ニュース&イベント NEWS & EVENTS

2023.07.07 Fri UP

神経系の動作をマネする世界最高速度の電気二重層トランジスタ
~汎用性AI端末機器の高速化に期待~

国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)
東京理科大学

概要

  1. NIMSと東京理科大学からなる研究チームは、高イオン伝導性をもつセラミックス薄膜とダイヤモンドを用いて、世界最高速度で動作する電気二重層トランジスタを開発しました。このトランジスタは、画像・人物・音声・匂いなどのデータに対する分類や将来予測を含むあらゆるパターン認識・判断に利用できるため、汎用性が高く、高速かつ低消費電力なAI機能搭載端末機器への応用が期待できます。
  2. 電気二重層トランジスタは、電解質/半導体界面の電気二重層の充放電で電気抵抗が変化することで動作します。人間の脳でみられるような神経の電気応答を模倣できることから(ニューロモルフィック動作)、AI素子への応用が期待できますが、既存の同種トランジスタは、典型的な動作速度(ON状態からOFF状態への遷移時間)が10ミリ秒程度~数100マイクロ秒と遅く、より高速な動作が望まれていました。
  3. 今回、研究チームは、パルスレーザーで精密に堆積させて作ったセラミックス(多孔質イットリア安定化ジルコニア膜)/ダイヤモンド界面での電気二重層効果を利用し、高速動作する電気二重層トランジスタを開発しました。成膜条件を精密に調整することでジルコニア膜中に多量に導入したナノ細孔内に水が吸着し、それに由来する水素イオン(伝導性が高い)が、電気二重層の充放電速度の高速化を可能にしました。パルス電圧印加により動作速度を調査したところ、既存の同種トランジスタに比べて8.5倍ほど速い値である世界最高速度を達成しました。また、このトランジスタを用いてAI素子に求められる自在な波長変換(入力波形を任意の波形に変えるニューロモルフィック動作)を高精度に実施することもできました。
  4. 神経系の動作をマネする世界最高速度の電気二重層トランジスタ~汎用性AI端末機器の高速化に期待~
    図 (左)開発した電気二重層トランジスタの模式図、(右)ニューロモルフィック動作の高速化。
  5. 本研究によって、セラミックス薄膜を利用して電気二重層効果の充放電を高速化する新技術が得られました。電気二重層という厚さ数ナノメートル程の微小空間を利用し、高速なAI機能を実現できることは実用上の大きなメリットです。スマートウォッチや監視カメラ、音声センサーなどの各種センサーとの組合せにより、医療、防災、製造、警備などの幅広い産業で利用できる高速かつ低消費電力に動作するAI機能搭載機器への応用が期待されます。
  6. 本研究成果は、Materials Today Advances誌の2023年6月16日号に掲載されました(doi: 10.1016/j.mtadv.2023.100393)。

研究の背景

近年、ソフトウェアの進歩に伴う機械学習活用の機会拡大が、あらゆる社会活動の様式を変化させつつある一方、学習時の膨大な電力消費が深刻な社会問題となっています。ソフトウェア改良だけの改善には限界があるため、神経の働きをハードウェアで模擬して消費電力(計算量)を低減する「ニューロモルフィック(神経模擬)コンピューティング(1)」の研究開発が精力的に行われています[図1(a)]。電気二重層(2)トランジスタ(3)は、電解質/半導体界面の電気二重層の充放電で電気抵抗が変化することで動作[図1(b)] するため、神経の電気応答が模擬でき(ニューロモルフィック動作)、高性能な情報処理が可能です。したがってAI機能搭載機器への応用が期待されていますが、典型的な動作速度(時定数)が10ミリ秒程度~数100マイクロ秒と遅く[図1(c)]、より高速に動作する電気二重層トランジスタの開発が望まれていました。

神経系の動作をマネする世界最高速度の電気二重層トランジスタ~汎用性AI端末機器の高速化に期待~
図1. (a)ニューロモルフィックコンピューティングの模式図。(b)電気二重層トランジスタの模式図。(c)電気二重層トランジスタの低い動作速度。

