ニュース&イベント NEWS & EVENTS

2023.04.27 Thu UP

第三の固体状態「準結晶」の磁気特性の解明に光
~高い相純度の実現ならびに組成の制御に成功~

東京理科大学
科学技術振興機構(JST)

研究の要旨とポイント

  • 金(Au)・ガリウム(Ga)・ジスプロシウム(Dy)の3種の元素からなる金属合金で、強磁性転移を示す単相の準結晶の合成に成功しました。合成した準結晶は組成を調整することも可能です。
  • Au系正二十面体準結晶における磁気特性は、1原子あたりの価電子数(フェルミエネルギーに対応)に依存することを、世界で初めて明らかにしました。
  • 本研究成果は、より熱的安定性の高い磁性準結晶の合成につながり、さまざまな新奇な磁気秩序の実現に向けた重要な知見です。

東京理科大学先進工学部マテリアル創成工学科の田村隆治教授、竹内涼氏(2022年度修士課程修了)、ファリド・ラビブPDらの研究グループは、合金設計によりAu-Ga-Dy系において単相の準結晶が得られることを突き止めるとともに、合成した試料が強磁性転移(*1)を示すことを発見しました(図1)。

第三の固体状態「準結晶」の磁気特性の解明に光~高い相純度の実現ならびに組成の制御に成功~

図1 正二十面体準結晶の構造と強磁性磁気秩序(模式図)。構造は磁性を担う希土類原子のみを表示。

準結晶は1984年にイスラエルのダン・シェヒトマン博士によって初めて発見され、その発見に対して2011年にノーベル化学賞が贈られました。準結晶内では原子が規則的に配列した構造を形成していますが、その配列には周期性がないことが特徴です。そのため、結晶や非晶質とは異なる結晶構造を有しています。これまで、準結晶においてどのような電子やスピン状態が実現されるかよくわかっていませんでした。

今回、研究グループは、高い相純度を持つだけでなく、組成も調整可能な強磁性Au-Ga-Dy系正二十面体準結晶の合成に成功しました。さらに、正二十面体準結晶では、1原子あたりの価電子数(フェルミエネルギーに対応)によって磁気特性が調整できることも示唆されました。これらの発見は、より熱的安定性の高い磁性準結晶、ひいては、磁性準結晶単結晶の合成へとつながると期待されます。

本研究成果は、2023年4月26日に国際学術誌「Physical Review Letters」にオンライン掲載され、同誌が選ぶ特に重要な論文としてEditors’ Suggestionに選出されました。

研究の背景

物質に電子線を照射すると、原子や分子の並び方を示す回折像を得ることができます。原子や分子が不規則に配列したアモルファス(非晶質)ではスポット状の回折パターンを示しませんが、結晶の場合は、単位胞(最小の構成単位)が繰り返し並んで全体を埋め尽くしていることから、その配列に応じた回折スポットが多数生じます。結晶構造において周期構造が成立するためには、回折像における回転対称性(*2)は、1、2、3、4、6回(それぞれ360、180、120、90、60度)のいずれかに限られます。しかし1984年、イスラエルの研究者ダン・シェヒトマン博士によって、結晶には不可能な5回対称の回転対称性を有する準周期構造の形成が報告されました(シェヒトマン博士はこの業績により2011年ノーベル化学賞を受賞)。シェヒトマン博士のこの発表のすぐ後に、ドヴ・レヴィン博士らの研究から5回の回転対称によっても秩序構造(*3)が成立することを理論的に示す研究が発表され、結晶でも非晶質でもない第三の固体状態が「準結晶」と名付けられました。その後、蔡安邦博士らの研究グループを中心に多くの準結晶が発見されました。

1984年の報告以降、約40年にわたって準結晶の研究は発展を続けてきましたが、準結晶の長距離秩序(*4)が磁気秩序(*5)にどのような影響を与えるかについてはまだほとんど明らかになっていませんでした。そんな中、本研究グループは2021年、世界で初めて、長距離秩序を有する強磁性準結晶の存在を示唆する実験的証拠を掴みました(※ 過去のプレスリリース参照)。しかし、この研究で用いた試料では二次的な1/1近似結晶(*6)を多く含んでいたことから、準結晶特有の磁気構造を明らかにする上でも、完全な単相準結晶の実現が望まれていました。

「強磁性準結晶の発見~準周期性が示す特異な磁性の解明に向けて飛躍的な前進~」

研究結果の詳細

今回、研究グループは、高い相純度を持つだけでなく、Au/Ga比も調整可能な強磁性Au-Ga-Dy系正二十面体準結晶(i QC)の合成に成功しました。合成には、62~68 at%のAuと15 at%のDyを含むAu-Ga-Dy系の母合金を用いました。

合成した試料について、粉末X線回折とエネルギー分散型X線(EDX)分光器を備えた走査型電子顕微鏡による分析を行い、相純度と局所組成について調べるとともに、透過型電子顕微鏡を用いて回折像を得ました。その結果、合成された試料では単相のi QCが形成されていること、そして、5回の回転対称パターンが見られたことから、準結晶に特有な正二十面体対称性を持つことが示されました(図2)。

