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市販の炭酸水を用いたアルギン酸ゲルの簡便な調製方法を確立
~創傷治療への応用に期待~
- ●アルギン酸ゲルは、生体適合性の高さから、創傷治療をはじめとする臨床応用に期待が寄せられている材料です。
- ●時間の経過に応じてpHが変化するという炭酸水の性質を利用し、従来よりも簡便な方法で、創傷治療に適した物理化学的な特性をもつアルギン酸ゲルを調製することに成功しました。
- ●今後、生体に対する試験など更なる検討を通して、実臨床へ応用可能な高い機能を有する材料の開発が期待されます。
東京理科大学理学部第一部応用化学科の手島涼太氏 (学部3年生) 、薬学部薬学科の河野弥生講師、花輪剛久教授、基礎工学部材料工学科の菊池明彦教授は、市販の炭酸水を利用した簡便な方法で、創傷被覆材に適した特性をもつアルギン酸ゲルを調製することに成功しました。本論文は、高分子科学分野の国際学術誌「Polymers for Advanced Technologies」に掲載されました。
創傷治療では、傷を消毒して乾燥させて治すというのが長い間の常識でした。しかし、ガーゼ交換によって再生中の上皮が損傷する可能性が高く、かえって創傷治癒を遅延させることから、近年では創を湿潤させて治す、湿潤療法が推奨されており、湿潤療法に適した創傷被覆材の開発が求められています。
ハイドロゲルは、3次元網目構造を形成した高分子が多量の水を保持した膨潤体です。中でもアルギン酸ゲルは、生体適合性の高さから、創傷被覆材として臨床応用に期待が寄せられています。長い間、創傷治療に用いるハイドロゲルのpHは、皮膚組織に近い弱酸性 (pH 4~6) が適していると考えられてきましたが、近年の研究により、アルカリ性 (pH 約8.5) の方が線維芽細胞や表皮細胞の生存、増殖に適していることが明らかになりました。しかし、このゲルを臨床に応用するためには、医療現場で簡便に調製可能であること、術式に対して適切な時間でゲル化すること、患部を観察できる透明性が担保されることなどの条件を満たすことが求められますが、これらの条件を満たすアルカリ性のアルギン酸ゲルの調製方法は未だ確立されていませんでした。手島氏らは、この問題を解決するべく、市販されている炭酸水を用いた、アルカリ性のアルギン酸ゲルの簡便な調製方法を開発しました。
今回開発した手法は、炭酸水のCO2濃度が経時的に変化する特性を利用したもので、本研究では、その特性に起因するハイドロゲルのpHの動的な挙動も明らかにしました。また、透明度や含水率、ゲル化時間、生理食塩水の吸収能、力学的強度などの物理化学的な特性の評価を行った結果、今回開発されたハイドロゲルは、創傷治療に適した条件を実現可能なものであることも分かりました。今後は、臨床応用に向け、実際の患部に適用した際、その機能を再現性良く発揮するための、in vitroおよびin vivoでの検討が期待されます。
研究の背景
ハイドロゲルは、3次元網目構造を形成した高分子が多量の水を保持した膨潤体で、再生医療の足場材料や薬物徐放の担体などの生体医療材料として期待が寄せられています。中でも、褐藻類から抽出されるアルギン酸を主鎖とするアルギン酸ゲルは、その生体適合性の高さから、注目を集めています。
アルギン酸ゲルの調製方法として最も一般的なのは、"人工イクラ"の作り方としても知られる、塩化カルシウムなどの水溶性の高いカルシウム塩とアルギン酸を水溶液中で直接反応させる方法です。一方で、難溶性である炭酸カルシウム (CaCO3) とアルギン酸の混合水溶液に、酸であるグルコノ-δ-ラクトン (GDL) を加えることで、CaCO3を溶解させ緩やかにCa2+が電離することで、ゲル化時間を制御しながら調製する方法も報告されています。このようなゲル化時間の制御は、創傷被覆材の臨床応用に際して重要な要素です。
アルギン酸ゲルの臨床応用先として注目されている創傷治療への応用を考える際に、そのpHは重要な要素になるにも拘らず、詳細な検討はほとんどされていません。30年以上にもわたって、臨床応用には、皮膚組織と同様の弱酸性 (pH 4~6) が適していると考えられてきました。しかし、近年の研究では、アルカリ条件下 (pH 約8.5) の方が、表皮細胞や線維芽細胞の生存および増殖が促進される上、インターロイキン-1a の発現が抑えられることなどから、創傷治療に適していると報告されています。GDLとCaCO3を用いてアルカリ性のアルギン酸ゲルを調製する場合、酸性であるGDLを減らし、アルカリ性であるCaCO3を増やす必要があります。しかし、GDLを減らすとゲル化時間が長くなり、CaCO3を増やすとゲルの透明度が下がり、どちらも最終的に臨床応用に適さない性質をもつことになります。