研究内容と成果

研究チームは、多孔質イットリア安定化ジルコニア膜(YSZ)/ダイヤモンド界面での電気二重層効果を利用し、高速動作する電気二重層トランジスタを開発しました[図2(a)]。電気二重層の充放電速度は、イオン伝導度が高まる程、また電解質層の厚さが薄くなる程、高速化することが理論的に示されています。本研究ではパルスレーザー堆積法(4)で成膜条件を精密に調整することで多量のナノ細孔をイットリア安定化ジルコニア膜に導入することに成功しました。得られた薄膜は、ナノ細孔内の吸着水により高い水素イオン伝導性を示すため、電気二重層の充放電速度の高速化が期待できます。パルス電圧印加により動作速度(時定数)5)を調査したところ、27マイクロ秒でした。これは典型的な電気二重層トランジスタよりも370倍高速であり、従来のチャンピオンデータ(229マイクロ秒)と比較しても8.5倍と世界最高速度を達成しました[図2(b)]。

神経系の動作をマネする世界最高速度の電気二重層トランジスタ~汎用性AI端末機器の高速化に期待~
図2. (a)本研究で観察された高速動作。(b)他の電気二重層トランジスタとの時定数の比較。

この素子に、情報処理が必要な時系列データを電圧パルス列として入力すると、先述の電気二重層の充放電によってダイヤモンド表面を流れる電流(ドレイン電流(6))が刻一刻と変化し、ニューロモルフィック動作します。そこで、研究チームはこの素子を「物理リザバー(7)」に用い、情報処理に応用しました(物理リザバーコンピューティング(8))。物理リザバーコンピューティングとはニューロモルフィックコンピューティングの一種であり、「物理リザバー」に信号を入力し、「物理リザバー」内部での信号変化を利用して情報処理を行う手法です。深層学習を含む一般的な階層型ニューラルネットワークよりも低い計算コスト(消費電力)で情報処理することが可能です。

この素子の情報処理性能を、物理リザバーコンピューティングの性能試験に用いられる非線形変換タスク(9)で評価しました(図3)。三角波を入力し、位相が90度シフトした波形や周波数が2倍の波形への変換を行なった際の変換精度を評価したところ、91.1%、93.9%と非常に高い値が得られました。これは、ナノワイヤネットワークを用いて報告された69%、79%よりも高い精度でした。

神経系の動作をマネする世界最高速度の電気二重層トランジスタ~汎用性AI端末機器の高速化に期待~
図3. (a)非線形変換タスクの正解波形と予測波形の比較。(b)他の素子との変換精度の比較。

今後の展開

本研究によって、セラミックス薄膜を利用して電気二重層効果の充放電を高速化する新技術が得られました。電気二重層という厚さ数ナノメートル程の微小空間を利用し、高速なAI機能を実現できることは実用上の大きなメリットです。スマートウォッチや監視カメラ、音声センサーなどの各種センサーとの組合せにより、医療、防災、製造、警備などの幅広い産業で利用できる高速かつ低消費電力に動作するAI機能搭載機器への応用が期待されます。また、電気二重層効果は電子デバイスだけでなく、固体電池やキャパシタといったエネルギーデバイスの性能との関連が指摘されており、本研究の活用による充放電の高速化も期待されます。

研究チーム

本研究はNIMSナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA)の土屋敬志主幹研究員、高栁真博士(NIMS在籍時は研修生/東京理科大学大学院博士後期課程3年/JSPS特別研究員)、西岡大貴研修生(東京理科大学大学院博士後期課程3年/JSPS特別研究員)、並木航NIMSポスドク研究員、寺部一弥MANA主任研究者、機能性材料研究拠点の井村将隆主幹研究員、技術開発・共用部門の小出康夫特命研究員、東京理科大学の樋口透准教授によって行われました。また本研究の一部は、新学術領域「蓄電固体界面科学」(22H04625)、JSPS特別研究員(21J21982)、(公財)矢崎科学技術振興記念財団研究助成の支援を受けて行われました。

掲載論文

題目

Ultrafast-switching of an all-solid-state electric double layer transistor with a porous yttria-stabilized zirconia proton conductor and the application to neuromorphic computing

