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温度応答性ハイドロゲル相転移時の構造変化と電気特性の相関を新手法で解明
~「レオ・インピーダンス法」で、流れ・構造・電気応答を同時測定~
研究の要旨とポイント
- レオメーターという装置を用い、物質の変形や流動を評価するレオロジー測定と、電気化学インピーダンス測定を同時に行う新手法「レオ・インピーダンス法」で、温度応答性ハイドロゲルPNIPAMの相転移時の構造変化と電気特性の相関を解明しました。
- PNIPAMは収縮時に導電経路が再構築され、電気特性が変化することを確認しました。
- 温度や力で性質が変わる「応答性ゲル」や「柔軟センサー」の内部構造を、作動中に測定できるため、体温応答材料や⽣体センシング⽤デバイスなどのソフトマテリアル評価が可能になり、ドラッグデリバリーシステムなどの研究開発促進が期待されます。
研究の概要
東京理科大学大学院 創域理工学研究科 先端化学専攻の常木 美那氏(2025年度 修士課程1年)、同大学 創域理工学部 先端化学科の四反田 功准教授、株式会社アントンパール・ジャパンの高崎 祐一博士、宮本 圭介氏、山縣 義文博士(東京理科大学推進機構総合研究院 客員教授)、名古屋⼯業大学の高田 主岳教授らの共同研究グループは、「レオ・インピーダンス法」という新たな手法を用いて熱応答性をもつPNIPAMハイドロゲル(※1)について、相転移時の内部構造変化が電気化学的特性に与える影響を解明しました。
ソフトマテリアル(やわらかい材料)のひとつであるPNIPAMハイドロゲルは34℃近傍で水を含んで膨らんだ状態から急激に収縮した状態へ変化する性質を持った物質です。しかし、相転移時に材料内部でどのように構造変化が起き、その構造変化により電気伝導性にどのような影響があるかは十分にわかっていませんでした。
本研究では、新しく開発したレオ・インピーダンス法による解析がおこなわれました。レオメーターという装置を用い、物質の変形や流動を評価するレオロジー測定と、電気化学インピーダンス測定(※2)を同時に行うレオ・インピーダンスという手法は、四反田准教授らとアントンパール社が開発した独自の手法で、今回初めてPNIPAMゲルに適用されました。
測定の結果、PNIPAMが収縮するとき、相転移温度付近で明らかな導電性転移が確認されました。これは、ゲル収縮と導電経路の再構築に起因するものと考えられます。また、さまざまな温度でせん断ひずみ(※3)の大きさを変化させながらレオ・インピーダンス測定を行った実験から、せん断速度(ずり速度、※4)の変化に伴い、インピーダンスは非線形的な挙動を示しました。この結果は、せん断によってゲル構造が劣化して導電経路が変化し、ネットワーク再形成されたことを示唆しています。
本研究で開発したレオ・インピーダンス法は「流れ+構造+電気応答」の同時計測を可能にする手法であり、従来の粘度‧弾性測定だけでは捉えられなかった、相転移やせん断が引き起こすハイドロゲルの微細構造と性質の変化を定量的に計測することができました。⾷品や化粧品、医薬品など、ゲル状の製品は混ぜ⽅や温度で性質が変わることから品質評価が難しいという開発上の課題がありますが、レオ・インピーダンス法を用いることで、流したりかき混ぜたりしている最中の材料内部の状態を電気的に確認できます。そのため、将来的には、ドラッグデリバリーシステム(DDS)やアクチュエータなど、刺激応答性高分子システムの研究に強力なツールとなると期待されます。
本研究成果は、2025年11月12日に国際学術誌「Langmuir」にオンライン掲載されました。
研究の背景
近年、温度などの刺激に応答し、その性質を変化させるスマート材料が注目されています。PNIPAMハイドロゲル(ポリN-イソプロピルアクリルアミド)もそのひとつで、34℃近傍で収縮・膨潤する温度応答性ゲルです。この性質を利用して、バイオセンサやDDS、ソフトアクチュエータなどへの応用が期待されています。
しかし、相転移時の内部構造変化や、それが電気伝導性に与える影響は十分に理解されていませんでした。その背景には、従来の評価方法では、実際の使用環境下で想定される動的な挙動を十分にとらえることができなかったことがあり、新たな評価方法が求められていました。
本研究では、このPNIPAMハイドロゲルに対し、導電性材料や高濃度スラリーの内部構造変化を動的かつ非破壊的に観察できる新しい解析ツールとして注目される、レオ・インピーダンス法を適用し、同材料の相転移時における挙動と内部導電経路の変化を定量的に評価することを目指しました。
研究結果の詳細
本研究では、PNIPAMゲルを20℃から50℃まで加熱し、その後再び20℃まで冷却しながら、レオ・インピーダンス測定を行いました。測定の結果、加熱過程において35℃付近で新たな容量性半円(※5)がインピーダンススペクトル上に現れ、温度上昇とともに大きくなることが確認されました。
