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“手のひらサイズ”のマイクロリアクターを開発
-600℃まで5分で起動し手で持つことができる最小クラスの固体酸化物形燃料電池を実現-
東京科学大学
東京理科大学
ポイント
- 固体酸化物形燃料電池を手で持てるほど小型化・断熱化し、発電を実証。
- 高断熱・耐熱マイクロリアクターを作製し、急速加熱にも耐える構造を実現。
- 燃料電池の小型化により、ポータブルエネルギーシステムへの展開を可能にし、エッジデバイスへ直接給電できる可能性を開拓。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)未来産業技術研究所の山田哲也助教、Bishnu Choudhary(ビシュヌ・チョウダリ)研究員(研究当時)、栁田保子教授、東京理科大学 勝又健一教授、太陽誘電株式会社、フタバ産業株式会社らの研究チームは、化学燃料を高効率に電気変換し、高温で動作する固体酸化物形燃料電池(SOFC)を手のひらサイズまで小型化し、発電を実現する高断熱・耐熱マイクロリアクター(用語1)の開発に成功しました。
本研究では、熱応力を緩和できるカンチレバー構造(用語2)を持つYttria-Stabilized Zirconia(YSZ)マイクロリアクターと、多層断熱構(MLI: Multilayer Insulation)(用語3)を組み合わせることで、高い耐熱性と断熱性の両立を実現しました。この新構造には、金属支持型セル(metal-supported SOFC cell)(用語4)を搭載することができ、常温から固体酸化物形燃料電池(SOFC)が動作する約600 ℃まで5分以内で昇温し、高速起動・発電を実現しました。
本成果は、従来の定置型燃料電池を手のひらサイズまで小型化するとともに、内部が600℃になっても手で持てるほどの断熱化を実現したことで、ポータブルエネルギーシステムへの展開を可能にし、将来的にはドローンやロボットをはじめ、送電網から遠い場所で活躍するエッジデバイス(用語5)へ直接給電できる高エネルギー密度のオフグリッド(用語6)電源としての応用が期待されます。
本成果は、12月25日付(現地時間)の「Microsystems & Nanoengineering」誌(Springer Nature)に掲載されました。
背景
近年、AI(人工知能)、ドローン、ロボットなどの技術が社会のさまざまな分野で導入されつつあり、これらの機器を駆動するための高エネルギー密度かつ長寿命な電源が求められています。特に、現場で自律的に動作・判断を行うエッジデバイスでは、外部の送電網に依存せずオフグリッドで直接給電できるエネルギーシステムが必要となります。
オフグリッド電源として有力な候補として注目されているのが固体酸化物形燃料電池(SOFC)であり、化学燃料を高効率に電気に変換できる次世代エネルギーデバイスです。燃料電池デバイスの小型化に成功できればリチウムイオン電池を上回る、高いエネルギー密度を達成することができます。燃料電池にはいくつかの種類がありますが、固体酸化物形燃料電池は水素だけでなくエタノールやプロパンガスなど多様な燃料を利用できることが利点です。現在クリーンエネルギーとして注目されている水素を燃料として利用する場合には、高圧で水素を貯蔵・運搬する技術を普及させる必要があります。一方でエタノールやプロパンは我々の身の回りにあるユビキタスな燃料と言え、手軽に入手が可能になります。
上述した通り、固体酸化物形燃料電池は高いエネルギー密度と燃料多様性といったメリットがあり、日本では家庭用電源(エネファーム®※)として実用化されています。しかし、その用途は大型の定置用電源に限られ、『手のひらサイズ』までの小型化は達成できていません。固体酸化物形燃料電池の小型化に関する課題は主に600℃以上の高温動作に起因し、高温状態を維持するための高い断熱性と耐熱性が必要になります。また、過去にMEMS(用語6)プロセス[1]で発電に必要なセルを新規で作製し、小型化に取り組んだ例がありますが、新しくセルを作るためには大きな開発コストを要するため、定置用で使われるセルを利用できるのが望ましいと考えられます。
そこで我々は、大型の定置用で使われている固体酸化物形燃料電池セルを手のひらサイズまで小型化するための、マイクロリアクターの開発に取り組みました。このマイクロリアクターには、熱膨張に対して自由度を持つカンチレバー構造と高い断熱性を有する多層断熱構造を取り入れました。また、固体酸化物形燃料電池を高速起動できるように、平板形状の金属支持体を搭載させました。
※「エネファーム」は東京ガス株式会社、大阪ガス株式会社、ENEOS株式会社の登録商標です。
研究成果
