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2023.07.27 Thu UP

Fe³⁺を選択的に吸着するAgクラスター連結構造体の創製に成功
~高感度のセンシング材料として応用可能~

研究の要旨とポイント

  • Agクラスターアセンブリー材料(SCAMs)は、分子レベルの構造設計が可能で、ユニークな光物理特性を持つ新しい発光材料です。
  • 本研究では、さまざまな溶媒中でも安定的に存在できる新たなSCAMの合成に成功しました。
  • 今回合成したSCAMが水溶液中で強い発光を示すこと、SCAM表面にFe3+を吸着すると消光することを見出しました。
  • 本研究をさらに発展させることで、SCAMを利用した環境分析や環境モニタリングへの応用が期待されます。

研究の概要

東京理科大学理学部第一部応用化学科の根岸雄一教授、同大学研究推進機構総合研究院のSaikat Das助教、同大学理学研究科化学専攻の修士課程1年の酒井仁氏らの研究グループは、従来とは異なる連結構造を有する2つの銀クラスター連結構造体(SCAM)、TUS1とTUS2の合成に成功しました。また、合成したTUS1とTUS2がさまざまな溶媒中でも安定的に存在できることを確認しました。さらに、これらの水溶液が他の金属イオンの干渉を受けず、Fe3+を選択的に吸着して消光する性質を有することを見出しました。

SCAMは、有機配位子によって連結された複数のAgクラスター(Ag原子の集合体)が3次元的に安定化した構造を形成しています。有機配位子を変化させることによりさまざまな連結様式が可能で、構造体の形や大きさなどを制御することができます。また、ユニークな光特性を示すことも知られており、センシング材料としての応用が期待されています。しかしながら、応用するにあたって、溶媒中での安定性が低いことが課題となっていました。そこで本研究グループは、クラスター合成の豊富な経験を活かし、さまざまな溶媒中でも安定的に存在できる新たなSCAMの合成に挑戦しました。

本研究では、新たにTUS1[Ag12(StBu)6(CF3COO)6(TPEPE)6]n(TPEPE=1,1,2,2-tetrakis(4-(pyridin-4-ylethynyl)phenyl)ethene),TUS2[Ag12(StBu)6(CF3COO)6(TPVPE)6]n(TPVPE=1,1,2,2-tetrakis(4-((E)-2-(pyridin-4-yl)vinyl)phenyl)ethene)という2つのSCAMの合成に成功しました(図1)。いずれも3次元的な層状構造を形成しており、トルエンや水などさまざまな溶媒中でも安定的に存在できることが確認できました。また、水溶液中では500~600nmで発光し、Fe3+の存在下ではSCAM表面にFe3+が吸着して消光することを見出しました。この消光する性質は他の金属イオンによる干渉を受けないので、SCAMを用いたFe3+の定量法の確立につながり、将来的には、センシング材料や環境分析への応用が期待されます。

本研究成果は、2023年6月26日に国際学術誌「Nanoscale」にオンライン掲載されました。

Fe3+を選択的に吸着するAgクラスター連結構造体の創製に成功~高感度のセンシング材料として応用可能~
図1.本研究で合成に成功したTUS1(左)とTUS2(右)の3次元構造モデル。新たな連結構造を有する。

研究の背景

2000年以降のナノテクノロジー分野においては、原子・分子から物質を組み立てるボトムアップ法が注目を集めてきました。この方法ではナノ粒子やクラスターなどの小さなサイズ領域の物質を形成することができるので、大きな物質から加工するトップダウン法と比べて、省資源、省エネルギー、廃棄物軽減、環境負荷軽減などが期待できます。近年、ボトムアップ法を利用したナノ物質創製に関する研究が増加したことにより、新たな合成法や化合物が数多く生み出され、触媒やセンサ、塗料をはじめとしたさまざまな材料の性能が大きく向上しました。しかし、この方法で合成された化合物によって従来化合物が置き換えられた例はそれほど多くはありません。その背景には、各化合物をデバイスや材料として応用可能なサイズ領域まで連結させる技術が確立されていないという課題があります。これが実現できれば、資源、エネルギー、環境問題の課題を解決しつつ、現在よりも高度なデバイスや材料の提供が期待できます。

本研究グループは、従来さまざまなクラスターをボトムアップ的に合成し、それらの構造や物性を数多く明らかにしてきました(*1)。今回Agクラスターの連結構造体であるSCAMに焦点を当て、さまざまな溶媒中でも安定的に存在できるSCAMの創製を目的として研究を進めました。そして、表面に導入する有機配位子を種々検討することで、新たな連結構造を有するTUS1[Ag12(StBu)6(CF3COO)6(TPEPE)6]nとTUS2[Ag12(StBu)6(CF3COO)6(TPVPE)6]nの創製を行い、溶媒に対する安定性と発光特性について評価しました。

