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2025.09.08 Mon UP

発展途上国はゼロエミッションを達成できるのか?
~持続的経済成長とゼロエミッションの両立可能性を検討~

研究の要旨とポイント

  • 発展途上国において、ゼロエミッション達成と持続的経済成長は両立可能であることが数理モデル分析で示されました。
  • 本研究は、より現実に即した数理モデルに基づいて分析し、ゼロセミッション達成までの課題と克服する方法についての示唆も得ることができました。具体的な政策提案につながる成果といえます。
  • ゼロエミッション達成のための世界規模での取り組みが必要となりますが、そのための理論的な基盤となる成果です。

研究の概要

東京理科大学経営学部ビジネスエコノミクス学科の野田英雄教授と同大学大学院経営学研究科経営学専攻の方鳳麒氏(博士後期課程3年)は、政府歳入の一定割合を対外援助に依存している発展途上国であっても、持続的経済成長とゼロエミッションの両立が可能であることを数理モデルに基づく数値シミュレーションによって立証しました。これは、国連の持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)のターゲット8.4「2030年までに、世界の消費と生産における資源効率を漸進的に改善させ、先進国主導の下、持続可能な消費と生産に関する10カ年計画枠組みに従い、経済成長と環境悪化の分断を図る」の理論的基盤となる成果です。

「ゼロエミッション」とは、生産活動から生じる汚染物質の純排出量(つくられた量から除去された量を差し引いた残りの量)を実質ゼロにすることを目指す取組みで、地球規模での重要な課題となっています。一方、経済的観点からは、国内総生産(GDP)の持続的な成長もマクロ経済政策上の重要な課題です。そのため、世界の国々は、ゼロエミッションと持続可能な経済成長を両立させることは可能かという問題に直面します。

野田教授らは、これまでの研究から、ゼロエミッションが実社会でも達成可能であることを数理モデル分析によって示しました(※1)。これは経済成長においてイノベーションの果たす役割を重視したモデルで、主に先進国に当てはまるものでした。

※1 「ゼロエミッション社会においても持続的な経済成長が可能 ~数理モデルが示す持続可能な社会構築へのヒント~」

一方、政府歳入の一定割合を対外援助に依存せざるを得ないような発展途上国に焦点をあて、ゼロエミッションと持続的経済成長の両立可能性を検討した理論的研究は存在せず、世界規模でのゼロエミッション達成についてはその可否を含め、詳細が不明瞭でした。

今回、方鳳麒氏と野田英雄教授の研究チームは、公共財モデルと混雑モデルの2種類の経済成⻑モデルによるシミュレーション分析の結果、ゼロエミッション政策と持続的経済成⻑は両立可能であることを確認しました。ただし、これらの両立のためには、対外援助を受け入れている途上国の1⼈あたりGDPの水準がある閾値を上回っていなければならないという条件があることも見出しました。

本研究で得られた分析結果は、政府歳入の一定割合を対外援助に依存している発展途上国がゼロエミッションの達成と持続可能な経済成長を目指すうえで有意義な知見を提供し、そのような途上国政府の長期的成長戦略の立案に資するものと言えます。本研究の成果は2025年8月6日に国際学術誌「The Singapore Economic Review」にオンライン掲載されました。

研究の背景

SDGsの目標は、ある特定の国や地域だけの目標ではなく、世界規模での達成が求められます。世界各国の達成状況を見ると、ヨーロッパ諸国などの先進国は上位である一方、政府歳入を対外援助に依存せざるを得ない発展途上国では達成度が低いのが現状です。

これは、SDGs全体だけでなく、産業に関わるCO2排出や廃棄物処理をゼロにする取組みであるゼロエミッションにおいても同様で、先進国と発展途上国ではその達成度にも違いがありました。

世界規模でのゼロエミッション達成には、発展途上国が具体的にどのようにすればゼロエミッションが達成できるのかを考えることが必須です。そのため、発展途上国にあわせた分析モデルが必要でしたが、今までそのような研究は存在せず、数理モデルも開発されていませんでした。