本研究では、高温で動作する固体酸化物形燃料電池(SOFC)を手のひらサイズまで小型化できるマイクロリアクターを試作し、金属支持体セルを搭載し、実際に発電が可能であることを実証しました。
本研究では初めに、高い断熱性と耐熱性を両立できるカンチレバー構造および多層断熱構造を、シミュレーションによって設計しました。設計したカンチレバー・多層断熱構造をもとに試作したリアクターの耐熱性試験を、破壊実験やX線回折によるその場観察による熱応力計測で評価した結果、通常の構造では熱応力により400℃以下で割れてしまうのに対し、今回設計したリアクターは、カンチレバー構造によって応力が緩和され、SOFCの動作温度である600℃以上に到達しても安定であることを確認しました。
発電評価のため、高強度を有するイットリア安定化ジルコニア(YSZ)を用いてマイクロリアクターを作製し、内部に空気(酸素)や水素などの燃料ガスを導入できるマイクロ流路を形成しました。リアクター中央部には、太陽誘電株式会社が開発した金属支持型SOFCセルを搭載しました(図1、[2])。このセルは急速な昇温にも耐えうる高い熱安定性を有しています。さらに、筐体には耐熱性樹脂を用いた3Dプリンター造形を採用し、内部に宇宙産業でも使用されるアルミニウム蒸着カプトンフィルムを積層して輻射熱を抑制しました。また、内部ガスをクリプトン(Kr)に置換することで、断熱性能をさらに高めることができました。これにより、約10-15 Wという低いヒータ出力で、SOFCの動作温度である600℃以上へ昇温できるようになりました(図2)。
図1 (A)金属支持セル写真、(B)金属支持セルをマイクロリアクターに搭載した様子
実際の発電実験では、マイクロ流路に水素と酸素を導入し、ヒータ加熱により常温から5分以内で動作温度である600℃まで昇温し、発電がされることを確認しました(図3 A)。さらに、内部温度が600℃以上で発電している状態でも、デバイスは手で持てる程度の温度であることを実証しました(図3B, C)。
社会的インパクト
本研究で開発した高断熱・耐熱マイクロリアクターを用いた小型固体酸化物形燃料電池(SOFC)は、これまで主に大型の定置型電源として利用されてきたSOFCを手のひらサイズまで小型化し、携帯可能な自立電源として利用できる道を拓くものです。
この技術により、これまで外部電力に依存していたエッジデバイス(現場で自律的に動作・判断する機器)に、燃料供給のみで長時間動作可能な高エネルギー密度の自立電源を直接搭載することが可能になります。小型のSOFCが実装されれば、たとえば災害現場でのセンサー・カメラ監視システム、極地や無人環境での観測装置、ドローンやロボットの電源など、電力供給が困難な環境においても長時間安定して稼働させることができます。また、従来は電池容量の制約により使用できなかった機器にも電力を供給でき、新たな用途拡大が期待されます。
今後の展開
本研究で開発したデバイスでは、金属支持型セル1枚、起動用ヒータ、熱電対、多層断熱構造、燃料が通るマイクロ流路を一体化し、約5×5×5 cm・100 g未満という小型化をすでに達成しています。このサイズでSOFCを600℃以上に高速で立ち上げ、発電まで実証できたことは、携帯型燃料電池として大きな到達点です。
一方で、実用化に向けては、発電性能をさらに向上させて高効率化を図ること、燃料供給機構を小型デバイスに統合すること、および電池マネジメントシステムを確立することが重要な課題として残されています。さらに、長時間の連続動作に耐える信頼性を確保するため、長期耐久性や安全性の検証を行う必要があります。
これらの課題を順次解決することで、リアクターのさらなる小型・軽量化や燃料供給機構との完全統合を進め、将来的にはエッジデバイスやオフグリッド環境で長時間自立稼働できる次世代発電システムとしての実用化を目指します。
付記
本研究は、東京科学大学、東京理科大学、太陽誘電、フタバ産業の4機関で実施しているものです。また、本研究では以下の助成を受けています。JSPS 科学研究費助成事業(科研費)基盤研究(B)(課題番号:23K26749)、NEDO「産学官連携若手研究者等育成事業」、ERCA「研究推進費(JPMEERF20233RL1)」。
参考文献
- Tsuchiya M., Lai B.–K., Ramanathan S. Scalable nanostructured membranes for solid-oxide fuel cells. Nature Nanotechnology 6, 282–286 (2011). 10.1038/nnano.2011.43
- 川村知栄,伊藤大悟,山岸新一,「積層コンデンサの材料技術を応用した全固体電池,燃料電池の開発」,The Micromeritics, No.68, pp.9–20(2025).
