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2023.01.23 Mon UP

気孔のない植物タイ類における気孔形成因子の役割を解明
―コケ植物特有の組織「蒴柄(さくへい)」と気孔の意外な関係―

京都大学
東京理科大学

概要

陸上に進出した植物(陸上植物)の表皮には「気孔」とよばれるガス交換のための孔(あな)がありますが、コケ植物タイ類は気孔をもっていません。

守屋健太 京都大学大学院理学研究科博士後期課程学生、嶋田知生 同講師、河内孝之 同生命科学研究科教授、白川一 奈良先端科学技術大学院大学助教、Justin Goodrichエディンバラ大学教授、西浜竜一 東京理科大学教授らの研究グループは、リヨン高等師範学校、静岡県立大学、甲南大学と共同で、タイ類のもつ気孔形成関連因子の役割を世界で初めて明らかにしました。

タイ類は進化の過程で気孔を失っているので、気孔形成因子も失っていると考えられてきました。今回、タイ類のモデル植物であるゼニゴケのゲノムに2つの気孔形成因子の相同遺伝子が存在することを発見しました(MpSETAおよびMpICE2と命名)。分子遺伝学的な解析の結果、MpSETAとMpICE2はコケ植物特有の組織である「蒴柄(さくへい)」という、気孔とは形も生理学的な機能も異なる組織に特異的に発現し、蒴柄細胞の分裂および分化を制御することを明らかにしました。本研究により、これまで全く想定されていなかった、気孔と蒴柄の発生メカニズムが共通するという可能性が見出されました。

本研究成果は、2023年1月20日に英国の国際学術誌「Nature Plants」にオンライン掲載されました。

気孔のない植物タイ類における気孔形成因子の役割を解明―コケ植物特有の組織「蒴柄(さくへい)」と気孔の意外な関係―

背景

陸上植物の表皮には「気孔」とよばれる2つの孔辺細胞からなる孔が空いており、光合成や蒸散の時に、二酸化炭素や酸素、水蒸気などのガス交換を行っています。気孔がどのようにして作られるのかについては主にモデル植物であるシロイヌナズナやイネで研究が進んでおり、サブファミリーIaおよびIIIbに属する塩基性ヘリックス-ループ-ヘリックス型転写因子注1(bHLH型転写因子、以下Ia bHLHおよびIIIb bHLHと呼ぶ)が中心的な役割を担うことが明らかとなっています。

私たちのグループは気孔の進化に興味をもち、タイ類に分類されるコケ植物注2に着目しました。植物は陸上に進出する際の進化の過程で気孔を獲得しましたが、その後タイ類の共通祖先で気孔が失われたため、現在生育するすべてのタイ類は気孔をもっていません。したがって、タイ類には気孔形成に重要な役割を果たすIa bHLHは失われていると考えられてきました。

研究手法・成果

まず、分子系統解析によりタイ類ゼニゴケにはIa bHLH遺伝子が1つ存在することを示しました(MpSETAと命名)。シロイヌナズナのIa bHLHを欠損した変異体(mute変異体)にMpSETAを発現させると一部気孔が形成されました(図1)。この結果は、気孔をもっていないゼニゴケのIa bHLHがシロイヌナズナの気孔形成に関わる遺伝子の発現を制御することができることを示しています。

気孔のない植物タイ類における気孔形成因子の役割を解明―コケ植物特有の組織「蒴柄(さくへい)」と気孔の意外な関係―

レポーター遺伝子を使った遺伝子の発現パターン解析により、MpSETAは受精後に発達する胞子体注3の組織である「蒴柄(さくへい)」で発現することがわかりました。遺伝子ターゲティング法注4によりMpSETA遺伝子をノックアウトした株では蒴柄細胞の形成不全が見られたことから、MpSETAはゼニゴケの蒴柄形成に重要な転写因子であることがわかりました(図2)。

気孔のない植物タイ類における気孔形成因子の役割を解明―コケ植物特有の組織「蒴柄(さくへい)」と気孔の意外な関係―

陸上植物ではIa bHLHはIIIb bHLHとヘテロ二量体を形成することで気孔形成を制御します。分子系統解析により、ゼニゴケはIIIb bHLH遺伝子を2つもっていることがわかりました(MpICE1およびMpICE2と命名)。このうち、MpICE2がMpSETAと相互作用することを示し、ゲノム編集技術注5により作出したMpice2変異体がMpsetaノックアウト株同様、蒴柄形成に異常のある変異体であることを見出しました。これらの結果は、気孔形成に重要なIa bHLHとIIIb bHLHのヘテロ二量体がタイ類においては蒴柄の形成を制御するということを示唆しています(図3)。

