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2023.04.17 Mon UP

優れた酸素還元活性を有する白金ナノクラスター担持触媒の創製とその原理解明に成功
~水素を利用した低炭素社会の実現にまた一歩前進~

研究の要旨とポイント

  • 精密白金ナノクラスターを前駆体として用いることで、原子精度で制御された白金ナノクラスター担持触媒を創出することに成功しました。
  • 現在市販されている触媒と比較して、2.1倍も高い酸素還元活性を有していることを実証しました。
  • 計算化学の手法で白金原子の電荷や状態密度を調べ、高活性を示す要因を明らかにしました。
  • 本研究をさらに発展させることで、燃料電池開発の促進、ひいては環境負荷を低減したエネルギー社会の実現への貢献が期待されます。

東京理科大学 理学部第一部応用化学科の根岸雄一教授、川脇徳久講師、北海道大学 触媒科学研究所 触媒理論研究部門の飯田健二准教授、分子科学研究所 物質分子科学研究領域 電子構造研究部門の横山利彦教授、アデレード大学(オーストラリア)のGregory F. Metha教授らの共同研究グループは、原子レベルで精密な白金ナノクラスター(Pt NCs)を前駆体として、優れた酸素還元(ORR: Oxygen Reduction Reaction)活性を有する白金ナノクラスター担持触媒を作製することに成功しました。また、密度汎関数理論(DFT計算)により、合成した触媒のPt原子の状態を調べ、高活性を示す要因についても明らかにしました。

カーボンニュートラルの実現に向けて、化石燃料から水素(H2)へのエネルギーの転換が求められています。特に、固体高分子形燃料電池(PEFC: Polymer Electrolyte Fuel Cell)はH2と酸素(O2)の酸化還元反応から電気を生み出すことができることから、注目を集めています。ORRが起こる正極では、希少なPtナノ粒子(Pt NPs)をカーボンブラック(CB)に担持させたPtナノ粒子触媒(Pt NPs/CB)が大量に使われています。そのため、資源やコスト面での課題に直面しており、技術開発によるORR活性と耐久性の向上、それに伴うPt使用量の削減が求められてきました。そこで本研究グループは、以前開発したPt NPsよりも小さなPtナノクラスター(Pt NCs)を精密合成する技術を駆使し、この課題解決に向けて、研究を進めてきました。

本研究では、[Pt17(CO)12(PPh3)8]z(PPh3 =トリフェニルホスフィン、z = 1+または2+)をKB(ケッチェンブラック)と混合して焼成することにより、市販のPt NPs/CBよりも2.1倍高いORR活性を有するPt NCs電極触媒Pt17/KBを作製することに成功しました。また、DFT計算により、Pt17/KBの高い触媒活性はORRの進行に適した電子構造を持つ表面Pt原子に由来することが明らかとなりました。本研究をさらに発展させることにより、微細なPt NCsを用いた高活性ORR触媒の設計指針の確立、PEFCにおけるPt使用量の削減、環境負荷への低減に大きく貢献することが期待されます。

本研究成果は、2023年3月24日に国際学術誌「Nanoscale」にオンライン掲載されました。

研究の背景

地球温暖化、化石燃料の枯渇などの環境・エネルギー問題を解決するために、水素(H2)などの代替エネルギーへの転換が推進されています。特に、PEFCはH2とO2から電気をつくることができるため、環境への負荷が少ないエネルギーとして注目を集めてきました。しかしながら、現在のPEFCは電極触媒部分にPtを多量に使用する必要があるため、製造コストや運転コストが高くなると同時に、将来的にPtが不足してしまうことが懸念されています。そのため、Pt使用量を削減する方法が模索されてきました。

PEFCの電極触媒として、直径2~3 nmのPt NPs/CBが広く使用されてきました。しかしながら、近年の研究から直径1nm程度のPt NCsの方が、高いORR活性を示すことが明らかとなってきています。このことを踏まえて、本研究グループは精密に合成された1nm程度のPt NCsをORR電極触媒として使用すれば、Pt使用量の削減と高い触媒活性の両立が可能になると考えました。

一方、Pt NCsを電極触媒として活用する上で課題となるのが、大気中での安定性です。一酸化炭素(CO)とホスフィン(PR3)を配位子として用いれば、原子精度でPt NCsを合成できることが知られていましたが、その多くは大気中で不安定であるため、ORR電極触媒に応用した研究例はほとんどありませんでした。

