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2025.06.02 Mon UP

目と脳を模倣した、色を識別する次世代光電子シナプス素子の開発
~省電力・自己給電型の次世代マシンビジョンシステムの実現へ~

研究の要旨とポイント

  • 外部電源を必要としない「自己発電型」の光電子シナプスを開発し、マシンビジョンシステムの省電力・高機能化を実現しました。
  • 2種類の色素増感型太陽電池を組み合わせ、可視光の波長に応じたシナプス的応答を実現しました。
  • 本デバイスを、次世代の演算手法である物理リザバーコンピューティングのリザバー層として応用し、色識別やパターン認識などの高精度な視覚処理が可能であることを実証しました。

研究の概要

東京理科大学 先進工学部 電子システム工学科の生野孝 准教授、同大学院 先進工学研究科 電子システム工学専攻 小松裕明氏(博士課程3年)、細田 乃梨花氏(2024年度修士課程修了)の研究グループは、色素増感型太陽電池(*1)を応用した新しい光電子デバイスの開発に成功しました。この素子は、人間の脳内に存在するシナプスを模倣した特性を示すもので、外部からの光刺激に応じて出力特性が過去の情報を保持しながら穏やかに変化するという特徴をもちます。さらにこのデバイスを、物理現象を計算資源として用いる物理リザバーコンピューティング(*2)のリザバー層として活用することで、入力される光の色の違いや、人間の動きの違いを分類できることを実証しました。この成果は、自動運転、監視システム、スマート農業などに不可欠な、次世代マシンビジョン技術の飛躍的な発展につながると期待されます。

従来のマシンビジョンシステムは、大量の視覚データをリアルタイムで処理する必要があるため、消費電力や処理速度に大きな制約がありました。一方、本研究で開発されたデバイスは、自己発電で動作する「自己給電型」であり、外部電源を必要とせずに光の情報を処理できます。さらに、1つの素子で複数の色を識別できる波長応答特性をもつ点も特徴です。

この成果は、例えば次世代EV自動運転機能を支える超低消費電力のAI視覚デバイスの実現や、センサーと演算機能が一体化したエッジAIシステムの構築に向けた大きな一歩となります。

本研究成果は、2025年5月12日に国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。

研究の背景

近年、自動運転やスマート農業、監視システムなどの分野では、カメラで得られた視覚情報をもとにリアルタイムで状況を判断・操作する「マシンビジョン技術」の高度化が求められています。従来のマシンビジョンシステムでは、撮像装置で取得した大量の画像データを一度メモリに蓄積し、プロセッサで処理・解析するという工程を経るため、高い消費電力やデータ転送負荷、応答速度の制約が問題となっていました。特に、末端のセンサー部(エッジデバイス)でのリアルタイム処理には限界がありました。

こうした課題を解決する手段として、人間の脳にあるシナプスのように、入力に対して記憶的に応答しながら信号処理を行う「人工シナプス」型デバイスが注目されています。なかでも、光刺激に応答して電気信号を生成する「光電子人工シナプス」は、視覚情報の取得とその場での処理を一体化できる次世代のセンサーデバイスとして期待されています。

しかし、既存の光電子シナプスは、外部電源が必要であることや、出力信号が弱く、色の識別性能も限定的であることなど、実用化に向けた技術的課題が残っていました。これらの課題に対し、本研究グループは色素増感型太陽電池をベースとした新しい光電子デバイスを開発することで、自己発電機能をもちながら色に応じた出力変化を実現しました。さらに、このデバイスの特性を活かし、光入力を時間変化として処理できる「物理リザバーコンピューティング」のリザバー層として応用することで、視覚情報の高速・省電力な分類が可能であることを実証しました。

研究の詳細

本研究では、従来のマシンビジョンシステムが抱える「高消費電力」「処理速度の制約」「エッジ処理の困難さ」といった課題を解決するために、色素増感型太陽電池を基盤とする光電子シナプスデバイスを開発しました。色素増感型太陽電池は、光の波長を選択的に吸収する色素分子と、電気的に応答する半導体材料を組み合わせることで、光エネルギーを電気エネルギーに変換する機能を持っています。一般的な光電子デバイスと異なり、色素増感型太陽電池は自己発電が可能で、外部電源を必要としないため、エッジデバイスでの利用に適しています。