用語説明
- マイクロリアクター:内部に数百マイクロメートルから数ミリの微細流路(マイクロチャネル)を備えた小型の化学反応装置である。従来の反応器を大幅に小型化した構造を持ち、反応制御性・熱応答性・安全性に優れることが特徴である。
- カンチレバー構造:支持部材に一端のみ固定し、他端を固定しない構造のこと。一端のみ保持することで熱膨張などの応力が緩和されることで、セルの破壊などを防ぐことができる。
- 多層断熱構造(MLI: Multilayer Insulation):金属蒸着フィルムなどの薄い層を多数積層し、輻射熱を大幅に抑制することで高い断熱性能を発揮する構造である。
宇宙産業でも用いられる軽量・高性能な断熱技術であり、通常は真空断熱と組み合わせて利用される。 - 金属支持型セル(metal-supported SOFC cell):燃料電池の構造を金属基板で支持するタイプのSOFCセルであり、高い機械強度と耐熱衝撃性を備えることが特徴である。急速な温度変化にも強く、従来のセラミック支持型セルと比較して高速起動や小型化に適した構造である。
- エッジデバイス:取得したデータを現場で分析・判断する省電力型の電子機器である。通信量を抑えつつ低遅延で動作し、ネットワークが不安定な環境でも高い信頼性を発揮しながら動作する必要がある。
- オフグリッド:電力会社の送電網に依存せず、自前の電源のみで機器やシステムが稼働する形態である。燃料電池などの独自の発電機を利用することで遠隔地や災害時でも運用できる。
- MEMS(Micro Electro Mechanical Systems):「微小電気機械システム」を指す用語であり、半導体製造技術を用いて微細な機械構造やデバイスを作製する加工技術の総称である。薄膜形成やエッチングなどの工程により、数マイクロメートル精度の微小構造を実現できる。
論文情報
掲載誌
Microsystems & Nanoengineering
論文タイトル
A High-Thermal-Insulation and Portable Microreactor for Integrating Widely Used Planar-Type SOFC and Enabling Handheld Power Generation
著者
Bishnu Choudhary, Gia Ginella Carandang, Shinichi Yamagishi, Saki Tada, Chie Kawamura, Yasuko Yanagida, Tetsuya Yamada*
DOI
研究者プロフィール
- 山田 哲也(ヤマダ テツヤ) Tetsuya YAMADA
- 東京科学大学 未来産業技術研究所 助教
研究分野:固体酸化物形燃料電池(SOFC)、マイクロリアクター、エネルギーデバイス、材料工学 - 栁田 保子(ヤナギダ ヤスコ) Yasuko YANAGIDA
- 東京科学大学 未来産業技術研究所 教授
研究分野:バイオMEMS、細胞制御、口腔内センサ、海洋二酸化炭素センサ - 勝又 健一(カツマタ ケンイチ) Ken-ichi KATSUMATA
- 東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 教授
研究分野:無機工業材料(環境浄化、光触媒、ナノシート、抗菌材料)、セラミックス、触媒、ナノ構造 - 山岸 新一(ヤマギシ シンイチ)Shinichi YAMAGISHI
- 太陽誘電株式会社 開発研究所 材料開発部
研究分野:固体酸化物型燃料電池SOFC(材料、セル構造、プロセス構築)、セラミック電気化学デバイス - 井上 高志(イノウエ タカシ)Takashi INOUE
- フタバ産業株式会社 事業開発本部 CN事業開発部 CNエネルギー・テクノロジー・ラボ
研究分野:熱マネジメント、熱・流体の挙動解析、シミュレーションによる設計最適化