研究グループは、この問題を解決するべく、GDLの替わりに市販の炭酸水を用いて、アルカリ性のアルギン酸ゲルの調製方法を開発しました。ゲル化時には二酸化炭素 (CO2) が水溶液のpHを酸性側に近づけることでゲル化速度が大きくなる一方で、ゲル化後にはCO2が揮発することでpHがアルカリ性側に変化することを利用したこの手法により、ゲル化時間やゲルの透明度、最終的なゲルのpHが、臨床応用に対して最適化されることが期待されます。本研究では、ゲル化後のCO2の揮発によるpHの動的挙動を明らかにするとともに、創傷治療へのアルギン酸ゲルの応用に向けて、簡便な調製法の確立、透明度や含水率、ゲル化時間、力学的強度などの物理化学的な特性評価を行いました。
研究結果の詳細
アルギン酸ゲルの架橋構造を形成するのに不可欠なCaCO3の溶解度は、水溶液中のCO2濃度に依存します。先行研究では、アルギン酸ゲルを安定的に作成するために、5MPaのCO2ガスを12時間連続で加えたり、超臨界CO2を用いたり、臨床応用と相反するような条件を前提としていました。本研究で新しく提案するゲルの調製方法は、市販の炭酸水を用いて2種類の水溶液を用意し、それを開放系で混合するというものであり、実際の医療現場で簡単に実施できるものになっています。2液を混合する際に、沈殿を防ぐための攪拌が必要ないという点で、以前に手島氏らにより報告された手法よりも、さらに簡便なものとなっています。
今回検討された全ての条件 (CaCO3濃度: 1.5, 2.0, 3.0 g/L) において、ハイドロゲルの透明度は十分に担保されました。また、創傷部の湿潤状態を維持するために重要な要素となるハイドロゲルの含水率も、全ての条件において、約99%であることが分かりました。また、CaCO3濃度が低いほどゲル化時間は長くなりましたが、全ての条件において、5分以内でゲル化するという結果が得られました。この結果は、ハイドロゲルの前駆体である溶液を患部で直接ゲル化させることによって、より複雑な創傷形状に適用可能であることを示唆するものです。
また、生理食塩水への1週間の浸漬の結果、重量比で20~40%程度の生理食塩水を吸収することによる膨潤が確認されました。膨潤の結果、定性的な力学強度の低下が見受けられましたが、これは、Ca2+とNa+のイオン交換による架橋構造の変化を示唆していて、Ca2+の浸透による患部の止血効果の発現が期待されるものでもあります。
ハイドロゲル表面におけるpHの経時変化を測定したところ、外気に接している面からpHが上昇し、それに追随する形で反対側の外気に接していない側のpHも上昇することで、一定時間 (ゲル化後約6時間半) の経過後にpHが約8.5に収束するという結果が得られました。これは、企図した通り、炭酸水に溶解しているCO2が、ゲル化後に揮発したことに起因すると考えられます。
今回開発されたハイドロゲルは、表皮細胞や線維芽細胞の生存および増殖だけでなく、創閉鎖や皮膚移植に対して適したpHを実現可能にするものと考えられます。しかし、今回シャーレ上で行われた試験と実際の患部での利用の間には、様々な条件の乖離が存在するため、今後、更なる評価を行う必要があると考えられます。
手島氏は今回の研究について、「アルギン酸ゲル自体について、私は中学生の頃から実験していました。当時は、再生医療などへの関心が高まっており、その中で私も『何か医療に貢献できる材料を創りたい』という思いが強くなり、高校生の頃に、本研究を始めました。このゲルの調製は、特殊な設備を必要とせず、室温で簡単に調製することが可能であり、医療現場における迅速な対応にもつながります。今後、ゲル内部に有効な薬剤を含有し、徐放を制御することができれば、薬物徐放担体としての利用も期待されます。」と話しています。
※ 本研究は、東京理科大学こうよう会 (父母会) の助成を受けて実施したものです。
論文情報
雑誌名 | : | Polymers for Advanced Technologies |
---|---|---|
論文タイトル | : | Preparation and evaluation of physicochemical properties of novel alkaline calcium alginate hydrogels with carbonated water |
著者 | : | Ryota Teshima, Yayoi Kawano, Takehisa Hanawa, Akihiko Kikuchi |
DOI | : | 10.1002/pat.5027 |
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