著者

Makoto Takayanagi, Daiki Nishioka, Takashi Tsuchiya, Masataka Imura, Yasuo Koide, Tohru Higuchi, and Kazuya Terabe

雑誌

Materials Today Advances (doi: 10.1016/j.mtadv.2023.100393)

掲載日時

2023年6月16日

用語解説

  • ニューロモルフィックコンピューティング:神経回路網の電気応答をハードウェアで模倣して高効率に情報処理する技術。メモリにプログラムとデータを格納し、論理演算回路との間でやり取りを繰り返しながら逐次的にプログラムを実行する従来型コンピューティング(ノイマン型コンピューティング)よりも、低消費電力で情報処理できます。
  • 電気二重層:電解質中の電荷をもったイオンが電極の界面に集まって正または負の電荷を帯びた層を生じ、逆符号の電荷が等密度で電極に分布して、全体として正負の電荷が界面付近に分布する状態。
  • 電気二重層トランジスタ:半導体と電解質との界面に存在する電気二重層を利用して半導体中の電子キャリア密度を変調するトランジスタ。通常、半導体中に流れる電流を測定するためのソース、ドレイン電極に加えて、電圧を印加してイオンを移動させ電気二重層を変調するためのゲート電極を備えています。
  • パルスレーザー堆積法:薄膜の成膜法の一種であり、紫外領域の高強度の短パルスレーザーを固体ターゲット表面に照射して瞬時に蒸発させ、対向して設置された基板上に堆積して成膜する方法です。成膜条件を調整することで薄膜の微細組織や組成などを制御することができます。
  • 時定数:指数関数的に変化する物理量の変化の速さを定量的に表す定数。ここでの時定数は、電流変化が定常値の63%(=1−e−1)となっています(eは自然対数の底)。
  • ドレイン電流:トランジスタのドレイン電極を流れる電流。電気二重層トランジスタの場合、主に半導体中の電子キャリア濃度の変調によってドレイン電流の大きさが変化します。
  • 物理リザバー:入力される時系列信号を、内部で起こる物理現象を利用して非線形変換し出力する働きを持つ物体。非線形性、多様性(高次元性)、短期記憶といった性質が要請されるため、それらの優劣によって計算性能が大きく左右されます。
  • 物理リザバーコンピューティング:「物理リザバー」に信号を入力し、内部で起こる物理現象を利用して信号の様々な特徴で分類することで情報処理を行う手法。
  • 非線形変換タスク:二次の非線形方程式を学習して解く情報処理の課題。リザバーには、過去の出力の交差項やタイムラグを持つ二次の非線形システムを理解し、学習することが求められます。また、学習に利用していないデータで正しく非線形システムを表現できるか試験を行いリザバーの性能を評価します。このタスクでは、時間的な遅延を伴う複雑な非線形動的システムを扱うことから、リザバーの記憶能力と非線形情報処理能力を同時に評価することができ、リザバーコンピューティングの性能評価に広く使われています。

本件に関するお問い合わせ先

<研究内容に関すること>
NIMS ナノアーキテクトニクス材料研究センター イオニクスデバイスグループ
主幹研究員 土屋 敬志(つちや たかし)
TEL: 029-860-4563
E-mail: TSUCHIYA.Takashi【@】nims.go.jp
URL: https://samurai.nims.go.jp/profiles/tsuchiya_takashi

<報道・広報に関すること>
NIMS 国際・広報部門 広報室
〒305-0047 茨城県つくば市千現1-2-1
TEL: 029-859-2026,
FAX: 029-859-2017
E-mail: pressrelease【@】ml.nims.go.jp

東京理科大学 経営企画部 広報課
〒162-8601 東京都新宿区神楽坂1-3
TEL: 03-5228-8107,
FAX: 03-3260-5823
E-mail: koho【@】admin.tus.ac.jp

【@】は@にご変更ください。

東京理科大学について

東京理科大学
詳しくはこちら

当サイトでは、利用者動向の調査及び運用改善に役立てるためにCookieを使用しています。当ウェブサイト利用者は、Cookieの使用に許可を与えたものとみなします。詳細は、「プライバシーポリシー」をご確認ください。