研究結果の詳細

本研究は、2021年に野田教授らが発表した先行研究(※1)をもとにしています。この研究では、「ゼロエミッションと持続的な経済成長は両立するのか」を検討しており、研究結果として両立は可能であることが示されています。ただし、この研究結果は経済成長の推進力がイノベーションであり、知識基盤経済が成熟した先進国を想定したものでした。

今回、イノベーションが経済成長のエンジンではなく、しかも「政府歳入の無視できない割合が政府開発援助に依存しているような発展途上国」であっても「ゼロエミッションと持続的な経済成長は達成可能か」を考えるにあたり、研究チームはまず2種類の経済成長モデルを検討しました。

ひとつは政府が提供する公共サービスがスムーズに、かつ広く提供されている状態である「公共財モデル」、もうひとつが公共財の利用者が増えるに従って提供が限定され、サービスの質も低下するようになる「混雑モデル」です。

私たちは現実社会では公共財モデルで仮定されるようなスムーズなサービス提供は少なく、混雑モデルであることを、身をもって知っています。特に、発展途上国ではこうした混雑モデルが多く見られ、分析にも用いることが重要です。

研究ではまず公共財モデルを用いてゼロエミッション達成の条件を理論的に分析しました。次に混雑モデルをもちいて同様の分析が行われました。さらに、両モデルの定性的な分析結果を比較・検討した上で、数値シミュレーションによって定量的な検証を試みました。

検証の結果、公共財モデルと比べ、混雑が起きるモデルでは経済全体の効率が下がり、一人あたりのGDP成長率も低くなります。また、経済全体の規模効果が混雑に起因して消失することが明らかになりました。それにより、公共財モデルよりもゼロセミッションの達成までに時間を要することが定量的に示されました。

ただし、ゼロエミッション政策の実行に際しては、当該国の1人あたりGDPがある閾値を超えていなければならないという条件があることも示されました。野田教授らは、この閾値を1人あたりGDPの観点でみた汚染削減の「キンダーガーテン‧ルール‧レベル」と名付けました。

さらに、公共財モデルの場合と混雑モデルの場合の両方で、GDPに占める援助額の比率が高くなるほど、環境汚染の軽減と公共サービスの提供に充てられる援助額の割合、または汚染軽減に充てられる割合が高くなるほど、1人当たりGDPがキンダーガーテン‧ルール‧レベルの汚染軽減水準に達するまでの時間が短縮されることも示されました。

さらに、このような政策の実施は、公共財モデルケースと混雑モデルケースにおける1人当たりGDPがキンダーガーテン‧ルール‧レベルの汚染軽減に達するまでの時間の差を縮小する可能性があることもわかりました。これらの結果を踏まえると、対外援助比率、環境汚染の軽減と公共サービスの提供に充てられる援助の結びつき比率、または汚染軽減活動に割り当てられる資金の割合を適切な水準まで引き上げることで、途上国における公共サービスの混雑によりゼロエミッション政策の実施が遅れる問題を部分的に解決できる可能性があるといえます。これは、政府向けの具体的な政策提言となる重要な知見です。

この研究成果により、ゼロエミッション達成のための世界規模での理論的な基盤構築がなされたといえます。

研究を主導した野田教授は「環境保全と経済成長の両立は困難であると考える発展途上国の人々に対し、本研究がそうした人々のマインドセットを変える契機になることを期待します」とコメントしています。

本研究は、日本学術振興会の科学研究費基盤研究(C)(20K01639)の一部助成を受けて実施したものです。

論文情報

雑誌名

The Singapore Economic Review

論文タイトル

Zero-emissions Policy and Sustainable Economic Growth in Developing
Countries Receiving Foreign Aid

著者

Fengoi Fang, Hideo Noda

DOI

10.1142/S0217590825500304

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