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2019.08.09 Fri UP

ワークライフバランスの改善で生活満足度は本当に上がる? 既存の見解を科学的に分析
~クロス・カントリー分析により、生活満足度の上昇は女性より男性の方で顕著であることが判明~

研究の要旨とポイント
  • ●「ワークライフバランス施策の推進によって人々の生活満足度が高まる」ということは、一見自明に見えますが、果たして本当にそうでしょうか?本研究では、OECD(経済協力開発機構)加盟34ヵ国のデータを用い、多国間の比較に基づいたマクロレベルの解析が行われました。
  • ●従来、ワークライフバランスの政策では、女性の懸案事項に焦点が当てられてきましたが、本研究によれば「レジャーとパーソナルケアに費やす時間」の取得状況を改善することの効果は、女性よりも男性の方が大きいことなど、既存の見解とは異なる結果が得られました。
  • ●本研究の知見は、OECD加盟諸国における労働政策デザインに、有益な示唆を与えると考えられます。

過去20年間、仕事と生活のバランスをとること(ワークライフバランス)と生活満足度との関係は、政策立案者や労働経済学者、その他多くの人々の関心を集めてきました。生活満足度は人々の幸福度や社会の健全性を測る重要な指標です。ところで、「ワークライフバランスが改善されれば、人々の生活満足度も高まるだろう」と当たり前のように考えられてきましたが、これまでの研究では一つの国内や少数の国を対象とした研究しか行われておらず、多国間にまたがるマクロ的視点からのアプローチはありませんでした。

東京理科大学経営学部の野田英雄教授は、論文誌「Journal of Happiness Studies」に掲載された新しい研究で、OECD(経済協力開発機構)加盟国34ヵ国のデータに基づき、生活上のさまざまな要素が男女の生活満足度にどう影響するのかを分析しました。

【研究の背景】

近年、ワークライフバランスは組織および雇用者の双方にとって重要な課題となっています。野田教授が既存の文献調査を行ったところ、ワークライフバランスに関する多くの既存研究は、会社規模、ジェンダー、管理レベル、個々人のキャリアステージ等といったミクロレベルのデータを使用していることがわかりました。しかし、多くの先進国ではワークライフバランス政策が実施されており、国際的なトレンドでもあるため、調査対象を一つの国内や少数の国に限定するだけでなく、国際的に比較可能なデータを用いて先進諸国の共通の特徴を特定することで、多くの国々にとって有益な知見が得られると考え、本研究を実施しました。

【研究の詳細】

これまで行われてきた多くの生活満足度に関する研究では、労働経済学的アプローチが取られていました。例えば、製造企業による「家族に優しい」慣行の導入など、ワークライフバランスを改善するための取り組みが、生産性や生活満足度の改善と関連付けられていました。また、ある社会学の研究では、ヨーロッパ諸国のデータを調査した結果、労働時間の長さと「ワークライフコンフリクト」または「ワークファミリーコンフリクト」の有意な関係性が明らかにされています。他にも、ヨーロッパ25ヵ国を対象としたより大規模な研究では、職場の自律性と柔軟性がワークライフバランスにもたらす影響は多様であることが明らかにされています。さらに、法学的側面からの研究では、ワークライフバランスを改善するための多様な試みについて言及しています。カナダやEU諸国では、介護休暇や育児休暇の取得や労働基準法の改善に非常に前向きな姿勢であること、日本では家庭を支援する広範な法的枠組みがあっても、未だ労働に関して「男は仕事、女は家事」といった、性別に基づいた伝統的な役割分担の意識が根強いことが明らかにされています。

本研究において、野田教授はマクロレベルの視点から、OECDの「より良い暮らし指標(Better Life Index)」のデータを収集し、「ワークライフバランス改善の試みが、生活満足度にどの程度変化をもたらすか」を評価するための値(生活満足度のワークライフバランス弾力性)を算出し、分析を行いました。また、OECD加盟34ヵ国の男女双方の主観的健康状態、長期失業、所得格差と生活満足度の関係についても分析を行いました。

ワークライフバランスの指標である「レジャーとパーソナルケアに費やす時間」は、EU加盟国の間でおしなべて高く、特にノルウェーとデンマークでは、生活満足度のスコアが同様に著しく高い値でした。34ヵ国全てにおいて、男性も女性も、スコアの傾向は類似していました。また、GDPの高い国々(例えば、EU諸国、ニュージーランド、オーストラリア、イスラエル、カナダ、アメリカ合衆国)では、GDPと生活満足度の間に大まかな関連性があることも見出されました。

従来、ワークライフバランスの政策では、女性の懸案事項に焦点が当てられてきましたが、本研究により、男性の方が女性より「レジャーとパーソナルケアに費やす時間」を必要としており、もし、その時間が得られた場合の生活満足度への影響は、男性の方が大きいことが明らかになりました。これは従来考えられてきた既存の見解とは異なる知見です。
このことから、人々の生活満足度を高め、生産性も高めるためには、組織の規定作成や国の労働政策のデザインの際に、従来のように女性の懸案事項に注力するだけではなく、男性のワークライフバランスを改善する施策を盛り込むことも重要であることが示唆されました。 一方で、所得格差による影響については、統計的な有意性は示されませんでしたが、さらに変数を追加して研究を行うことが必要かも知れないと野田教授は指摘しています。

将来的に、個々人の生活満足度を高めるような政策は、生産性や国民の福祉を向上するにあたり、重要な役割を果たすようになると考えられます。野田教授は「本研究で明らかになった知見は、日本を含むOECD加盟諸国での労働政策デザインにおいて、有益な示唆を提供することが出来ると考えています。また、現代はAI(人工知能)、スマートテクノロジー、ロボット工学などの急速な情報技術の発展による第四次産業革命とも呼ばれる変化の時代であり、労働環境も否応なく変化することが予想されますが、こうした変化がワークライフバランスに与える影響も、今後調べていく必要があると考えています。」と述べています。

【論文情報】

雑誌名 Journal of happiness studies
論文タイトル Work-Life Balance and Life Satisfaction in OECD Countries: A Cross-Sectional Analysis
著者 Hideo Noda
DOI https://doi.org/10.1007/s10902-019-00131-9

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