第三の固体状態「準結晶」の磁気特性の解明に光~高い相純度の実現ならびに組成の制御に成功~
図2 (a)Au68-xGa17+xDy15 (x=1 - 6) 正二十面体準結晶の粉末X線回折図形。全ての回折ピークが正二十面体準結晶として指数付けできることから、単相の準結晶が得られていることがわかる。(b) Au65Ga20Dy15準結晶の制限視野電子回折図形。正二十面体準結晶の特徴である5回回転対称性の存在が明瞭に見られる。

また、準結晶の単位格子の大きさ(i QC構造における菱形三十面体クラスターの辺長)はAu濃度が高くなるほど大きくなることもわかりました。これは、試料中のGaとAuの相互置換が生じていることを示唆しています。

AuxGa85-xDy15 (x = 62, 65, 68) i QCについて、100 Oe下での磁化率および比熱の温度変化を調べたところ、転移温度付近における磁化率の上昇に対応して、比熱曲線にも明らかな異常が観測され、強磁性転移が生じていることが示唆されました(図3)。

第三の固体状態「準結晶」の磁気特性の解明に光~高い相純度の実現ならびに組成の制御に成功~
図3 (a) Au68-xGa17+xDy15 (x=0, 3, 6) 正二十面体準結晶の磁場中冷却過程での磁化(M/H)の温度依存性。(b) Au68-xGa17+xDy15 (x=0, 3, 6) 正20面体準結晶の比熱の温度依存性。比熱の異常に対応して磁化の発散的挙動が見られることから、強磁性転移が生じていることがわかる。

さらに、i QCの最大ワイス温度(*7)は、e/a比が1.70の時に観測され、これまでに報告されたAu系のTsai型(*8)近似結晶の最大ワイス温度とよく一致しており、i QCの磁性はe/a比(フェルミエネルギー)に依存することがわかりました。これは、i QCではe/a比によって磁気特性が調整できることを示唆する重要な結果です。

本研究では、組成を調整可能な強磁性i QCの合成に成功し、i QCの磁性制御におけるe/a比調整の有用性を、世界で初めて検証しました。本研究をさらに発展させることにより、さまざまな新奇な磁気秩序を実現できるようになると期待されます。

※本研究は、JSPS科学研究費助成事業「ハイパーマテリアル:補空間が創る新物質科学」(19H05817、19H05818、19H05819)、基盤(B) (21H01044)、JST CREST「フェイゾンエンジニアリング:構造タイル組み換えに基づく新物質創製」(JPMJCR22O3)の援助を受けて実施したものです。

用語

*1 強磁性転移
常磁性(自らは磁化を持たず、外部から磁場を与えられたときにだけその磁場にひきつけられるように磁化する性質)を示す物質を徐々に冷やして、磁気モーメントの向きに対する熱の擾乱を減らすことで、一部の物質ではある温度(キュリー温度)以下で隣り合う磁気モーメントがなるべく同じ向きに整列しようとして、物質自体が磁化を持ち始めること。

*2 回転対称性
ある点を中心として図形を360/n度回転させた時に、元の図形と完全に重なり合う性質。

*3 秩序構造
原子などがある規則に従って配列した構造。

*4 長距離秩序
原子などが長距離にわたってある規則に従って配列した状態のこと。

*5 磁気秩序
磁気モーメント(スピン)が何らかのパターンで整列している状態のこと。

*6 近似結晶
局所的には準結晶と同じ構造(高対称クラスター)を持ちながら、高対称クラスターが周期的に配列した結晶。

*7 ワイス温度(常磁性キュリー温度)
キュリーワイスの法則に含まれる変数で、各スピンに働く有効磁場の符号と大きさを表すパラメータの1つ。それが正であれば強磁性的な、負であれば反強磁性的な有効磁場が働く。

*8 Tsai型
これまでに報告された準結晶の分類型の1つ。発見者の蔡安邦博士に由来する。

論文情報

雑誌名

Physical Review Letters

論文タイトル

High Phase-Purity and Composition-Tunable Ferromagnetic Icosahedral Quasicrystal

著者

Ryo Takeuchi, Farid Labib, Takafumi Tsugawa, Yuto Akai, Asuka Ishikawa, Shintaro Suzuki, Takenori Fujii and Ryuji Tamura

DOI

10.1103/PhysRevLett.130.176701

お問い合わせ先

<研究に関すること>

東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 教授
田村 隆治(たむら りゅうじ)
E-mail:tamura【@】rs.tus.ac.jp

<JST事業に関すること>

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
安藤 裕輔(あんどう ゆうすけ)
TEL:03-3512-3531 
FAX:03-3222-2066
E-mail:crest【@】jst.go.jp

<報道に関すること>

東京理科大学 経営企画部 広報課
TEL:03-5228-8107 
FAX:03-3260-5823 
E-mail:koho【@】admin.tus.ac.jp

科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404 
FAX:03-5214-8432
E-mail:jstkoho【@】jst.go.jp

【@】は@にご変更ください。

東京理科大学について

東京理科大学
詳しくはこちら

当サイトでは、利用者動向の調査及び運用改善に役立てるためにCookieを使用しています。当ウェブサイト利用者は、Cookieの使用に許可を与えたものとみなします。詳細は、「プライバシーポリシー」をご確認ください。