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2023.10.10 Tue UP

陽電子入射によって結晶表面から分子イオンが放出されることを初めて観測
~陽電子を用いた新奇イオン・分子生成に道~

研究の要旨とポイント

  • 電子を固体表面に入射したときに、電子励起やイオン化を経由して起こる粒子の脱離は、表面科学の基礎的現象として古くから研究されてきました。
  • 今回、フッ化リチウム結晶に電子の代わりに陽電子を入射すると、表面からフッ素分子正イオンやフッ化水素分子正イオンが飛び出すことを初めて観測しました。
  • 得られた結果は、陽電子を入射した場合には電子を入射しても起こらない新たな化学結合が起こることを示しており、新奇イオン・分子生成に道を拓く成果といえます。

研究の概要

東京理科大学理学部第二部物理学科の長嶋泰之教授、立花隆行元助教(現立教大学理学部物理学科)、星大樹氏(2017年度理学研究科物理学専攻修士課程修了)は、陽電子(*1)をフッ化リチウム結晶表面に入射すると、フッ素分子正イオン(F2+)やフッ化水素分子正イオン(FH+)が放出する現象を発見しました。

フッ化リチウム結晶表面に電子ビームを入射すると、表面を構成する原子が単原子正イオンとして飛び出すことは古くから知られてきました。今回、電子ビームの代わりに陽電子を入射すると、表面を構成する複数個の原子からなる分子が正イオンとして飛び出す現象を初めて観測しました。

今回の成果は、未だ解明されていない陽電子と固体表面の相互作用の理解につながるだけでなく、今後、この手法を発展させることで、新奇分子及び分子イオンの生成への道が拓けると期待されます。

本成果は米国の科学雑誌「Physical Review Letters」オンライン版に10月3日付で掲載されました。

研究の背景

フッ化リチウム(LiF)結晶に電子を入射して表面を構成する原子の内殻電子(*2)をイオン化すると、表面を構成する原子が正イオンとして飛び出します。これは、原子の内殻に正孔(*3)が生じてエネルギー的に不安定となり、原子内で大きな電荷の移動が起こり、この過程で表面の原子が正にイオン化して周辺の正イオンから押し出されると解釈されています。このとき表面から飛びだすのは主として表面を構成している原子の正イオンであり、分子イオンが効率よく飛び出す現象はこれまで観測されたことはありませんでした。

今回、電子の代わりに、電子の反粒子である陽電子をLiF結晶に入射したときに放出する正イオンの検出をおこないました。陽電子は、原子物理学、素粒子物理学、物性物理学、材料工学、医療診断などの幅広い分野で用いられており、固体や半導体中の格子欠陥の検出や固体最表面の構造解析で威力を発揮することが知られています。しかし一方で、陽電子の入射によって物質やその表面に付与される影響や効果に関しては、ほとんど理解が進んでいません。そこで、入射した陽電子に誘起されるLiF結晶表面上のダイナミクスを、正イオンの放出現象の観測から調べました。

研究結果の詳細

長嶋教授らのグループは、500eVのエネルギーを持つ陽電子をLiF(110)面に入射すると、表面上からフッ素分子正イオン(F2+)やフッ化水素正イオン(FH+)が飛び出すことを明らかにしました(図1)。これらのイオンを構成するフッ素Fは元々フッ化リチウム結晶中にあったもので、水素Hは、LiFには含まれていませんが、装置中の残留ガスの中に含まれる微量の水素が表面に吸着したものです。

この現象は、次のように解釈できます。固体に陽電子を入射すると、陽電子はエネルギーを失った後に、一部は表面に戻ってきます。フッ化リチウム結晶の場合は、表面に戻った陽電子が結晶表面を構成するフッ素負イオンを引きつけて結合状態F-e+F-を形成することもあると考えられます。そうすると陽電子はF-イオン中の電子と対消滅(*4)しますが、その電子が内殻電子の場合はオージェ電子と呼ばれる電子が放出され、その結果電荷が入れ替わって正のF2+となって、周囲のリチウム正イオンLi-との反発で結晶から押し出されることになります(図2)。

この手法を様々な結晶に利用すれば、表面から結晶の種類に応じた分子イオンが脱離する可能性があります。この手法は、新たな機能性材料の生成などに利用できるようになると期待されます。

陽電子入射によって結晶表面から分子イオンが放出されることを初めて観測~陽電子を用いた新奇イオン・分子生成に道~
図1 フッ化リチウム結晶表面から放出される正イオンの飛行時間スペクトル。横軸は、試料表面から放出した正イオンが検出器に到達するまでの時間を、縦軸は信号のカウント数を表す。検出器に到達する時間は粒子の重さに依存するため、このスペクトルを測定することでどのようなイオンが飛び出すかがわかる。(a)は電子を入射した場合、(b)は陽電子を入射した場合。電子を入射するとH+、Li+、F+といった単原子正イオンが放出されるのに対し、陽電子を入射するとFH+やF2+といった分子正イオンが放出されることがわかる。
陽電子入射によって結晶表面から分子イオンが放出されることを初めて観測~陽電子を用いた新奇イオン・分子生成に道~
図2 フッ素分子正イオン(F2+)が放出されるメカニズム。(a) 入射された陽電子の一部は表面に戻り、(b) フッ化リチウム結晶を構成するフッ素負イオン(F-)を引きつけて結合状態F-e+F-を形成する。(c) 陽電子はF-イオン中の電子と対消滅するが、その電子が内殻電子の場合はオージェ電子と呼ばれる電子が放出され、その結果電荷が入れ替わって正のF2+となって、周囲のリチウム正イオン(Li+)との反発で結晶から押し出される。

用語

*1 陽電子
電子の反粒子。電子と等しい質量をもち、電荷は正で電子の電荷の絶対値に等しい。放射性同位元素のβ崩壊や高エネルギーγ線からの対生成で得られる。電子と出会うと対消滅して主に2本のγ線になる。

*2 内核電子
原子核の周りの原子で、価電子より内側に存在する電子のこと。

*3 正孔
電子が抜けた孔のこと。

*4 対消滅
粒子と反粒子(本文では電子と陽電子)が衝突し、消滅してγ線となること。

論文情報

雑誌名

Physical Review Letters

論文タイトル

Molecular ion desorption from LiF(110) surfaces by positron annihilation

著者

T. Tachibana, D. Hoshi, and Y. Nagashima

DOI

10.1103/PhysRevLett.131.143201

その他

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