル創傷治療材(ビューゲル®)を使用しました。ビューゲル®は15、30、45%のひずみに対し、それぞれ7122、8306、9052N/m2の皮膚接着力を示すことがわかりました。これは、Alg-Ca0.20の11.9~16.5倍の接着力に相当します。また、ビューゲル®の生理食塩水の吸収に伴う重量変化は226%で、Alg-Ca0.20の1.9倍以上になることがわかりました。以上の結果から、Alg-Ca0.20はビューゲル®よりも低接着性・低膨潤性を有することが実証されました。

最後に、アルギン酸ゲルの低皮膚接着性・低膨潤性創傷治療材としての効果を実証するため、Alg-Ca0.20とビューゲル®を創傷モデルマウス(db/dbマウス)に貼付して創傷治癒効果を評価しました。各ハイドロゲルをマウスの創傷部位に固定し、創傷面積の変化を経時的に測定したところ、両者における創傷治癒効果に有意差はなかったことから、Alg-Ca0.20はビューゲル®に匹敵する高い治療効果を示すことが示唆されました。一方、ビューゲル®で覆われた創傷部はその接着性と膨潤性により、一時的に面積が拡大することがわかりました。創傷部の拡張は創傷治癒の初期にのみ観察され、これは創傷治癒の初期段階に多量の滲出液が産生しゲルが大きく膨潤したことが原因と考えられます。Alg-Ca0.20はビューゲル®よりも低皮膚接着性と低膨潤性を有しているため、このような創傷部位の拡張を抑制することができました。これらの結果は、これまでの創傷治療用ゲルと真逆の特性である低接着性・低膨潤性が、ゲルの膨潤によって引き起こされる創傷部の拡張を防ぐことを示唆しています。

本研究に取り組んだ手島氏は、「創傷治療用ゲルについて、私は中学生の頃から実験していました。当時は、再生医療などへの関心が高まっており、その中で私も『何か医療に貢献できる材料を創りたい』という想いが強くなったことが研究を始めたきっかけです。本研究では、臨床使用されている医療材料の課題に着目し、廃棄材料から高機能な創傷治療用ゲルの開発に成功しました。医療素材にはまだまだSDGsの視点が不足しており、本研究成果は次世代の医療用素材の設計におけるベンチマークの1つになりうると考えています」と、コメントしています。

※本研究は、公益社団法人 孫正義育英財団(GD14469, GD9675, GD2825)、東京理科大学こうよう会(2019-15)の助成を受けて実施されました。

論文情報

雑誌名

International Journal of Biological Macromolecules

論文タイトル

Low-adhesion and low-swelling hydrogel based on alginate and carbonated water to prevent temporary dilation of wound sites

著者

Ryota Teshima, Shigehito Osawa, Miki Yoshikawa, Yayoi Kawano, Hidenori Otsuka, Takehisa Hanawa

DOI

10.1016/j.ijbiomac.2023.127928

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