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年齢と健康状態で変わるQALYの価値を定量化
~評価手法の開発で健康寿命延伸が医療費削減につながることを実証~
ポイント
- 質調整生存年(QALY, *1)の算出の新たな枠組みを構築し、4つの健康シナリオ別、年齢別にQALYの価値を定量化しました。
- 高齢者ほど1QALYの価値が高い傾向にあること、健康状態が良好に維持されるほど1QALYの価値が低下することを解明しました。
- 健康寿命の延伸が医療費削減につながることを裏付け、科学的根拠に基づく政策決定のための重要な指針を提供しました。
研究の概要
東京理科大学 創域理工学部 経営システム工学科の髙嶋 隆太教授、伊藤 和哉助教、同大学大学院 創域理工学研究科 経営システム工学専攻の谷澤 友亮氏(2024年度 修士課程修了)の研究グループは、政策介入の費用便益分析(CBA, *2)および医療資源の効率的な配分に利用可能な、統計的生命価値(VSL, *3)に基づくQALYの新たな推計枠組みを提案しました。これにより、生活の質(QoL, *4)や年齢に応じた健康寿命延伸の価値が明らかとなり、医療資源を科学的根拠に基づいて配分するための指針を提示することが可能となります。
医療政策では、政策の費用対効果を評価するためにQALYという指標を用います。日本ではこれまで、1QALYあたり500万円という他国のデータに基づく値を使用していましたが、この値では日本の実情を正確に反映できていませんでした。そこで本研究では、日本人固有のデータを用いた新たな推計枠組みを構築し、年齢や健康状態による違いを定量化することを目指しました。
まず、4つの健康シナリオ(SCN1: 典型的な加齢型、SCN2: 健康長寿型、SCN3: 早期の慢性疾患型、SCN4: 中年期悪化型)を設定し、これに基づいてVSLおよびQALYを算出しました。健康シナリオ別に人口加重平均した1QALYの値を算出したところ、408~605万円まで大きく異なり、SCN2(健康長寿型)が最も低く、SCN1(典型的な加齢型)が最も高い値となりました。さらに年齢別に分析すると、若年層では1QALYあたり300~400万円程度であるのに対し、高齢層ではより高い値を示しました。これは、高齢者ほど寿命延伸を重視し、近い将来に恩恵を享受できるため、価値が上昇しやすいのに対し、若年者は寿命延伸を遠い将来の利益として捉え、価値を低く評価するためと考えられます。
本研究成果により、若年層向けの予防医療と高齢層向けの治療で異なる費用対効果基準を適用することが可能になります。例えば、1QALYあたり600万円かかる医療政策は、一律500万円の基準では不採用となりますが、年齢別評価では若年層向けには不採用、高齢層向けには採用という判断ができるようになります。また、人口構成や年齢分布などの地域特性を考慮してQALY値を最適化することで、より精度の高いCBAが可能となり、医療資源のより効率的な配分に寄与することが期待されます。
本研究成果は、2025年12月1日に国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。
研究の背景
近年、医療技術の進歩と公衆衛生の向上により、多くの国で高齢化が進んでおり、社会コスト、特に医療費の増加が課題となっています。日本は世界でも有数の平均寿命と健康寿命を誇る一方で、出生率の大きな低下により高齢化が加速しています。2040年までには、日本の医療費は2018年の1.8倍以上に増加すると予想されています。そのため、医療制度の持続可能性に対する懸念が高まっており、制度改革や政策支援に関する議論が活発化しています。
医療分野では、政策介入や医療資源の効率的な配分を行うため、VSLやQALYなどの指標を用いたCBAが活用されています。これにより、政策立案者は医療介入の有効性を定量的に評価でき、根拠に基づいた意思決定が可能となります。
しかし、現在のQALYの算出方法にはいくつかの課題があります。第一に、若年層と高齢者では健康状態や平均余命に大きな差があるにもかかわらず、QALYは一律に適用されるため、偏った評価につながる可能性があります。第二に、日本のQALY値は人口構成や年齢分布などの地域特性を考慮せず、他国のデータに基づいて導き出されており、その根拠の不十分さが指摘されています。これらの問題は、医療資源の非効率的な配分につながる可能性があります。
