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精神的ストレスが海馬の神経新生に与える影響の解明に成功
~うつ病の病態生理の解明に前進、新たな治療薬の開発に期待~
研究の要旨とポイント
- うつ病は一般にもよく知られている精神疾患の1つですが、発症の原因など、その詳細なメカニズムについては未だに解明されていません。
- 本研究では、代理社会的敗北ストレスモデルマウスを使用し、精神的ストレスが新生神経細胞の生存率を大きく低下させることを明らかにしました。
- 精神的ストレスが単独でマウスの神経新生能に与える影響を明らかにした世界初の報告であり、うつ病の発症メカニズムの解明や新たな抗うつ薬の開発につながることが期待されます。
東京理科大学薬学部薬学科の斎藤顕宜教授、吉岡寿倫氏(学部6年)、山田大輔助教らの研究グループは、うつ病の動物モデルとして代理社会的敗北ストレス(chronic vicarious social defeat stress; cVSDS)モデルマウスを使用し、精神的ストレスが海馬歯状回における新生神経細胞の生存率を大幅に低下させることを明らかにしました。また、既存の抗うつ薬であるフルオキセチンを慢性的に投与することで、低下した細胞生存率を回復させ、社会的回避行動を改善できることを実証しました。本研究をさらに発展させることで、うつ病の病態生理の解明や新たな治療薬の開発につながることが期待されます。
うつ病の生涯有病率は6-7 %とも言われ、ごく一般的な病気です。この病気については、脳の海馬における神経新生がその病態生理と密接に関わっていることが知られていますが、発症の原因などの詳細なメカニズムについては未解明な部分も多くあります。従来のうつ病の研究では、そのモデル動物の1つとして、社会的敗北ストレス(chronic social defeat stress; cSDS)モデルマウス(※1)が使用されてきました。一方で、マウスにcSDSを付与するためには、攻撃性の高いマウスと直接接触させる必要があるので、身体的ストレスの要因を排除できないことが課題でした。そこで、本研究では、実際に攻撃を受けるのではなく、他の個体が攻撃を受けている現場を目撃させることで精神的ストレスのみを与えたcVSDSモデルマウスを使用し、精神的ストレスが新生神経細胞に与える影響を調査しました。
本研究グループは、海馬歯状回の新生神経細胞の生存率と増殖率を調べ、cVSDSモデルマウスでは細胞生存率のみが大きく低下することを明らかにしました。また、この細胞生存率の低下の割合が精神的ストレス負荷期間後4週間持続すること、その間に社会的回避行動が悪化することを突き止めました。新生神経細胞が成熟し、正常に機能するまでに約4週間かかることから、精神的ストレス負荷中の神経新生に異常をきたしたことが原因ではないかと考えられています。さらに、本研究グループは、cVSDSモデルマウスに抗うつ薬フルオキセチンを慢性的に投与することで、神経細胞生存率が上昇し、社会的回避行動の悪化が改善されることも実証しました。
本研究成果は、2021年8月18日に国際学術誌「Behavioural Brain Research」にオンライン掲載されました。
研究の背景
うつ病は未だに明らかになっていない部分が多い病気ですが、過去の研究結果から、「神経新生仮説」が提唱されてきました。これは、うつ病の病態生理に対し、海馬歯状回における神経新生能の低下が関与しているという説です。この仮説を支持する研究データは蓄積されつつありますが、多くは身体的ストレスを加えたモデル動物での評価のみに留まっており、精神的ストレスと神経新生能との直接的な関係性は明らかになっていませんでした。
そこで、本研究グループは妥当性の高いうつ病モデル動物として注目されているcVSDSモデルマウスを使用することによって、精神的ストレスのみが神経新生能に影響する環境を構築することで、精神的ストレス単独の影響を明らかにすることを目的に研究を行いました。さらに、うつ病の病理学的状態に対するcVSDS動物モデルの妥当性を再評価しました。
研究結果の詳細
先行研究を参考に、naive、IC(isolation control)、ES(emotional stress)の3種類にマウスを分類して実験を行いました。
まず、精神的ストレスが海馬歯状回の新生神経細胞の生存率と増殖率に与える影響を調べるために、BrdU抗体をマウスに投与するタイミングを変え、BrdU陽性細胞を観察しました。この結果、精神的ストレスは新生神経細胞の生存率にのみ影響し、増殖率には影響しないことがわかりました。また、精神的ストレスを加えてから4週間後を調査すると、naive、ICマウスと比較して、ESマウスのBrdU陽性細胞の数がはっきりと減少しており、長時間経過後も細胞生存率低下の割合が継続していたことがわかりました。
次に、ESマウスの細胞生存率の低下のメカニズムを明らかにするために、海馬歯状回におけるBDNF(Brain-derived neurotrophic factor: 脳由来神経栄養因子)の免疫染色を行い、分布を調べました。BDNFとは、神経細胞の生存、成長を調節するタンパク質で、新生神経細胞の長期生存には欠かせない物質です。これについては、各マウス間で差が見られず、BDNFによるシグナルの伝達がESマウスの新生神経細胞生存率の低下には関与していないことがわかりました。
最後に、治療薬の使用により行動障害や新生神経の細胞生存率を回復できるかどうかを調べました。その結果、既存の抗うつ薬であるフルオキセチンを慢性的に投与(22mg/kg/day)することによって、細胞生存率が上昇すると同時に社会的回避行動も改善できることを示しました。
今回の研究成果について、斎藤顕宜教授は「昨今、うつ病罹患者は世界中で増加の一途を辿り、社会的な問題となりつつありますが、その詳細な病態生理は未だ解明されていません。我々は今回、代理社会的敗北ストレスモデルマウスにおいて海馬歯状回の新生神経細胞生存率が低下していること、それが既存の抗うつ薬によって改善することを明らかにしました。これは、慢性的な精神的ストレスが海馬歯状回の神経新生における生存率に影響を及ぼすことを示す新たな知見です。今後、本モデル動物がうつ病の病態生理の解明および新規うつ病治療薬の開発においてますます重要な役割を果たすでしょう」と話しています。
用語
※1 社会的敗北ストレス(cSDS)モデル:広く用いられているうつ病のモデルマウス。雄マウスは別の雄マウスが自分の縄張りに侵入してきた際に、侵入者のマウスを攻撃するという性質を利用して、侵入者マウスに敗北によるストレスを与えることで、社会的回避行動の増加、快感の消失などの抑うつ関連行動が起こる。
論文情報
雑誌名
Behavioural Brain Research
論文タイトル
Chronic Vicarious Social Defeat Stress Attenuates New-born Neuronal Cell Survival in Mouse Hippocampus
著者
Toshinori Yoshioka, Daisuke Yamada, Riho Kobayashi, Eri Segi-Nishida, Akiyoshi Saitoh
DOI
研究室
斎藤研究室のページ:https://yakurisaitohlab.jimdofree.com/
斎藤教授のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?7017
山田助教のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?703E
東京理科大学について
東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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