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官能基化ナノケージの高効率な合成法を開発
-機能性有機ホスト材料の開発に向けて-
東京科学大学
東京理科大学
ポイント
- テンプレートを利用することで、オリゴフェニレンケージという「分子の容れ物」を効率的に合成する手法を開発
- 組み上がったケージからテンプレートを取り除くことで、内部空間が官能基で修飾されたケージに導くことに成功
- 酸性・塩基性環境でも高い安定性を有する機能性有機ホスト材料への応用に期待
概要
東京科学大学(Science Tokyo)理学院 化学系の小野 公輔准教授と笹森 史豊大学院生(研究当時)、井澤 初音大学院生(博士課程)らの研究チームは、分子を取り込む空間を持つ安定な有機ケージを高効率で合成する手法を開発しました。
化学的に安定なフェニレン骨格(用語1)を有するケージ化合物(オリゴフェニレンケージ)は、過酷な状況下(例えば酸性/塩基性条件下)で利用できるホスト材料への応用が期待されます。しかし、従来の合成法では、ケージ骨格を構築する際に、多くの結合を同時に精密に形成する必要があり収率が低くなるという課題がありました。
研究チームは、テンプレート(鋳型、用語2)を利用することでケージを高効率で組み上げる手法を開発しました。まず3本のピラー(支柱部分)をテンプレートであらかじめ連結したケージ前駆体を用意し、それを上下のフロア(床面部分)と結合させることでケージ全体を構築しました。この合成には6か所の正確な結合形成が必要ですが、協同的な結合形成(用語3)により高い収率を実現できることを見出しました。最後に、組み上がったケージからテンプレートを除去することで、内部にOH基やNH2基などの官能基を導入したオリゴフェニレンケージを得ることに成功しました。本手法は、これまで未開拓であった、内部空間が修飾されたオリゴフェニレンケージの効率合成を可能とし、安定な機能性有機ホスト材料の新規創製への寄与が期待されます。
本研究成果は、小野 公輔准教授、笹森 史豊大学院生(修士課程、研究当時)、井澤 初音大学院生(博士後期課程)をはじめ、東京科学大学 理学院 化学系の政野 紫苑大学院生(博士後期課程)、後藤 敬教授、東京理科大学 理学研究科 化学専攻の馬場 浩希大学院生(研究当時)、白瀧 柳太朗大学院生(研究当時)、東京理科大学 理学部第一部 化学科の河合 英敏教授らによって行われ、米国化学会が出版する注目の学術雑誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版に6月25日付で掲載されました。

図 テンプレート法による内部官能基化オリゴフェニレンケージの合成
背景
ケージ化合物は、ホスト分子(内部に他の分子を取り込むことが可能な分子)として、その合成法や応用について盛んに研究が行われています。その中でもフェニレン骨格をはじめとする芳香環を骨格に持つケージ化合物は高い化学安定性を有している点で魅力的ですが、その合成は容易ではありません[参考文献1]。一般的には、ケージの半分の構造(ハーフケージ)を用意し、その二つの構造を連結することでケージを構築する手法が知られています(図1)。この過程は、ハーフケージ同士の複数か所の反応点を正確に連結することが求められ、もし1か所でも間違った結合が形成されると目的のケージ構造は形成されません。例えば、遠く離れた3か所での反応でのケージ形成を試みる場合、各反応は独立して進行し、望まない副生成物が生成します。その結果、ケージ骨格の合成段階は低収率に留まってしまいます。

図1 一般的な芳香環骨格を有するケージの構築方法
研究成果
本研究では、上下のフロア(ベンゼン環)3を3本のピラー2で連結したランタン型のオリゴフェニレンケージ1を設計しました(図2)。ナノメートルサイズの内部空間はピラーに導入した三つの官能基により修飾できます。

図2 三つのOH基もしくはNH2基で修飾されたオリゴフェニレンケージ1aと1b
本研究では、「テンプレート」を利用したケージの合成法を考案しました(図3)。まず、予め3本のピラー2をテンプレート4で連結し、ケージ前駆体5を用意します。この時、反応点(Bpin)が近接します。また、ピラーとテンプレートの連結にはケージ構築後に開裂可能な結合を用います。この前駆体5とフロア3を鈴木-宮浦カップリング(用語4)により連結させることでケージの構築を行います。この反応は6か所もの正確な結合形成が必要なため、一見無謀な反応に見えますが、トリブロモベンゼンが示す協同的な鈴木-宮浦カップリングが進行することにより、ケージ形成が可能であると考えました[参考文献2]。すなわち、まず1か所反応した中間体7が生じますが、この時再生したPd触媒は、未反応の3のBrよりも分子内(中間体7)のBrを優先して反応させ、中間体8が生成します。この協同的な結合形成により、分子間反応による副生成物の生成が抑制されます。生じた中間体8中の残った三つの反応点は、事前組織化(用語5)されており、続く3との反応が速やかに進行し、効率よくケージ6が構築するものと期待しました。最後にテンプレート4を除去すれば、目的の内部官能基化オリゴフェニレンケージ1が得られると考えました。