持続可能な医療システムを構築するには、政策立案者が科学的根拠に基づいた意思決定を行えるよう、堅牢なQALY値を導き出すことが不可欠です。そこで本研究グループは、年齢別の健康状態と平均余命を考慮したQALY指標を提示することを目的とし、VSLに基づくQALYを導出しました。またこれをモデル化し、4つの健康シナリオを用いた分析と政策評価を通してその有効性を実証しました。
研究結果の詳細
はじめに、SCN1 ~ SCN4の4つの健康シナリオを設定しました。
- SCN1: QoLが50歳以降、毎年2%ずつ低下(典型的な加齢型)。
- SCN2: QoLが50歳以降、毎年1%ずつ低下(健康長寿型)。
- SCN3: QoLが30歳以降、毎年1%ずつ低下。50歳~70歳では一定で、70歳以降、毎年1%ずつ低下(早期の慢性疾患型)。
- SCN4: QoLが60歳で急激に低下。その後、毎年1%ずつ低下(中年期急激悪化型)。
上記4つの健康シナリオおよび今回開発した新たな枠組みを用いて、日本人のVSLデータを作成した後、1QALYの金銭的価値を年齢別・健康シナリオ別に定量化しました。その結果、1QALYの価値は若年層(20 ~ 30歳)では約300 ~ 400万円、高齢層(70 ~ 80歳)では約500 ~ 900万円と、年齢とともに上昇することがわかりました。これは、高齢者ほど残された時間を意識し、近い将来に恩恵を享受できるためと考えられます。このように、年齢調整されたQALYを用いることで、若年層向け予防医療と高齢層向け治療で異なる基準を適用し、より効果的な医療政策決定を行うことができます。
次に、人口全体での加重平均を算出したところ、約544万円となり従来値(500万円)に近い結果となりました。また、全人口がSCN1(典型的な加齢型)からSCN2(健康長寿型)に移行した場合、1QALYの価値が605万円から408万円に低下することがわかりました。これは、より多くの人々の健康寿命を延伸することで、社会全体の医療コストを削減できる可能性を示唆しています。しかし本研究では、予防プログラムや教育政策のコスト自体は考慮されていないため、実用化するにはより包括的な評価が必要です。
最後に、社会全体の健康状態がQALY評価に与える影響を検証しました。人口全体がSCN1(典型的な加齢型)にある場合、日本全体で1QALY増やすには107.8兆円もの追加予算が必要になります。一方、SCN2(健康長寿型)の割合が多い社会では、1QALYを得るコストが下がるため、同じ予算でより多くの医療政策を実施できるようになります。
本研究を主導した髙嶋教授は、「VSLとQALYの価値との関係を明らかにしたい、医療や健康関連の政策に対して説明しやすい評価手法を開発したいという想いから、本研究に至りました。本研究により、健康づくりにどの程度の経済的な価値があるかを把握することができます。また、経済性の観点から医療や健康関連政策を合理的に立案・実施することが可能となります」と、コメントしています。
用語
*1 質調整生存年(QALY: Quality-Adjusted Life Years)
生活の質(QoL)に生存年数を掛けて算出される値。例えば、QoLが0.7の状態で5年生存すれば、3.5QALYとなり、完全に健康な状態(QoL = 1)で3.5年生存することに相当する。医療介入によって得られる健康の量と質の両方を統合的に評価でき、治療効果や費用対効果の比較に広く用いられる。
*2 費用便益分析(CBA: Cost-Benefit Analysis)
組織の行動、事業、プロジェクトにかかる費用(コスト)とそれによって得られる利益を定量的に比較し、実際に実行する価値があるか判断するための手法。
*3 統計的生命価値(VSL: Value of a Statistical Life)
支払意思額(WTP: Willingness To Pay、人々が死亡リスクの低減や便益のために「支払ってもよい」と考える金額を示す指標)を微小な死亡リスク削減量でわって算出される値。社会全体として、微小な死亡リスクを減らすためにどれだけ費用を投じるべきかを判断するための指標。
*4 生活の質(QoL: Quality of Life)
身体的・精神的・社会的な側面を含めた「生活の質」を総合的に示す概念。健康状態だけでなく、日常生活の満足度や社会参加のしやすさなど、本人の主観的な幸福感まで含めて評価する。
論文情報
雑誌名
Scientific Reports
論文タイトル
Deriving monetary value of quality-adjusted life years through life extension from the value of a statistical life
著者
Yusuke Tanizawa, Kazuya Ito, and Ryuta Takashima