さらに、色素増感型太陽電池は光強度だけでなく光の波長に対しても高い感度を示す特性を有しており、色識別能力に優れています。本研究ではこの性質に着目し、異なる波長領域に応答する二種類の色素(D131とSQ2)を用いた色素増感型太陽電池を組み合わせました。D131を用いたデバイスは450 nm付近(青色領域)で正の電圧応答を示し、SQ2を用いたデバイスは600 nm付近(赤色領域)で負の電圧応答を示します。これにより、青から赤までの可視光スペクトルに対し、連続的かつ波長依存性のある出力応答を実現しました。このような特性は、光の入力に対して時系列的な応答が得られる「シナプス的なふるまい」を示す点でも注目されます。

このデバイスの性能評価は、近年注目されている物理リザバーコンピューティングのフレームワークを用いて行われました。物理リザバーコンピューティングは、非線形性や履歴性などの物理現象を演算資源として利用し、入力信号を高次元空間にマッピングして処理する手法です。本研究では、入力にさまざまな波長の光パルスを与え、色素増感型太陽電池デバイスがリザバー層としてそれを処理し、最終的な分類・認識は単純な出力層(線形回帰やニューラルネットワーク)で行う構成としました。

この構成のもと、三つの代表的なタスクを実施しました。まず、光のON/OFFパターンを用いた符号認識タスクでは、最大6ビットの光パルスパターンを正しく分類可能であることが確認されました。次に、異なる波長の光による論理演算(AND、OR、XOR)をデバイス出力により実現しました。さらに、青・赤・緑の光応答特性を活用し、色の組み合わせで人間の動作(ジャンプなど)をコード化し分類するタスクに挑戦し、82%の精度で正確な識別が達成されました(図)。

以上の結果から、本研究で開発した色素増感型太陽電池ベースの光電子シナプスは、色識別能力と自己発電機能を兼ね備え、物理リザバーコンピューティングのリザバー層として機能することが明らかになりました。これは、次世代マシンビジョンの中核を担う超省電力・高機能なエッジAIシステムの実現に向けた重要な一歩となります。

目と脳を模倣した、色を識別する次世代光電子シナプス素子の開発~省電力・自己給電型の次世代マシンビジョンシステムの実現へ~
図.開発された光電子デバイスを物理リザーバー計算システムの一部として使用し、色分けされた人間の動きを分類するタスクを実行した結果。

今後の展望

本研究により、従来のマシンビジョンシステムが抱えていた「消費電力」「外部処理回路の必要性」「リアルタイム性に欠けるデータ処理性能」といった課題に対して、一つの解決策を提示することができました。色素増感型太陽電池を用いた光電子シナプスは、自己発電機能を備えた自律駆動型のデバイスであり、外部電源や複雑な補助回路を必要としません。さらに、デバイス内部で波長応答に基づいた時系列処理が可能であり、物理リザバーコンピューティングの枠組みによって、学習を伴う高次の分類処理を実現します。

このような機能を持つ小型デバイスの登場は、次世代マシンビジョンシステムの高度化を加速すると期待されます。特に、人間の視覚に近い高分解能な色識別機能を活かした応用が見込まれます。たとえば、自動運転車両における周辺環境の即時認識、省電力で動作するウェアラブル生体センシングデバイス、小型の認識モジュールを組み込んだロボティクスシステムなどが想定されます。

さらに、本研究で開発されたデバイスは、マシンビジョンにとどまらず、次世代コンピューティング技術として注目されている物理リザバーコンピューティングのリザバー層そのものとしても機能することから、高い汎用性を持ちます。色素による波長選択性と、時間的応答特性を融合させることで、高分解能な色識別と論理演算を同時に実行可能であることも本デバイスの大きな特徴であり、将来的に比較認識を含む低消費電力型AIシステムの中核技術としての応用が期待されます。

※本研究は、JST科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業(JPMJFS2144)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2151)からの一部支援を受けて実施したものです。

用語

*1

色素増感太陽電池
光を吸収する材料を主に用いて、光エネルギーを電気エネルギーに変換する太陽電池。色素の色を調整することでどの波長に反応するかをコントロールできる。

*2

物理リザバーコンピューティング
物理法則や自然現象を通じて計算処理をおこなう次世代コンピューティングのひとつ。例えば、水に投げ入れた石が入力信号、波紋の干渉がリザバー、波紋を通じて得た出力を読み出す際にAI学習モデルを行い、結果を出力する。

論文情報

雑誌名

Scientific Reports

論文タイトル

Polarity-Tunable Dye-Sensitized Optoelectronic Artificial Synapses for Physical Reservoir Computing-based Machine Vision

著者

Hiroaki Komatsu, Norika Hosoda, and Takashi Ikuno

DOI

10.1038/s41598-025-00693-0

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