(*1): 東京理科大学プレスリリース
『ハロゲン架橋されたAg超原子分子の合成とその形成要因の解明に成功~新たな物性や機能を持つ物質を設計するための指針~』

研究結果の詳細

はじめに、アセトニトリルとエタノールの混合溶媒に[AgStBu]nを分散した溶液にトリフルオロ酢酸銀CF3COOAgを加えて撹拌した後、各有機配位子を添加することでTUS1([Ag12(StBu)6(CF3COO)6(TPEPE)6]n)とTUS2([Ag12(StBu)6(CF3COO)6(TPVPE)6]n)を合成しました。各反応溶液を暗所に約1日放置すると有機相界面付近の結晶管壁面に結晶が生成し、TUS1では黄色の棒状結晶、TUS2では黄色のブロック状結晶を得ることができました。単結晶X線回折解析により、どちらも三方晶系、空間群R3cという類似した結晶構造を形成していることがわかりました。TPEPEとTPVPEで、有機配位子の構造に明確な違いはあるものの、2つのSCAMが類似した結晶構造を形成している点は非常に興味深い現象です。

次に、合成したSCAMの溶媒に対する安定性や光化学特性について評価しました。TUS1とTUS2はいずれの溶媒(トルエン、1,4-ジオキサン、クロロホルム、アセトン、水)に対しても、優れた安定性を示すことが確認できました。また、水溶液中のTUS1、TUS2はそれぞれ530nm、561nmで極大発光を示すことがわかりました。量子収率と平均発光寿命については、TUS1で3.1%,2.75ns、TUS2で9.7%,2.33nsでした。これらの違いは、Ag12クラスターをつなぐ有機配位子の構造の違いに起因していると考えられます。他の溶媒に浸してもそれぞれの発光特性に変化が見られなかったことから、さまざまな溶媒に対しても適用可能であることが示唆されました。

最後に、水溶液中の金属イオンに対する挙動を詳しく調査しました。その結果、どちらの水溶液も中性領域でFe3+によって消光することがわかりました。Fe3+濃度を0.2nMから10μMまで徐々に増加すると、TUS1とTUS2の発光強度がそれに伴って減少したため、Fe3+濃度と消光の程度に強い相関があることが示唆されました。

Fe3+の検出下限値についてはTUS1で0.05nML-1、TUS2で0.86nML-1という結果が得られ(図2)、TUS1の方がTUS2よりも検出感度が高いことがわかりました。Fe3+以外の金属イオン(K+、Na+、Ni2+、Cu2+、La3+、Cr3+)に対しては消光を示さず、これらの金属イオンの干渉がFe3+の検出下限に変化を及ぼすことはありませんでした。

以上の結果から、2つのSCAM水溶液はFe3+に対して優れた選択性を有することが示唆されました。本研究グループは実際の水道水および河川水サンプルを用いたテストも行い、サンプル中のFe3+を高感度で検出できることも確認しました。

本研究を主導した根岸教授は「本研究では金属クラスターの連結技術の確立に取り組みました。さまざまな様式で銀クラスターを連結できるようになると、多種多様な性質を有する材料をボトムアップ的に創製できるようになります。このような技術をさらに発展できれば、各材料やデバイスをより小さなサイズで作製できるようになり、材料や機器の高機能化が期待されます。今後は、連結構造体の電気伝導性や磁性などについても研究を進めていく予定です」と、さらなる研究に向けた意気込みを語っています。

Fe3+を選択的に吸着するAgクラスター連結構造体の創製に成功~高感度のセンシング材料として応用可能~
図2.水溶液中でのTUS2の金属イオンの検出能力。Fe3+の検出下限値はTUS1で0.05nML-1であったのに対し、TUS2では0.86nML-1という結果が得られた。

※本研究は、日本学術振興会の科研費基盤研究(A)(23H00289)、基盤研究(B)(20H02698)、挑戦的研究(萌芽)(22K19012)、東京理科大学重点課題特別研究推進費、矢崎科学技術振興記念財団、小笠原敏晶記念財団の助成を受けて実施されました。

論文情報

雑誌名

Nanoscale

論文タイトル

Synthesis and luminescence properties of two silver cluster-assembled materials for selective Fe3+ sensing

著者

Jin Sakai, Sourav Biswas, Tsukasa Irie, Haruna Mabuchi, Taishu Sekine, Yoshiki Niihori, Saikat Das and Yuichi Negishi

DOI

10.1039/d3nr01920a

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