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クロロフィルdを持つシアノバクテリアから調製した光化学系I複合体の分子特性
静岡大学
東京理科大学
研究のポイント
- クロロフィルdを持つアカリオの光化学系I単量体と三量体の精製に成功しました。
- 低エネルギークロロフィルはPSI三量体でのみ見出されました。
- PSI単量体間相互作用が低エネルギークロロフィルの形成に重要なのかもしれません。
研究概要
静岡大学農学部の長尾遼准教授の研究グループは、東京理科大学の鞆達也教授らと共に、特殊なクロロフィルdを持つシアノバクテリア(注1)Acaryochloris marina MBIC11017(以下、アカリオ)から光化学系I(PSI)(注2)単量体と三量体のそれぞれを精製し、分子特性を明らかにしました。PSI三量体で観測された低エネルギークロロフィルが、PSI単量体では消失していました。このことは、PSIの単量体間相互作用がクロロフィル周辺の構造変化をもたらし、結果として低エネルギークロロフィル(注3)を生み出すことを示唆しました。これは、クロロフィルaを持つシアノバクテリアのPSIとは挙動が異なるため、クロロフィルdを結合したPSIに特有かもしれません。
本研究で得られた研究成果は、光合成生物の色素タンパク質の多様性を理解するうえで重要な知見となります。陸上植物とは異なり、シアノバクテリアや藻類といった水域に生息する植物プランクトンは、それぞれが固有の色素分子を持ちます。結果として、黄、赤、紫、茶色といった見た目の色の違いが生じます。水面下では光質および光量が変動しやすいため、植物プランクトンの生存戦略として機能していると考えられています。今回、特殊なクロロフィルdを保有するアカリオのPSIの特性を明らかにしました。このように、特殊な色を有する植物プランクトン由来の色素タンパク質を分析することで、光合成生物の進化を紐解く研究へとつながることが期待されます。
なお、本研究成果は、2023年5月18日に、シュプリンガー・ネイチャーの発行する国際雑誌「Photosynthesis Research」に掲載されました。
研究者コメント
静岡大学農学部
准教授・長尾遼(ながおりょう)
淡水や海水に生息する光合成生物は多様な色を呈します。色の要因はクロロフィルやカロテノイドといった色素分子の影響です。今回は、特殊なクロロフィルであるクロロフィルdを持つシアノバクテリアのPSIを分析しました。ほとんどの光合成生物はクロロフィルaを持ちます。なぜクロロフィルdが必要だったのでしょうか?光合成生物の多様性には不思議がたくさん詰まっています。
研究背景
酸素発生型光合成は、太陽の光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から有機物と酸素を合成します。シアノバクテリア、藻類、陸上植物が酸素発生型光合成を行うことにより、我々ヒトを含む酸素呼吸する生物は地球上で生活できています。酸素発生型光合成を行う上で光捕集システムは欠かせない要素です。光合成生物は光エネルギーを捕集するために、色素分子を進化の過程で多様化させてきました。色素分子はクロロフィルとカロテノイドに大別され、光エネルギーを化学エネルギーに変換する光化学系I(PSI)および光化学系II(PSII)に結合します。ほぼすべての光合成生物のPSI・PSIIには、クロロフィルaが結合します。しかし、シアノバクテリアの一種であるアカリオは、クロロフィルaではなくクロロフィルdを主要色素として持ちます。クロロフィルdの分子構造はクロロフィルaのビニル基がホルミル基に変換されており、また、クロロフィルdの吸収ピークはクロロフィルaと比べ長波長シフトしています(図1)。
シアノバクテリアのPSIは、単量体、二量体、三量体、四量体をそれぞれ形成することが知られています。特に多くのシアノバクテリアは、単量体と三量体のPSIを持ちます。PSIには95個ものクロロフィルが結合しますが、その中で数個はエネルギーレベルの低いクロロフィルになります。この低エネルギークロロフィルは、PSIの単量体と三量体とでは分光特性が似ています。では、クロロフィルdを持つアカリオのPSIには低エネルギークロロフィルdを保有しているのか、またそれらはPSIの単量体と三量体とで異なるのか、似ているのか、その実態は不明です。
研究の成果
静岡大学農学部の長尾遼准教授の研究グループは、東京理科大学の鞆達也教授らと共に、アカリオからPSI単量体と三量体のそれぞれを精製することに成功しました。低エネルギークロロフィルの分光特性を調べたところ、PSI三量体では低エネルギークロロフィルd由来の特徴が現れましたが、PSI単量体ではその特徴が失われていました。PSI三量体はPSI単量体が三つ結合しています。PSI三量体では、単量体間相互作用により、クロロフィル周辺の構造変化が生じ、クロロフィルが低エネルギー化したものと考えられます。クロロフィルaを持つシアノバクテリアのPSIとは挙動が異なるため、クロロフィルdを結合したPSIに特有かもしれません。
今後の展望と波及効果
光合成生物の色素分子の多様性を明らかにすることは光合成のメカニズムの解明、さらには効率化へと発展していきます。このような知見を人工光合成研究に取り入れることで、高効率光エネルギー伝達システムの構築が進展し、持続可能な社会の実現へ近づくことが期待できます。
論文情報
掲載誌名:
Photosynthesis Research
論文タイトル
Isolation and characterization of trimeric and monomeric PSI cores from Acaryochloris marina MBIC11017
著者
Ryo Nagao, Haruya Ogawa, Naoki Tsuboshita, Koji Kato, Reona Toyofuku, Tatsuya Tomo, Jian-Ren Shen
DOI
用語説明
注1:シアノバクテリア
酸素発生の能力をはじめて獲得した、核をもたない光合成微生物で、植物の葉緑体の起源になったと考えられています。シアノバクテリアは約30億年の進化の歴史をもつため、光合成色素や代謝能力など種毎に変化に富んだ形質をもちます。
注2:光化学系I (PSI)
光エネルギーを化学エネルギーへ変換する膜タンパク質複合体です。PSIは10種類以上のサブユニットから構成され、補欠因子として、金属錯体、色素分子(クロロフィルやカロテノイド)がタンパク質に結合しています。クロロフィルとカロテノイドはそれぞれ特有の光エネルギー吸収帯を持ち、光捕集に重要な役割を担います。
注3:低エネルギークロロフィル
クロロフィルが周辺との相互作用により低エネルギー化したものをいいます。クロロフィルが2~3個近接するとエネルギー準位が低くなりえます。
問い合わせ先
(研究に関すること)
静岡大学農学部
准教授・長尾遼 (ながおりょう)
TEL : 054-238-4251
E-mail : nagao.ryo【@】shizuoka.ac.jp
WEBサイトやSNSのリンクのまとめ(QRコード) : https://linktr.ee/ryonag
(報道に関すること)
静岡大学 広報・基金課
TEL : 054-238-5179 E-mail : koho_all【@】adb.shizuoka.ac.jp
東京理科大学 経営企画部広報課
TEL : 03-5228-8107 E-mail : koho【@】admin.tus.ac.jp
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