一方、冷却過程ではこの半円が徐々に小さくなり、30℃以下で消失しました。同時に測定した貯蔵弾性率と損失弾性率(※6)も、相転移温度付近で大きく変化しており、容量性半円が出現する、または消失する温度と体積相転移温度が一致することが明らかになりました。
これらの結果は、相転移に伴うゲルの収縮・膨潤とインピーダンス特性の変化が密接に関連していることを示しています。次に、相転移前後のゲル構造を詳しく調べるため、せん断力を加えながら小角X線散乱(SAXS)測定を行いました。その結果、相転移前はゲル内部に密度の揺らぎを持つネットワーク構造が形成されており、相転移後にはゲルの収縮によりランダムな二相系に似た不均一構造へと変化することが明らかになりました。
また、インピーダンススペクトルを等価回路モデル(※7)で解析しました。解析の結果、相転移後には、疎水性ドメイン(領域)内部にイオンや電子の導電経路が新たに構築され、この領域が選択的透過性を持つことで、酸性条件下でも内部のpHが中性に保たれることが示唆されました。
さらに、さまざまな大きさのせん断変形(1~20%)を加えながらインピーダンス測定を行い、ゲル内部の抵抗の変化を調べました。その結果、せん断変形が増加すると、抵抗は減少から増加、再び減少という非単調な変化を示すことが分かりました。
1~5%での変形では、せん断力により疎水性ドメインから電解質溶液が押し出され、電解質の割合が増加することでイオン導電経路が増え、抵抗が減少しました。5~10%では、さらに強いせん断力によりゲル内部から外部へ電解質が排出され、ゲル内の電解質量が減少して抵抗が増加しました。10~20%では、せん断力が疎水性ドメイン構造そのものを破壊し、ゲル内部に隙間が生じて導電経路が再構成されることで、再び抵抗が減少しました。
このようなせん断応力依存的な導電性の変化は、導電性分散系やゲル化系でも観察されており、流動履歴が導電経路のトポロジー(配置)に影響を与えることを示しています。
以上の結果から、レオ・インピーダンス法は、こうした動的な変化を定量的に理解するための有効な手法であることが実証されました。
今後の展望
レオ・インピーダンス法は、ソフトマテリアル全般の品質管理にも応用できます。例えば食品、化粧品、医薬品など、ゲル状製品の多くは「混ぜ方」や「温度」で性質が変わりますが、レオ・インピーダンス法を使えば製造中にリアルタイムで内部状態を確認でき、品質管理の向上が期待されます。また、せん断を与えたときのゲル内部の構造をリアルタイムに捉えられるため、DDSにおける薬剤放出挙動評価への応用が期待されます。
さらに、体温応答材料や生体センシング用デバイス、電池材料や環境浄化材料など、幅広い機能性材料の開発促進にも貢献することが期待されます。
四反田准教授は「本解析手法は、構造変化を電気信号で捉えることにより、従来の粘度・弾性測定だけでは捉えきれなかった"流れ+構造+電気応答"の三次元的な捉え方が可能になります。将来的にDDSやソフトアクチュエータ、刺激応答性高分子システムなどの挙動評価への貢献が期待されます」とコメントしています。
用語
※1 PNIPAMハイドロゲル
親水性部分と疎水性部分を持ち、低温では水と親和性が高く膨潤している。温度上昇により疎水性相互作用が強まり収縮する特性を持つ。
※2 電気化学インピーダンス
交流電圧を印加したときの電流応答から、材料の電気的特性(抵抗や容量)を調べる手法。
※3 せん断ひずみ
物体の断面をずらす力によって形状のゆがみが生じるときの変形量。
※4 せん断速度(ずり速度)
流体の層が互いにどれくらいの速さでずれるかを示す速度勾配。このせん断速度とせん断応力(流体などを流動させるのに必要な応力)で流体の粘度が求められる。
※5 容量性半円
インピーダンススペクトル上に現れる半円状のパターンで、材料内部の電荷蓄積(キャパシタンス)を示す。
※6 貯蔵弾性率と損失弾性率
貯蔵弾性率はG′、損失弾性率はG″で表される。材料の硬さ(弾性)と粘り(粘性)を表すレオロジー指標。
※7 等価回路モデル
材料の電気的特性を、抵抗やコンデンサなどの電気回路要素の組み合わせで表現したモデル。
論文情報
雑誌名
Langmuir
論文タイトル
Rheo-Impedance Measurements for the Evaluation of Thermoresponsive Polymer Gels
著者
Haruna Tsunegi, Master's 1st Year, Pure and Applied Chemistry, Faculty of Science and Technology, Yuichi Takasaki, Anton Paar Japan K. K., Yoshifumi Yamagata, Anton Paar Japan K. K. and Visiting Professor, Research Institute for Science and Technology, Keisuke Miyamoto, Anton Paar Japan K. K., Kazutake Takada, Professor, Nagoya Institute of Technology
