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2023.06.06 Tue UP

逆転の発想で、無駄なく目的のキラル化合物だけを増やして回収する
~キラル化合物を高収率で選択的に合成する新たなリサイクルフォトリアクターを開発~

研究の要旨とポイント

  • 光ラセミ化反応を利用して、キラルなスルホキシドの一方のエナンチオマー(※1)を高収率かつ高光学純度で得られる「リサイクルフォトリアクター」を開発しました。
  • 不要なエナンチオマーをあえて一度ラセミ化(※2)することで、目的のエナンチオマーの量を増やすことができるので、無駄がありません。
  • 本研究成果を応用することで、キラル化合物を高純度かつ効率的に合成できるので、医薬品開発などへの貢献が期待されます。

逆転の発想で、無駄なく目的のキラル化合物だけを増やして回収する~キラル化合物を高収率で選択的に合成する新たなリサイクルフォトリアクターを開発~

東京理科大学薬学部薬学科の高橋秀依教授、同大学薬学研究科薬学専攻の斗沢紅美氏(2022年度修士課程修了)らの研究グループは、光ラセミ化反応によりキラルなスルホキシドをラセミ化した後、目的のエナンチオマーのみを高収率・高光学純度で回収できる「リサイクルフォトリアクター」を開発しました。また、このシステムを使って複数のキラルなアルキルアリールスルホキシドを合成することに成功しました。

キラルなスルホキシドは、医薬品や有機合成において重要な化合物です。一般的に、その合成には光学分割や不斉触媒などを利用する方法がありますが、片方のエナンチオマーが無駄になる、非効率的で高いコストが必要となるなど、課題が多く残されていました。本研究グループはこの課題を解決すべく、キラルなスルホキシドの光ラセミ化反応を利用して、不要な方のエナンチオマーから目的のエナンチオマーを作り出し、回収するという一見パラドキシカルなアイデアを発案しました。このアイデアの実現を目指し、リサイクルHPLCの流路に光反応部を組み込んだ「リサイクルフォトリアクター」の開発を行いました。

今回開発したリサイクルフォトリアクターは、樹脂に固定した光増感剤(2,4,6-トリフェニルピリリウム)を用いた迅速な光ラセミ化と、キラルHPLCによるエナンチオマーの分離から構成されています。このサイクルを4-6回繰り返し行うことで、目的のキラルなスルホキシドを高収率、高光学純度で得ることができます。本システムはキラル成分を全く必要としないため、簡便かつ低コストでキラル化合物を得られる可能性を秘めています。本研究をさらに発展させることで、医薬品をはじめとした有機化合物の低コスト化や安定供給につながることが期待されます。

本研究の成果は、2023年5月8日に国際学術誌「Journal of Organic Chemistry」にオンライン掲載されました。

研究の背景

抗潰瘍薬として知られるエソメプラゾールやデクスランソプラゾールに代表されるように、キラルなスルホキシドを有する医薬品は数多く市販されています。生体はキラル(鏡像)な関係にある2つのエナンチオマーを厳密に認識するため、片方のエナンチオマーのみを効率的に得る必要があります。従来は、光学分割法や不斉反応により目的の化合物を合成していましたが、他方のエナンチオマーが無駄になる、高価なキラル源が必要となるなど課題が山積していました。

キラルなスルホキシドは熱に対しては安定ですが、光に対しては安定性が低く、特定の波長の光を照射することですぐにラセミ化するという興味深い特徴を有しています。本研究グループは過去にキラルなスルホキシドが光増感剤下での光照射により迅速に光ラセミ化することを報告しています(*1)。

本研究グループは、キラルなスルホキシドをあえてラセミ化することで、目的のエナンチオマーの合成が可能になるという逆転の発想により、本研究の着想に至りました。そして、キラルHPLC上で高速な光ラセミ化反応を実行できるリサイクルフォトリアクターの開発を目指して、研究を進めてきました。