気孔のない植物タイ類における気孔形成因子の役割を解明―コケ植物特有の組織「蒴柄(さくへい)」と気孔の意外な関係―

波及効果、今後の予定

気孔と蒴柄は見た目も機能も全く異なる組織なので、これまでこの2つの組織のでき方(発生メカニズム)が共通している可能性は指摘されていませんでした。気孔は陸上植物の共通祖先で獲得された組織ですが、蒴柄はコケ植物セン類とタイ類の共通祖先で獲得された組織であると考えられているため、気孔の方が蒴柄よりも進化的起源の古い組織です。したがって、元々気孔形成に使われていた遺伝子発現制御系が蒴柄形成に使われるようになったと考えられます。こうした現象は「転用(co-option、コ・オプション)」とよばれ、生物が新しい組織や器官を獲得するのに重要なメカニズムのひとつです。今後は、MpSETA-MpICE2がどのような遺伝子の発現を制御することで蒴柄形成を導くのか調べ、蒴柄形成と気孔形成との関係を遺伝子レベルで解析することで、植物進化の過程における新規組織獲得の原理の一端を明らかにすることができると考えています。また、コケ植物セン類は気孔と蒴柄の両方の組織をもつ唯一の植物群なので、今後両組織の形成メカニズムの関係を調べるのに最も適した実験材料になるのではないかと期待しています。

研究プロジェクトについて

本研究は、日本学術振興会科学研究費(JP21J14990、JP12J05453、JP18K06284、JP15H05776、JP19K06722、JP20H05416、JP26711017、JP18K06283、JP18K19964、JP20H05905、JP20H05906、JP20H04884)等の助成を受けて実施されました。

用語解説

注1:塩基性ヘリックス-ループ-ヘリックス型転写因子(bHLH型転写因子)
遺伝子の転写を調節するタンパク質(転写因子)の一種。DNAに結合する塩基性領域(basic region)と、タンパク質の二量体化にはたらくヘリックス-ループ-ヘリックス(HLH)構造をもち、二量体として機能します。

注2:コケ植物
陸上植物は大きくコケ植物と維管束植物にわかれます。コケ植物はさらに「セン類(蘚類)」、「タイ類(苔類)」、「ツノゴケ類」という、大きく3つのグループにわかれています。一般的に、セン類とツノゴケ類、維管束植物は気孔をもっていますが、タイ類は気孔をもっていません。

注3:胞子体(ほうしたい)
維管束植物が二倍体(相同染色体を2つずつもつ)の世代優占の生活環をもつ一方で、コケ植物は酵母や緑藻類などと同様、一倍体(相同染色体を1つだけもつ)世代優占の生活環をもちます。一倍体の器官は配偶体、二倍体の器官は胞子体と呼ばれます。ゼニゴケの胞子体は足(あし)、蒴柄(さくへい)、胞子嚢(ほうしのう)という3つの器官・組織でできている単純な構造です。

注4:遺伝子ターゲティング法
相同組換えを利用して、染色体上の狙った内在遺伝子を薬剤耐性遺伝子に置き換えて破壊する方法。

注5:ゲノム編集技術
ゲノムの特定の塩基配列を狙って変化させる技術。本研究ではゲノム編集技術のひとつ「CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)」を利用し変異を導入しました。

研究者のコメント

「気孔の無い植物における気孔関連因子の役割は何か?」をスローガンに始めた研究ですが、その意外な機能に迫ることができたのは嬉しいかぎりです。コケ植物と花の咲く植物は進化的に4億年以上前に分岐した植物たちですが、それでもゼニゴケの遺伝子を顕花植物シロイヌナズナに導入すると、部分的ながら気孔を作る機能が残っていたのは驚きです。これからも、あっと驚く意外な研究をしていきたいです。(嶋田知生)

論文タイトルと著者

題目

Stomatal regulators are co-opted for seta development in the astomatous liverwort Marchantia polymorpha (気孔形成制御因子は気孔のないタイ類ゼニゴケにおいて蒴柄の発生に転用されている)

著者

守屋健太1、白川一2、Jeanne Loue-Manifel3,4、 松田頼子5、 Yen-Ting Lu2,4、 田村謙太郎6、 岡義人1、 松下智直1、 西村いくこ7、 Gwyneth Ingram3、 西浜竜一5,8、 Justin Goodrich4、 河内孝之5、 嶋田知生1,*

1京都大学大学院理学研究科
2奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科
3リヨン高等師範学校、フランス
4エディンバラ大学、イギリス
5京都大学大学院生命科学研究科
6静岡県立大学食品栄養科学部
7甲南大学理工学部
8東京理科大学理工学部
*責任著者

掲載誌

Nature Plants DOI:10.1038/s41477-022-01325-5

お問い合わせ先

嶋田 知生(しまだ ともお)
京都大学大学院理学研究科・講師
TEL:075-753-4140
FAX:075-753-4141
E-mail:tshimada【@】gr.bot.kyoto-u.ac.jp

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京都大学 総務部広報課 国際広報室
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