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ズワイガニの最終脱皮前後で生じる生理学的な変化の一端を明らかに!
金沢大学
基礎生物学研究所
東京理科大学
高知大学
神奈川大学
金沢大学環日本海域環境研究センター臨海実験施設の豊田賢治特任助教、水産研究・教育機構の山本岳男主任研究員と馬久地みゆき主任研究員、基礎生物学研究所の森友子技術班長と重信秀治教授、東京理科大学の宮川信一准教授、高知大学の井原賢准教授、神奈川大学の大平剛教授らによる共同研究グループは、ズワイガニ(Chionoecetes opilio)のオスの最終脱皮前後に見られる変化を生理学的に明らかにしました。
エビやカニなどの甲殻類は一般に生涯にわたり脱皮を繰り返し、それに伴い体サイズの増大や繁殖を行っています。しかし、ズワイガニの仲間は生涯で脱皮する回数が決まっており、オスは稚ガニから10-12回、メスは10回脱皮することで繁殖の主群となります。オスは最終脱皮をすると鉗脚(ハサミ脚)が肥大化し(図1)、行動が攻撃的になることが知られていますが、そのメカニズムの大部分は未解明でした。そこで本研究ではファルネセン酸メチル(methyl farnesoate: MF)というホルモン分子に着目し、最終脱皮前後のオスのズワイガニの血中MF濃度を比較したところ、最終脱皮後にMF濃度が増加することが分かりました(図2)。また、MFの生合成・分泌を制御している眼柄神経節(図3)の網羅的な遺伝子発現解析から、最終脱皮後のオスではMF分解酵素遺伝子などの発現が抑制されることで血中MF濃度が高くなっていることが示唆されました。さらに、甲殻類と近縁の昆虫類において行動様式の変容を促すといわれる生体アミン関連経路が最終脱皮後のオスで活性化されていました。この結果より、生体アミン類が最終脱皮後のオスが攻撃的になる行動変容に関わっている可能性が推察されました。
これらの知見から、MFや生体アミン類はズワイガニのオスの生殖行動を制御していることが示唆されました。ズワイガニは日本国内のみならず世界的に重要な水産資源であり、その繁殖生態の理解は、資源管理を遂行する上で重要な知見であるだけではなく、効率的な増養殖技術の開発にも役立てられます。本成果を基に最終脱皮を人為的に制御できる技術が開発されれば、水産価値の高い最終脱皮後のオスの効率的な生産方法の確立に寄与できると考えられます。
本研究成果は、2023年5月4日に国際学術誌『Scientific Reports』のオンライン版に掲載されました。
研究の背景
深海性の大型カニ類であるズワイガニは国内では日本海側で重要な水産資源です。ズワイガニは大型化するオスの方が水産価値は高く、地域によって松葉ガニ(山陰地方)、越前ガニ(福井県)、間人ガニ(京都府)、加能ガニ(石川県)といったブランド名で出荷されています。鉗脚が肥大化した最終脱皮後のオス(図1)は、殻が硬くなり身も詰まると、最終脱皮前のオス、最終脱皮後の柔らかいオス、およびメスよりも高値で取引されています。
ズワイガニの属するクモガニ上科の仲間は、甲殻類の中では例外的に生涯の脱皮回数が決まっています。ズワイガニのオスは稚ガニから10-12回目の脱皮で最終脱皮をしますが、10回目以降の脱皮が最終脱皮となるか否かがどのようなメカニズムで決まっているのかは明らかになっていません。また、最終脱皮後のオスは鉗脚が肥大化するだけでなく、メスを巡るオス同士の闘争の際により攻撃的な行動を示すようになることが報告されていますが、そのような行動変容のメカニズムも不明でした。そこで本研究では、ファルネセン酸メチル(methyl farnesoate: MF)というホルモン分子に着目しました。MFは幼若ホルモンと呼ばれる内分泌因子の一員で、甲殻類や昆虫類などを含む節足動物のみが有しており、先行研究からクモガニ上科に属するクモガニ(Libinia emarginata)では最終脱皮後のオスの血中MF濃度が最終脱皮前よりも上昇することが報告されていました。また、カニ類においてMFの生合成・分泌は複眼を支えている眼柄内部にあるサイナス腺(図3)と呼ばれる神経内分泌組織から分泌されるホルモンによって制御されていることが報告されていました。そこで本研究では、福井県で水揚げされたズワイガニを用いて最終脱皮前後のオスの血中MF濃度の測定と、サイナス腺を含む眼柄神経節における網羅的な遺伝子発現解析を実施し、ズワイガニの最終脱皮前後で生じる行動変容などの背景にある生理学的な変化を明らかにすることを目指しました。
研究成果の概要
最終脱皮前後のオスのズワイガニの血中MF濃度を比較したところ、最終脱皮後にMF濃度が顕著に増加することがわかりました(図2)。また、MFの生合成・分泌を制御している眼柄神経節の網羅的な遺伝子発現解析(RNA-sequencing)から最終脱皮後のオスではサイナス腺由来のホルモンでありMFの生合成を制御している大顎器官抑制ホルモン(mandibular organ-inhibiting hormone)遺伝子とMFの分解を担うMethyl farnesoate epoxidase遺伝子の発現が抑制されることが分かりました。それにより、最終脱皮後に血中MF濃度が高くなっていると推定されました。さらに、甲殻類のメスの二次性徴の発現を制御する甲殻類¬雌性ホルモン(crustacean female sex hormone: CFSH)が最終脱皮後のオスで特異的に高発現していることも見出しました。この結果は、CFSHが最終脱皮後のオスの何らかの形質発現に関与していることを示唆しており、今後の研究でその作用を明らかにしていく必要があります。
また、昆虫類において行動様式の変容を促すことが知られている生体アミン類であるオクトパミンやドーパミンなどのシグナル経路が、最終脱皮後のオスで活性化されていたことから、生体アミン類が最終脱皮後にオスが攻撃的になる行動変容に関わっている可能性が示唆されました。以上の知見から、MFや生体アミン類は、ズワイガニのオスの生殖行動を制御している可能性が示唆されました。本成果は、ズワイガニの最終脱皮前後のオスの生理的変化の分子機構の一端を明らかにした世界で初めての報告です。
今後の展開
本研究により、ズワイガニの最終脱皮前後では血中MF濃度だけでなくサイナス腺由来のホルモンや生体アミン類関連の遺伝子発現量が変動することが明らかになりました。今後は、これらの遺伝子の機能を調べていく必要がありますが、最終脱皮齢に近いズワイガニの脱皮間隔は1-2年と長く、生理学的な研究の遂行が難しい側面があります。そこで、ズワイガニと同じクモガニ上科に属する小型で飼育が容易な種で比較解析を進め、そこから得られた成果をズワイガニ研究にフィードバックすることで大型冷水種の水産増養殖研究を加速できると考えています。
本研究は、基礎生物学研究所個別共同利用研究(19-357, 20-319)、基礎生物学研究所統合ゲノミクス共同利用研究(21-320)、科学研究費補助金(20H00630)の支援を受けて実施されました。

