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2022.03.10 Thu UP

被食者の匂いに応答した植物の防御反応発現メカニズムを解明
~植物間コミュニケーションによる害虫抵抗性の向上機構の一端が明らかに~

研究の要旨とポイント

  • 食害を受けた近隣植物の匂いを受容した未被害植物は、害虫に対する抵抗性を高めることが知られていますが、そのメカニズムの詳細は未だ不明です。
  • 本研究では、この抵抗性の発現において鍵となる匂いを受容した植物における防御遺伝子の転写調節機構を明らかにしました。
  • 植物本来の生存戦略を生産システムに有効活用することで、農薬の使用量を減少させる有機栽培システムへの応用につながることが期待されます。

東京理科大学 先進工学部 生命システム工学科の有村 源一郎教授らの研究グループは、広食性の農業害虫として知られ、野菜や果樹など幅広い種類の作物に食害をもたらすハスモンヨトウの幼虫と、モデル植物として幅広く研究されているシロイヌナズナを用いて、食害を受けた植物から放出される匂いを未被害植物が感知することで惹起される防御応答により害虫に対する抵抗性を高めるメカニズムについて、その鍵となる遺伝子の転写調節機構を明らかにしました。

植物は、食害を受けた近隣の植物から放出される匂い物質である揮発性有機化合物(VOC)を感知し、食害に備えたり、防衛反応の準備をしたりすることができます。VOCは、ヒストン修飾に基づくエピジェネティックな制御を引き起こし、防御遺伝子の転写状態を変化させます。しかし、VOCを受容した植物の遺伝子転写調節の存在についてはほとんど分かっていませんでした。

植物の匂いを介した植物間コミュニケーション(いわゆる、”talking plants”現象)は、匂いを受容した植物の害虫抵抗性を高めることができるため、環境負荷の高い農薬の使用量を減少させる持続可能な有機栽培システムへの応用が期待されます。

本研究成果は、2022年2月24日に国際学術誌「Plant Physiology」にオンライン掲載されました。

被食者の匂いに応答した植物の防御反応発現メカニズムを解明~植物間コミュニケーションによる害虫抵抗性の向上機構の一端が明らかに~

研究の背景

植物にとって、節足動物をはじめとする植食者による食害は脅威です。生き残るための戦略として、近隣で食害を受けた植物から放出されるVOCにより危険を察知し、被食に対する防御応答を行うことが知られています。このVOCを介した植物のコミュニケーションは、同種内にとどまらず、他種植物との間でも行われています。しかし、こうしたVOC受容後の植物体内でのシグナル伝達経路については、ほとんどわかっていませんでした。これまで、VOCに曝露された葉における防御遺伝子の転写誘導には、ヒストン修飾やDNAメチル化などによるエピジェネティック制御が関与する可能性が示唆されてきました。また、真核細胞では、ヒストンアセチル化は転写をアップレギュレートし、ヒストン脱アセチル化はそれをダウンレギュレートすることが知られています。

研究結果の詳細

シロイヌナズナをVOCの一種であるβ-オシメンに曝露すると、防御遺伝子の転写レベルが増加することが知られています。研究グループは、β-オシメンを曝露したシロイヌナズナの様々な発生段階における防御反応の惹起とその記憶(防御反応の持続)について、ヒストンアセチル化による防御関連遺伝子の転写調節に着目して明らかにしました。

まず、β-オシメン曝露後の植物の抗植食者特性の発生時期および持続期間を明らかにするために、7日齢から32日齢まで様々な発生段階のシロイヌナズナ(Col-0系統)に対して1週間のβ-オシメンまたは対照VOCの曝露を行い、32~36日齢でそれら植物をハスモンヨトウ幼虫に採餌させ、幼虫の体重増加を指標として植物の防御応答について評価しました。その結果、β-オシメンを21~27日齢および26~32日齢の段階で曝露された群では、対照群に比べて、幼虫の体重増加量が低下しており、β-オシメンの曝露によりシロイヌナズナの食害に対する防御能力の亢進は5日間持続するが、10日間以上は持続しないことが示唆されました。

