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2023.02.07 Tue UP

ゼニゴケを用いて植物ホルモンの役割を証明
―オーキシン信号伝達なくして器官形成なし―

京都大学
東京理科大学
愛媛大学

概要

京都大学大学院生命科学研究科の元大学院生の鈴木秀政博士(現東北大学大学院生命科学研究科特任助教)、加藤大貴博士(現愛媛大学大学院理工学研究科助教)、岩野惠博士、河内孝之教授は、東京理科大学理工学部の西浜竜一教授(元京都大学准教授)と共同で、植物ホルモン・オーキシン※1が、その受容体タンパク質を介した遺伝子発現調節を通して、3次元的な形態の構築に必須の役割を果たす一方で、生存そのものには必須ではないことを明らかにしました。植物体の頂端にある幹細胞を基点として器官を形成する3次元的な発生様式は、陸上植物の共通祖先において獲得されたと考えられており、維管束植物とは分岐したコケ植物でも見られます。今回、遺伝子冗長性が低く、オーキシン受容体遺伝子を1つしかもたないゼニゴケ※2を用いてオーキシン信号伝達を完全に働かないようにしたところ、明確な器官を全くもたない細胞塊が形成されました。これは、この受容体を介したオーキシン信号伝達が形作りに必須の役割をもつことを明瞭に証明すると同時に、ゼニゴケ細胞の生存や増殖には必須ではないという、意外な事実も明らかにした成果となりました。本研究で深まった、植物の最重要ホルモンと言えるオーキシンの機能の理解を通して、今後の陸上植物の発生研究のさらなる発展や、穀物や野菜を含めた種々の植物の器官の形や数などを緻密に制御する技術の開発につながると期待されます。

本成果は2023年2月2日に国際誌「The Plant Cell」オンライン版に掲載されました。

ゼニゴケを用いて植物ホルモンの役割を証明―オーキシン信号伝達なくして器官形成なし―

ゼニゴケは、一細胞の胞子から生育する過程で3次元的な形体を構築します。本研究では、ゼニゴケに一つしかない植物ホルモン・オーキシンの受容体遺伝子を破壊すると器官形成できないまま成長することを発見し、オーキシンによる遺伝子発現制御が3次元的な形作りに必須であることを明らかにしました。

背景

約4.5億年前に緑藻類から派生した陸上植物の共通祖先は、被子植物を含む維管束植物とコケ植物の大きく2つの系統に分岐しました。その共通祖先では、植物体の頂端にある幹細胞を基点とした3次元的な発生様式を獲得したと考えられています。また、植物ホルモンであるオーキシンの信号伝達の仕組みも、植物の陸上化に伴って大きく発展しました。オーキシンは濃度勾配により器官発生や環境刺激に応じた屈性を制御する、植物のモルフォゲン※3とも言える重要なホルモンです。また、オーキシンは細胞分裂の制御においても重要な働きをすることが、数多くの研究で示されてきました。被子植物において、オーキシンの信号は主にTIR1/AFBと呼ばれるオーキシン受容体を介して伝えられ、遺伝子発現の変化を引き起こします。解析が進んでいる被子植物においては発生初期にTIR1/AFB多重変異体が致死となるとめ、このオーキシン信号伝達が発生に重要であるとされていましたが、発生が進まないことが致死性の原因であるか、生存そのものに必須であるかは不明でした。

研究手法・成果

上記の問題に対して、私たちはモデル植物の中で最小のオーキシン信号伝達系を備えるコケ植物苔類に属するゼニゴケをモデルに研究を行いました。私たちはまず、ゼニゴケ唯一のオーキシン受容体相同遺伝子MpTIR1が指定するタンパク質が実際にオーキシン受容体として機能することを、分子遺伝学および生化学的手法、さらにイメージング手法を用いた解析により証明しました(図1)。

ゼニゴケを用いて植物ホルモンの役割を証明―オーキシン信号伝達なくして器官形成なし―

図1.ゼニゴケのオーキシン応答性試験

オーキシンを投与しながら培養したゼニゴケ。通常のゼニゴケ(野生型株)は、高濃度(10µM)のオーキシンに応答して成長を停止しました。MpTIR1タンパク質を高レベルで蓄積している遺伝子機能改変株(MpTIR1過剰発現株)は、より低濃度(1µM)のオーキシンに応答して同様に成長を停止しました。MpTIR1は、それを強く発現させるとオーキシンへの感受性が高まったことから、オーキシン受容体を指定する遺伝子であることが示唆されました。右下のバーは5mmを示します。

次にMpTIR1遺伝子を完全に欠損する遺伝子破壊株※4を作出し、機能解析を行うことにしました。この実験を行った当初は、オーキシンは植物にとって必須と考えられていたので変異体を作出することはできない(変異体は生存できない)と予想していましたが、予想に反してMptir1変異体は細胞塊として生育し続けることが明らかとなりました(図2)。さらに興味深いことに、この細胞塊では明確な器官は観察されませんでした。網羅的な遺伝子発現解析から、Mptir1変異体では器官分化に機能する遺伝子の発現が低く、幹細胞で機能する遺伝子の発現が高いことが示されました。またMptir1変異体は未分化な発芽胞子と分化した葉状体の中間と言える特徴をもつこと、遺伝子のオーキシン応答性と組織分化の度合いが相関することが示唆されました。このように、Mptir1変異体の表現型は遺伝子発現パターンによっても裏付けられました。これらのことから私たちは、MpTIR1を介したオーキシン信号伝達がゼニゴケの生存には必須ではないものの、3次元的な形態を構築するのに必須であると結論しました。