最終脱皮をすると鉗脚高(矢印部分)が増大する。

最終脱皮後(右)の方が最終脱皮前よりMF濃度が上昇している。

ズワイガニを腹側から見て複眼を示す(左)。摘出した複眼と眼柄を解剖した図(右)。
黒点線が眼柄神経節を、赤点線がサイナス腺である。
掲載論文
雑誌名
Scientific Reports
論文名
Eyestalk transcriptome and methyl farnesoate titers provide insight into the physiological changes in the male snow crab, Chionoecetes opilio, after its terminal molt
(眼柄トランスクリプトームとファルネセン酸メチルの定量から得たズワイガニの最終脱皮オスの生理学的な変化に関する知見)
著者名
Kenji Toyota, Takeo Yamamoto, Tomoko Mori, Miyuki Mekuchi, Shinichi Miyagawa, Masaru Ihara, Shuji Shigenobu, Tsuyoshi Ohira.
(豊田賢治,山本岳男,森友子,馬久地みゆき,宮川信一,井原賢,重信秀治,大平剛)
掲載日
2023年5月4日にオンライン版に掲載
DOI
本件に関するお問い合わせ先
■ 研究内容に関すること
金沢大学環日本海域環境研究センター臨海実験施設 特任助教
豊田 賢治(とよた けんじ)
TEL:0768-74-1151
E-mail:toyotak【@】se.kanazawa-u.ac.jp
国立研究開発法人水産研究・教育機構 水産技術研究所 養殖部門(宮津庁舎)
山本 岳男(やまもと たけお)
TEL:0772-25-1306
E-mail:yamamoto_takeo58【@】fra.go.jp
国立研究開発法人水産研究・教育機構
水産資源研究所 水産資源研究センター(横浜庁舎)
馬久地 みゆき(めくち みゆき)
TEL:045-788-7615
E-mail:mekuchi_miyuki07【@】fra.go.jp
基礎生物学研究所 超階層生物学センター トランスオミクス解析室 教授
重信 秀治(しげのぶ しゅうじ)
TEL:0564-55-7670
E-mail:shige【@】nibb.ac.jp
東京理科大学先進工学部生命システム工学科 准教授
宮川 信一(みやがわ しんいち)
TEL:03-5876-1466
E-mail:miyagawa【@】rs.tus.ac.jp
高知大学教育研究部自然科学系農学部門 准教授
井原 賢(いはら まさる)
TEL:088-864-5163
E-mail:ihara.masaru【@】kochi-u.ac.jp
神奈川大学理学部理学科 教授
大平 剛(おおひら つよし)
TEL:045-481-5661
E-mail:ohirat-bio【@】kanagawa-u.ac.jp
■ 広報担当
金沢大学理工系事務部総務課総務係
小橋 直(こばし なお)
TEL:076-234-6826
E-mail:s-somu【@】adm.kanazawa-u.ac.jp
国立研究開発法人水産研究・教育機構経営企画部広報課
荒井 大介(あらい だいすけ)
TEL:045-277-0136
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基礎生物学研究所広報室
TEL:0564-55-7628
FAX:0564-55-7597
E-mail:press【@】nibb.ac.jp
東京理科大学経営企画部広報課
松田 大(まつだ ひろし)
TEL:03-5228-8107
E-mail:koho【@】admin.tus.ac.jp
高知大学総務部総務課広報室広報係
岡林 幹(おかばやし たかし)
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E-mail:kh13【@】kochi-u.ac.jp
神奈川大学企画政策部広報課
椎野 和也(しいの かずや)
TEL:045-481-5661
E-mail:kohou-info【@】kanagawa-u.ac.jp
【@】は@にご変更ください。
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