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2024.01.22 Mon UP

物体内部の小さな異物を非破壊かつ高精度に可視化する技術を開発
~数学的手法と機械学習を組み合わせて、飛躍的な分解能の向上を実現~

東京理科大学
立命館大学

研究の要旨とポイント

  • 電気インピーダンス・トモグラフィ(EIT)法では、材料内部の状態を非破壊で測定できますが、分解能や測定精度の低さが課題として残されていました。
  • 数学的手法と機械学習を組み合わせた新たな手法(AND法)を開発し、従来の手法よりも正確に物体内部の異物を捕捉できることを明らかにしました。
  • 実際のサンプルを使った実験結果から、本手法がセメント材料に適用できることを実証しました。
  • 本研究をさらに発展させることで、既存の非破壊分析における分解能や精度の向上や新たな分析技術の確立が期待されます。

研究の概要

東京理科大学先進工学部電子システム工学科の生野孝准教授、同大学大学院先進工学研究科電子システム工学専攻の皆川敬哉氏(2023年度修士課程1年)、太田慧吾氏(2023年度修士課程2年)、小松裕明氏(2023年度博士課程1年)、立命館大学理工学部建築都市デザイン学科の福山智子准教授の研究グループは、電気インピーダンス・トモグラフィ(EIT: Electrical Impedance Tomography, *1)において、数学的手法と機械学習を組み合わせた画像処理法を開発し、得られる導電率マッピングの空間分解能を飛躍的に向上させることに成功しました。

材料内部の状態を非破壊で分析することができるEIT法は、建築物や構造物への応用が期待されています。実際の建築材への適用例としては、コンクリートやプラスチック板などに含まれる異物の可視化、セメント系材料中の水分分布の可視化などが挙げられます。EIT法で材料内部を分析する手法は、既存の分析手法と比較して、大規模な装置が不必要でコストが低い、放射線などを用いないため安全性が高いなどのメリットがありますが、検出分解能が低いという大きな課題がありました。そこで本研究グループは、検出分解能の向上を目的とし、従来の数学的解析法と機械学習を組み合わせた新たな手法(AND法)を開発し、その妥当性の評価を行いました。

本研究では、機械学習による画像化と論理演算による画像処理を組み合わせることで、従来法よりも導電率マッピングの空間分解能が向上することを明らかにしました。また、実際の実験サンプルから得られた電位データを使用することにより、本手法がセメント系材料にも適用できると同時に、優れた分解能を示すことを実証しました。さらに、基材に対して小さな異物が含まれる場合、他の手法よりも明確に異物を捕捉できることを明らかにしました。本研究をさらに発展させることで、建築物の内部状態を非破壊で簡便かつ精度よく検査するなど、既存の分析技術の飛躍的な向上が期待されます。

本研究成果は、2024年1月12日に国際学術誌「AIP Advances」にオンライン掲載されました。

研究の背景

高度経済成長期に建造された既設構造物の劣化が社会問題化しており、非破壊かつ高精度な劣化分析手法の開発が求められています。

電気インピーダンス・トモグラフィ(EIT)とは、非破壊で物質内部を可視化できる断層撮影技術です。測定対象表面に取り付けた複数の電極に微弱な電流を流し、得られた電極間の電位データから導電率や電気抵抗を推定することで、物質の内部状態を画像化することができます。EIT法では、大きな磁石や放射線を必要としないため、他の断層撮影装置よりも重量やサイズが小さく、コストが低いなどのメリットがあります。そのため、生体内のモニタリングなど医療分野をはじめとしたさまざまな分野で利用されています。

EIT法は非破壊で対象の内部状態を把握することができるので、建築物の劣化分析や非破壊構造ヘルスモニタリング(*2)への応用が期待されています。しかしながら、EIT法において、数学的な処理を経て得られる空間的な導電率分布は、その原理上、必然的にある程度の不正確さを持っているため、分解能の向上という面で限界がありました。近年、この課題を解決するために、機械学習をベースとしたEIT法により、導電率分布の空間分解能を改善する方法が開発されました。しかしながら、未知のデータや特徴量の少ないデータを正確に処理することが困難であるという課題が残されていました。

そこで本研究グループは、EIT法の空間分解能を向上させるために、機械学習による画像化と論理演算による画像処理を組み合わせた新たな処理法(AND法)を開発しました。通常、機械学習は、学習データと大きく異なる新規性の高いデータや特徴の少ないデータを正確に判定することが難しいという問題がありましたが、AND法では数学的手法を用いて再構成した画像を組み合わせることで、この問題を解決しようと試みました。そして、従来の手法と新たに開発した手法との比較解析を、計算と実験の両方の電位データを用いて行い、その妥当性の評価を行いました。