ゼニゴケを用いて植物ホルモンの役割を証明―オーキシン信号伝達なくして器官形成なし―

図2.MpTIR1のノックアウト実験

(A)ゼニゴケの発生の模式図。一細胞の胞子から3次元的な形作りをして葉状体へと成長する過程でMpTIR1遺伝子を破壊しました。(B)Mptir1変異体。右下のバーは1 mmを示します。(C)Mptir1変異体の表面構造。右下のバーは0.1mmを示します。(D)遺伝子発現にもとづくゼニゴケ組織とMptir1変異体の分類。灰色の矢印はおおよその発生順を示します。

波及効果、今後の予定

オーキシンは全ての陸上植物において形態形成に重要な役割を果たしています。最近の他の植物での研究と併せて考えると、本研究で明らかにしたオーキシン応答と器官形成の関係は陸上植物の祖先で獲得された共通の仕組みであることが示唆され、今後の陸上植物の発生研究の基盤になると考えられます。陸上植物のほぼ全ての器官は頂端幹細胞周辺の微小な領域で作られており、今後はオーキシンがその中でどのように使い分けられているのか、また幹細胞におけるオーキシン応答を抑制する仕組みを明らかにしていく必要があります。こうした基礎的な研究が、将来的には産業利用の盛んな種子植物を含めた幅広い植物種において、器官の形や数などを緻密に制御する技術につながると期待されます。

研究プロジェクトについて

本研究は以下の研究助成を受けて行われました。

文部科学省/日本学術振興会 科学研究費 新学術領域研究(25113009、19H05675、20H04884)基盤研究(S)(17H07424)、基盤研究(C)(16K07398)、研究活動スタート支援(19K23751、21K20649)、特別研究員奨励費(12J07037、18J12698)、京都大学SPIRITS 2017

用語解説

※1 オーキシン:
植物ホルモンの一つ。主な天然オーキシンは、インドール-3-酢酸。植物の胚発生、根・葉・花などの器官形成、果実の発達、光や重力に対する屈性反応など、植物の成長・発生・環境応答を調節する。

※2 ゼニゴケ:
コケ植物苔類に属する(学名Marchantia polymorpha)。2017年に全ゲノム配列が解読され、実験室での培養や遺伝子改変が容易などの理由から、新たなモデル植物として注目される。

※3 モルフォゲン:
局所的に合成され、その濃度勾配に応じて細胞の分化運命を規定し、発生を司るタンパク質や化合物の総称。

※4 遺伝子破壊株:
遺伝子組換え法を用いて特定の遺伝子を破壊して作成する。従来は相同組換えを利用したジーンターゲッティング法が主流であったが、現在ではゲノム編集により簡便に特定の遺伝子に変異を導入することが可能となった。

研究者のコメント

オーキシンは植物の成長に欠かせないホルモンです。また、人類が最初に発見した植物ホルモンであり、農産業にも広く利用されるなど、私たちにとっても身近な物質です。では、オーキシンをまったく感知できないと、植物はどうなってしまうのでしょうか?本研究では、オーキシン受容体遺伝子を破壊すると植物は形を作れなくなること、それでもなお細胞分裂を続けることを発見しました。今後も、植物体内でオーキシン応答を制御するしくみを研究し、植物の発生原理をより精緻に解明していきたいと考えています。(鈴木秀政)

論文タイトルと著者

題目

Auxin signaling is essential for organogenesis but not for cell survival in the liverwort Marchantia polymorpha (オーキシン信号伝達は苔類ゼニゴケの器官発生に必須だが細胞の生存には必須ではない)

著者

鈴木秀政1.2、加藤大貴1.3.4、岩野惠1、西浜竜一1.5、河内孝之1
1京都大学 大学院生命科学研究科
2東北大学 大学院生命科学研究科
3神戸大学 大学院理学研究科
4愛媛大学 大学院理工学研究科
5東京理科大学 理工学部

掲載誌

The Plant Cell DOI: 10.1093/plcell/koac367

お問い合わせ先

<研究に関するお問い合わせ先>
河内 孝之(こうち たかゆき)
京都大学 大学院生命科学研究科 教授
TEL:090-5971-6958
FAX:075-753-6127
E-mail:tkohchi【@】lif.kyoto-u.ac.jp

西浜 竜一(にしはま りゅういち)
東京理科大学 理工学部 教授
TEL:080-3507-3121
E-mail:nishihama【@】rs.tus.ac.jp

加藤 大貴(かとう ひろたか)
愛媛大学 大学院理工学研究科 助教
TEL:089-927-9534
E-mail:kato.hirotaka.gv【@】ehime-u.ac.jp

<報道に関するお問い合わせ先>

京都大学 総務部広報課国際広報室
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東京理科大学 経営企画部広報課
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