本研究グループは、過去に [Pt17(CO)12(PPh3)8]zの組成を有するPt NCsを大気圧下で原子レベルの精度で合成する方法を見出していました。この方法では、空気中で試薬を混ぜ、溶媒を加熱し、副生成物を洗浄するという簡単な操作の組み合わせでPt NCsを単離することができます。以上の背景を踏まえ、本研究グループはこのPt NCsを前駆体として用いる方法により、Pt17をKBに担持した高活性ORR電極触媒(Pt17/KB)の開発と検討を行ってきました。

研究結果の詳細

初めに、Pt塩と水酸化ナトリウムのエチレングリコール溶液を空気中で加熱した後、溶液を室温まで冷却し、PPh3を加えて混合物を調製しました。得られた混合物から、溶媒抽出により目的の[Pt17(CO)12(PPh3)8]zを単離しました。得られたPt NCsとKBを混合し、1.0 wt%のPtを担持したPt17(CO)12(PPh3)8/KBを合成しました。約200℃の穏やかな条件で焼成することで、配位子の除去とKB表面へのPt固定化を行い、目的のPt17/KB(Pt担持率1.0 wt%)を合成しました。さらに、一部の残存した配位子を除去するために、電気化学的洗浄を行い、以降の実験に使用しました。

次に、リニアスイープボルタンメトリー(LSV: Linear Sweep Voltammetry)により、合成したPt NCsの触媒活性を評価しました。その結果、Pt17/KB(Pt担持率1.0 wt%)の質量活性(0.9 V, 145 A/g)は、市販のPt NPs/CB (0.9 V, 68 A/g)よりも2.1倍高くなることがわかりました。これにより、今回作製したPt17/KB(Pt担持率1.0 wt%)が優れたORR活性を有していることを実証しました。さらに、より多くのPtを担持したPt17/KB(Pt担持率20.0 wt%)を作製し、Pt担持量の違いによる活性の変化を検討しました。その結果、Pt担持量が増えると質量活性も大きく増加(0.9 V, 518 A/g)すること、市販のPt NPs/CB(Pt担持率46.9 wt%)より高い耐久性を示すことがわかりました。

さらに、DFT計算でPt17/KBの各表面Pt原子の電荷と電子状態を推定し、高いORR活性の要因について検討しました。先行研究を参考に、炭素材料をグラファイトにした最適構造を用いて計算を行いました。その結果、17個のPt原子のうち、11個が正に、4個が負に帯電し、残りの2個は正に帯電した状態でグラファイトと接触していることがわかりました。また、各Pt原子は異なる局所電子状態密度(LDOS)を持つことも判明しました。

最後に、Pt17 NCs表面でのORRをより深く理解するために、反応中間体について構造最適化を行い、その詳細を解明しようと試みました。その結果、Pt NCsのPt原子はPt(111)表面のPt原子よりもOと強い結合を形成し、エネルギー的に安定になることがわかりました。これにより、以下のような機構で反応が進行すると考えられます。

  1. Pt17/グラファイトの吸着サイトにO2が吸着すると、吸着したO2のO-O結合が伸びる
  2. さらにHが吸着すると、吸着しているO2のO-O結合は容易に解離する
  3. Pt(111)表面とは異なり、Pt17 NCs表面では、OOHではなくOとOHの吸着が起こる

すなわち、Pt NCs/KBではORRの進行に適したPt表面が形成されていることで、高いORR活性を示すことが示唆されました。

本研究を主導した東京理科大学の根岸教授は「今回、精密白金ナノクラスターを前駆体に用いることで、燃料電池触媒における担持金属ナノクラスターの構造や電子状態と機能の相関を明らかにすることができました。また、現在市販されている触媒よりも高い酸素還元触媒能を有する白金クラスター担持触媒を創出することに成功しました。これらの成果は、燃料電池の高機能化、ひいてはカーボンニュートラルの実現に大きく貢献することが期待されます」と、今後の実用化に向けて、期待を寄せています。

※本研究は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の国家プロジェクトにより推進された研究です。また、日本学術振興会の科研費(JP20H02698, JP20H02552, JP21H04677, JP21H00027)の助成を受けて実施されました。

論文情報

雑誌名

Nanoscale

論文タイトル

Pt17 Nanocluster Electrocatalysts: Preparation and Origin of High Oxygen Reduction Reaction Activity

著者

Tokuhisa Kawawaki, Yusuke Mitomi, Naoki Nishi, Ryuki Kurosaki, Kazutaka Oiwa, Tomoya Tanaka, Hinoki Hirase, Sayuri Miyajima, Yoshiki Niihori, D. J. Osborn, Takanori Koitaya, Gregory F. Metha, Toshihiko Yokoyama, Kenji Iida and Yuichi Negishi

DOI

10.1039/d3nr01152f

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