研究結果の詳細

はじめに、測定対象として、円形の異物が埋め込まれた円形の基材の表面に16個の電極を配置したモデルを考案しました。このモデルでは、任意の隣接する電極間に電流を注入すると、電流を注入したペアを除くすべての隣接電極間の電位差を測定することができます。シミュレーションモデルには、直径89.5 mmの基材に、2~30 mmの導電性異物を埋め込んだものを使用しました。基材の導電率は0.1 S/m、異物の導電率は109 S/mに設定しました。また、実験データの取得に使用したセメントサンプルについては、内径95.5 mm、高さ40 mmの円筒形アクリル容器にセメントペーストを流し込み、異物(炭素鋼: S50C)を埋め込んで作製しました。

物体内部の小さな異物を非破壊かつ高精度に可視化する技術を開発~数学的手法と機械学習を組み合わせて、飛躍的な分解能の向上を実現~
図. 本研究で用いた16個の基盤を配置したモデル(左)と、従来の手法および本手法で再構築した異物の位置とサイズの画像(右)。従来法よりも正確に内部状態が画像化されている。

次に、シミュレーションによって得られた理想的な電位データとセメントサンプルから得られた実験的な電位データを利用して、導電率マッピングを作成しました。その際、逆問題(*3)解決のための数学的手法である反復ガウス・ニュートン(IGN, *4)法と、機械学習法である1次元畳み込みニューラルネットワーク(1D-CNN, *5)法、さらにそれらを組み合わせた新たな手法(AND法)という異なる3つの解法を使用し、得られた結果の比較・検討を行いました。なお、結果の検討に際しては、さまざまなサイズに適用な可能な新たな評価指標を考案し、これを使用しました。

シミュレーションから得られた電位データを利用した場合、IGN法では、異物のサイズが小さくなるにつれて、導電率のマッピング画像がモデルと大きく異なることがわかりました。一方で、AND法や1D-CNN法は、IGN法よりも正確に異物の位置とサイズを画像化できることが明らかとなりました。セメントサンプルを用いて得られた電位データを利用した場合でも、シミュレーションの結果と同様に、1D-CNN法とAND法では、IGN手法よりも異物の位置とサイズをより正確に捉えられることが実証されました。一方で1D-CNN法では、基材に対して異物サイズが非常に小さい場合、異物の無い領域でわずかな靄が観察されました。そのため、異物のサイズが非常に小さい場合は、AND法の方が1D-CNN法よりも正確に内部状態を画像化できることが示唆されました。

本研究を主導した生野准教授は「EIT法はコンパクトで低コストというメリットがありますが、一方で内部構造の検出分解能が低いという課題がありました。今回、私の研究テーマの1つである複雑系材料における電子輸送が建築部材にも適用できるのではと考え、本研究の着想に至りました。本手法はまだいくつかの課題が残されていますが、今後、建築物の崩壊を未然に防ぐための重要な検出技術につながっていくことが期待されます」と、研究の成果についてコメントしています。

※本研究は、旭硝子財団の助成を受けて実施されました。

用語

*1 電気インピーダンス・トモグラフィ(EIT: Electrical Impedance Tomography)
対象物に電流を注入したときに生じる表面電位データから対象物の内部構造を可視化するトモグラフィ法。

*2 非破壊構造ヘルスモニタリング(SHM: Structural Health Monitoring)
建築物や構造物の状態や安全性を定期的に評価する手法。測定対象に損傷を与えないよう、非破壊の検査方法が用いられる。

*3 逆問題
入力(原因)から出力(結果)を求める問題を順問題と呼ぶのに対し、出力(結果)から入力(入力)を求める問題のこと。

*4 反復ガウス・ニュートン(IGN)法
非線形最小二乗問題を解くためのアルゴリズムの1種。

*5 1次元畳み込みニューラルネットワーク(1D-CNN)法
畳み込み演算を使用して、1次元データを処理するために設計された機械学習の1種。

論文情報

雑誌名

AIP Advances

論文タイトル

A hybrid of iterative Gauss-Newton and one-dimensional convolutional neural network for high-resolution electrical impedance tomography

著者

Keiya Minakawa, Keigo Ohta, Hiroaki Komatsu, Tomoko Fukuyama, and Takashi Ikuno

DOI

10.1063/5.0185371

発表者

皆川敬哉
東京理科大学大学院 先進工学研究科 電子システム工学専攻 2023年度 修士課程1年<筆頭著者>
太田慧吾
東京理科大学大学院 先進工学研究科 電子システム工学専攻 2023年度 修士課程2年
小松裕明
東京理科大学大学院 先進工学研究科 電子システム工学専攻 2023年度 博士課程1年
福山智子
立命館大学 理工学部 建築都市デザイン学科 准教授
生野孝
東京理科大学 先進工学部 電子システム工学科 准教授 <責任著者>

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