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2023.04.18 Tue UP

果実の皮成分と炭酸水で高機能なハイドロゲルを創製
~環境負荷を低減しつつ、医療分野に応用可能な材料~

研究の要旨とポイント

  • 低メトキシ化ペクチンと炭酸カルシウムの混合溶液に、炭酸水を加えることで、均一な網目構造を有するハイドロゲルを簡便に調製することに成功しました。
  • 炭酸水のpHによってハイドロゲルの物性を制御可能であることを明らかにすると同時に、生体への適合性が高い材料であることを実証しました。
  • 低メトキシ化ペクチンは果実の皮から抽出される成分であることから、本研究をさらに発展させることで、医療分野への応用だけでなく、食料問題や環境問題の解決をはじめとしたSDGs達成への貢献が期待されます。

果実の皮成分と炭酸水で高機能なハイドロゲルを創製
~環境負荷を低減しつつ、医療分野に応用可能な材料~

東京理科大学大学院理学研究科化学専攻の手島涼太氏(修士課程1年)、同大学理学部第一部応用化学科の大澤重仁助教(現 東京女子医科大学先端生命医科学研究所 特任助教)、大塚英典教授、同大学薬学部薬学科の河野弥生客員准教授、花輪剛久教授、同大学先進工学部マテリアル創成工学科の菊池明彦教授の研究グループは、低メトキシ化ペクチンと炭酸カルシウム(CaCO3)をベースとしたゲルにおいて、CO2供給源として炭酸水を利用することで、精密な圧力・温度制御を必要としない簡便なハイドロゲルの調製法の確立に成功しました。また、今回作製されたハイドロゲルは、内部に秩序の高い架橋構造が形成されていること、透明性、強度、生体適合性の面で優れていることなど、構造と物性の詳細についても明らかにしました。

ハイドロゲルとは、高分子が架橋により3次元の網目構造を形成し、その隙間に水を多く含んだ物質のことを指します。生体に類似した構造を有しており、再生医療などの材料としての用途が期待されています。特に、低メトキシ化ペクチンなどのアニオン性多糖類を原料としたハイドロゲルは、その生体適合性の高さから注目されています。従来、高分子とCO2を原料として機能性の高いハイドロゲルを調製する試みが広く行われてきました。しかしながら、気体のCO2を効率よく反応させるためには、高圧条件下で取り扱う必要があり、調製操作や処理の面で課題がありました。そこで、本研究グループは取り扱いが容易な炭酸水を代替材料として使用し、常温常圧下におけるハイドロゲルの簡便な調製法の確立と、炭酸水がハイドロゲルへ与える影響を解明すべく、研究を進めてきました。

本研究では、低メトキシ化ペクチン/CaCO3混合溶液に炭酸水を加えることで、ハイドロゲルを簡便に調製することに成功しました。また、炭酸水の添加には架橋構造の形成やゲル化を促進する効果があり、炭酸水のpHが低いほどハイドロゲルの強度が高く、最終的なゲルのpHも高くなることを明らかにしました。さらに、NHDF細胞(ヒト皮膚線維芽細胞)に対する細胞毒性も低く、医療応用が実現可能な材料であることもわかりました。

本研究をさらに発展させることで、医療材料としての利用だけでなく、食料廃棄物の1つである果皮の成分と環境負荷の大きなCO2から高機能材料を調製したという観点から、食料問題・環境問題などSDGsの達成への貢献が期待されます。

本研究成果は、2023年2月16日にアメリカ化学会が発行する国際学術誌「ACS Omega」にオンライン掲載されました。

研究の背景

低メトキシ化ペクチンなどのアニオン性多糖類は、Ca2+と安定な複合体(エッグボックス構造)を形成することで、ハイドロゲルとなることが知られています。このハイドロゲルは生体適合性が高いため、ドラッグデリバリーシステムや組織工学など、さまざまな分野への応用が期待されています。低メトキシ化ペクチン/CaCO3を原料としたハイドロゲルでは、ゲルの前駆体混合物のpHを変えることにより、最終生成物の架橋度や力学的強度を制御できることが、過去の研究から明らかになっています。特に、CaCO3の溶解度はpHが低いほど大きくなるので、酸性領域では高分子鎖へのCa2+の供給が容易になります。そのため、従来は酸性成分として水中で解離してグルコン酸を生じるグルコノ-δ-ラクトン(GDL)などの化合物がゲル化に使用されてきましたが、GDLでは最終生成物のpHが低く、用途が限定されてしまうことが課題でした。これを解決すべく、CO2を代替材料として使用した材料調製が行われてきました。この方法では、CO2の温度と圧力が最終的なハイドロゲルの物理化学的特性を制御するための重要な因子となります。しかし、効率的に反応させるためにはCO2は高圧下で使用する必要があり、調製操作が煩雑になることが課題でした。また、CO2がハイドロゲルの特性にどのような影響を及ぼすかについては未解明のままでした。