(*1): 東京理科大学プレスリリース
『キラルなスルホキシドの新規合成法を開発 ~薬効の高い光学活性医薬品や機能材料製造に新たな光~』

研究結果の詳細

今回開発したリサイクルフォトリアクターは、主に以下の2つの工程から構成されています。

  1. キラルHPLCにより、目的とするエナンチオマーを分割して回収
  2. 未回収の他方のエナンチオマーに光照射し、光ラセミ化反応を進行

これらの工程を繰り返すことにより、高い収率と高い光学純度で、キラルなスルホキシドを獲得することができます。

実際に、キラルなアルキルアリールスルホキシドを生成するために、2-メトキシエチルフェニルスルホキシド(1b)のラセミ体をリサイクルフォトリアクターシステムに注入して、光学分割を行いました。目的の(-)-1bをHPLC上で分離・回収する一方で、不必要な(+)-1bを2.0mL/minの流速で405nmの青色LEDを照射しながら、光照射装置内部を通過させました。この間に(+)-1bは高速な光ラセミ化反応によりラセミ化し、(-)-1bとの混合物になります。生じた (-)-1bを再びキラルHPLCで分離するという工程を繰り返します。(+)-1b: (-)-1bの比については、56:44(2サイクル目)、51:49(3サイクル目)と52:48(4サイクル目)、53:47(5サイクル目)でした。5サイクル繰り返すことで、目的の(-)-1bを収率91%、光学純度98% eeで得ることができました。

同様に、シクロプロピルフェニルスルホキシド(1c)とメトキシフェニルメチルスルホキシド(1d)についても、リサイクルフォトリアクターを適用しました。(-)-1cについては、5サイクル後に収率85%、光学純度98% ee、(-)-1dについては、6サイクル後に収率79%、光学純度99% eeで得ることができました。また、エナンチオマーの溶出順序は、収率や光学純度に影響を与えないことも明らかにしました。

本技術はHPLCの流路に光反応部を組み込んだシンプルな装置構成ですが、化合物のほとんどを目的のエナンチオマーに変換し回収できるという点で非常に優れています。また、光ラセミ化を利用して目的のエナンチオマーを増やしているので、一方のエナンチオマーのみを選択的に合成する必要がないことも特長です。本研究は、キラルなスルホキシドを有する医薬品の製造に有用であるだけではなく、他のキラルな医薬品製造にも応用できる可能性を秘めています。

今回の研究成果について、研究を主導した高橋教授は「キラルな化合物をラセミ化させることでキラルな化合物をつくることができることを示した本研究は、『コロンブスの卵』的発想の転換で、学術的なインパクトは大きいと思います。さらに、この研究成果を活用することで、医薬品や農薬などの製造が低コストで行えるようになれば、安定供給や低価格化にもつながります」と今後の研究の広がりに期待を寄せています。

※本研究は、科学技術振興機構(JST)の研究成果最適展開支援プログラムA-STEP(JPMJTR213B)による支援を受けて実施されました。

用語

※1 エナンチオマー(鏡像異性体): 2つの分子の構造が互いに鏡像の関係になっている化合物のこと。物理化学的な性質は同じであるが、旋光性が異なる。

※2 ラセミ化: 一方のエナンチオマーから鏡像関係である他方のエナンチオマーとの混合物を生成すること。ラセミ化が完全に進むと、2つのエナンチオマーの存在比は50:50になる。

論文情報

雑誌名

Journal of Organic Chemistry

論文タイトル

Conversion of Racemic Alkyl Aryl Sulfoxides into Pure Enantiomers Using a Recycle Photoreactor: Tandem Use of Chromatography on Chiral Support and Photoracemization on Solid Support

著者

Kumi Tozawa, Kosho Makino, Yuki Tanaka, Kayo Nakamura, Akiko Inagaki, Hidetsugu Tabata, Tetsuta Oshitari, Hideaki Natsugari, Noritaka Kuroda, Kunio Kanemaru, Yuji Oda, and Hideyo Takahashi

DOI

10.1021/acs.joc.3c00265

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