図3 テンプレートを利用した内部官能基化ケージ1の合成
まず、3分子のOH基を有するピラーをエーテル結合(用語6)を介してテンプレートで連結することで、ケージ前駆体5aを得ました。次に得られた5aに対し、フロア化合物3を2当量反応させたところ、6か所での結合形成が効率よく進行し、68%の収率でケージ6aを構築することができました(図4)。続いて三臭化ホウ素を作用させると定量的にテンプレートを除去でき、ケージ1aを93%の収率で単離することに成功しました。

図4 共有結合性テンプレートによるOH基で内部修飾されたケージ1aの合成
なお、参照実験として、テンプレートを用いない従来法による合成を行ったところ、ケージ1aの収率はわずか7%にとどまりました(図5)。テンプレート法では6か所と従来法の4か所よりも連結点が多いにも関わらず、収率が大きく向上しており、本テンプレート法の特長が表れた結果と言えます。

図5 テンプレートを用いない従来法によるケージ1aの合成
さらに、NH2基を三つ内部に有するケージ1bを、テンプレート含有ケージ6bからテンプレートを除去することで合成しました。テンプレート含有ケージ6bの構築反応を質量分析により追跡した結果、想定した反応機構(図6)でケージ骨格が効率よく構築されていることが確認されました。最後に、得られた内部官能基化ケージ1a、1bのホスト能を調査したところ、内部官能基とゲストの極性官能基の相互作用を利用することでゲストを包接できることが確かめられ、ホストとして機能することが明らかとなりました。

図6 質量分析により想定されるテンプレート含有ケージ6bの反応機構
社会的インパクト
本研究で効率的な合成が可能となったケージは、酸性、塩基性条件下でも高い化学安定性が期待され、また目的に応じて内部空間を修飾することができます。その利点を活かすことで、例えば既存の材料では難しい酸性や塩基性の環境汚染物質を吸着する材料の創製が期待できます。
今後の展開
本研究で開発した手法により、デザインしたテンプレートを利用することで、対象となるゲスト分子に合わせた種々の官能基で内部を修飾したケージの構築を目指します。高い化学安定性と高い修飾性を併せ持ったケージを利用した機能性有機ホスト材料への応用展開を目指します。
付記
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号:18K05093、24H00005)、および近藤記念財団(2018-2)などの支援により実施されました。
参考文献
[1] J. Li, Y. Yang, J. Yang, C. Huang, X. Zhu, Y. Wang, Coord. Chem. Rev., 2025, 523, 216260.
[2] C. F. R. A. C. Lima, M. A. L. Lima, J. R. M. Pinto, M. G. T. C. Ribeiro, A. M. S. Silva, L. M. N. B. F. Santos, Catalysts, 2023, 13, 928.
用語説明
- フェニレン骨格:ベンゼン環が連結された構造のこと。C-C結合からなる安定な骨格である。
- テンプレート:ケージの構成成分(ここではピラー)を連結しておく分子のこと。テンプレートで連結しておくことで反応点が近接し、続く結合形成が望みの位置で進行しやすくなる。ケージを組み上げた後は取り除くことで目的のケージが得られる。
- 協同的な結合形成:複数の結合形成が独立して進行するのではなく、連動して結合形成が起こること。ここでは、トリブロモベンゼンの一つのブロモ基が反応した後、分子内の別のブロモが他のトリブロモベンゼンのブロモ基よりも優先して反応することを示している。
- 鈴木-宮浦カップリング:ホウ素とハロゲンで修飾されたベンゼン環同士をPd触媒により、連結する反応のこと。例えば、ブロモベンゼンとフェニルボロン酸エステルからビフェニルを得る反応のこと。本反応を開発した鈴木章先生は2010年にノーベル賞を受賞している。
- 事前組織化:反応が進行しやすくなるように反応点が予め近接した状態に配置すること。
- エーテル結合:酸素原子に二つの炭化水素基が結合した結合のこと。三臭化ホウ素により開裂できる。
論文情報
掲載誌
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル
Covalent Template-Guided Synthesis of endo-Functionalized Oligophenylene Cages
著者
Kosuke Ono,* Fumito Sasamori,‡ Hatsune Izawa,‡ Hiroki Baba, Ryutaro Shirataki, Hidetoshi Kawai, Kei Goto
‡:S.F.とH.I.は同じ貢献度