本研究グループは、今までに天然多糖類の1つであるアルギン酸を原料としたハイドロゲルの作製に成功し、創傷治療に応用可能な材料であることを報告しています(*1)。これらの知見を活かし、今回炭酸水を用いた低メトキシ化ペクチン/CaCO3ハイドロゲルの簡便な調製法の確立を目的として研究を進めてきました。また、炭酸水の有無が、最終生成物であるハイドロゲルの物理化学的性質にどのような影響を与えるのかを明らかにするために、各種検討を行いました。

*1: 過去のプレスリリース
「市販の炭酸水を用いたアルギン酸ゲルの簡便な調製方法を確立 ~創傷治療への応用に期待~」
URL:https://www.tus.ac.jp/today/archive/20200826_0087.html

研究結果の詳細

まず、低メトキシ化ペクチン/CaCO3の混合溶液に、炭酸水を添加して調製したハイドロゲル(Pec-Ca-CW)と添加せずに調製したハイドロゲル(Pec-Ca)を準備しました。2つのハイドロゲルの水分量に違いはありませんでしたが、Pec-Ca-CWはPec-Caよりもわずかに透明性が高く、ピンセットで持ち上げられるほど強度を有することがわかりました。そのため、炭酸水を添加することでハイドロゲルの構造が大きく変化することが示唆されました。

次に、CO2がハイドロゲルに及ぼす影響を明らかにするために、Pec-Ca-CWのpHを測定しました。炭酸水を加えた直後は酸性で、その後短時間でゲルに変化しました。得られたハイドロゲルと大気との界面部分は60分後にアルカリ性に変化し、2日後にはハイドロゲル全体がアルカリ性に変化することがわかりました。また、シャーレ内にゲルを展開し、大気に接している上面とシャーレ底面に接している下面のpHを経時的に測定し比較すると、上面のpHは下面よりも速く上昇することがわかりました。これは、ハイドロゲル内部のCO2がゲル表面を介して大気へ拡散すると同時に、ハイドロゲル内でCO2濃度の勾配が生じていることを示唆しています。

一連の実験から、Pec-Ca-CWは初期pHが低いにも関わらず、最終的にはPec-Caよりもアルカリ性に変化するという興味深い現象を示すことがわかりました。これは、エッグボックス構造を形成しないCOOH残基の数が減少することで、よりアルカリ性のハイドロゲルとなったためと考えられます。この現象に対する理解をより深めるため、複数の異なるpHを有する炭酸水(pH = 3.64, 3.86, 3.98, 4.96)を用いてハイドロゲルの作製を行い、特性の評価を行いました。その結果、pHの低い炭酸水を使用した場合、高い強度と低い破断ひずみを示すと同時に、最終pHは高くなる傾向が示されました。これは、炭酸水中のCO2濃度を調整することで、ハイドロゲルの機械的特性やpHを制御できることを示しています。

さらに、Pec-Ca-CWとPec-Caからエアロゲルを調製し、その断面を走査型電子顕微鏡で観察しました。Pec-Caのエアロゲルはランダムな架橋構造であるのに対し、Pec-Ca-CWのエアロゲルは均一で強固な六角形構造であることがわかりました。また、Pec-Ca-CWには、細長い空隙が観察されたことから、ハイドロゲルの調製過程でCO2が移動することで、特定のネットワーク構造を構築している可能性が示唆されました。

最後に、Pec-Ca-CWのNHDF細胞に対する細胞毒性を評価しました。その結果、細胞をPec-Ca-CWの共存下で培養しても、NHDFの生存率は低下せず、Pec-Ca-CWは高い生体適合性を有していることが確認されました。これらの結果から、本研究で調製されたハイドロゲルは医療材料などに応用できることが示唆されました。

本研究を行った手島氏は、「本研究は、私が中学生の頃から取り組んできた実験から発展した研究であり、本学では多くの方々の協力の下、多角的に研究を進めてきました。今回作製したハイドロゲルは果物の皮に含まれる『低メトキシ化ペクチン』と『炭酸水』から調製することが可能です。果物の皮は廃棄される代表的な生ゴミの1つであり、本研究は食料廃棄物から高機能材料を開発したという点で、SDGsの達成に寄与する成果と言えます。また、生体適合性も高いため、医療をはじめとしたバイオ材料としての応用も考えられます」と今後の研究の拡がりに期待を寄せています。

※本研究は、公益社団法人孫正義育英財団の助成を受けて実施されました。当助成は、孫正義育英財団4期生でもある手島涼太氏が、財団生を対象とした支援金(研究費)の給付を受けたものです。

論文情報

雑誌名

ACS Omega

論文タイトル

Physicochemical Properties of Egg-Box-Mediated Hydrogels with Transiently Decreased pH Employing Carbonated Water

著者

Ryota Teshima, Shigehito Osawa, Yayoi Kawano, Takehisa Hanawa, Akihiko Kikuchi and Hidenori Otsuka

DOI

10.1021/acsomega.2c07552

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