次に、植物の様々な防御反応の持続に関係している防御遺伝子の発現誘導と持続に関与するヒストンアセチル化に着目し、26~32日齢にβ-オシメンを曝露した直後のシロイヌナズナの葉において、ヒストンアセチル化によって制御される遺伝子を探索しました。その結果、植物のストレス応答に関与する転写因子の遺伝子ファミリーであるAPETALA2/ETHYLENE RESPONSE FACTOR (AP2/ERF) 遺伝子16個と防御遺伝子等でヒストンアセチル化レベルの上昇が確認されました。中でも、ERF8およびERF104は、21~27日齢および26~32日齢の段階で、β-オシメンに曝露された植物でヒストンアセチル化レベルの上昇と遺伝子発現の亢進が同時に認められました。このことから、β-オシメンの曝露によって活性化された防御力の亢進は、これらのERFが関与する可能性が示唆されました。
さらに、このβ-オシメン応答によるヒストンのアセチル化において、ヒストンアセチルトランスフェラーゼ(HAT)を阻害すると、上記のERF遺伝子発現も抑制されることがわかりました。シロイヌナズナのHATが欠失した変異株を用いて、β-オシメン曝露時の遺伝子発現変動を調べたところ、hac1hac2hac5の変異株でERF8およびERF104遺伝子の発現が抑制され、ham1変異株でERF104遺伝子の発現が抑制されることがわかりました。また、β-オシメンに曝された野生株の葉ではERF8およびERF104のヒストンH3 (H3K9)およびH4のアセチル化の増加が確認されましたが、hac1hac5ham1の変異株の葉では、必ずしもこれらのアセチル化の増加が起こらないこともが明らかになりました。

最後に、ヒストンアセチル化のフィードバック制御系におけるヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)のうち、植物のストレス応答のシグナル伝達の抑制因子として機能するHDA6変異株を用いた解析をおこなったところ、HDA6変異株ではERF8ERF104の転写およびH3/H4アセチル化レベルが増加していたことから、HDA6はβ-オシメンに曝された植物におけるアセチル化の亢進をリセットするフィードバック因子であることがわかりました。

本研究により、食害を受けた植物の放出するβ-オシメンに曝された際に、シロイヌナズナにおける防御系遺伝子領域のヒストンアセチル化状態と当該遺伝子の転写制御についての解析が行われ、当該遺伝子のヒストンアセチル化を制御するヒストンアセチル基転移酵素とヒストン脱アセチル化酵素の同定に成功しました。これにより、VOCに曝されたシロイヌナズナ体内での食害に対する防御応答に関与するヒストンアセチル化を調節する遺伝子やその調節機構が明らかになりました。

有村教授は、「農薬の汚染による生態系や環境の破壊は地球規模で深刻化してきています。植物の匂いを介した植物間コミュニケーション(いわゆる、“talking plants“現象)は、匂いを受容した植物の害虫抵抗性を高めることができることから、農薬の使用量を減少させる有機栽培システムに応用できます。”talking plants”のような、植物本来の生存戦略を生産システムに有効活用することで、環境問題と食糧問題を同時に解決する持続可能な社会の実現に近づくと考えられます」と話しています。

※本研究は、日本学術振興会科研費(20H02951)、JSPS-DST共同研究プログラム(JPJSBP1 20217713)、文部科学省新学術領域公募研究費(20H04786、18H04786)、科学技術振興機構A-STEP(JPMJTM20D2)、長瀬科学技術振興財団の助成を受けて実施したものです。

論文情報

雑誌名

Plant Physiology

論文タイトル

Sustained defense response via volatile signaling and its epigenetic transcriptional regulation

著者

Haruki Onosato, Genya Fujimoto, Tomota Higami, Takuya Sakamoto, Ayaka Yamada, Takamasa Suzuki, Rika Ozawa, Sachihiro Matsunaga, Motoaki Seki, Minoru Ueda, Kaori Sako, Ivan Galis, Gen-ichiro Arimura

DOI

10.1093/plphys/kiac077

研究室

有村研究室のページ:https://www.rs.tus.ac.jp/garimura/index.html
有村教授のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?67cd

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